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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.20

 チュンチュン、チュン
 目が覚めると、窓の外から雀の囀る声が漏れてきていた。
 明るい光が、カーテンの隙間から差し込んで、床に模様を描いている。
 何となく違和感を覚えながら、俺はベッドから起き上がると、時計を見てみた。
 午前8時ちょっと前。
 生あくびをしながら洗面所に行き、蛇口に手をかざし、出てきた冷たい水で顔を洗うと、少しすっきりする。
「……ふぅ」
 一つ息を付き、リモコンでテレビを付けて、朝の情報番組など小耳に挟みながら、買い置きのパンをレンジで膨らませながらお茶を淹れる。
 と。
 トルルルル、トルルルル、トルルルル
 電話が鳴り出した。
 ……ここの電話が鳴るなんて初めてじゃないか? と思いながら、受話器を取る。
「はい、柳井です」
「あ、恭一くんっ! おはよっ!」
「えっ?」
「ボクだよ、木ノ下志緒。愛のモーニングコールだよっ」
「そ、そうなの?」
「あははっ、こういうのって、照れるね」
 受話器の向こうから、明るい笑い声が聞こえてきた。
 それから、ちょっと雑談をする。
「ってところで……。えっ? あ、うん、もう切るから……。ごめん、恭一くん。ママに怒られちゃったからもう切るね」
「あ、うん。こっちこそ、朝から長話してごめん」
「ううん。ボクのほうから掛けたんだもん。それじゃ、キャロットでまた逢おうねっ」
 ピッ
 電話が切れた。俺は受話器を戻して、冷めてしまったお茶をすする。
 ……なんか落ち着かない。

 落ち着かない気分で、それが何なのかはっきりしない、もやもやした気分だった。
 ええい、こんなんじゃダメだ。ちょっと気分転換した方がいいな。
 俺はそう決めて、ドアを開けた。とたんにむわっと熱気が押し寄せてくる。
「くわ……」
 しばらく固まっていると、不意に声をかけられた。
「あれ? 恭一ではないですか」
「あ、よーこさん」
 階段に続く踊り場からこっちを見ていたのは、トレーニングウェア姿で首にタオルをかけたよーこさんだった。
「もしかして、ジョギングでも?」
「ヤー」
 頷くと、よーこさんはタオルで首筋を拭った。
 うわ、胸が揺れてる。
 普段はあんまり気にしたこと無いけど、よーこさんってスタイルいいよなぁ。
「……どしたですか?」
「あっ、いえっ。その、毎日走ってるんですか?」
 あんまり妄想してると、身体の一部分が元気になってしまいそうだったので、俺は慌てて話題を変えた。
「ヤー。毎日の慣習です」
「慣習って言うよりも習慣じゃ……?」
「あ、そですか? むー、日本語難しいですね」
 苦笑すると、よーこさんは俺に訊ねた。
「恭一こそどうしたですか? こんな朝から」
「あ、いえ。別に……」
「――」
 よーこさんが不意に何か小さく叫んで手をポンと打った。多分ドイツ語なんだろうけど、全然聞き取れなかった。
「ど、どうしたんですか?」
「恭一、午前は暇ですか?」
「ええ、まぁ……」
 特に予定もなかったよなぁ、と思いながら俺が答えると、よーこさんは頷いた。
「それじゃ、ちょっと付き合い欲しいです」
「はぇ?」
「ええと……、買い物行きたいんですけど、駅前ごちゃごちゃで、店の場所が判りにくいです。恭一地物だから」
「じもの? もしかして地元のこと?」
「そです」
 確かに俺は地元民だけど。
 要するに、駅前にあるお店に行きたいんだけど、道がわかりにくいんで俺に案内して欲しいと、こういうことだな?
 俺は頷いた。
「それくらいならいいですよ」
「ダンケ。それじゃすぐ着替えて来ますね〜」
「いや、そのままでも……」
「は?」
「あ〜、いや、なんでもないです。あははは〜」
 笑って誤魔化すと、よーこさんは首を傾げながらも部屋に戻っていった。

