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翌朝。
To be continued...
トントン、トントン
いつもの「ドンドンドンドンッ」とは違う音に、俺は目を開けた。
「……あちぃ」
とりあえず、クーラーを全開にしてから、ドアを開ける。
「ったく、毎朝毎朝……あれ?」
「おはようございます、恭一さん」
にっこり笑って頭を下げたのは、いつものかおるではなく、どう見ても更紗ちゃんであった。白いワンピースに麦わら帽子と、どこから見ても高原で避暑をしているお嬢様といった出で立ちである。ビバ、お嬢様……じゃなくて。
「更紗ちゃん?」
「はい」
もう一度にっこりする更紗ちゃん。
でも、なんでこんな朝っぱらからここに?
俺がきょとんとしていると、だだだだっと騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
顔を出して廊下を見ると、案の定かおるが走ってくる。
「恭一ーっ、なにしてんのよっ!」
「いや、なにって言われても……」
いきなり怒鳴りつけられても、俺だって困る。
かおるは俺の部屋の前でブレーキをかけて止まると、俺のシャツを掴んで引っ張り寄せた。
「ちょっと、まさかとは思うけど、更紗ちゃん部屋に連れ込んで変なコトしてたんじゃないでしょうねっ!?」
「なんでやねん」
思わず関西弁になってしまう俺。
「じゃあ、なんでこんな朝早くから更紗ちゃんがここにいるのよっ! まさか昨日の晩、あまごとをそうして純真な更紗ちゃんを部屋に連れ込んで……」
「それを言うなら“甘言を弄して”だろ? ったく、国語に弱いヤツめ」
「あんたの数学よりはましよ。……じゃなくてっ!」
「あのぉ……」
朝っぱらからヒートアップしまくりのかおるに、更紗ちゃんがおっとりと声をかける。
「お二人とも、今朝みらいちゃんのお宅に伺うという話をしておりましたので、私もご一緒させていただきたいと思って、ご迷惑とは存じましたが、朝からこちらに参ったわけなのですが」
「……ほぇ?」
更紗ちゃんの丁寧な言い方は、どうやらかおるの頭には理解できなかったらしい。
俺はとりあえずかおるを無視して更紗ちゃんに向き直った。
「それじゃ、わざわざそのために、こんな朝から?」
「はい。お電話差し上げようかとも思いましたけれど、よく考えてみると、わたくし、お二人の電話番号を存じておりませんでした。実は、私もご一緒させていただこうと決めたのが、今朝起きてからでしたから、それから調べても時間がかかるでしょうし、お二人のお話しだと、今朝から行く、とは伺っておりましたが、何時行くのか判りませんでしたので」
「なるほど。それで直接こっちに来た、と」
「はい、左様でございます」
「えーっと、要するに更紗ちゃんもあたし達と一緒にみらいちゃんの家に行きたい、というわけね」
ようやくかおるが話に追いついてきた。
俺はぴっと親指を立てて、爽やかに笑って見せた。
「もちろんオッケイさ」
「ちょ、ちょっと恭一っ!」
またかおるにシャツを掴んで引っ張り寄せられる俺。
「何考えてんのよっ!」
「まぁ、聞け」
俺は、小声でかおるに耳打ちした。
「ほら、そこの柱の影に有田のじいさんがいるだろ?」
「え? あ、ほんとだ」
ちらっと振り返って頷くかおる。
「……で?」
「ほら、見ろ。今日も暑そうだ」
続いて雲一つなく晴れた空を指さす。
「それは賛成だけど……」
まだ判らない様子のかおるに、俺はため息をついた。
「やれやれ、これだから理系は」
「関係ないでしょっ! どういう理由か説明しなさいよ文系っ!」
また首根っこを掴まれてシェイクされてはたまらないので、俺は説明した。
「つまり、有田のじいさんが更紗ちゃんをここまで連れてきたのは間違いない。ということは例のリムジンで来たはずだ。イコール更紗ちゃんと一緒に行くなら、この先もリムジンご同行ってことだ。ついでに言っておくと、どう考えてもリムジンは冷暖房完備だ」
「なーるほど」
かおるはうんうんと頷くと、にやりと笑う。
「うぬもワルよのぉ」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
顔を見合わせてぬふふと笑ってから、かおるはくるりと振り返った。
「大歓迎よ更紗ちゃん! さぁ一緒にみらいちゃんの所に行きましょうっ!」
「はい。よろしくお願いしますね」
俺達のたくらみなど知らぬげに、更紗ちゃんは笑顔で頷いた。それから、頬に指を当てて、小首を傾げる。
「ところで、みらいちゃんのお家はどこにあるのか、ご存じですよね?」
「……」
俺は黙ってかおるに視線を向けた。
「えっ? あ、あたしは知らないわよ。恭一知ってるんじゃないの?」
「なんで俺が?」
「だって、毎晩送ってあげてるじゃない」
「俺が送ってるのは駅までだろうが。第一、毎晩じゃないぞ」
「それじゃ、お二人ともご存じないのですか? それは困りましたねぇ」
「えーっと。あ、そうだ。涼子さんなら知ってるだろ?」
「そうね。あたし、ちょっと聞きに行ってくる」
「あ、俺も行く」
「それでは、私も……」
というわけで、全員で涼子さんの部屋にいくことになった。
ピンポーン
チャイムを鳴らすと、しばらくして「はぁい」と返事が聞こえて、ドアが開く。
「どなた? ……あら、恭一くんとかおるちゃん、それに更紗ちゃんまで……」
「おはようございます」
俺達は頭を下げ、それからかおるが事情を説明する。
「……というわけなんですけど、みらいちゃんの家の場所って判ります?」
「ええ。ちょっと待ってね」
そう言って、涼子さんは部屋の中にとって返した。しばらくして、メモ用紙を片手に出てくる。
「はい、ここに書いておいたから。電話番号と、簡単な地図もつけておいたわ」
さすが涼子さん。マネージャーだけあって、気配りも行き届いているなぁ。
「ありがとうございます」
「それと、あまり向こうにご迷惑をかけないようにね」
「ええ、わかってます。恭一にはあたしがついてますから」
どんとない胸を叩くかおる。
「あのな、俺がすぐに暴走するような言い方するなよなぁ」
「それじゃ、行って来ます、涼子さん。仕事には間に合うように戻りますから」
「お願いね」
……俺は無視かい?
