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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.26

 ドンドンドンドンドンッ
「こらーっ、日曜だからってぼけーっと寝てるんじゃないわよっ!!」
 朝からドアを叩く音とかおるの叫び声で叩き起こされた。
「……ったく」
 頭を掻きながら、とりあえず起き上がってドアの所まで行くと、鍵を外す。
 と、俺が開ける前にドアが勢いよく開いた。
「やっぱり寝てたねの。ホントにもう!」
「……お前、元気だな……」
「あんたが不健康すぎるのっ! ほら、さっさと着替えなさいよっ!」
 そう言いながら、かおるは俺の脇を通り抜けて部屋に入ってきた。
 短く切った髪の毛の先が俺の鼻を掠める。
「……っくしゅん」
「あら、風邪?」
 振り返ったかおるに、俺は手を振った。
「いや、なんでも。それより……今日は何だ?」
 いつものように宿題をしに来たんならバッグを提げているはずだが、今日のかおるは手ぶらだった。
「何って? 決まってるでしょ? 迎えに来てあげたのよ」
「……迎え?」
「……まさか、忘れたなんて言わないわよね?」
 腰に手を当てて振り返るかおる。
 俺は額に指を当てて考え込んだ。
「……なんだっけ?」
「はぁ……これだもん」
 大げさにため息を付くと、かおるはぴしっと俺に指を突きつけた。
「今日はプール!」
「げ」

「というわけで、市民プールにやって来ましたあたし達っ!」
「……どうでもいいけど、プールサイドで何気合いを入れてるかね、君は……」
「あんたこそ何黄昏てんのよ。ほら、準備体操は終わったの?」
 かおるは腰に手を当てて、座り込んでいる俺を見下ろした。ちなみに赤いビキニ姿だが、出るところ出てないので余り鑑賞しても楽しくない。
 真夏の太陽が、じりじりとコンクリートを焼くプールサイド。水と戯れる女の子達の歓声が心地よい……。
 ぼかっ
「何鼻の下伸ばしてんのよ、みっともない」
「やかましい。プールと言えば女の子の鑑賞をするところだぞ」
「あんた暑さのせいで脳が溶けてるんじゃないの? 第一、女の子なら、……えっと、その、目の前にちゃんと……」
 後半、小声でぶつぶつ言っていたので聞き取れなかった。
「え? なんだって?」
「う、うるさいわねっ! とにかくっ、ほら、じたばたしないで行くわよっ!」
 俺の腕を引っ張るかおる。俺は全力でそれに抵抗する。
「い〜や〜だ〜」
「き〜な〜さ〜い〜」
「こ〜と〜わ〜る〜」

 数分の攻防の後、俺達はとりあえず休戦した。
「はぁはぁ、まったく。第一ここまで来ておいて、今更抵抗しないでよね……」
「いや、俺は真実に目覚めたのだ。やはり思索する生き物である人間たる者、水に入るなどということは物理法則に反していると思わないか?」
「全然。第一ちゃんと人間は水に浮くように出来てるのよ。……はぁ、汗かいた〜。暑い〜」
 雲一つない青空を仰いで声を上げてから、かおるは立ち上がった。
「とりあえずひと泳ぎしてくるから、逃げるんじゃないわよ」
「は〜い、いってらっしゃぁい」
 パタパタ手を振ると、かおるは肩をすくめてプールに走っていくと、そのまま頭から飛び込んだ。
 バッシャァン
 水しぶきが上がる。
 しかし、水なんかに入って何が楽しいのかねぇ。
 俺はもう一度ため息をつくと、立ち上がった。さすがにこれ以上ひなたにいては焼けてしまう。

