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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.30-A

 そこにいたのは、俺も一度だけ逢ったことがある、美奈さんのお姉さんだった。
 ロングヘアにキャロットの制服が似合ってる。
「どうしたの、2人とも?」
 きょとんとして訊ねるあずささん。それにまず我に返ったかおるが、俺のつま先を踏んづけた。
「ぬぐれおちどっ!」
「きゃっ!? ど、どうしたの?」
「なんでもありませんよ」
 にっこり笑って言うかおると、つま先を押さえて飛び跳ねる俺。
「それより、どうしちゃったんですか、あずささん?」
「そんなに変かな?」
 スカートの裾を摘んで見せるあずささん。わっ、いまちらっと……。
「ジャコビニ流星きぃぃーーっく!!」
 どげしぃっ!
「どすけべっ! さっさと顔洗って来なさいっ!」
「……うぐぅ」
「うぐぅ?」
 首を傾げるあずささんに、かおるが答える。
「なんでもないですよっ」

 とりあえず顔を洗って休憩室に戻ってくると、店長さんと涼子さんがあずささんと何か話していた。
 店長さんが俺に気付いて声をかけてくる。
「やぁ、柳井くん。ちょうどよかった。今日から2号店のヘルプに入ってくれる……」
「日野森あずさです。改めてよろしくね」
 あずささんはにっこり笑って頭を下げた。
「あずさくんは5号店のフロアチーフとしてずっと活躍してくれていたからね。即戦力として期待出来るってわけだ」
「やだ、店長さんったら、もう。おだてても何も出ないですよ。それにあたしがここでバイトしてたのはずうっと前なんですから」
 あずささんは照れたように言った。
 それにしても、スタイルもいいなぁ。
 キャロットの女子制服は、スタイルを強調するデザインになってる。かおるあたりだとそれがよけいに悲しいことになる……。
「何か変なこと考えてない?」
 いきなり後ろから囁かれて、俺は思わず飛び上がった。
「わぁっ! かかかぁるっ!?」
「かぁるって呼ぶなっ!」
 後ろからスリーパーを掛けられて、俺は慌てて腕をタップする。
「まいった、まいったから離してください」
「よし」
 すっと腕をほどいてから、かおるは3人の視線に気付いて慌てて愛想笑いをした。
「あははっ、……すみません」
「ふふっ、ホントに、あずささんと前田くんを思い出すわ。ね、店長」
「ああ、そうだな」
「ちょ、ちょっとやめてください」
 赤くなって言うあずささん。
 と、後ろから声が聞こえた。
「わぁっ、お姉ちゃん。やっぱりお似合いですぅ」
「ミーナ、キャロットではお姉ちゃんはやめなさいってば」
「でもぉ……」
「まぁまぁ。それじゃ、とりあえず今日は、あずさくんは美奈くんに付いてやってくれないか?」
「はいっ、ミーナがちゃんと教育しますっ」
 嬉しそうに頷くと、美奈さんは休憩室に入ってきて、あずささんの手を引っ張った。
「はい、こっちですぅ」
「きゃっ、ちょっとミーナったら。あ、それじゃ店長さん、涼子さん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「よろしく頼むよ、あずさくん」
 涼子さんと店長さんが声をかけ、あずささんは一礼して休憩室を出ていった。
 なんとなくそれを見送ってると、不意に後ろから声が聞こえた。
「へぇ、涼子ったら、あずさちゃんを引っ張り込んだの?」
「その声は……」
「葵さん!?」
「やぁ、諸君……。あっ、店長! いらっしゃったんですか?」
 休憩室をのぞき込んで、慌てる葵さん。
「やぁ、皆瀬くん。太刀川の方はどうだい?」
「あ、はい。万事順調です」
「そりゃ良かった。それじゃ涼子くん、あとは任せたよ。僕は今から本店に顔出ししないといけないから」
「判りました」
 頷く涼子さんを残して、店長さんは部屋を出ていった。
 それを見送って、葵さんがため息をつく。
「はぁ。やっぱりダンディよねぇ」
「葵、こんなところに来て……。太刀川の方はどうしたの?」
 涼子さんに声を掛けられて、葵さんは肩をすくめる。
「今日は非番。それにしても、あずさちゃんが来るとはねぇ。ふーん」
 葵さんは目を細めると、にまぁっと笑った。
「涼子、当然、歓迎会するんでしょ?」
「……それが目当てなんでしょ? それにしてもどこからそんな情報仕入れたのよ、まったく……」
 ため息をついて、涼子さんはこちらに視線を向けた。
「あら、まだいたの?」
「あっ、すみません」
「すぐに出ますっ!」
 俺達は、慌ててフロアに飛び出した。

