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「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
TO BE CONTINUED?
「あ、はい」
「かしこまりました。それではしばらくおまちください」
ウェイトレスさんがぺこりと頭を下げてから、意味ありげに俺と志緒ちゃんに視線を送ってから、くるっと身を翻した。
その後ろ姿をなんとなく見送ってから、志緒ちゃんに尋ねる。
「今の人、知り合い?」
「うん。知り合いっていうか同僚だよ」
頷く志緒ちゃん。……そりゃそうか。
それにしても……。
俺は店内を見回した。
「……本店って制服が違うんだ。初めて知ったよ」
「キャロットのウェイトレスの制服って、全部で17種類あるんだよ」
こともなげに言う志緒ちゃん。俺は思わずのけぞった。
「17種類?」
「うん。ボクは本店のこの制服が一番好きだけどね」
「……参考までに、ウェイターの制服は?」
「基本的には全店共通。ちょっとネクタイが違うとかそれくらいの差だよっ」
「……やっぱり」
がっくりする俺。でも、まぁ、ウェイターの制服目当てに来るような人もあんまりいないんだろうな。
あ、そういえば。
「志緒ちゃん、えっと、聞いて良いのかどうかわかんないけど……」
「え? どうしたの?」
「さっき、志緒ちゃんのお母さん、自分のこと神無月って……」
「あ、うん。神無月っていうのは、お母さんがお父さんと結婚する前の旧姓なんだ。で、今も仕事ではそう名乗ってるってわけ」
「ああ、仕事用の姓ってわけか」
「お母さん、結婚する前からキャロットで働いてたんだって。だから、いきなり名前を変えて他の人を混乱させるのもどうかってことで、そのままの名前で通すことにしたんだって」
「なるほどね……」
俺は納得して頷いた。
しばらくして、俺達の注文したものが運ばれてきた。
俺はブレンドに口をつけながら、嬉々としてチョコパフェに長いフォークを突っ込む志緒ちゃんを見ていた。
「ん〜、甘くて美味しいな〜。……ん? ボクの顔に何か付いてる?」
不意に志緒ちゃんが顔を上げて訊ねる。
「……あ、ごめん。別に何でもないんだけど……」
「変なの」
志緒ちゃんはくすっと笑った。それから、不意にフォークでクリームをひとさじすくうと、俺に向かって伸ばした。
「はい、あーん」
「えっ?」
「あーん」
ぐいっと口の前に突き出されるスプーン。
俺はほとんど反射的に口を開けていた。冷たくて甘いクリームを舐めとる。
「美味しい?」
「う、うん」
「えへへっ」
照れたように笑うと、志緒ちゃんはクリームをすくって自分の口に運んだ。
「ちょ、ちょっと照れるね」
「そ、そうだね。あはは」
コーヒーを啜って、俺はその場を誤魔化した。
「で、聞きたいんだけど……」
「何?」
「本当にかおるちゃんとは関係ないの?」
「関係って?」
「んもう。恋人じゃないのかってことだよっ」
「……違う、と思う」
俺はコーヒーカップをテーブルに戻した。
「それじゃさ、ボクはどうかな?」
「どう……って? 何にどうなの?」
「恋人に」
あっけらかんと言う志緒ちゃん。
「そ、それは……」
「ダメ?」
「いや、ダメってわけじゃ……」
「それじゃいいんだね?」
「そ、そんなの急に決められるわけないでしょ」
「そっかな?」
「そうだよ。第一、まだ逢ってからそんなにたってないし……」
「逢ってからの時間で決まるわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……。でも、やっぱりこういうのはお互いのことを知ってから……」
「付き合ってみてからゆっくり知っていくっていうのは、なし?」
志緒ちゃんにそう言われて、俺は沈黙した。間が持たなくなって、とりあえずコーヒーを一口啜る。
志緒ちゃんは、首を傾げた。
「それとも、もしかして恭一くんって男の子の方が好きなの?」
ブーッ
思わず飲みかけたコーヒーを噴き出して、俺は咳き込んだ。
「ゲホゲホゲホッ」
「だ、大丈夫?」
志緒ちゃんは素早くおしぼりでテーブルを拭くと、俺の横に座って背中をトントンと叩いてくれた。
「ゲホゲホ、あ、ありがと……」
「あ……」
礼を言おうと思って志緒ちゃんの方を向くと、思わぬ至近距離に志緒ちゃんの顔があった。
「恭一くん……」
柔らかそうな唇が言葉を紡ぐ。
「好き……」
「俺は……」
と。
「お客様、店内ではお静かにお願いします」
後ろから志保さんの声がして、志緒ちゃんはパッと俺から離れた。
「あ、ママ。あははは」
「ホントに、もう」
志保さんはため息混じりに俺に向き直った。
「ごめんなさいね、柳井くん」
「あ、いいえ……」
「志緒、あなたもあんまり柳井くんに迷惑をかけちゃだめよ」
