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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.18

「……こ、ここで本当に間違いないんだよね?」
「あ、ああ。ちゃんと表札は『神宮司』だし」
 今までテレビでしか見たことの無いような大きな門の前で、ぼそぼそと囁き合っている俺と志緒ちゃん。うっ、門柱の脇に立っている警備員がじーっと見ているぞ。
「と、とりあえず……どうしよ? あの警備員のおじさんに取り次いでもらうしかないのかな?」
「うーんと」
 俺はでかい門をもう一度眺めた。どこにもチャイムやインターホンはない。
 と、さすがに不審に思ったのか、警備員が話しかけてきた。
「何かご用でしょうか?」
「あ、はい。あの、えっと……」
 思わず緊張して気を付けの姿勢で口ごもる俺。
 と、脇から志緒ちゃんが言った。
「申し訳有りません。神宮司さんのお宅はこちらでよろしいでしょうか?」
「そうですが……」
 警備員の視線を受けて、志緒ちゃんは言葉を継ぐ。
「私たち、ファミリーレストランPia☆キャロット中杉通り店に勤めております木ノ下と柳井と申します。今日はこちらの更紗さんに招かれて参ったのですが、お取り次ぎ頂けないでしょうか?」
「更紗様に、ですか? 少々お待ち下さい」
 一拍置いて、警備員は頷いた。
「アポイントを確認しました。どうぞこちらへ」
 その言葉とともに、すぅっと音もなく門が開いた。

 門を通り抜けると、ずっと向こうにお屋敷が見える。そこまで、サッカーが出来そうなくらい広い庭があり、数人のメイドさんが散らばって花壇や芝生の手入れをしていた。
「それにしても、志緒ちゃんすごいね」
「え? ああ、さっきの? あれはお店での応対の応用だよ。それにしても……」
 志緒ちゃんが、背後で音もなく閉まった門を振り返って、はぁーっとため息をつく。
「ボク初めて見たよ」
「え?」
「あ、気付かなかった? さっきの警備員、ロボットだよ」
「えっ?」
 ……全然気付かなかった。
 確かに、最近、ちょっと見ただけだと人間と変わらないようなロボットが売り出され始めてるよな。とんでもなく高いけど、神宮司家なら問題なく買えるんだろうし。  待てよ。とすると、もしかして、あそこに見えてるメイドさん達も、実はロボットかも……。
 そう思ってしげしげと見てみると、手入れの動きが機械じみているような気がしないでもない。
「ロボット、かぁ……」
「便利になってきたよね……。でも、ボク達の働く場所がロボットに取られちゃいそうで、なんか嫌だな」
 肩をすくめる志緒ちゃん。
 俺は訊ねた。
「もしかして、キャロットのウェイトレスにロボットを入れようって計画があったりするの?」
「ううん。ボクもお父さんに聞いてみたことあるけど、そんなつもりは全然ないって。」
「……お父さん?」
「あ、そっか、知らなかったんだっけ? ボクのお父さんがPiaグループの会長なんだ」
 あっさりと言う志緒ちゃん。
 ……って、それじゃ、ええっ!?
 驚く俺をよそに、志緒ちゃんは指を折って数える。
「お父さんはPiaグループの会長と本店の店長を兼任してて、お母さんが3号店の店長で、お兄ちゃんは2号店の店長してて、さとみお義姉ちゃん……お兄ちゃんの奥さんが本店のマネージャーで、お姉ちゃんは本店のフロアチーフで、ボクとさくらが緊急ヘルプ要員。で、ちなみに明彦叔父さん……お母さんの弟なんだけど、その人も4号店で働いてるの。もう一族揃ってPia☆キャロットなんだよね〜」
 そうだったのか……。
 俺が衝撃に打たれていると、先に行きかけた志緒ちゃんが振り返った。
「あ、もしかしてびっくりしてる?」
「そりゃ、まぁ……」
「でも、ボクはボクだよ」
 志緒ちゃんは小首を傾げて笑いながら言った。
「え?」
「お父さんやお兄ちゃんがどんなに偉くても、ボクは木ノ下志緒だよ、ってこと。だから……」
 志緒ちゃんは俺に背を向けて、呟いた。
「ボクのお父さんがグループの会長だったからって、ボクに敬語を使うとかそういうのはやめて欲しいな」
 それから、くるっと振り返って、笑顔で俺の顔をのぞき込む。
「ねっ?」
 ……そっか。そうだよな。
 志緒ちゃんのお父さんがどういう人だから、っていう物差しで志緒ちゃんを見るっていうのは、志緒ちゃん自身にとって理不尽なことだ。
 いや、志緒ちゃんに限らず、だ。
 たとえば更紗ちゃんは、この馬鹿でっかいお屋敷を持ってる神宮司家の娘だ。で、かおるは父親を早くに亡くして、春恵さんが女手一つで育ててきた、お世辞にも裕福とは言えない家庭環境だ。
 育った環境の違い、っていうのはもちろんあるだろうけど、それを重要視するのはナンセンスだ。それよりもっと大切なことは、更紗ちゃんやかおる本人をしっかりと見ることじゃないか。
 知らず知らずのうちに、本人とは関係のないフィルターを通してしまうのは、いけないことだ。でも、俺はどうだっただろうか?
「……くん! 恭一くんってば!」
 俺が立ち止まってそんなことを考えていると、志緒ちゃんが俺を呼んでいるのに気付いた。顔を上げると、心配そうに俺の顔を見ている。
「どうしたの? 突然立ち止まって……」
「あ、いや、なんでもないって。それより、行こう」
 俺は歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、もうっ!」

