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俺とみらいちゃんは、並んで……というか、みらいちゃんがやや俺の斜め後ろという、いつもと同じポジションで、駅への道を歩いていた。
To be continued...
途中で、何となく視線を感じて振り返る。
「……」
「ん?」
「な、なんでもないですっ」
確かに俺を見ていたみらいちゃんが、慌てて視線を逸らす。
なんだろ?
「ほ、ほんとになんでもないんですっ、ごめんなさいっ」
……そうまで謝られちゃ、追求するのも悪いかな、と思ってしまうな。
俺は前に向き直った。
「……あの……」
「え?」
「や、やっぱりなんでもないですっ」
ぶんぶんと首を振ると、みらいちゃんはまた視線を逸らした。
結局そのまま駅に着いてしまった。
「それじゃ、おやすみなさい……」
「うん、おやすみ」
みらいちゃんが改札を通ってから、挨拶を交わして、俺は踵を返した。
と、後ろからみらいちゃんの声が聞こえた。
「あっ、あのっ!」
「?」
振り返ると、改札の向こう側で、みらいちゃんが、なんだか泣きそうな顔で俺を見つめていた。ぎゅっと握った両手を胸の前に置いて。
「き、恭一さんっ、ひとつだけ訊いても、いいですか?」
「何をかな?」
「あ、あのっ、かおるさんのことなんですけど……」
そう言って、一つ深呼吸すると、みらいちゃんは言った。
「そ、その、かおるさんと、恭一さんが、付き合うことになったって……本当ですか?」
「え?」
「志緒さんにそう聞いたんです……。恭一さんとかおるさんがお付き合いを始めたって……。それって、嘘ですよね?」
「嘘じゃないけど……」
「えっ!?」
俺は、静かに答えた。
「俺はかおるのことが好きだから……」
「……そ、そうですか。ご、ごめんなさいっ」
ぺこっと頭を下げると、そのままみらいちゃんはプラットホームに続く階段を駆け上がっていった。
なんとなくそれを見送っていると、後ろから声がした。
「みらいちゃん、泣いてたね」
「うわっ!? か、かぁるかっ!」
「かぁるって呼ぶなぁっ!」
バコッ
俺の頭を叩いてから、かおるはホームを見上げた。
「あの娘、きっと恭一のことが好きだったのよ」
「えっ?」
俺は目を丸くした。
「それ、マジ?」
「……鈍感」
ぎゅうぅぅぅ〜〜っ
「うぐぉわぁっ!」
久しぶりに、思い切りつま先を踏みつけられて、俺は飛び上がった。
「なにすんだっ!」
「知らないわよっ! でも、ええと……ちょっと嬉しかった」
こつんと、俺の胸に額をぶつけるかおる。
「みらいちゃんに、あたしのこと、好きだって言ってくれて」
「……そういうもんか?」
つま先の激痛を我慢しながら聞き返すと、かおるは寂しそうな笑みを浮かべた。
「恋って、割と残酷なんだな。あたしも知らなかった……」
「かおる……」
「だって、そうでしょ? みらいちゃんは大切な友達なのに、その友達が悲しむことを、あたしは嬉しく思ってる……。ねぇ、恭一……、あたしって、ひどいよね……」
その肩が、震えていた。
俺は、その肩を抱きしめた。
「かおる……」
「うっ、うわぁ〜っ」
かおるは、俺の胸にすがりついて、泣きじゃくっていた。
ようやく泣きやんだかおるは、それでも俺の胸から顔を上げようとしなかった。
「……おい、かおる。いつまでこうしてるんだよ?」
「うっ、い、いいじゃない。もう少し……」
そう言いながら、俺の着ていたTシャツを掴む。
「あのなぁ、いつまでもここでぼーっと立ってるわけにもいかないだろっ?」
「う、うん……。でもぉ……」
なんだか煮え切らない態度だった。
「どっか痛いのか?」
「そ、そうじゃないけど……。あう……」
「?」
「は、恥ずかしいのよっ!」
そう叫ぶと、かおるはぶんと顔を上げた。
「もうっ、ほんとに乙女心がわかんないんだからっ!!」
