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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.28-A

「というわけで、俺は人外魔境の地、市民プールへと引きずられてきたのだった……」
「何黄昏たモノローグ入れてるのよ。ほら、立ちなさいよ!」
 ぐいっと腕を掴まれて引っ張り起こされる。
 俺はため息をついて、かおるを見上げた。
「あのな、何が悲しくて……」
「ほら、更紗ちゃんだって頑張ってるのよ!」
 俺の言うことを無視して、かおるはびしっと子供用プールの方を指した。
「よし、その調子」
「こ、こうですか?」
 ばしゃばしゃ
「ほう、更紗ちゃんには七海が付いてるわけか」
 そう呟いて、俺は不意に恐ろしい事実に気付く。
「……ちょっと待て」
「何よ?」
「俺達、4人でプールに来たわけだよな?」
「そうよ?」
 何をいまさら、という感じのかおるを無視して、俺は続ける。
「で、更紗ちゃんは七海に教わってる」
「うん」
「……ということは、俺は……?」
 おそるおそる聞いてみると、かおるは満面の笑みを浮かべて、びしっと自分を指した。
 俺はくるっと背を向けた。
「さらばだかおる。俺は旅に出る」
「へぇ、そんなにさいのかせんじきツアーに行きたかったんだぁ」
「それを言うなら、賽の河原だっ!」
 思わず振り返ってツッコミを入れてしまう俺。
「い、いいのよそんなこと。それよりほら行くわよっ!」
 額に冷や汗を浮かべながら、かおるは俺の腕をがっちり掴んだ。

「わぁーーっ、やめて〜っ」
「へっへっへ、すぐに気持ち良くなるって」
「あれ〜っ、お母さぁ〜ん」
「……お前ら、他人な」
 七海にぼそっと言われて、はっと我に返る俺達。
「や、やぁねぇ、ちょっとふざけてただけよ。ねぇ、恭一?」
「そ、そうそう。あっはっは」
「というわけで、いっけぇ!」
 一瞬の油断を突かれて、後ろからプールに突き落とされる俺。
「どわぁぁっ!」
 ばっしゃぁぁん
 一瞬で全身を水が包み込み、パニックに陥る俺。慌てて闇雲にもがく。
 と、その手が何かに触れた。
 それが何かを考える余裕もなく、ほとんど本能的にそれを掴んで引っ張り寄せると、顔が水面から上に出た。
「ぷはぁっ!」
 ようやく、新鮮な空気を肺一杯に吸い込むと、俺はかおるの方を睨んだ。
「あのなぁっ!!」
「あ、あのぉ……」
 と、耳元で声がした。……更紗ちゃんの声だけど、妙に至近距離で聞こえるなぁ。おまけに、声と同時に暖かな吐息まで感じるし……。
 不思議に思って向き直った俺の目の前に、更紗ちゃんの顔があった。
「よろしければ、離していただけませんか?」
「離すって……」
 その時になって、俺は自分の状況に気付いた。
 両手足で更紗ちゃんにしがみついている。
「……どうわぁっ!」
 慌てて離れると、更紗ちゃんはもじもじと俯いてしまった。
「き、恭一さん、その……」
「あ、ご、ごめん」
「きょういちぃぃぃ」
 後ろから地獄の底から聞こえてくるような声が聞こえた。
「あたしの目の前で、更紗ちゃんに抱きつくとはいい度胸ねぇぇ」
「こっ、これは事故でだなっ!」
「そのわりには嬉しそうに胸に顔を押しつけてたじゃねぇか」
 七海がにやにや笑っている。
「だ、第一、今のはかおるのせいで……」
「ふっふっふ〜」
 笑いながら、ぱしんと拳を固めるかおる。
 お父さん、お母さん。ボクは今、ドキドキするほど大ピンチです。
「ギャラクティカ・マグナム!!」
 そのまま、俺は見開きで吹っ飛ばされた。

