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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.29-A

 翌朝。
「……ん」
 目が覚めると、俺は天井を見上げて一つ深呼吸した。それから、おもむろに右に視線を向ける。
「……すぅ……」
 そこには、かおるがいた。
 無邪気な寝顔を俺に向けて、ぐっすりと眠っている。
「……う、うん……」
 微かに何か呟くかおる。
 俺は……。
 深々とため息をついていた……。
 と、その時、かおるが目を開けた。
「う、うう〜っ」
 ごしごしと目をこすって、身体を起こしたかおるが、俺に気付く。
「お、おはよ……」
「おう……」
 気まずい沈黙。
「あ、あたし……」
「お、俺……」
 同時にしゃべりかけて、声が重なったのに気付いて言葉を切る俺達。
「ええっと……、その……」
 俺は頭を掻いた。
 かおるは、ベッドからすっと降りた。
「あ……」
 反射的に伸ばした手を、振り返ったかおるの視線がとらえた。
 一瞬、空気が固まったような感じ。
「……い、いや……」
 そう呟いて、手を引きかけた俺。
 と、その手が暖かなものに掴まれる。
「あ……」
 かおるは、掴んだ手を胸元に引き寄せた。
 ふかっ
 柔らかな感触が手に伝わる。
「あのさ……。まだ、あたし達、始まったばっかり、よね?」
「う、うん……」
「だから、焦ること、ないと思うんだ」
 そう言って、ようやくかおるは、ぎこちなくだけど、微笑んだ。
「これからまだまだいくらでもチャンスはあると思うし、あ、ほら、あたしだって痛いだけだといやだし……って、何言ってるんだろ……。ごめん……」
 そのまま俯いてしまうかおる。
 俺は一つ深呼吸してから、かおるの頭に手を伸ばした。そのまま撫でる。
「ひゃっ!」
「……ごめんな、かおる」
 あ、やばい。
 なんだか泣けてきた。

 まぁ、ここまでのやりとりで判るとおり、夕べはうまくいかなかった。
 どっちが悪いのかって言われたら、俺だとしか言えないんだけど……。
 くそっ、もっとそっちのことも勉強しておけばよかった。畜生。
「……泣かないでよ、恭一。そんな……あたし……どうしたらいいの……?」
「……っく、ご、ごめん……」
「……恭一っ」
 かおるは、ぎゅっと俺の顔を自分の胸に抱きしめた。
「恭一、大好きだよ……」
「かおる……」
 俺は、かおるの胸に顔を押しつけたまま、じっとしていた。
 涙が流れなくなるまで。

 とりあえず落ち着いたところで顔を上げると、じっと俺を覗き込むように見つめていたかおると、ばっちり視線が合ってしまった。
「あ、えっと……」
 わ、頬がかぁっと熱くなるのが判るっ。
 かおるも、みるみるうちに真っ赤になると、慌てて俺から少し離れた。
「えっと、あ、暑いね。クーラー付けよ、クーラーっ」
 そう言ってクーラーのスイッチを入れるかおる。
「あ、えっと、そうだ。朝ご飯にしようよ、朝ご飯。ねっ」
「ああ、そうだな」
「よしっ、それじゃあたしが何か作ってあげましょう」
 腕まくりするかおる。
 と、その時。
 ピンポーン
 唐突にチャイムが鳴った。
「えっ?」
 顔を見合わせる俺とかおる。
 ピンポーン
 もう一度チャイムが鳴り、俺は慌ててその辺りにあったTシャツを掴んで被りながら、かおるに小声で怒鳴る。
「かおるっ、服着ろ服っ!」
「わかってるっ! あれ? 恭一、それあたしのTシャツっ!」
 あ、道理で小さいと思ったけど。
「あとだっ! とにかくそれ着てろっ!」
 俺はとっさに手で掴んだワイシャツを放り投げると、玄関に走った。
 と、危ないところで気付いてUターンし、ズボンを履いて玄関にとって返す。
 ピンポーン
 3度目のチャイムが鳴ってから、ドアを開けた。
「はいはいはいっ、どちらさまっ!?」
「きゃっ! び、びっくりしましたぁ……」
 そこにいたのは美奈さんだった。唐突にドアが開いたもんだから、目を丸くしている。
「み、美奈さん? どうしたんですか、いったい? あれ?」
「恭一さん、もしかしてまだ寝てたりしたんですか?」
「いえ、そんなことはないですけど……」
 そう答えながら考える。
 確か美奈さんは自宅からキャロットに通ってきてたはず。その美奈さんがどうしてこんな朝から寮に来てるんだろう?
「恭一さん、美奈、お願いがあるんですぅ」
 俺が考えていると、美奈さんが両手を合わせるようにして、僕にすり寄った。
 うぉ、コロンのいい香りが鼻をくすぐる。
「な、なんでしょう?」
「午前中、空いてますかぁ?」
「空いてますっ、そりゃもう勿論言うまでもなくっ!」
 きっぱり断言をする俺。と、いきなり背中に激痛が走った。
 ぎゅぎゅーーーーっ
「ぎゃふにょぉへぇ〜〜っ」
 思わず飛び上がって後ろを見ると、かおるが拳をふるふるさせながら立っていた。
「あんたって人はぁっ! 何朝から美奈さん口説いてんのよぉっ!」
「んなことしてねぇだろっ!!」
 思わず怒鳴り返してしまう俺に、ぐいっと詰め寄るかおる。
「あのねぇっ! ここにあたしがいるんだから、そんなみっともないことするんじゃないわよっ!」
「……か、かおる……」
「あっ……」
 かおるは、はっと気付いて真っ赤になると、ワイシャツの裾を掴んでもじもじし始めた。
「ええっと、今のはその……、ば、ばかぁっ……」
 か、可愛い……。
 なんかまたかおるの新しい一面を発見してしまった気分だ。
「あ、あの、ごめんなさい。美奈、出直して来ますっ!」
「へっ?」
 振り返ると、美奈さんがこちらも真っ赤な顔であとずさりしていた。
「あの、美奈さん?」
「美奈、その、それくらい判りますからっ、大丈夫ですっ。それじゃごゆっくりっ!」
 そのままくるっと踵を返して、ぱたぱたっと廊下を走っていってしまう美奈さん。
 どうしたんだろう?
 俺は振り返ってかおるに訊ねようとして、気付いた。
「かっ、かおるっ! スカート履いてないっ!!」
「えっ!? あ……、わきゃぁっ!!」
 慌てて部屋の中に駆け込むかおる。
 そう、かおるは下着にワイシャツ一枚というとんでもない格好だったのだ。
 そりゃ美奈さんだって逃げるさ。
「あ〜ん、恭一〜、どうしよ〜〜。今日、美奈さんにどんな顔して逢えばいいのかな……?」
「そんなこと言われても、俺だって困るんだけどなぁ……」
 それにしても、美奈さんなにしに来たんだろう?
 俺はもう一度、美奈さんの駆け去った後を眺めた。