 仕事が終わって、俺は着替えてから休憩室に顔を出した。
「あっ、柳井くん。お疲れさま」
「あずささん、お疲れさまです」
 休憩室では、私服に着替えたあずささんがくつろいでいた。
「あずささんも、自宅からですか?」
「ううん。寮に入ることにしたの」
「え? でも、確か旦那さんが……」
「柳井くん、今は、あの人の話はしないで」
 俺の言葉を遮るあずささん。う、怖い。
「す、すみません。以後気を付けます」
「……あ、ううん。こっちこそ」
 あずささんは苦笑した。
 と、ドアが開いてかおると美奈さん、そして早苗さんが入ってきた。
「あずささん、久し振りです!」
「早苗さん。こちらこそ!」
 握手する2人。
「でも、ほんとにあずささんが来てくれてよかった。来てくれなかったら、私がフロアに出ないとならなかったんですよ」
「あら、でも早苗さんも制服似合うわよ」
「そんな。いじめないでください」
 苦笑する早苗さん。
 いや、俺も似合うと思うんだけど。
 と、ドアが開いて、涼子さんが顔を出す。
「あずささん、電話だけど……」
「……あの人からですか?」
 表情を硬くして聞き返すあずささんに、こくりと頷く涼子さん。
 あずささんはため息をついた。
「こんなところにまで電話してくるなんて、懲りないんだから……」
「どうするの?」
「……しばらく逢いたくないって伝えてください」
 うわ、なんか修羅場……。
 ……にしては、他のみんなはのんびりしてるなぁ。
「はいはい。そう言っておくわね」
 涼子さんは苦笑して引っ込んだ。
 俺は、他のみんなと同じく平然としているかおるに、小声で訊ねた。
「どうしてみんな平然としてんだ?」
「えっ? ああ、あずささんと前田さんって、仲良いほど喧嘩するってその典型なのよ。前からこんなこと、しょっちゅうなんだから」
 肩をすくめると、かおるは言った。
「それじゃあずささん、寮で葵さんが待ってますよ」
「えっ? ……ミーナ!」
 あずささんは、美奈さんにじろっと視線を向けた。ぶんぶんと首を振る美奈さん。
「美奈、葵さんにはしゃべってないです〜」
「多分、翠さんですよ。あの人も宴会好きですから」
 かおるが言うと、あずささんは小首を傾げた。
「みどりさん?」
「まぁまぁ。それじゃ行きましょっ!」
 その背中を押すようにして休憩室から出ていくかおる。
 俺と美奈さんは顔を見合わせて苦笑した。
「ええっと、美奈さんと早苗さんは……?」
「はい、今日は美奈もお邪魔します」
「私もたまにはお邪魔させてもらおうかな、っと」
 にっこり笑う美奈さんと早苗さん。
 俺も笑顔で頷いた。
「みんな喜ぶと思いますよ」