 屋敷の前に付くと、ドアのところで待っていた有田のじいさんが、俺達を応接室(だと思う)に案内してくれた。
「こちらでしばらくお待ち下さい。お嬢様はすぐに参ります」
 そう言って、俺達を残してじいさんはドアを閉めた。
「……はぁ〜、すごいね恭一くん」
 ふかふかのソファに腰掛けて、志緒ちゃんは部屋を見回した。
 俺も半分唖然としていた。
 なんか、ヨーロッパの古いお城みたいな贅沢な部屋だった。壁には油絵が飾ってあり、埋め込みの暖炉まである。天井からはシャンデリアが下がっていて、床のカーペットは綺麗な刺繍が入っていて踏むのも躊躇われるくらいだった。
 と、ノックの音がして、メイドさんがワゴンを押して入ってきた。そしてテーブルにティーセットとクッキーの入った皿を並べて、紅茶をカップに注ぐと、一礼して出ていく。
 流れるような一連の動作に、俺と志緒ちゃんは口を挟むタイミングも掴めずに、そのままドアが閉まるのを見送っていた。
「……食べて、いいのかな?」
「……多分」
 俺も自信がない。
 と、ドアが開いて、更紗ちゃんが入ってきた。
「いらっしゃいませ、恭一さん、志緒さん」
 更紗ちゃんの今日の出で立ちは、白い清楚なドレス姿だった。さすがお嬢様、である。
「やぁ」
 俺は軽く手を挙げた。志緒ちゃんが慌ててぺこりと頭を下げる。
「あああのこのたびはお日柄もよろしく……」
「……なに言ってるんだ、志緒ちゃん?」
 思わず小声で訊ねる俺に、志緒ちゃんは小声で答える。
「決まってるじゃない。挨拶だよっ」
「結婚式の披露宴じゃないんだから……」
「あのぉ、この格好が何か変でしたでしょうか?」
 小声で囁き合う俺達に、更紗ちゃんはドレスの裾を摘んで訊ねた。
「あ、いや全然そんなことないって。それより、まずは招待してくれてありがと」
「いいえ。わざわざ来ていただいて、私のほうこそ済みませんでした」
 更紗ちゃんは首を振ると、空いていた椅子に上品に座った。
 うーん。休憩室での振る舞いなんか見てると、どうも浮世離れしたお嬢さんだという印象しか持てないけど、その振る舞いがこういう場所では怖いくらいにピタリとはまってる。
「えーと、それで、どうして俺達を呼んだの?」
「はい。実は、今度バイオリンの発表会がありまして」
「へぇ、更紗ちゃんってバイオリンひけるんだ。ボク知らなかったよ」
「下手の横好きと申しますか、はい」
 事情を知ってる俺からすると無礼千万な志緒ちゃんの言葉を、あっさり受け流す更紗ちゃん。
「それで、その前に一度、お友達に聞いていただきたいな、と思いまして、お二人をお呼びしたわけですの」
「なるほど。そういうことなら喜んで」
 俺は頷いた。更紗ちゃんは喜んでぽんと手を合わせた。
「よかったです。断られたらどうしようかと思ってしまいました」
「そんなわけないって。な、志緒ちゃん? ……志緒ちゃん?」
 志緒ちゃんに同意を求めようとそっちを見ると、彼女は腕組みしてうーんと考え込んでいた。
「どうしたんだ?」
「あ、えっと、ボク、クラシック聞くとすぐに寝ちゃうから。あははっ」
 ……正直というか何というか。
 トントン
 ノックの音がした。更紗ちゃんが「はい」と答えると、メイドさんが顔を出す。
「お嬢様、用意が出来ましたが、いかがなさいますか?」
「あ、はい。すぐに行きます」
「かしこまりました」
 メイドさんは一礼してドアを閉めた。更紗ちゃんは俺達に言った。
「それでは行きましょうか?」
「え? どこに行くの?」
「バイオリンの練習室です。ここで弾くと、音が周りに漏れて迷惑ですから」
 そう言いながら、更紗ちゃんは立ち上がると、ドアを開けた。
「さ、こちらです」

