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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.17

「だ、だめっ!!」
 沈黙を破ったのはかおるだった。慌てたように俺を引っ張り寄せる。
「そ、そんなの、えっと、社内恋愛は禁止なんだからぁっ!」
「そんな規則聞いたことないけどなぁ。ねぇ、さくら?」
「し、志緒ちゃん……、そ、その……」
 おろおろと志緒ちゃんとかおるを見比べるさくらちゃん。
「それに、恭一くんフリーなんでしょ? だったら、ボクがアタックしても別にいいじゃない」
「そ、そりゃそうだけど、でもっ!」
 と、休憩室のドアがノックされて、店長さんが顔を出した。
「そろそろ帰るぞ、さくら、志緒……。どうかしたのか?」
「べべべつに何でもないですっ!」
 慌てたように手を振ると、かおるはぶんっと音がしそうな勢いで頭を下げた。
「あたしはこれで失礼しますっ! 七海ちゃん、行こっ!!」
 そのまま、店長さんの脇をすり抜けるように休憩室を出ていくかおる。
「あ、こらかおるっ! ったく、しょうがねぇなぁ。それじゃあたいもお先にっ」
 そう言い残して、かおるを追いかけて、七海も休憩室を出ていった。
 店長さんは、二人を視線で追ってから、志緒ちゃんに尋ねた。
「志緒、お前、何かしたのか?」
「なんでさくらに聞かないでボクにだけ聞くんだよ〜」
 拗ねたように口を尖らせる志緒ちゃん。
「えっと、その、あの……」
 まだおろおろしているさくらちゃん。
 店長さんは、翠さんに視線を向けた。
「夙川くん、何があったんだ?」
「まぁ、壮絶な修羅場第一幕ってところ。ラブコメで言えばちょうど中だるみしたところで、強力な新キャラ入れて活を入れたって感じですね〜」
 眼鏡の位置を直しながらのたまう翠さん。
 ため息をつく店長さん。
「まったく、留美といい志緒といい、どうしてこう騒ぎを起こしてくれるかなぁ」
「店長も人のことを言えた義理じゃ無いと思いますけど」
 そう言いながら、涼子さんが入ってきた。
「り、涼子くん、その話は、ええと、今はその……」
「はいはい」
 うろたえる店長さんに笑顔を向けてから、涼子さんは俺達に向き直った。
「社内恋愛を禁止してるわけじゃないけど、仕事に持ち込むのは厳禁。それは判ってるわね?」
「はぁ〜い」
「よろしい。それじゃ今日はもう遅いから、これで解散。あ、更紗ちゃん……。更紗ちゃん?」
「……」
 返事がない。振り返ってみると、更紗ちゃんは、まだ真っ赤になったまま、幸せそうに漂っていた。
 涼子さんは、額を押さえた。
「ホントに、もう……」
「そういや、今日はまだ来てないんだね、すっきーじいさん」
 翠さんが言うと、涼子さんは眉をひそめた。
「有田允馨さん、ですよ」
「いいのいいの、有田なんて焼き物みたいだし、允馨っていうのも言いにくいしね。それですっきー。それで、そのすっきーじいさん、今日はどうしたの?」
「ええ、今日はちょっと本家の方で大きな行事があったとかで、こっちに来られないんですって。だから、店長さんにお家まで送ってもらうことにしたから」
「……あのぉ」
 不意に更紗ちゃんが口を開いた。どうやら戻ってきたらしい。
「それでは、今日は有田さんはいらっしゃらないということなのですね?」
 ……ちゃんと聞いてたんだろうか?
 俺のささやかな疑問は、次の更紗ちゃんの発言で吹っ飛んだ。
「恭一さん、明日はお休みですよね? もしよろしければ、一日お付き合い下さいませんか?」
「ちょっと待ったぁーーっ!!」
 俺が答えるよりも早く、志緒ちゃんが割り込んだ。
「ボクだって明日休みなんだよっ!」
「まぁ」
 ぽんと手を合わせると、更紗ちゃんはにこっと笑った。
「それでは、志緒ちゃんもいらっしゃいませんか?」
「……へ? ボクも?」
「はい。ぜひ!」
 笑顔で頷く更紗ちゃんだった。