「それじゃぁ、あずさちゃんのキャロット2号店復帰を祝ってぇ、かんぱーいっ!」
「かんぱーい」
 葵さんの音頭に合わせてグラスのぶつかり合う音。
 あずささん復帰記念の宴会は、前と同じく葵さんの部屋で行われた。参加しているのは、寮のメンツに加えて美奈さんと早苗さん、そしてもちろん主賓のあずささんである。……もとい、寮のメンツのなかでも翠さんはいなかった。ヨーコさんによると、なんでも篠原先生のアシを急に頼まれて、泣きながら出かけたとか。
「それじゃ、まずはあずさちゃんからご挨拶の一言。あずさちゃん、どおぞっ」
「あっ、はぁい」
 あずささんが、ビールの缶を置いて立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。
「あの、日野森あずさです」
「前田じゃないのっ?」
 葵さんが口を挟むと、じろっと睨むあずささん。
「ひ・の・も・り・ですっ!」
「おお、怖っ」
 大げさに身をすくめてみせる葵さんに涼子さんが言う。
「もう、葵ったら。あんまりあずささんをいじめたら駄目よ」
「はいはい。ごめんごめん、あずさちゃん。続きをどうぞ」
「……こほん」
 あずささんは咳払いをして、部屋を見回す。
「ええっと、知ってる人もいますけど、初めて逢う人もいますから、改めて自己紹介しますね。昔、10年以上前になりますけど、キャロットでバイトをしていました。ここにいますミーナはあたしの妹になります」
「お姉ちゃんです」
 さっとあずささんを手で指して言う美奈さん。……なんとなく顔が赤いような気がするけど、気のせいかな?
「そんなわけで、バイトの経験があるって言っても10年以上前ですから……」
「くすん。あずさちゃん、そんなに年を強調しなくてもいいじゃないのぉ……」
 うぉ? 涼子さんが泣き出したぞ。
「あっ、えっと、そんなわけでよろしくお願いしますっ」
 ぺこっと頭を下げて座るあずささんに、みんながぱちぱちと拍手する。
 葵さんが代わって立ち上がる。
「さぁて、それじゃ続いて恒例のあずさちゃんへの質問コーナーだっ!」
「わぁーっ」
 ぱちぱちぱちっ
「なっ、なんですか、その恒例のっていうのはっ!」
「まぁまぁ細かいことを気にしない」
 そう言ってから、不意に俺達の方を向く葵さん。
「そこの青年っ!」
「へ、俺?」
「そうそう。恭一くん、かおるちゃんとおつきあいすることに決めたんだって?」
 ぶーっっ
 隣でウーロン茶を飲んでいたかおるが、それを思いっきり吹き出した。そのまま慌てて両手を振り回す。
「わわわっ、そっ、それはその、あのねっ!」
「まぁまぁ照れるな若者」
 にまぁっと笑う葵さん。
 一方、かおるの正面に座っていて、ウーロンシャワーを浴びる羽目になった七海は、タオルで顔を拭きながらにやりと笑った。
「そっかぁ、おめでとさん、かおるっ」
「な、七海ちゃんまで……。も、もう知らないっ」
 ぷいっとそっぽを向いてしまったかおる。だが、うなじまで真っ赤になっているのがまた可愛いんだよな。
 そんなことを思いながら、ウーロン茶を口に運んだ俺に、葵さんが尋ねた。
「それで、もうえっちはしたのかなぁ?」
 ぶぶーーーっ
 とっさに壁の方を向いたのは自分でも褒められる反射神経だったと思う。
「なななっ!」
「あのあのあのっ」
 今度は2人であわあわしていると、あずささんがため息をついた。
「相変わらずセクハラですね、葵さんって」
「おう、あずさちゃんったらひとりでたそがれてないで、飲めっ!」
 その前にずいっと缶ビールを突き出す葵さん。
「はいはい。もう……」
 困った顔でその缶ビールを受け取ると、あずささんはぷしっと開けて一口飲んだ。そして微笑む。
「でも、……本当に、帰ってきたって感じ」
 そこに、早苗さんがお皿を持って入ってきた。
「はい、おつまみ出来ましたよ〜」
 うぉ、いないと思ってたら、そんなもの作ってたのか。
「おおっ、さすが縁の姉御」
「もう、七海ちゃんったら、その言い方はやめてください」
 苦笑する早苗さん。
「とりあえずご苦労さん。はいどうぞ」
 その早苗さんの前に缶ビールを差し出す美奈さん。……顔、真っ赤なんですけど。
「もしかして美奈さんって、お酒弱いんですか?」
 俺が訊ねると、美奈さんはぎろっとこっちを見た。
「なにおうっ。美奈、もう20歳過ぎてますっ!」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「うぇぇん、どうせ美奈は童顔で未発達ですよぉ」
「あっ、こら恭一くん。ミーナを泣かせたわねっ! ちょっとこっち来なさいっ!」
「ちっ、違いますっ! か、かおる、助けてくれぇっ!」

 ……こうして、狂乱の一夜は更けていく。

To be continued...

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あとがき
 以前、かおるが人気がないとあとがきに書いたところ、それはあんたがかおるを可愛く書いてないからだ、と指摘されました。いや、ごもっとも(苦笑)

 そんなわけで、あっさりと無印を追い抜いて30話の大台に乗りました。……正確には31話なんですが。
 ……ナンバリングし直した方がいいかなぁ。もうシンクロさせても意味がないし。

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.30-A 01/5/28 Up

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