 練習室っていうくらいだから、音楽スタジオみたいな場所をイメージしてたけど、更紗ちゃんに案内された部屋は、庭の見える大きな窓のある、フローリングの部屋だった。
 壁は棚になっていて、ガラス戸越しにバイオリンのケース(だと思う)がいくつも納まっているのが見える。
 20畳はありそうな部屋の真ん中には、どんと白いグランドピアノが置いてあり、その周りを囲むように椅子がいくつか置いてある。
 その室内にはメイドさんが一人、壁際に控えていただけで、他には誰もいない。
 更紗ちゃんは、棚のガラス戸を開けると、中からバイオリンのケースを一つ選んで取り出した。それから、メイドさんに声をかける。
「それでは、理奈さん。よろしくお願いしますね」
「かしこまりました」
 メイドさんは一礼すると、ピアノの前に座る。なるほど、このメイドさんが伴奏してくれるわけだな。
「お二人は、そちらの椅子に掛けてくださいな」
 更紗ちゃんに言われて、俺達はいくつか並んでいる椅子に座った。
 更紗ちゃんは、バイオリンを構えた。
「それでは、チゴイネルワイゼン」
 そう言って、弦を滑らせる。

 更紗ちゃんが演奏を終わって、ぺこりと頭を下げる。
「……お耳汚しでした」
 その言葉に、俺ははっと我に返った。
「いかがでしたでしょうか?」
「すごかった」
 答えてから、自分のボキャブラリーの貧困さが情けなくなる。
 でも、更紗ちゃんは喜んでくれた。
「ありがとうございます。恭一さんに喜んでいただけで嬉しいです」
「いや、なんていうか……」
 言葉に詰まって、俺は志緒ちゃんの方を見た。
 志緒ちゃんは、大きく深呼吸してから頭を下げた。
「ごめん、更紗ちゃん」
「は? あ、あの、私が何かいたしましたでしょうか?」
 戸惑う更紗ちゃんに、志緒ちゃんは真面目な顔で答えた。
「ボク、クラシックを馬鹿にしてた。でも、違うんだね。なんていうか、うまく言えないけど……。でも、ここに響いたよ」
 とん、と自分の胸を叩いて言う志緒ちゃん。
 更紗ちゃんは笑顔で頷いた。
「ありがとうございます」