「……というわけで、明日は更紗ちゃんの所に行くから……」
「……そんなことわざわざ言いにきたわけ? あっそ、どうぞご勝手に、デートでもなんでもご自由にっ!」
 バタン
 かおるは目の前でドアを閉めた。危うく鼻を挟まれそうになって飛び退いた俺は、思わず声をあらげた。
「なにすんだっ!」
「うるさいっ! さっさと帰れっ!」
「おう、帰るわいっ」
 俺はくるっと踵を返した。
 その耳に、微かに声が聞こえた。
「……莫迦」
「?」
 振り返ったが、そこには閉ざされたドアがあるだけだった。
 気のせいだ、と思うことにして、俺は階段を降りていった。

 翌朝。
 ドンドンドンッ
 ドアがノック……っていうよりは乱打される音で目が覚めた。
 ……ったく、あいつめ。
 俺は目を擦りながら布団を出ると、ドアをガチャッと開けて怒鳴った。
「朝からやかましいっ!! 近所迷惑も考えろこの莫迦……」
「くすん、ひどいよ恭一くん。せっかくボクが起こしに来てあげたのに……」
 そこにいたのは、志緒ちゃんだった。
「……し、志緒ちゃん? ど、どうして……」
「あ……」
 恨めしそうに俺を見ていた志緒ちゃんの視線がピタリと一点で停まった。
「すごい」
「……は?」
 志緒ちゃんの視線を追って、俺は慌ててそこを押さえてとびすさった。
「わわっ! こ、これはその生理現象って奴でしてっ!」
 考えてみると、寝間着代わりのTシャツにトランクス1枚という格好である。
 志緒ちゃんは真っ赤になって、手で顔を覆っている。っていうか、随分指の隙間が空いてるような気がするんですけど、……ってそんなこと観察してる場合かっ!
「ええっと、あのっ、それはそのぉっ!!」
「こぉの性犯罪者ぁっっ!!」
 スパァーーーン
 狼狽えながらも、とりあえず説明しなければと一歩踏み出した俺の頭が思いっきりどつかれた。
「うわぁっ、か、かおるかっ!」
「そうよっ!!」
 どこからわいて出てきたのか、ハリセン片手のかおるがそこに立っていた。
「ったく……。いいから、さっさと着替えてきなさいっ!!」
 ぴっと部屋の方を指して言うかおる。俺はとりあえず頷いた。
「……そうします」

 とりあえず、朝の生理現象が着替えている間に自然消滅したところで、俺はドアを開けた。
「や、やぁ、あはははは」
「何照れ笑いしてるのよ、この変態っ!」
 横合いからもう一度叩かれそうになったので、とっさにその一撃を腕で止める。
「なにすんだ、この暴力女っ! 第一何でお前がここに出現してるんだっ!?」
「えっ、あ、えっと、散歩よ、朝の散歩っ!! それよりも、この始末どうつける気よっ!!」
「いや、そう言われても……」
 と、そこに志緒ちゃんが口を挟んだ。
「あ、あの、ボクなら気にしてないよ。その、見たこともあるし……」
「……へ」
 一瞬、俺とかおるが固まっていると、志緒ちゃんは、はっと気付いて慌てて手を振った。
「そ、そうじゃなくて、お兄ちゃんとか、お父さんとか……」
「ああ、なるほど」
「……ううっ、どうせあたしは恭一のしか見たこと無いわよ」
 何故か、屈み込んでコンクリートの床にのの字を書いているかおる。……確かにかおるのお父さんは小さい頃に亡くなったそうだし、男兄弟もいないからそうなんだろうけど、でもお前も誤解を招くような発言はするなよなぁ。
「あ、そうだ。それより、恭一くん朝ご飯は?」
「え? 食べてないけど……」
「あ、やっぱり。そう思って、朝ご飯誘いに来たんだ、ボク」
「……店長さん家から?」
 確か、店長さんの家って鷹田馬場だったよなぁ。ついでにって距離でもないのに、わざわざそのために来てくれたのかぁ。
「ちょっとちょっと、朝ご飯って何処で食べる気よ?」
 俺がそこはかとなく感慨に浸っていると、いきなり復活したかおるが割り込んできた。志緒ちゃんは答える。
「駅前のマック」
「ダメ」
 一言で否定するかおる。
「朝からマックなんて、将来ある若者の食事じゃないわよっ」
「うぐぅ……」
「お前もおばさんくさいこと言ってるんじゃねぇよ」
「物腰が上品だ、くらい言ってよね。ともかく、朝食くらいならあたしが何か作ったげるから、二人ともあたしの部屋に来なさいっ」
 かおるは腰に手を当てて言った。