「ダンケシェン。助かりました」
 それは、確かに判りにくいな、と地元民の俺でも思うような狭い路地の一角にあるお店だった。
 どうやら、ブティックらしいな。
「うーむ、こんなところにも店があるとはなぁ。よーこさん、どうしてこんな店知ってるの?」
「前にお母さんに教えてもらいました。でも、それからずっと来られなかったです。恭一感謝」
「なるほど」
「恭一も一緒に来ますか? 外は暑いです」
「あ、うん」
 俺が頷くと、よーこさんはドアを開けた。
「あら、いらっしゃいませ」
 それほど広くはない店だけど、綺麗にディスプレイされているせいか、以外に狭さは感じなかった。その奧で、飾ってある服の位置を直していた女の人が、俺達を振り返る。
 と、その目がよーこさんを見て、驚いたように見開かれた。
「あら、よーこちゃん? 久しぶりじゃない。元気そうね」
「こんにちわです。ごぶさたです」
 ぺこりと頭を下げると、よーこさんはえへへと照れ笑いをした。
「何度か来ようとしたですけど、いつも道に迷うですよ〜」
「連絡くれたら迎えに行くのに。で、そちらは彼氏?」
「違いますよ〜」
 笑いながら一言の元に否定。ううっ、間違いじゃないけどなんか寂しい。
 俺は頭を下げた。
「ええっと、柳井恭一です。よーこさんとは同じレストランでアルバイトしてまして、地元民ってことで案内役に借り出されました」
「あら、そうなの? ご苦労様。なにか冷たいものでも出すわね」
「いえ、そんなお構いなく」
「いいからいいから」
 笑ってその人は奧に入っていった。

 場所のせいか、俺達以外の客も現れず、麦茶をご馳走になりながら、俺はゆっくりすることができた。
 シャッ
 試着室のカーテンが開いて、着替えたよーこさんが出てきた。
「どですか〜?」
「ああ、やっぱり似合うわね〜。よーこちゃんスタイルいいから。あなたもそう思うでしょう?」
「……あっ、はいっ!」
 思わず見とれていた俺は、慌てて返事をした。
 ファッションなんてまるで判らないけど、薄緑色のふわりとしたワンピースはよく似合っていた。
「そですか? あは、照れますね〜」
 笑いながら、よーこさんはくるりと身を翻した。長いスカートの裾がそれに連れてふわりと浮き上がる。
「軽量素材だから、今のシーズンでもそんなに暑くはないし、水洗いもできるのよ」
「なるほどですね」
 店員さんの説明に、ふむふむと頷くよーこさん。
 と、店員さんはぽんと手を打った。
「あ、そうそう。こないだ買い付けてきたあれなんて似合うかも。ちょっと待ってね、今出してくるから!」
 そう言い残し、店員さんは奧に入っていった。

 シャッ
「これはどですか〜」
「ええっと……」
 既に2時間。いろんな服を取っ替え引っ替えして現れるよーこさんは綺麗なんだけど、それを表現するこっちのボキャブラリーが既に尽きていた。
「き、綺麗だと思う……」
「ん〜。恭一、さっきと同じです〜」
「ご、ごめん……」
「まぁまぁ、ファッションに興味ない子には辛いわよ」
 店員さんがよーこさんに言うと、俺の方を見た。
「でも、恋人はちゃんと誉めてあげないとだめよ」
「恋人? あ、違います! 俺とよーこさんはそんなんじゃ……」
「おほほほ」
 俺が慌てて手を振って否定しようとすると、店員さんは笑ってよーこさんに向き直る。
「ま、今日のところはこれくらいなんだけど、気に入ったのあったかしら?」
「全部ステキです。でも、一番はこれですね〜」
 よーこさんは、最初に着たワンピースを胸に当ててみせた。店員さんは頷いた。
「そうね。それが一番似合ってるとあたしも思うわ。それじゃ、それにする?」
「ヤー」
 頷くよーこさん。俺はほっと一息ついて、すっかりぬるくなった麦茶を飲み干した。