「……乙女?」
ばきぃっ
「殴るわよぐーでっ!」
「殴ってから言うなっ!!」
怒鳴り合ってから、俺達は同時に吹き出した。
「……くっ、あははは」
「えへへっ」
ひとしきり笑ってから、かおるはすっきりした顔で、俺の左腕に自分の右腕を絡めた。
「帰ろっ、恭一」
「ああ」
俺達は歩き出した。
寮の玄関ホールで、俺はかおるの肩を叩いた。
「それじゃ、おやすみ」
「……」
「かおる?」
「……恭一、あのね……。あたしたち、恋人同士、だよね?」
「そのつもりだけど……」
「それなら、えっと、その、えっちなことも、するのかな?」
かぁっと赤くなって、囁くような声で言うかおる。
俺の鼓動が、いきなり1オクターブも跳ね上がったような気がした。
「そ、そりゃ、そういうこともあるんだろうなっ」
うわ、俺の声も上擦ってるじゃないか。
「そ、そうよね……。するんだよね……」
かおるは、うなじまで真っ赤になって、俺をちらっと見た。
「えっと、えっと……。その……、あ、あたし、シャワー浴びるからっ!!」
かおるは、いきなり踵を返して、階段を駆け上がっていった。
俺はその後ろ姿を見送って、またどきっとした。
短いスカートが翻って、一瞬その下の白いものが見えたからだった。
胸の中のもやもやを鎮めようと、俺は大きく深呼吸した。でも、全然それは納まる様子がなかった。
かおると、えっちなことをする……。
そりゃ俺だって健康な男子高校生だし、それにそっちの趣味だってノーマルだから、女の子とえっちなことをしてみたいっていう願望はある。
でも、今まで……かおるをその対象として見たことはなかった。
……いや、そりゃ嘘だな。
一番身近にいた女の子。口ではなんとも思ってない、なんて言ってても、何かの拍子にその裸を想像してしまって……なんてことも無かったとは言えない。
それでも、いざ恋人同士になって、実際に、そういう可能性が出てくると、それはそれで戸惑ってしまう。
「……はぁ」
何を考えてるんだか。
今日はさっさと寝よう。ゆっくり寝れば、このもやもやも納まるだろう、きっと。
俺は首を振って、歩き出した。
と、不意に後ろから声をかけられた。
「あら、恭一くん。こんな時間にどうしたの?」
「え? あ、涼子さん……」
振り返ると、今帰ってきたところらしい。スーツ姿の涼子さんが、ハンドバッグを抱えてそこに立っていた。
「こ、こんばんわ」
「こんばんわ。……って、つい2時間前までお店で顔を合わせてたのに」
そう言ってくすっと笑う涼子さん。
「それもそうですね。で、涼子さんは今まで残業してたんですか?」
「残業もあるけど、ちょっとみんなと話をしてたのよ」
そう言って、意味ありげに笑う涼子さん。
と、その後ろからヨーコさんが入ってきた。俺を見て、首を傾げる。
「あれ、恭一? これって、人の噂も七十五日ってやつですか?」
「はい?」
「それを言うなら、噂をすれば影よ」
「おー、そですか〜。日本語やっぱり難しいですね」
涼子さんに直されて、苦笑するヨーコさん。
俺は訊ねた。
「もしかして、みんなで俺の話をしてたんですか?」
「恭一くんとかおるちゃんの、ね。あ、別に付き合うのをやめさせようとかそういうんじゃないのよ」
「涼子〜、買ってきたわよん! あ、恭一くんも呼び出したの?」
両腕にビールの缶を抱えた葵さんが、そう言いながら、外から入ってきた。
「葵、違うわよ。ちょうどここで逢っただけよ」
「ま、どっちでもいいわ。恭一くんも付き合いなさい」
ビール缶を掲げてにっこり笑う葵さん。
「え、でも俺明日も仕事だし……」
「大丈夫よ。あたしも涼子も仕事なんだから」
「私は違いますけどね〜」
ヨーコさんが笑う。
「いや、それでも、そのですね……」
なんとか言い訳を探す俺の首に、葵さんがぐいっと腕を回した。うぉ、背中にふくらみの感触がっ!