「べ、別に迷惑かけたつもりじゃ……。恭一くん、もしかして迷惑だったの?」
志緒ちゃんにじっと見つめられて、俺は慌てて首を振った。
「そうじゃない……です」
志保さんがいるのを思い出して、語尾に敬語をつけた。
志緒ちゃんはほっと胸をなで下ろした。
「良かったぁ」
「あの、志保さん。俺のことなら大丈夫ですから……」
「あら、そうですか? それでは、失礼いたします」
志保さんは優雅に一礼して、歩いていった。
俺は一つ深呼吸して、元の通りテーブルの向かい側に戻った志緒ちゃんに尋ねた。
「で、俺なんかのどこがいいの?」
「わかんない」
あっさり答えると、志緒ちゃんは頬杖をついた。
「でもね。ボク、人を見る目には自信あるんだ。そのボクが一目で気に入ったんだから、恭一くんはいい人だよ、きっと」
「……なんか、いい加減な気がするんだけど」
「そう? ボクって、いい加減な気持ちで交際を申し込むような娘に見えるのかな……」
「あ、いや、そうじゃないけど……」
俺は言葉に詰まって、何気なく窓の外に視線を向けた。
「それにね……」
志緒ちゃんは、空になったパフェの器をスプーンでつつきながら、言った。
「ボク、今まで好きになった人っていなかったんだ」
「それじゃ、俺が……?」
「そ。……ボクの、初めて告白した人」
ぽっと赤くなると、志緒ちゃんは視線を逸らした。
「……」
何て答えていいのか、俺もよく判らなかった。
「えっと、その……、実は俺も、初めてなんだ。女の子に好きって言われたのは……。だから、その、突然だし、どう答えていいのかよく判らないから……」
志緒ちゃんは俺に視線を戻すと、笑顔になった。
「なんだ。それじゃ二人とも初めてなんだ。ボク、恭一くんは経験があると思ってたよ」
「いや、マジに初めてだって」
俺が答えると、志緒ちゃんはぴっと人差し指を立てた。
「それじゃさ、二人とも初めてのことなんだし、試しにしばらく付き合ってみるっていうのはどうかな?」
「えっ?」
「それで、うまくいけばいいし、うまくいかなかったらやめればいいんだよ。ね?」
……そういうものなんだろうか?
なんか違うような気もするけど、でも違うのかって言われるとそうでもないようだし……。
と、志緒ちゃんがテーブルに手を付いて、ぐいっと俺に顔を近寄せた。
「ねっ!?」
「う、うん……」
思わず頷いてしまう俺。
志緒ちゃんがにぱっと笑う。
「おっけー。それじゃ決まりだねっ」
その志緒ちゃんが、可愛いな、と思った。
もう、とっくに辺りは暗くなっていた。
「……ふぅ」
寮の入り口の前まで戻ってきた俺は、なぜか中に入る気になれずに、寮を見上げてため息をついていた。
俺だって普通の男だし、可愛い娘が自分の彼女になってくれるっていうシチュエーションには憧れていた。
それがとうとう叶ったんだ、よな?
志緒ちゃんは文句なく可愛い。
でも、俺は、なんか素直に喜べてない。
なぜなんだろう?
「……恭一?」
不意に後から声が聞こえた。
振り返ると、バッグを抱えたかおるが、そこに立っていた。
「あ、かおる……?」
「なにしてんの?」
いつも通りの声で訊ねるかおる。
「え? あ、いや、お前こそ……」
「あたし? あたしは仕事帰りだけど。……なんかあったの?」
仕事帰り? それじゃもう真夜中近いのか?
なんか時間の感覚が全然無くなってる。
かおるは俺の顔をのぞき込んだ。
「恭一、なんか顔色悪くない?」
「そ、そんなことは……」
「ちょっと、来なさいっ!」
かおるは俺の腕を掴むと、そのまま引っ張って寮に入っていった。
俺はそのままかおるの部屋に引っ張ってこられた。
かおるは俺をちゃぶ台の前に座らせると、熱いお茶を湯飲みに注いで、俺の前に置いた。
「はい、お茶入れたわよ」
「あ、うん……」
俺がぼーっとしていると、かおるは心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
「本当にどうしたの? 何かあったの?」
「……」
顔を上げて、俺は言った。
「かおる……」
「ん?」
「……俺、志緒ちゃんと付き合うことになったんだ」
「……えっ?」
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あとがき
勝手ではありますが、今回をもちまして、当作品はしばらくお休みをいただきます。
応援してくださったみなさま、ありがとうございます。
PS
声優の塩沢兼人氏の訃報に接しました。
私も大好きな声優さんの一人だっただけに、あまりにショックが大きくて、何を言っていいのかよくわかりませんが……。
謹んでご冥福をお祈りします。
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.19 00/4/28 Up 00/5/10 Update