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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.30

 うーん、うーん……。
 ぜんっぜん眠れねぇっ!!
 俺は、暗い部屋の中、天井を見上げた。
 原因はわかってる。

「恭一さん、大好き……です」

 みらいちゃんの別れ際の言葉。
 いくら俺が朴念仁だとはいえ、さすがにアレが単なる別れ際の挨拶とは思えない。
 でも、俺はかおるのことが好きなわけだし……。
 とはいえ、かおるとの仲は今は白紙状態だから、俺がここでみらいちゃんの告白を受けたとしても、誰からも文句を言われる筋合いじゃないわけだよな……。
 あとは俺の胸先三寸っていうか、ボールは俺に投げられたっていうか……。
 ……駄目だ、全然考えがまとまらん。
 俺は身体を起こした。

 ガチャッ
 寮の屋上のドアを開けると、流石に少しは涼しい風が吹いていた。
「アレ? 恭一デスか?」
「あ……」
 フェンスにもたれていたよーこさんが、俺の姿を見て体を起こした。
 そういえば、よーこさんは時々屋上で星を眺めてるんだった。
「ごめん、邪魔したかな?」
「そんなことないですよ」
 にっこり笑うと、よーこさんは俺に視線を向けた。
「それよりも、恭一こそ、どしたですか?」
「ちょっと、眠れなくて……」
「なるほど」
 真面目な顔で頷くよーこさん。
 俺は、よーこさんの真似をして、フェンスに寄りかかった。そして、空を見上げる。
 相変わらず、あまり星の見えない都会の空。
「……あ!」
「わっ!」
 俺とよーこさんは、同時に声を上げた。
 大きな流れ星が、空をつぅっと横切っていったのだ。
「今の見ましたか、恭一?」
「ああ。でかい流れ星だったなぁ」
「ハイ」
 よーこさんは嬉しそうに頷いた。そして訊ねる。
「恭一は、願い事、しましたか?」
 流れ星が流れている間に願い事を3度すれば、その願い事は叶うという。
「残念ながら、忘れてた」
 俺が苦笑すると、よーこさんも笑った。
「ワタシもです」
「一瞬だもんなぁ」
「ヤー」
 頷いて、よーこさんはもう一度空を見上げた。
「……恭一は、何か願い事、あるですか?」
「……今のところは、とりあえず神頼みしないといけないようなことはない、と思う」
「カミダノミ?」
 小首を傾げるよーこさん。俺は苦笑して説明した。
「神様にお願いしないと、どうにもならないようなことはないってことさ」
「はー、なるほど」
「……でもないか」
 小さく呟いた。
 かおるとみらいちゃん……。
「……何か、心配ごとでもアルですか?」
 よーこさんが、俺の顔をのぞき込んできた。
「……ま、ちょっとね」
「ん〜。かぁるちゃんとみらいちゃんのこと、デスか?」
「えっ?」
 俺が心の中を言い当てられてぽかんとしていると、よーこさんはくすっと笑った。
「見てれば判りますよ」
「……まいったなぁ」
 苦笑して、もう一度、夜空を見上げる。
「……恭一って、イイ人、ですね」
「……そんなことないよ」
「だって、悩んでるってことは、それだけ……、そう、真剣に、2人のこと、考えてるっていうこと、でしょう?」
 日本語の単語を思い出しながらなのか、ゆっくりと言うよーこさん。
「俺は、ずるい男だよ」
 なぜだか、夜空を見上げていると、素直に胸のうちを吐き出すことが出来ていた。
「俺はかおるが好きなんだって思ってた。だから、かおるに告白までしたんだ……。だけど、みらいちゃんに告白されて、……ずっと、振り向いてくれないかも知れないかおるを想っているよりも、そんなみらいちゃんと付き合う方がいいのかもしれない、なんてさ……」
 はっきりと口にしてから、俺は自分の身勝手さにため息をついた。
「……人の心って、変わって行くものよ」
 不意に声が聞こえて、俺は思わず身体を起こした。
「えっ?」
「ごめんなさい、立ち聞きするような真似して」
 屋上への出入り口のところに立っていたのは、涼子さんだった。
「……いえ」
 俺は首を振って、それから頭を下げた。
「すみません、涼子さん。こんな状態でバイトを続ける資格なんてないですよね。俺、キャロットを……」
「辞める、なんて言わないでね。只でさえ、これからもっと忙しくなるんだから。……と、これは2号店マネージャーとしての発言」
 そう言ってから、涼子さんは後ろ手にドアを閉めた。
「こう見えても、それなりにいろんな事経験してるから……、恭一くんの悩みだって、聞いてあげられると思うわよ」
「……」
 俺が黙っていると、涼子さんは微笑んだ。
「立ち話もなんだし、座りましょうか。ちょっとお尻、汚れちゃうかも知れないけど」
「ワタシもご一緒、イイですか?」
 よーこさんが訊ねた。
「このまま恭一、ほっとけないです」
「恭一くん、いいかしら?」
「……ええ」
 頷いて、俺は屋上に腰を下ろした。
 コンクリートの床は、ひんやりと心地よかった。