「恭一すまなかったです」
 ワンピースの包みを胸に抱えて、寮に向かって歩いていたよーこさんが、ふと俺に頭を下げた。
「えっ?」
「なんか無理矢理誘ってしまて」
「あ、いえいえ。これくらい何でもないですって」
「ホントはかぁるに頼もう、思ってたんですけど、かぁるどこかに出かけてていなかったです」
「かおるが……?」
 その時、俺はようやく気付いた。
 今日は、かおるが起こしに来なかったんだ……。
「……恭一?」
「あ、ごめん、なんでもないんだ」
 俺が手を振ると、よーこさんは小首を傾げた。
「そですか? なんだか寂しそーだったですよ」
「俺が?」
「ヤー」
「そんなことないって」
 俺は笑って答えた。それから腕時計を見る。
「あ、もうこんな時間か。寮に寄っていったら間に合わないかも……」
「それじゃ、直接お店、行きますか?」
「そうだね」
 俺達は歩く方向を変えて、キャロットに向かった。

 今日もキャッシャーの仕事だったが、美奈さんに手伝ってもらったおかげで無難にこなすことが出来た。
 夕飯もそこそこに働き続けて、ようやく一日の仕事が終わったので、着替えて休憩室に顔を出す。
「あっ、恭一くんっ!」
 休憩室に先にいた志緒ちゃんが、俺を見て駆け寄ってきた。ちなみにさくらちゃんは確か今日は休みのはずだ。
「ごめんねっ。今日は忙しくって、なかなかお話し出来なかったよね」
「そうだね……」
「あれ? 随分仲良さそうじゃないか」
 七海が俺達を見て声を掛けた。志緒ちゃんは、俺の首筋に手を回して笑顔で答える。
「もちろん! だってボク達恋人同士だもんっ!」
「し、志緒ちゃん……」
「あ、照れてる。えへへっ」
 自分も言ってから照れたように赤くなって笑う志緒ちゃん。確かに可愛いんだよな……。
 と、いきなり七海がぐいっと俺の耳を引っ張った。
「わっ!」
「ちょっと来いっ!」
 そう言うと、七海は俺を休憩室の隅まで引っ張っっていく。
「いてててっ、なにすんだよ?」
「そりゃこっちのセリフだ。どういうつもりだ、恭一?」
 俺を壁に押しつけるようにして、小声で問いつめる七海。
「えっ?」
「え、じゃねぇだろっ! かおるはどうすんだよっ」
「どうするも何も……、かおるとはそういうんじゃないし……」
 俺も小声で答えると、七海はため息をついた。
「はぁーーっ。ったく……。取り返しのつかねぇ事になっても、あたいは知らねーぞ」
「なんだよ、それは?」
「別に。あたいが言ってもしょうがねぇことだからな」
 ひらひらと手を振って、「じゃな」と七海は休憩室を出ていった。バタン、とドアが閉まる。
 なんなんだ、七海の奴?
 志緒ちゃんも不思議そうに俺に訊ねた。
「どうしたんだろ、桐生さん。ボク、何か怒らせるようなことしたのかな?」
「さぁ……」
 と、ドアが開いて、みらいちゃんが入ってきた。……いや、入って来かけたところで、俺を見て動きが止まる。
「あっ……」
 俺は笑顔で片手を上げた。
「やぁ、みらいちゃん」
「お疲れさま〜」
 志緒ちゃんも笑顔で挨拶する。
「こ、こ、こんにち……じゃなくて、こんばんわっ、恭一さん、木ノ下さん」
 ぺこりと頭を下げるみらいちゃん。
「まぁ、そんなところで立ってるのもなんだから、入っておいでよ」
「あっ、ご、ごめんなさい」
 慌ててドアを閉めて、みらいちゃんはもう一度ぺこりと頭を下げた。相変わらず礼儀正しいよい子だ。
 と、そのドアが開いて、店長さんが休憩室に顔を出した。
「志緒、そろそろ帰るぞ……。ああ、みらいくんと恭一くんもいたのか。お疲れ」
「あ、はい。お疲れさまです」
 俺は返事をした。みらいちゃんは、あわわっと慌ててから、またぺこっと頭を下げる。なんか、さっきから頭を下げてばっかりだな、みらいちゃん。
 志緒ちゃんは、ぷっと膨れた。
「もう、お兄ちゃんったら。せっかくお話ししてたところなんだから、もうちょっと気を利かせてゆっくりしてくれればいいのにぃ〜」
 店長さんはふっと肩をすくめた。
「そっか。それじゃ志緒はゆっくりと電車で帰ってくればいい。先に帰ってるぞ」
「あっ、嘘々っ! それじゃ恭一くんっ、また明日ねっ」
 俺に手を振って、店長さんと出ていく志緒ちゃん。
 それを見送ってから、俺はみらいちゃんに声をかけた。
「それじゃみらいちゃん。俺達も帰ろうか?」
「えっ? あ、あのあのっ、えっと、えっと……はい」
 わたわたしながら頷くみらいちゃん。
「よし、それじゃ帰ろう」
「はい」
 みらいちゃんは、こくこく頷くと、俺の後に続いて店を出てきた。