「……それで、今日も痣を作ってきたんですか? ホントにしょうがないですねぇ」
 キャロットの休憩室。
 早苗さんに治療をしてもらいながら、顛末を話すと、美奈さんは苦笑した。
「はい、これでいいですよ」
 軟膏を塗り終わると、早苗さんは笑って言った。
「でも、前田さんもよくあずささんにひっぱたかれてましたよね」
「そういえば、そうでした。でも、あの二人はケンカするほど仲が良いっていうやつですから」
 美奈さんは思い出すように、視線を宙にさまよわせていた。
 ええと、たしか前田さんっていうのは、美奈さんのお姉さんの旦那さんだったよな?
 と、美奈さんは俺に視線を向けた。
「そんなわけだから、美奈、恭一さんとかおるちゃんも応援しちゃいますね」
「……はい?」
「えへへっ。さぁて、お仕事お仕事っと」
 笑いながら出ていく美奈さん。と、それと入れ替わりにかおるが入ってくる。
「あ、かおるちゃん。ファイトっ、ですよ」
 そう言って、ぽんとかおるの肩を叩いて、美奈さんはフロアの方に歩いていってしまった。
 きょとんとしてその背中を見送ってから、かおるは俺に訊ねた。
「……美奈さん、どうかしたの?」
「かおるちゃん、余計なお世話かも知れないけど、あまり恭一さんを殴るのもどうかと思いますよ」
 早苗さんが救急箱を片付けながら言った。
「でも、今日だって恭一が……」
「かおるちゃん」
 反論しようとするかおるを遮る早苗さん。その一言だけで、かおるは反論を封じられて頭を下げる。
「ごめんなさぁい」
「私に、じゃなくて、恭一さんに謝らないと」
「う、うん。ごめん、恭一。反省してる……」
「お、おう……」
「はい、それじゃその話はこれくらいにして、と。私も着替えないといけないし」
 早苗さんは立ち上がった。
 かおるが訊ねる。
「着替えるって、早苗さん、今日はもう上がりでしたっけ?」
「違うのよ。今日は私もフロアに出ないといけなくなって……」
 ちょっと照れたように頬を染める早苗さん。
「ほら、みらいちゃんが辞めちゃったから、人手が足りなくなったのよ」
「でも、新しく本店からヘルプさんが来てくれるって、さっきさくらさんが言ってましたけど……」
「ええ。でもそれは明日からなの。今日は涼子さんも店長さんも、太刀川店の準備で遅くまで帰って来られないからって、涼子さんに押し切られちゃって……」
「なるほど」
「そんなわけだから……。あの、お願いがあるんだけど」
 早苗さんは、いつになくもじもじしながら、俺達に言った。
「なんですか?」
「えっとね、その、きっと変だと思うけど、笑わないで欲しいの……」
「……何がでふぉっ!」
 聞き返しかけた俺の脇腹に容赦ない肘打ちを叩き込みながら、かおるが手を振る。
「そんなことないですよっ。あたし、楽しみにしてますっ」
「そ、そんなぁ。えっと、とにかく着替えて来るわね」
 真っ赤になって、早苗さんは逃げるように出ていった。
「……げほげほ。何するんだ、このっ!」
「うるさいわね、このにぶちんっ! ……はぁ。まったく、どうしてこんなの好きになっちゃったんだろ……」
 大きくため息を付くかおる。
「……かおる、すごく恥ずかしいセリフだぞ、それ」
「えっ? あ、えっと、あうぅぅ〜〜っ!」
 自分の言ったことに気付いて、ひとしきりばたばたっと暴れたあげくに、自分で自分の頭を抱え込んでその場にしゃがみ込むかおる。
「ううーーーーっ、恥ずかしいよぉ……」
「……ま、俺も同じだよ」
 俺もさすがに恥ずかしいので、窓の外を眺めながら言った。
「どうして、こんなおてんばのそこつ者を好きになったんだろうなぁ」
「……けなされてるみたいな気がするぅ」
 しゃがみ込んだままで俺を見上げるかおる。
 俺は苦笑して、かおるを引っ張り起こした。
「さて、俺達も仕事といくか?」
「……うんっ!」
 笑顔で、かおるは頷いた。

 今日の担当は、俺もかおるもフロアだった。というわけで、俺達はそのままフロアに出て、それぞれの仕事に没頭した。
 また、どういうわけか今日はお客さんも多くて、フロアは文字通りの戦場だった。