 涼子さんは、静かに言った。
「さっきも言ったけど、人の心なんて曖昧なものなのよね。一日、ううん、ほんの一瞬でもう変わってしまう。だから、人間関係なんて、経理みたいにぴたりと答えが出てくれるものじゃないわ」
「……ええ」
 確かに、それはそうだろう。
「だから、恭一くんがかおるちゃんからみらいちゃんに心を動かしたって、それは全然責められるべきことじゃないわ」
「そうで……しょうか?」
「かおるちゃんと恭一くんは付き合ってるわけじゃないでしょう? だったら、いいんじゃないかしら?」
「それはそうですけど……。でも……」
「あとは、よく話し合うこと。結論なんて、最初から出ないけど、でも話すことは無意味じゃないわ」
「話し合うって……、かおると、ですか?」
「ええ。それに勿論、みらいちゃんとも、ね。そのうえでなら、恭一くんがみらいちゃんと付き合うのも良し、かおるちゃんを待ち続けるのも良し。一番良くないのは、このまま放っておくこと。そうじゃないかしら?」
「……それは判ってますけど……」
 俺はため息を付いた。
「俺自身、自分が判らないんです。かおるを待つのか、みらいちゃんの告白を受け入れるのか……」
「一つだけ、忠告しておくわね」
 涼子さんは指を一本立てて言った。
「みらいちゃんが可哀想だから、なんて考えがあるのなら、それは即、捨てなさい」
「えっ?」
「可哀想だから、で付き合ってもらうことになっても、それはみらいちゃんの本意じゃないわ。それは、お互いに不幸な結末になるから……」
 そう言って、涼子さんは夜空を見上げた。
「同情から始まる恋もあるから、絶対にダメ、とも言えないんだけどね……」
「……はぁ、難しいモノ、ですねぇ」
 よーこさんがため息をついた。涼子さんも苦笑する。
「恋愛に公式があって単純に割り切れるものなら、世界はすごくつまらないものになる……っていうのは、葵がいつか言ってたセリフだけど……」
 へぇ。あの葵さんにしては真面目なセリフだ。
 そう思っていると、涼子さんは俺に視線を向けた。
「ああ見えても、私よりも、恋愛に関しては修羅場をくぐってるからね、葵は」
 悔しいけど、と付け加える。あ、今ホントに悔しそうだったぞ、涼子さん。
「……コホン。とにかく、こと今回に関しては、恭一くん」
 涼子さんは眼鏡を外して、俺の目をじっと見つめた。
 その真面目な表情にどきりとする。
「大丈夫。恭一くんが一生懸命に悩んで出した結果なら、きっと2人ともそれを受け入れてくれるから」
 後になって冷静に考えてみれば、既に俺は、自分自身が結論を出さないといけないっていうことは判っていた。だから、よーこさんと涼子さんには、ほとんど愚痴を聞いてもらっていただけ、ということになる。
 だけど、それだけでも、俺は精神的に随分と楽になったのだった。

「ありがと、2人とも。このお礼はいずれ」
「そうね。いずれ、ね」
「楽しみにしてます」
 笑顔の2人にもう一度頭を下げて、俺は部屋に戻った。
 今度は、そのまますんなりと眠ることが出来た。

 翌朝。
 ドンドンドンッ
「こらーっ、恭一っ! いつまで寝てんのよっ! 起きなさ〜〜〜いっ!!」
 ドアを乱打する音と、叫ぶ声で目が覚めた。枕元の目覚ましを見ると、8時前。
「……ちょうど、いい……か」
 俺は、そう呟いて、勢いを付けて起きあがると、ドアに歩み寄って開けた。
「あ、やっと起きたのね。まったく……」
 腰に手を当てて俺を睨もうとしたかおるが、俺の表情に気づいて文句を止めた。
「……かおる、話があるんだけど、いいか?」
「……うん、わかった」
 かおるは頷いた。

「まぁ、座れよ……って、なにしてんだ?」
「だって、朝から暑いんだもん」
 そう言いながら、冷蔵庫から出した麦茶を、これまた流しの所に置いてあったグラスを2つ並べて注ぐと、かおるは片方を俺の前に出した。
「はい」
「サンキュ」
 礼を言って、座るように促すと、かおるはテーブルの前に座った。
 俺はその反対側に座ると、深呼吸した。
「あのさ……」
「みらいちゃんのこと、でしょう?」
 どきっ
「……なんで?」
「それくらい、判るわよ。伊達にあんたと長い付き合いしてるわけじゃないし。でも……」
 かおるは麦茶を一口飲んで、それから俺に視線を向けた。
「直接、恭一の口から聞きたいな。それくらいは、いいでしょ?」
「……ああ」
 俺は頷いて、話し始めた。

「……そっか」
 俺が話し終わると、ずっと黙って聞いていたかおるは、麦茶のグラスを指でなぞりながら、一言だけ呟いた。
「……ああ」
「で、みらいちゃんには、まだ話してないのね?」
「ああ。かおるに先に話すのが筋だって思うし……」
「……うん」
 かおるは立ち上がった。
「かおる?」
「……ちょっと、一人で、考えさせて……。キャロットで、逢おうよ」
 そう言い残し、かおるはくるっと背を向けて、部屋を出ていった。
 パタン
 ドアが閉まる音がしてから、俺は大きく深呼吸した。
 いいのかどうかはわからない。けど……。