というわけで、俺達は有田のじいさんの運転するリムジンに揺られること20分、とあるマンションの前にたどり着いた。
「ライオンマンション高圓寺、と。ここね」
涼子さんからもらったメモ用紙と、目の前のマンションの名前を見比べて、かおるはうん、と頷いた。それからドアに向かってずかずかっと歩いて……。
「あっ、かおるさん」
べしゃ
更紗ちゃんが声をかけたが間に合わず、かおるは思い切りガラスの自動ドアに体当たりしていた。
「……いたた。なによ、このドア! 壊れてんじゃないのっ!」
「いえ、そうじゃないですよ」
更紗ちゃんは、ドアの脇にあるインターホンを指した。
「これで中と連絡を取って、中の人に開けてもらうシステムじゃないかと思いますよ」
「なによそれっ! それじゃみんな出かけてるときはどうすんのよっ!」
「何いきなり逆ギレしてんだ、かおる? ……ぷっ」
振り返ったかおるの鼻の頭が真っ赤になってるのを見て、思わず笑ってしまった。
「あんたねぇっ! 人の不幸を笑うなんてどういうことよっ!」
「お前が自爆しただけじゃねぇか。よし、今日の出来事は絵日記につけよう」
「そんなのつけなくてもいいわよっ!」
俺とかおるがそんな漫才をしてる間に、更紗ちゃんは優雅にインターホンを取った。
「もしもし。申し訳有りませんが、210号室の千堂さんにお取り次ぎ願えませんでしょうか? はい、神宮司更紗、と申します。……はい、お願いします」
うむ、完璧だ。さすがお嬢様。かおるではこうはいくまい。
「……あんた、なんか変なこと考えてない?」
「いえいえ、滅相もない」
俺が慌てて手を振ってると、更紗ちゃんが困った顔をして俺達に声を掛けた。
「あの、どうしましょう? お引き取り下さいと言われてしまいました」
「は?」
「私たちには会いたくないとのことです」
「みらいちゃんが?」
かおるが訊ねると、更紗ちゃんは首を振った。
「いえ、インターホンに出られたのは、男性の方でした。多分、みらいちゃんのお父様だと思いますけれど、その方が、そのように……」
「とにかく、もう一度話してみたほうがいいかも」
「そうですね」
更紗ちゃんは頷いて、もう一度インターホンに向かって話しかけた。
「……ダメか」
あれから3回ほど話しかけたが、徒労に終わってしまった。
「ごめんね、更紗ちゃん。ずっと話させちゃって」
「いいえ、私の力が至らぬばかりに」
しょぼんとする更紗ちゃん。俺や、ましてやかおるが話をするよりも、更紗ちゃんが話をした方がいいだろうと思ったんだけどなぁ。
「部屋どころかマンションの中にも入れないとなると、打つ手なしだよなぁ」
「そうですねぇ」
更紗ちゃんもため息混じりに、マンションを見上げる。そして、ドアの方に何気なく手を伸ばした。
「このドアが開いてくれれば……」
ウィーン
軽い音を立てて、自動ドアが左右に開いた。
「……あら?」
俺は腕組みしてかおるに言った
「かおる、お前が体当たりしたときに壊したんじゃないのか?」
「そ、そんなわけ……ないと思うけど……」
口ごもるかおる。
とりあえずその肩をぽんと叩く。
「ま、門は開いたんだ。入ってみようぜ」
「うん、そうだね」
「よろしいのでしょうか?」
小首を傾げる更紗ちゃん。
「いいのいいの。よし、突撃〜っ」
かおるが右拳を振り上げて、おっかなびっくりエントランスに足を踏み入れた。それから、腰に手を当てて振り返る。
「どうよ?」
「いや、どうよって言われても。……とりあえず、行ってみようか、更紗ちゃん」
「はい」
頷く更紗ちゃん。
ふと視線を感じて振り返ると、有田のじいさんがじーっとこっちを睨んでいた。まぁ、本当に問題行動だったら口を挟むだろうし、じいさんが何も言わないってことは、いいってことだよな、きっと。
自分で納得して、俺は更紗ちゃんの手を取った。
「さ、いこ……」
ピシュン
何かが弾ける音がして、俺の髪の毛からじりっと焦げ臭い臭いがした。
「な……」
反射的に更紗ちゃんから手を離した俺の耳に、囁き声が聞こえた。
「おいたが過ぎますぞ、恭一殿。ちなみに今のは、衛星軌道上からのレーザーでございます」