 それから、お抱えのコックさんが作ったというフルコースのお昼をご馳走になってから、俺達は神宮司邸を後にした。
「すみません。もっとごゆっくりしていただきたかったんですけれど、午後からはお茶とダンスのレッスンが入ってまして……」
 玄関まで見送りに来てくれた更紗ちゃんが、本当にすまなそうに謝る。
 志緒ちゃんが手を振った。
「そんなことないない。ありがとっ。今日はとっても楽しかったよ」
「ああ、俺も」
「なら、良かったです」
 嬉しそうにぽんと手を合わせて微笑むと、更紗ちゃんは深々と頭を下げた。
「それでは、失礼いたします」
 すぐ後ろに控えていた有田のじいさんがドアを開けた。
「さ、お嬢様。先生がお待ちになっておられますぞ」
「はい」
 更紗ちゃんは頷くと、もう一度俺達に頭を下げて、ドアの向こうに消えていった。
 何となく俺と志緒ちゃんは顔を見合わせた。
「それじゃ、帰ろうか」
「うん。……でも、ちょっと中途半端だね」
 時計を見て言う志緒ちゃん。
 時間は、午後1時過ぎ。確かに中途半端だ。
「あ、そうだ。それなら本店に来ない?」
「本店って、キャロットの?」
「うん。ここからならちょうど帰り道だし。ね、そうしようよ」
 そう言うと、駆け出す志緒ちゃん。
「あ、ちょっと待ってよ」
「ほら、早く早く〜っ!」

「はい、ここがPia☆キャロット本店でーす」
 振り返って、ばっと手を広げて見せる志緒ちゃん。
 うーん、本店っていうからもっとすごいのかと思ったけど、2号店と店の大きさはそう変わらないんだな。
「さ、入ろうよ」
 店構えを眺めていた俺の手を、志緒ちゃんはぐいっと引っ張った。
「わわっ」
「はい、一名様ご案内〜」
 シュン
 ドアが開き、程良く冷えた店内の空気が流れ出す。
「いらっしゃいませ、Piaキャロットにようこそ……。あら、志緒じゃない」
 落ち着いた大人の女性の声に、視線を向けると、涼子さんのと似たスーツに身を包んだ青い髪の女の人がレジの前に立っていた。
 胸のネームプレートには“木ノ下”とある。……ってことは、本店のマネージャーっていうお義姉さんかチーフっていうお姉さん? でも、それにしては失礼だけど年上に見えるなぁ……。
「あ、ママ?」
 小首を傾げる志緒ちゃん。ということは、志緒ちゃんのお母さんなのか。
「こら、ここはお店よ」
 その人は志緒ちゃんの頭をこつんと叩くと、俺に視線を向けた。
「それで、そちらはどなたかしら?」
 志緒ちゃんは俺の腕をぎゅっと胸に抱くようにして引っ張り寄せた。
「わわっ、ちょ、ちょっと……」
「この人は、2号店で働いてる柳井さんだよっ」
 俺は慌てて頭を下げた。
「あ、初めまして。柳井恭一です」
「あら、そうなの。初めまして、3号店の店長をしている神無月志保です。志緒と仲良くしてくれてありがとうね」
 その人はすっと頭を下げた。俺ももう一度頭を下げる。……あれ? 神無月?
「ママ、ここはお店だよ」
 志緒ちゃんが笑って言うと、志保さんも苦笑した。
「私も志緒のこと言えないわね、これじゃ」
「それに、今日はボク達はお客様だよっ」
「わかったわ。それでは、こちらへどうぞ」
 俺達は志保さんに案内されて、席についた。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 更紗ちゃんの話を結構あっさりと流してしまったのは、反省材料です(苦笑)
 しかし、暑いですねぇ。

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