 日影に入ってプールを眺めていると、不意に声をかけられた。
「あれ? 恭一じゃないか」
「え?」
 声の方を見ると、七海だった。スポーティーな白いビキニで、サンバイザーを被り、首からタオルをかけている。
「七海も泳ぎに来たの?」
「ああ。部屋にいても暑いだけだしな。かおるはどこにいるんだい?」
「向こうで泳いでる」
 答えてから、はたと気付く。
「ところで、なんでかおるも来てるって知ってるんだ?」
「いや、恭一がいるんならかおるもいるんだろうな、って思っただけ」
 う。事実だけに反論できない。
「な、七海は一人で?」
「ああ。たまには一人でのんびりしたかったしな」
 大きく伸びをする七海。
「たまには一人で?」
 と、そこに水を滴らせながら、かおるが駆け寄ってきた。
「あー、こんなとこにいたぁ! あれ、七海ちゃんも?」
「よう」
 しゅたっと片手を上げる七海。
 と、かおるがぽんと手を打って、にまぁと笑う。う、いやな予感。
「七海ちゃん、ちょっと手伝って欲しいんだけどぉ」
「なんだい?」
「実はねぇ、……こら逃げるな」
 俺の海パンに指を引っかけて止めると、かおるは七海にぼそぼそと囁いた。
「……ええ? マジ?」
「そうなのよ。というわけで、特訓してあげようって言ってるのに、こいつ嫌がるのよぉ」
「そっかぁ。そりゃぁ協力してやらねぇわけにはいかねぇよなぁ」
 指をぱきぱき鳴らす七海。……どうして指を鳴らす?
 くそ、全速で逃げたいところだが、このまま逃げると半ケツ状態になってしまう。それにしてもかおるの奴、男の海パンに指引っかけやがって。恥じらいってもんがないのかっ。
「ほら、恭一行くわよ」
「……しくしく」

「なるほどぉ。それで、恭一さん疲れた顔してるんですねぇ」
 お昼過ぎ、いつものようにキャロットの前を掃除していた美奈さんは、俺の顔を覗き込んで心配そうに言ってくれた。ううっ、優しいなぁ。
「あ、大丈夫ですよ。こいつならほっといても水でもかければ復活しますから」
「俺はスライムか?」
「まぁ、水に顔をつけられるようになったんだ。進歩したんじゃねぇか?」
「先生がいいから。ね、七海ちゃん」
「ああ、それは当然」
 くそ。かおるも七海も七年呪ってやる。
 と、入り口のドアが開いて店長さんが顔を出した。
「美奈くん……ああ、恭一くん達も来たのか。ちょうどいい、ちょっと来てくれないか?」
「?」
 俺達は顔を見合わせた。

 俺達が店長さんに続いて事務室にはいると、そこにはまだワンピース姿の更紗ちゃんが立っていた。俺達の姿を見てぺこりと頭を下げる。
「こんにちわ、皆さん」
「やぁ」
「ども〜」
 挨拶を返す俺達に続いて、店長さんが声をかける。
「済まないな、待たせてしまって」
「いいえ。それで、お話しとは何でしょうか?」
 訊ねる更紗ちゃん。
「実は今朝のことなんだが、千堂さんのお宅から電話があった」
「みらいちゃんの家から? みらいちゃん、今日お休みするんですか?」
 美奈さんが訊ねる。でも、それくらいなら何もみんなを集めるほどのことでもないような……。
 店長さんは首を振った。
「電話は千堂さんのお父さんからだった。キャロットでのアルバイトを辞めさせて欲しいんだそうだ」
「……辞める? みらいちゃんが?」
 俺は昨日のことを思い出していた。夕べ駅までみらいちゃんを送っていったけど、みらいちゃんはそんな素振りは全然見せなかったよな。
「恭一、夕べ、みらいちゃんそんなこと言ってた?」
「いや、全然」
 かおるにも聞かれたけれど、俺は首を振るしかなかった。
 かおるは首を傾げる。
「おかしいわね。今日辞めるって判ってたんなら、そもそも昨日、更紗ちゃん家に行くなんて言うはずないし……」
「更紗くんの家に?」
 店長さんが訊ねた。更紗ちゃんが答える。
「はい。来週のお休みに、私の別荘に皆さんをご招待したんです」
「ふむ……。とりあえず、急な話で済まないが、今日は彼女の穴をなんとかみんなで協力して埋めて欲しい。それと、明日からのシフトだけど、後で涼子くんと相談して組み直すかもしれないから、みんなもそのつもりで」
「はい」
 皆が頷いた。
 その場はそれで解散となった。