「さ、行くわよ恭一くんっ!」
や、やばい。このままじゃ、また二日酔いだっ。
「えっと、ともかく、今日はすいません、勘弁してください」
さすがに病み上がりで二日酔いになるのは嫌だったので、俺は頭を下げた。
葵さんはにまっと笑って腕をほどいた。
「ま、今日のところはかおるちゃんに免じて許してあげよ。さ、涼子、ヨーコちゃん! 飲むわよっ!」
「……やれやれ」
涼子さんとヨーコさんは苦笑して、俺に「お休み」を言ってから、廊下に出ていった。多分、1階にある葵さんの部屋か涼子さんの部屋で飲むんだろう。
俺はやれやれと胸をなで下ろして、階段を上がっていった。
俺が2階に上がるとほとんど同時に、エレベーターのドアが開いた。そして、かおるが出てくる。
「あれ? かおる?」
「……きゃぁっ!!」
一拍置いて、かおるは悲鳴を上げて壁に背中を張り付けて俺を指さす。
「ど、ど、どうしてこんなところにいるのよっ!!」
「いや、どうしてって言われても……」
と、悲鳴を聞きつけたのか、葵さんが階段を上がってきた。
「何よ、さっきの……。あら、かおるちゃんじゃない」
「わわっ、あ、葵さんっ!」
……なにを慌ててるんだ、かおるのやつ?
葵さんは、不意にくんくんと鼻を動かした。
「お、石鹸の匂いがするわね。お風呂入ってきたの?」
「あ、えっと、それはそのっ、……おやすみなさいっ!」
かぁっと赤くなって、かおるは慌ててエレベーターのドアを閉めた。
……何しに来たんだ、あいつは?
エレベーターの階数表示が上がっていくのを、唖然として見ていると、葵さんがぽんと手を打った。
「ははぁ、なるほど。そういうわけかぁ」
「へ?」
「ごめんねぇ、恭一くん。お姉さん、お邪魔しちゃったみたいね〜。んじゃまたっ!」
しゅたっと手を上げると、葵さんは階段を降りていった。
後に一人残された俺は、ひたすら首をひねるだけだった。
パタン
ドアを閉め、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
……なんか、いろいろあって疲れた。
あ、ドアの鍵閉めてない。でも、まぁいいか。こんなところまで来るような奇特な泥棒もいないだろうし……。
そこまで考えたところで、意識が泥のような眠りの中に沈んでいくのを感じた。
微かに音が聞こえる。
トントン、トントン
恭一、入っていい?
カチャ
入るね〜。えへへっ、来ちゃった。
えっ? やだ、もう寝ちゃったの?
ちょ、ちょっと……。なによそれっ……。
……恭一の、……ばか。
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あとがき
恭一とかおるちゃんのらぶらぶモードでお送りするAシリーズ(といつの間にか呼ばれていた(笑))の、完全オリジナルになる25.5話です。ファイル名が265になっているのは、並べて整理するときの順番を正しくするためで、この話が26.5話ってわけじゃないです。念のため。
で、26話じゃないのは、一応話数は本編とシンクロしてるからで、本編だと26話は翌日の話になってしまうからです。
しかし、早いもので、もう10月なんですねぇ。
いろいろと忙しくてなかなかSSどころじゃない昨今ですが、まぁできるだけ書いていくつもりですので、見捨てないでやってください(苦笑)
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.25.5-A 00/10/1 Up