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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.31-A

「……う、うん……」
 うめき声を上げて、俺はゆっくりと目を開けた。
 ぼんやりとした視界に入ってきたのは、肌色のもの。
 柔らかなそれを、俺は枕にしてるようだった。
 何となくそれに沿って視線を動かすと、ピンク色のものが見える。
「……なんだ?」
 呟いて、身体を起こした。
「……くー、くー」
 それは、寝息を立てている美奈さんの足だった。
「……なんだ、美奈さんか」
 呟いてもう一度身体を倒す。
 ……って、なんだっ!?
 出し抜けに意識がはっきりして、俺は跳ね起きた。途端に頭がズキッと痛む。
「つつっ……。えーと、昨日は確か……」
 葵さんの部屋で、あずささんのバイト復帰記念の宴会をしてたんだよな。
 なんとか記憶をたぐりながら、辺りを見回す。
 ここは、葵さんの部屋か? ……いや、違うな……。
 と、声が聞こえた。
「う、うん……、ミーナ……」
 そっちに視線を向けると、床に倒れるようにしてあずささんが眠っていた。
「……耕治くんの……ばかぁ……」
 ……こうじくんって、誰だそれ?
 いや、そんなことはとりあえずどうでもいい。
 他にも誰かいるのか……と思って部屋を見回したが、日野森姉妹以外には誰もいない。
 部屋はまだ荷物を解いていないのか、段ボール箱が2つほど置いてある。……ということは、寮に昨日来たばかりのあずささんの部屋なんだろうか?
 とにかく、このままじゃまずいような気がしたので、俺は音をさせないように起きあがろうと……。
「……あれ?」
 身体をそっと起こしかけたところで、美奈さんがもそっと動いた。
 思わず動きを止めた俺の目の前で、ぐるっと辺りを見回す。そして、俺と視線が合った。
「……恭一、さん?」
「あ、はい……」
 一瞬の沈黙。そして。
「……きゃーーーーーっ!」
「どうわぁっ、す、すみませんすみませんっ!」
 美奈さんの悲鳴に、謝りながら、俺は慌てて部屋を飛び出した。
 ドアを閉めた背後で、その悲鳴で目が覚めたらしいあずささんの声が聞こえる。
「どうしたのっ、ミーナ?」
「き、き、恭一さんがっ、美奈のっ、後ろにっ」
「恭一さんって、……柳井くん、だっけ?」
「は、はいぃ、そうですぅ」
「もしかして、今までここにいたのっ!?」
「……」
 なんか……えらいことになってるような……。
 ともかく、誤解を解かないと。
 俺は意を決して、ドアをノックする。
 トントン
「すみませ〜ん、柳井ですけど……」
 と、中からずだだだっという足音が聞こえてきたかと思うと、ばぁんっとドアが開けられた。
「どういうつもりなのっ、柳井くんっ!? ……って、あれ?」
「……あのぉ……」
 俺の声に、あずささんはドアの反対側を覗き込んだ。
「……あ」
 そう、お約束通り、俺は思いっきりの勢いで開けられたドアに吹っ飛ばされて、壁と挟み撃ちになっていたのである。……いてて。

「……なるほど、そういうわけだったのね」
「ごめんなさい、恭一さん。美奈が悲鳴なんてあげたから」
「いえ……」
 とりあえず、あずささんに手当してもらいながら事情を、と言っても俺の判ってる範囲内でだけど、説明すると、日野森姉妹は納得してくれた。
 あずささんが、俺のおでこに絆創膏を貼りながら、首を傾げる。
「でも、ミーナはまだ判るけど、どうして柳井くんが私の部屋で寝てたのかしら?」
「俺にもサッパリ判らないんですけど、目が覚めたら、その……、ここで寝てたようなわけで……」
 とりあえず、美奈さんのふとももを枕にしてた、ってことは言わないでおこう。
「すみませんでした。とりあえず俺、部屋に戻ります」
「うん、そうね。あんまり引き留めて、かおるちゃんに見られてもまずいでしょうしね」
 ふふっと笑うあずささん。
 と、いきなりドアをノックする音と声。
「すいませ〜ん、あずささ〜ん。こっちに恭一が来てないですか〜?」
 聞き間違えるはずもない、それはかおるの声だった。
 俺達は一瞬顔を見合わせた。それから、あずささんが肩をすくめた。
「隠しても無駄でしょうね」
「それは、……そうかも」
「美奈、隠し事は良くないって思いますぅ」
 美奈さんも、こくこくと頷いた。
 それから、あずささんがドアを開ける。
「おはよう、かおるちゃん」
「あ、おはようございます。朝からすみま……あーっ!!」
 途中で大声を上げたのは、当然ながらあずささんの後ろから現れた俺を見たからである。
「こんなところでなにしてんのよっ! あんたはっ!」
「いや、俺の方が聞きたいんだが……」
「……はぁぁ」
 かおるは、深々とため息をついて、それからちょいちょいと手招きする。
「うん、どうした? ……って、いてぇっ!」
 何か言いたいことでもあるのか、と思って近づいた俺の耳をむんずと掴み、廊下に引っ張り出してから、かおるは深々とあずささん達に頭を下げた。
「朝早くからすみませんでした。それじゃ失礼しますっ」
「あ、いいえ……」
「ほら行くわよっ!」
「いてっ、いてててっ!」
 あっけにとられている日野森姉妹を後にして、情けない悲鳴を上げながら引っ張られていく俺であった。