 制服に着替えて休憩室に顔を出すと、かおる達はもう集まっていた。
「……どういうことだ?」
 誰にともなく、七海が呟く。
「わかんないけど……」
 かおるが、思案顔で言った。
「あたしも聞いただけなんだけど、みらいちゃんのご両親って、みらいちゃんをとっても可愛がってるって話じゃない。もしかしたら、更紗ちゃんの別荘に行くことになったって話を聞いて……」
「今時そんなのあるのか?」
 七海がため息混じりに肩をすくめる。
「まぁ、それでは私のせいでみらいさんが……」
 悲しそうな顔をする更紗ちゃん。慌ててかおるが手を振る。
「あ、別に更紗ちゃんのせいじゃないわよ。ね、恭一」
「え? あ、そ、そうだな」
 急に話を振られて、俺はとりあえず相づちを打った。
「……よし、明日あたしがみらいの家に行ってみる」
 ぱしんと手を打ち合わせると、七海は立ち上がった。
「とにかく、話を聞かないことにゃわけがわかんねぇしな」
「あ、ダメよ。七海ちゃん、明日は早番でしょ?」
 かおるが言うと、俺に視線を向けた。なんか嫌な予感。
「恭一、そんなわけだから」
「……あ、そういうことか」
 俺はほっと胸をなで下ろす。
 かおるはじと目になった。
「どういうことよ?」
「かおるがみらいちゃんの家に行くから、明日の特訓はなし、ってことだろ?」
 俺が言うと、かおるはうんと頷いた。
「半分は当たり」
「……半分、ね。まぁ、そうじゃないかとは思ったよ」
 俺はため息をついた。
「残り半分は、俺にもついて来いってことだろ?」
「大当たり〜」
 偉い偉いと俺の頭を撫でるかおる。
 七海は肩をすくめた。
「ま、そういうことなら邪魔はしねぇよ」
「ちょっと待て七海。お前なんか誤解してるぞ」
「そ、そうよっ。こいつはあたしの付属品なんだから」
「なんだよそれぎゃぁあっ!」
 久々に思い切りつま先を踏んづけられて、俺は思いきり飛び上がった。
「まぁ。恭一さん、大丈夫ですか?」
「さ、七海ちゃん、お仕事お仕事」
「そだな」
 くそぉ、後でやっぱり呪ってやる。
 ご丁寧にあっかんべーまでしてから出ていくかおるの背中に中指を立てて見せてから、俺は更紗ちゃんに尋ねた。
「ところで、誰がみらいちゃんの分のフォローに回るの?」
「さぁ……」
 更紗ちゃんはほっぺたに指を当てて考えると、にっこり笑った。
「涼子さんか葵さんにお聞きしましょう」
「それがいいか」

「……今日のみらいちゃんはディッシュだったから、そうね……」
 涼子さんは少し考えると、頷いた。
「恭一くんがディッシュに回ってくれるかしら? キャッシャーには私が入ります。葵、フロアの統轄をお願いね」
「オッケイ」
 葵さんはぴっと片手を上げて答える。
「判りました。ディッシュですね?」
 俺も頷いて、洗い場の方に走っていった。

 バシャバシャ
「そう、みらいちゃん辞めちゃったんですか」
 早苗さんはちょっと悲しそうにため息をついた。
「でも、ちょっと不自然な感じがするんで、明日俺とかおるが事情を聞きに行くつもりです」
「そうなの」
 うん、と頷くと、早苗さんは皿を乾燥機に入れて、蓋を閉めた。それから俺の方に向き直る。
「恭一くん、みらいちゃんの力になってあげてね」
「え?」
 俺がきょとんとしていると、早苗さんは俺の額をちょんとつついた。
「男の子、でしょ?」
「……はい」
「よろしい。ふふっ」
 頷いた俺に、早苗さんは暖かな笑顔を見せてくれた。

To be continued...

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あとがき
 なんとか雰囲気を思い出してきたって感じです。
 ここんとこ、SSばかり書いてるわけにもいかないので、更新ペースがかなりダウンしてますが、ご容赦ください。……とはいっても、暇になれば量産できるってわけでもないのが難しいところですね(苦笑)
 次回はみらいちゃん家に家庭訪問します。みらいちゃんのご両親といえばあのお二人ですので、Leafの「こみっくパーティー」未プレイの方には申し訳ないですが、少々判りにくい展開になっていくと思います。あらかじめご容赦下さい m(__)m

 直接関係ないですが、さくら支店でこっそりと「F&C人名辞典」というものを公開してます。ほとんど反響がないのでちょっと悲しいですが(笑)、これに結構手間が掛かっています。手伝ってくれる人募集です。いやマジに。
 しかし、暑いですねぇ〜(苦笑)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.26 00/7/13 Up 00/7/16 Update

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