「ありがとうございましたっ!」
 最後のお客さんを、思わず最敬礼して見送ると、俺はカウンターに背中をつけて、ずるずると床に座り込んでしまった。そのまま大きくため息をつく。
「ふぅ〜っ、戦闘終了」
「もう、そんなところに座り込まないの! 制服が汚れるでしょっ!」
 そう言いながら、かおるが俺の腕を掴んで引っ張り起こす。
「おう、悪い悪い」
「かおるくんの言うとおりだぞ、恭一くん」
 その声に、俺は慌てて姿勢を正して頭を下げた。
「す、すみません、店長っ!」
 店長さんは、そんな俺に苦笑して手を振った。
「気を付けてくれればいいさ。それに、今日は本当にご苦労だったね」
「いえ、これくらい……」
「そうですよ。二人がいてくれなかったら、きっと今日は回らなかったと思いますよ」
「……」
 俺は、店長の後ろから俺達に話しかけてきたウェイトレスの娘をしげしげと見つめた。
 ……こんな娘いたっけ?
 俺がじぃっと見つめているのに気付いたその娘は、ぽっと赤くなった。
「や、やだ、恭一さん。そんなに見ないでください……」
「えっとんぎゃっ!!」
 君は誰、と聞きかけた俺のつま先を激痛が襲い、俺はその場に蹲った。
「ったく、綺麗な人見るとすぐこうなんだから。恭一のバカっ」
 俺のつま先を思いっきり踏みつけた犯人は、そう言ってぷいっとそっぽを向いた。
 と、そこに美奈さんがやって来た。
「あ、店長さん。今日の売り上げの集計は終わりましたぁ。問題なし、ですっ」
「ご苦労さん、美奈くん」
「いえいえ……」
 と、そこで美奈さんはウェイトレスの娘に気付いて、にこっと笑った。
「わぁ、早苗さんの制服姿、久しぶりですぅ」
 ……早苗さん、だとっ!?
 慌ててもう一度見直してみる。
 いつもは左右でまとめている髪をアップにしてるせいで、全然印象が違って見えてたけど、そう言われてみれば早苗さんだった。
「やっぱりお似合いですよ、早苗さん」
「も、もう、美奈さんまで。わ、私着替えて来ます!」
 そう言うが早いか、早苗さんはそのまま奧に駆け込んでいった。
 ……しかし、いつもはわりとゆったりした服だから全然気付かなかったけど、早苗さんって、けっこうすごいボディラインだったんだなぁ……。
 俺は思わずかおるをじぃっと見てからため息をついた。
「……恭一、今のため息何よ?」
「いや、別に……」
 と言いかけて、かおるが左拳を固めているのに気付いた俺は、慌ててフォローした。
「いやっ、俺は別にかおるの胸が小さいなとかそういうことを言ってるわけじゃぁ……」
「ギャラクティカ・ファントム!!」
 こうして、俺は本日2つめの痣を顔面に作ることになった。とほほ……。