「あ〜、いてて。ったく、左右で耳の長さが変わったらどうするんだよ」
 2階まで降りてきて(ちなみに、あずささんの部屋は3階だった)、ようやくかおるは俺の耳から指を離した。
「あんたが悪いんでしょっ! あたしがいるのに、あずささんの部屋なんかで寝てたりするからっ! ……はっ」
 怒鳴ってから、口に手を当ててかぁっと赤くなるかおる。
「えっと、今のはその、変な意味じゃなくて……その、とにかくあんたが悪いのっ!」
「あのなっ!」
 言い返そうとしたところで、俺は言葉を切った。それから腕組みする。
「……なぁ、かおる」
「な、なによっ?」
「夕べのこと、どこまで覚えてる?」
「……」
 一瞬沈黙してから、かおるは俺の腕を掴んだ。
「とにかく、一度恭一の部屋に行きましょっ! こんなところで2人で突っ立っててもしょうがないんだからっ」
 それもそうだと思ったので、俺はかおるの後に続いて自分の部屋に戻っていった。

 自分の部屋に戻り、顔を洗ってから服を着替えていると、その間にかおるが手際よく朝食を作り始めていた。
「で、どこまで覚えてるの?」
 卵を焼くのか、フライパンを棚から出しながらかおるが訊ねてきた。
「ええっと、確か……、葵さんがあずささんや美奈さんにビールを飲ませ始めて、それから涼子さんが服を脱ぎ出して……って無言でフライパンを振り上げるなかおるっ!」
 俺は慌ててかおるに向かって叫んだ。
「あれは涼子さんが勝手に脱ぎ始めたんであって、俺は何もしてないだろっ!」
「……見たの?」
「下着姿になったところまでだっ!」
「……まぁ、それなら不可抗力ってことで許してあげるわ」
 渋々という感じでフライパンを下ろすかおるに、俺はほっと一息ついた。
「で、それから葵さんが俺とかおるの仲を聞いてきて……。あ、かおるもその時いただろ、確か?」
「そ、そりゃぁ、いたけど……」
 かぁっと赤くなって、俺に背を向けながらごにょごにょと呟くかおる。
 まぁ、無理もない。なにしろ葵さんときたら、俺とかおるに向かって、その、失敗しないえっちのやり方なんてものを教えてくれたわけだし。
 実際、失敗してしまった身としては、非常にありがたい話だったのは事実なんだけど、でもしらふで思い出すと、やっぱり恥ずかしいものである。
「……恭一、えっと、それについてはまた後で……」
「あ、かおる、鍋が噴いてる!」
「えっ? きゃぁっ!」
 慌ててコンロの火を消して、かおるは大きく息を付いた。それから膨れて振り返る。
「もうっ、恭一のばかぁ」
「なんで俺なんだっ!?」
「なんとなくよっ」
 膨れっ放しだが、耳まで赤くなってる辺りは……。
「可愛いな」
「なっ!?」
 何の気なしに言うと、かおるはさらに赤くなった。
「な、な、なに言ってんのよ恭一ってばっ、も、もうっ、からかっても何にもでてこないわよっ!」
 もう少し褒めてどこまで赤くなるのか見てみたいような気もするけど、後で反動が来たときが怖いのでやめておくことにして、俺は夕べのことを思い出す作業を再開した。
「で、その話の途中で俺は葵さんにウーロン茶を飲まされて、……あれ? そこから記憶がない」
「実は、あたしもそうなんだけど……」
 俺とかおるは顔を見合わせた。
「ね、恭一、今更だけど……、あのウーロン茶って、妙に苦くなかった?」
「そうそう。で、飲んだら、かぁっと熱くなる感じでさぁ……」
「……」
 俺達は、同時にため息を付いた。
「葵さん、多分ウーロンハイか何かを飲ませたんだ、きっと」
「ううん。葵さんのことだから、ウィスキーのウーロン割りか何かかも」
 かおるは、はぁっと腕に向かって息を吐いてから、くんくんとその臭いを嗅いで、顔をしかめた。
「う〜っ、やっぱりなんかアルコールの臭いがする〜」
「とにかく、朝飯にしようぜ」
「……うん、そうだね」