 いつもより30分も早く、キャロットに着いた俺は、制服に着替えて更衣室を出た。
 ちょうどそこに、早苗さんが通りかかった。
「あら、恭一さん。どうしたんですか、今日は? 随分早いみたいですけど……」
「ええ……。あの、みらいちゃんは、もう来てましたか?」
「まだだと思うけど……」
 小首を傾げる早苗さん。
「でも、どうして?」
「あ、いえ……。それじゃ」
 俺は一礼して、そのまま事務室に向かった。そしてドアをノックする。
「どうぞ?」
 涼子さんの声がした。俺はドアを開けて中に入った。
「失礼します」
「あら、恭一くん。どうしたの?」
 事務をしていたらしく、書類にペンを走らせていた涼子さんは、その手を止めて顔を上げた。
 俺は頭を下げた。
「お願いがあります」

 ……暑い。
 俺は、額の汗を拭いながら、空を見上げた。
 青い空から、太陽の光が遠慮容赦なく降り注いでいる。
 と、通りの向こうに、人影が見えた。
 陽炎の向こうでゆらゆらと揺れている、小さな人影。
 手にした箒をその場に置いて、俺は駆け出した。
「みらいちゃんっ!」
「えっ? あ、ああっ!」
 大声で呼ぶと、人影は立ち止まった。そして、慌てて、まるで逃げ道を探すように、左右を見回す。
「待って!」
 俺はその手を掴んだ。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
「なっ、なんで……しょうか?」
「昨日の返事だよ」
 俺がそう言うと、みらいちゃんはびくっと身を竦ませた。
「あ、あの、えっと……、ご、ごめんなさい! わ、わたし、その、あの……、ごめんなさい」
 俯いてしまうみらいちゃん。
 その両肩に手を置いて、言う。
「みらいちゃん。……俺も、どうやら、みらいちゃんのことが、好きみたいだ……」
「……!!」
 ぱっと顔を上げるみらいちゃん。
「き、恭一……さん……」
 見る間に、その顔がかぁっと赤くなっていく。
「ほ、本当……に……、ですか……?」
「……うん」
 そう。俺が出した結論は、みらいちゃんを選ぶ、だった。
 かおるにも、そう伝えた。今の俺の心を正直に。
「……」
「……あれ?」
 みらいちゃんが何も言わないので、不思議になって顔を覗き込むと、真っ赤になって目もうつろになって……って。
「ちょ、ちょっとみらいちゃん? しっかり! しっかりしてっ!」
 慌てて肩を揺さぶったが、返事がない。
 な、なんで、どうしてっ!?
 俺はさらに慌てた。
「みらいちゃんっ、何がどうしてっ!?」
「恭一さん、どうしたんですか?」
 その声に振り返ると、ちょうど通勤中に通りかかったらしく、まだ私服姿の美奈さんが俺達を怪訝そうに見ていた。
「み、美奈さんっ! みらいちゃんが、みらいちゃんがっ!」
「えっ? あっ!」
 美奈さんは、ぐったりとしているみらいちゃんの様子に気づいて、言った。
「恭一さん、はやくみらいちゃんをキャロットに運ぶんですっ。美奈は早苗さん呼んできますからっ!」
「は、はいっ」
 俺はみらいちゃんを抱き上げて、走り出した。

「ね、熱中症、ですか?」
「ええ。でも、すぐに運んでもらったので、大したことないですよ」
 そう言いながら、早苗さんは休憩室のソファに寝かせたみらいちゃんに風が当たるように扇風機の角度を調整した。それから、ブラウスのボタンを2つほど外して、立ち上がる。
 って、ええっ!?
「さて、と。美奈さん、そろそろお仕事に出ましょうか?」
「あ、そうですね。それじゃ恭一さん、ここにドリンク置いておきますから、みらいちゃんが気が付いたら、飲ませてあげてくださいね」
 とん、とドリンクの入ったペットボトルをテーブルに置いて、美奈さんも立ち上がった。
 って、ええっ!?
「あっ、あのっ!」
「あ、涼子さんにはちゃんと話しておきますから。大丈夫ですよ、美奈にお任せ、です」
 にっこり笑って、美奈さんは休憩室を出ていった。
 続いて出て行こうとする早苗さんを引き留める。
「早苗さんっ! ちょっと待ってくださいよっ!」
「恭一さん、後はお願いしますね。あ、でも2人きりだからって、変なことしちゃ、めっ、ですよ」
 俺の額をちょん、とつついてから、早苗さんは静かにドアを閉めた。
 こうして、俺は、意識のないみらいちゃんと一つ部屋に取り残されてしまったのだった……。

To be continued...

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あとがき
 さて、梅雨もなんか明けて、いよいよ夏本番。
 夏といえばPia☆キャロット。つーわけで、無印シリーズでございます。

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