 外はちょっと蒸し暑いけれど、昼間に比べれば涼しかった。
 ゆっくりと歩いていると、不意に後ろからみらいちゃんが言った。
「あ、あの、あの……」
「えっ?」
「あ、ななななんでも……じゃなくて……えっと……ご、ごめんなさい」
 そのまま俯いてしまうみらいちゃん。
 なんだろう?
 と、不意にみらいちゃんが立ち止まる。
 それに気付いて俺も立ち止まると、みらいちゃんは決然と顔を上げた。
「き、きききき恭一さんっ、その、わ、わた、わたしっ」
「はい?」
「そ、その、お、お聞きしたいことが、あああああるんですっ」
「うん。何?」
「えっと、えっと、ど、どうして私に……、か、構って、くれるんですか?」
「えっ?」
「そ、その、私って、暗いし、あ、上がり症でちゃんとしゃべれないし、つまらない女の子なのに……、恭一さん怒らないし、それって、どうしてですかっ?」
「……どうしてかな?」
 俺は首を傾げた。それから、笑顔で答えた。
「多分、みらいちゃんが一生懸命だからだと思う」
「えっ? いっしょう……けんめい?」
「ああ。あ〜、上手く言えないけど、みらいちゃんっていつも一生懸命でひたむきに生きてるって感じがするんだ。俺そういう娘は好きだよ」
「すっ……、あ、あのあのあのっ」
 かぁっと真っ赤になってあわあわしているみらいちゃんを見て、俺は自分の言葉に気付いて慌てて訂正しようとした。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
「そ、その、えっと、ご、ごめんなさいっ!!」
 くるっと背を向けて、そのままぱたぱたっと走っていってしまうみらいちゃん。
 追いかけようかとも思ったけど、ちょっと時間をおいて落ち着いてもらった方がいいかもしれないな、と思い返した。どっちみち、明日また逢うんだし。
 俺は空を見上げた。
 今日は薄曇りの空には、星は一つも見えなかった。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 いや、マジに止めるつもりだったんですが、今朝、新作画像を頂きまして、こりゃ負けてられんと。
 いやぁ、嬉しいもんですね〜(笑) 思わず調子に乗ってしまいました。

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.20 00/5/11 Up 00/5/21 Update

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