 かおるの作った朝食を、向かい合って食べながら、俺はかおるに訊ねた。
「で、かおるはどこで寝てたんだ?」
「うん、目が覚めたら涼子さんの部屋だったの。でも、涼子さんはいなくて、代わりにベッドに寝てたのは七海ちゃんと早苗さんだったんだけど。で、恭一がいないから、まさかと思って……。でも葵さんの部屋にもいなかったから、ずっと探し回ってたのよ」
 言っているうちにその時のことを思い出したらしく、じと目で俺を睨むかおる。
「ずぅっと捜して、最後の最後にあずささんの部屋でやっと見つけたんだから」
 と、その時ドアをノックする音が聞こえた。
 トントン
「柳井くん、いるかしら?」
「あ、あずささんだ」
 その声に、かおるは立ち上がると、ドアのところに走っていった。
「はい、恭一ならいま朝ご飯食べてますけど」
「え? かおるちゃん? あれ。ここ柳井くんの部屋でしょ? どうして……?」
 あ、まずい。
「はぁい! 美奈知ってま〜す。かおるちゃんと恭一くんは、実はラブラブなんですよぉ」
「みっ、美奈さんっ! あ、あの、それはそのぉ……」
 数日前までなら、大声で「そんなこと全然ないですよっ!」と叫んでいるところなのだが、今は曲がりなりにもそういう関係なわけなので、反論できずに口ごもるかおるであった。
 このまま、もじもじするかおるという珍しいものを観察するのも面白そうだけど、その誘惑を振り切って俺はドアのところに出ていった。
「あずささん、さっきはどうもすみませんでした」
「あ、柳井くん。こっちこそ、ごめんなさいね」
 あずささんはにっこりと笑った。
 初めて逢ったときも思ったけど、こうして改めて見ても、本当に綺麗な人だなぁ。
 がづん
「のぉうっ!!」
 いきなりつま先に突き抜けるような激痛が走り、俺は思わずその場で飛び跳ねていた。
「柳井くん?」
「あ、何でもないですよ。いつものことですから。ね、美奈さん」
「確かに、いつものことですぅ」
 にこにこしながら頷く美奈さん。って、そりゃないよぉ。
 その場でのたうつ俺をよそに、かおるはあずささんにもう一度頭を下げた。
「恭一がほんとにご迷惑をおかけしました。すみません」
「ううん、こっちこそ」
 首を振ると、あずささんは俺に視線を向けた。
「それより、かおるちゃん。あんまり柳井くんをいじめたらダメよ」
「でも、かおるちゃんはお姉ちゃんほどは……」
「ミーナ」
 じろり、と美奈さんを睨むあずささん。美奈さんは慌てて手を上げた。
「美奈、何も知らないです」
「よろしい。それじゃ、2人とも。キャロットでね」
 軽く手を上げて、あずささんはドアを閉めた。
 俺はつま先を押さえながら、身体を起こした。
「なんだよ、お前はっ」
「ふんだ。どうせあたしはあずささんほど胸がおっきくありませんよぉだ」
 ぷいっとそっぽを向くかおる。
「なんだ、そんなこと気にしてたのかよ」
 身体を起こすと、俺はかおるの肩に手を置いた。
「俺はかおるが好きなんだよ」
「き、恭一?」
 またまた赤くなるかおる。
「も、もうっ、調子いいんだからっ」
 そう言って身を翻すと、そのまま部屋に戻っていく。
「かおる?」
「食器を片づけてるから、恭一はゆっくりしてなさいって」
 なんか語尾にハートマークが付いているような口調で言うと、そのまま机の上にあった食器を流しに運んでいく。
 とりあえず機嫌が良くなったらしいので、いらないことを言ってその機嫌を損ねるのも馬鹿馬鹿しいと、俺は言われるままに座って、鼻歌を歌いながら食器を洗うかおるの後ろ姿を眺めていたのだった。

To be continued...

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あとがき
 ということで、Aシリーズです。
 しかし、なんだなぁ……。
 とりあえずPia3を待った方がいいのかなぁ……。

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