 それから、何となく気が抜けてしまった俺達は、かおるの作った朝ご飯を食べ終わった。
「ふぅ、ごっそさん」
「どうだった?」
「うん、美味かった」
「……えへへっ」
 嬉しそうに笑うと、かおるは食器を流しに持って行くと、洗い始めた。
「♪〜〜〜」
 鼻歌まで歌いながら、食器を手際よく洗っていくかおる。
 その後ろ姿を見ながら、俺は何か暖かい気分になっていた。
「……うん? どうしたの、恭一?」
 視線に気付いたのか振り返ると、かおるはぽっと赤くなってお尻を手で隠した。
「やだ、変なこと考えてたんじゃないでしょうね?」
「そんなんじゃないって」
 そう。不思議なほどだけど、エッチな気分は全然なかった。
「ただ……、なんていうかな……。かおるがいてくれてありがとうって感じなんだよ」
「えっ? あ〜、えっと、もうっ! 急に恥ずかしいこと言わないでよねっ!」
 かおるはさらに真っ赤になって、流しの方に向き直ってしまった。
 その姿勢のままで言う。
「あたしも……恭一がいてくれて嬉しいんだから……」
「……ああ」
 俺は、なんかようやく心理的に再建を果たしたって気分で、一つ伸びをして時計を見た。
 時計の針は、午前10時を過ぎたところだった。
 キュッ
 洗い物をすませたかおるが、水道の蛇口を閉めると、タオルで手を拭きながら振り返った。
「あ、もうこんな時間なんだ」
「ああ。これからどうするんだ?」
「そんなの決まってるわよ」
 かおるはにっこり笑った。
「今からプールに行きましょ」
 ……。
 今まで天使の笑みに見えたのが、今は悪魔の笑みに見える。
 硬直している俺に、かおるは笑って言った。
「さっ、今日こそ25メートルは泳げるようにしたげるねっ!」

「……」
「お、どうしたんだい、柳井くん?」
「あ、おはようございます」
 制服に着替えて、休憩室で机に突っ伏していた俺は、のろのろと顔を上げて店長さんに挨拶した。
 店長さんは俺の顔を見て、ふむと首を傾げる。
「体調が悪いのなら、休んでもいいんだよ。いや、むしろ休んでもらった方がいいかな。せっかくキャロットに来てもらったお客さんに対して、そんな顔色のウェイターを出すわけにもいかないしね」
「あ、すみません。顔洗ってきます」
 俺は立ち上がって、休憩室を出た。
「あっ、恭一……」
 その声に振り返ると、制服に着替えたかおるが立っていた。
「大丈夫? なんか疲れてるみたいだよ?」
「誰のせいだよ誰のっ。……はぁ、顔洗ってくる」
「うん……。ごめん。あたしも調子に乗りすぎた……」
 珍しくしおらしいかおるに、俺はぽんと肩を叩いた。
「まぁ、25メートル泳げたのは事実だから、ありがと」
「うんっ」
 かおるはにっこりと笑った。
「それじゃ、明日は50メートルねっ!」
「死ぬわぁっ!」
 と、
「ごめんなさい、ちょっと通してくれるかしら?」
 後ろから声を掛けられて、俺達は慌てて通路を開けた。
「あ、すみま……」
 そこで俺は言葉を失った。
 かおるも、ビックリした顔でその人を見る。
「あれっ? ど、どうして……?」
「こんにちわ、柳井くん。かおるちゃん」
 その人は、ロングヘアをかきあげると、にっこり笑った。
「日野森あずさです。今日からよろしくね」

To be continued...

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あとがき
 お久しぶりです。

 さて、28−Aで募集した「本店ヘルプは誰?」のトップは本文の通りですが、以下の順位も掲載しておきます。
 ちなみに総投票数は41票でした。
 1位 日野森あずさ 13票
 2位 愛沢ともみ  11票
 3位 木ノ下留美  8票
 4位 千堂みらい  5票
 5位 縁早苗    3票
 6位 神塚ユキ   1票

 あずさが、2のヒロインの座を存分に生かして先行、ともみちゃんの猛追を鼻の差でかわして逃げ切りました。
 とはいえ、後半のともみちゃんの追い上げもなかなかでしたねぇ。
 さて、今後はどうなることやら、まだ全然考えてませんが。

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.29-A 01/5/27 Up

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