ばっと振り返ると、有田のじいさんが素知らぬふうに明後日の方を見ていた。
改めて足下を見ると、確かに敷石に小さな穴が開いていた。
ううっ、恐るべし神宮司財閥。
「いかがなさいましたか?」
振り返る更紗ちゃんに俺はなんでもないと手を振って、そっちに向かって足を運んだ。
「恭一、なんかぎくしゃくしてるけど、なんかの冗談?」
脳天気に訊ねるかおる。お前には俺のこの血の涙が見えないのかっ。
「……いや、なんでも」
「そ。さ、それじゃ行くわよ〜」
何故か妙に張り切って、かおるはエレベーターのボタンを押した。……っていうか、2階に行くのにエレベーターか? と思わないでもないが、階段がどこにあるのか判らないからしょうがないか。
210とナンバーが打ってあるドアの前に、俺達はたどり着いていた。脇の名札には「千堂和樹、あさひ、みらい」とある。間違いなく、ここがみらいちゃんの家だ。
「よし、それじゃ……」
チャイムを押そうとしたが、どこにもそんなものがない。考えてみれば、マンションの玄関にインターホンがあるのに、わざわざここにもチャイムを付ける必要もないか。
「なにしてんの?」
かおるに聞かれて、俺は肩をすくめると、ドアを叩いた。
ドンドンドン
「すいませーん。俺達、みらいちゃんの友達なんですけど〜」
と、ドアの向こうから男の人の声が聞こえた。
「どうやってここまで入ってきた? いや、とにかく、今すぐ帰るなら不問に付そう。でも、これ以上騒ぐつもりなら、警察を呼ぶぞ!」
「なっ!」
かおるが俺が止める間もなく前に進み出て、ドアをダンダンと叩く。
「ちょっと開けなさいよっ! あたし達は、みらいちゃんに話を聞きたいだけなのよっ!! ちょっとこら、開けなさいっ!」
……毎朝、こんな感じでこいつはドアを叩いてるのか? うーん、改めてすごく近所迷惑だなと実感するぞ。
「うるさいぞっ! お前ら編集者かっ!!」
ドアの中から怒鳴る声。……編集者?
とりあえず、俺はなおもドアを叩こうとするかおるを、そこから引き戻した。
「いいから落ち着け、かおる」
「あーっ、もう腹が立つぅっ! あんたもなに落ち着き払ってんのよっ!」
「別にそのつもりはないけどな。どっちにしても、向こうが中から鍵かけてる以上、どうしようもないだろ? あんまり大騒ぎしてて、本当に警察呼ばれたらどうするんだよ」
「そりゃそうだけど……」
と、不意に俺達の後ろから笑い声が聞こえた。
「くっくっくっ、哀れなり千堂和樹。女子供にうつつを抜かし、今やその牙も爪も失ったか……」
俺達が振り返ると、そこには男の人が立っていた。
丸い眼鏡をくいっと指で押さえて、その人はにやりと嗤った。
「どうやら、ついに吾輩の出番のようだな」
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あとがき
久しぶりの、無印版の27話です。
と言っても、下の日付を見れば判るとおり、実は3ヶ月ほど前に出来てはいたんですが、無印版の評判があまりに悪かったので、続きを出すことを躊躇してました(苦笑)
やはり、Piaの話なのに、こみパの話が中途半端に混じってしまっていることに対する苦情が多かったですねぇ。
とはいえ、みらいちゃんの話をする以上こみパの話は避けて通れないわけで、相当に悩みました。その結果が、Aシリーズの登場となったわけです。
そんなわけなので、こちらの無印シリーズは、今後ますますこみパとクロスオーバーしていく可能性が高いですので、そこら辺はご了承ください(笑)
話変わって。
Pia2.2が出るそうなので、それを待つかな、とも思いましたが、とりあえず無視していくことにします(笑)
ゲームボーイ持ってないし(笑)
それから、ともみちゃん達3人娘の登場を希望していた方も多かったですが、私はSS版を持ってないのでどうしようもありません(笑) あきらめてください(爆笑)
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.27 00/7/14 Up