「……てて、あいつめ……」
 部屋に戻ってトレーナーに着替えてから、鏡で痣の様子を見ていると、不意にノックの音が聞こえた。
「はぁい」
 返事をしながらドアを開けるとかおるが立っていた。
「恭一、えっと、その、ごめんね……」
 すまなそうに上目遣いで俺の顔を見る。
「いや、別に怒ってるわけじゃないけど……。まぁ、入れよ」
「あ、うん。お邪魔……します」
 やけにしおらしくそう言って、俺の部屋に入ってくるかおる。
 そういえば、こいつ、ここんとこ2日連続で朝起きたら隣で寝てたりしたなぁ。
 そう思った途端、心臓が妙なリズムで跳ね始める。
「ええっと、あ、暑いねっ」
 そう言うと、かおるは窓を開けた。そして慌てて閉める。
「あは、あはは。外の方が暑かったね……」
 言うまでもなく真夏なのだ。夜とはいえ外よりもクーラーを利かせている室内の方がよほど涼しい。
「と、とにかく座れよ。コーヒーでも飲むか?」
「あ、それならあたしが煎れるわよ」
 そう言って立ち上がると、止める間もなくキッチンの方に行くかおる。ちなみに、キッチンと言っても簡単な流しと電気コンロがあるくらいなものだが、俺の部屋の電気コンロの上には、かおるが「火力が足りないわよっ」とか言って持ち込んできたカセットコンロが鎮座していたりする。
 よく考えてみると、俺の部屋のキッチンって、俺よりもかおるの方がよく使ってるんじゃないだろうか? おたまや菜箸や包丁持ち込んでるのもかおるだし……。
 そんなことをぼーっと考えているうちに、コーヒーのいい匂いが部屋を満たし始めた。
「あ、あのさ、恭一」
 ずっと黙って俺に背を向けていたかおるが、不意に口を開いた。
「ど、どうした?」
「えっと、その……。な、なんでもない……」
「そ、そうか……」
 再び、なんとも気まずい沈黙。
「あっ、こ、コーヒー出来たよっ」
「そっ、そうかっ!」
「今持って……あちっ!!」
 ガシャン
 凄い音がした。びっくりして顔を上げると、キッチンがもうもうとした湯気に包まれている。
 俺は思わず駆け寄った。
「かおるっ!?」
「あちち。だ、大丈夫だから……」
 手を振って飛沫を飛ばしながら言うかおる。
「馬鹿っ!」
 俺はその手を掴むと、蛇口をひねって水を流し、その中に突っ込んだ。
「火傷はすぐに冷やさないとダメだろっ!」
「ご、ごめんなさい……」
 そのままたっぷり5分ほど水を流し続けてから、水を止めてかおるの手を見てみた。
 ちょっと赤くなってるけれど、どうやら大丈夫みたいだ。
「……ふぅ」
 俺はほっと一息ついた。そして、改めて辺りを見回した。
 幸い、こぼれたコーヒーは流しに落ちたらしく、部屋はさほど汚れていなかった。カップも割れていないし。
「うーっ、冷たいよぉ」
 かおるは、ずっと流水に漬けっぱなしになっていた手をさすっていた。そして、俺に視線を向けると、とんでもないコトを言った。
「恭一、あっためて……」
「……はい?」
 思わず聞き返すと、かおるはぷっと膨れた。そして繰り返す。
「手が冷たいから、あっためて」
「……ええっと……」
 どういうことか想像はしてみたが、それがとんでもない想像になってしまったので、俺は慌てて頭を振った。そして、ようやく思い付いたまともな方の答えを返す。
「手が冷えたんなら、タオル貸すから……」
「もうっ、馬鹿っ」
 かおるはそう小さく叫ぶと、たたっと駆け寄ってきた。そして、そのまま手を俺の胸に押し当てると、言った。
「こういうときは、抱いてあっためてくれるのが、普通でしょっ! この鈍感っ、にぶちんっ」
 どうやら、かおるは俺の「とんでもない想像」が希望だったようだ。
 かおるはその手を俺の背中に回すと、今度は顔を胸に押しつけた。そして、ぐすっと鼻をすする。
「女の子から言うのって、すっごく恥ずかしいんだからっ」
 そう言うかおるの表情は、今まで見てきたかおるの表情の中でも、一番可愛かった。
 その瞬間、俺は何も考えられなくなって、そのままかおるの頬に手を当てた。
「か、かおる……」
「……うん」
 微かに頷いて、目を閉じるかおる。その唇に吸い寄せられるように、俺はかおるとキスをしていた……。

To be continued...

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あとがき

 2014シリーズにいただいた感想を読んでも、なぜかいまいち人気がないかぁるちゃんヒロインのAシリーズです。
 ええっと、ここで正直に懺悔します。
 前回、27−Aのことなんですが、実は私、26−Aの存在をなぜかすっかり忘れていました。だもんで、両方とも出だしがほとんど同じなんですねぇ(苦笑)
 うーん。27−Aについては、そのうちにDC版で書き直すことにします。

 さて、Aシリーズの次回。みらいちゃんに代わって本店からやって来るヘルプさんは誰でしょう?
 ……率直に聞きましょう。ともみちゃんと留美さんとどっちがいいですか?(爆笑)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.28-A 01/1/31 Up

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