「……かおるちゃんって、すごいんだねぇ」
 テーブルに並んだ食事を見回して、感心したように言う志緒ちゃん。
「えへへ。そんな大したことないよ。あり合わせのものしかなかったから、トーストと卵焼きにサラダってところだけど……」
 照れ笑いするかおる。
 俺は腕組みして言った。
「60点だな」
「なによ、その赤点ぎりぎりな点数は?」
 かおるは一転、ぷっと膨れた。
 俺はぴっとその顔に指を突きつける。
「甘い、甘いぞかおるっ! 春恵さんの域に達するにはまだまだだっ!」
「当たり前じゃないっ! お母さんは名人の域に達してるんだから」
「いただきまーす。はぐはぐ……」
 にらみ合う俺とかおるを無視して、志緒ちゃんはもうトーストを食べていた。それからコーヒーをごくっと飲む。
 俺は訊ねた。
「……志緒ちゃん、猫舌?」
「ううん、そんなことないよ」
「……無念だ」
「また訳の分からないこと言ってないで、あんたも食べなさいよ」
 かおるに言われて、俺はベーコンにフォークを突き刺した。
「……む、ベーコンだ」
「……はぁ。莫迦なこと言ってないでよね」
 そう言いながら、自分も食べ始めるかおる。
 志緒ちゃんが、そのかおるを上目遣いに見て呟く。
「うーん、幼なじみで世話好きの料理上手かぁ。強敵だなぁ……」
「べ、べつにあたしはそんなんじゃないわよっ」
 慌てて手を振るかおる。俺も頷いた。
「第一、幼なじみじゃないし」
「あれ? そうなの?」
「ああ。高校1年の時からの知り合いだ」
 俺はかおると知り合うようになった経緯を簡単に志緒ちゃんに説明した。

「……というわけなのだ」
「はぁ、こんなのと知り合いになっちゃうなんて、あたしもつくづく運が無いわ」
 コーヒーを啜りながらこぼすかおる。
 志緒ちゃんは、そんな俺とかおるの顔を見比べてから、訊ねた。
「それじゃ、本当に二人はただの友達同士ってこと?」
「えっと……」
 かおるが何故か言いよどむ。と、志緒ちゃんがテーブルに手をついて、かおるの顔をのぞき込む。
「どうなの?」
「も、もちろん友達同士よっ。ねっ、恭一?」
「ま、まぁ……」
 俺がそう言うと、かおるは立ち上がった。
「さってと、食器洗わないと」
「あ、それくらいならボクも手伝うよ」
「いいのよ、お客さんなんだし」
「まぁまぁ。とりあえずボクの方が、ディッシュ経験は二人より長いんだし」
 そう言いながら、かおるの隣りに並ぶ志緒ちゃん。
 俺はなんとなく、その2人の後ろ姿を眺めていた。
 と、いきなり志緒ちゃんが振り返る。
「恭一くん、今ボクのおしり見てたでしょ? えっち」
「そ、そんなことないぞ……」
「きょういちぃ、あんたって人はぁぁっ!!」

「……ててっ。ったく、あの暴力女はっ」
「大丈夫? ごめんね、ボクが冗談言ったばっかりに」
 俺と志緒ちゃんは並んで駅に向かって歩いていた。
「ま、こんなのは日常茶飯事だけどな」
 ハリセンで殴られた頭をさすりながらそう言うと、志緒ちゃんはなぜかうるうるして俺を見る。
「毎日ああなの? 恭一くん可哀想……」
「いや、それほどでも。第一、もう慣れたし。それより、10時に田園調布の駅前だろ? 急がないと間に合わないんじゃ……」
「あ、そうだね。それじゃ走る?」
「よし」
 俺達は頷き合って、走り出した。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 GWも終わって、今日から仕事始めですね。
 1週間ほどぐーたらしてたので、どうにも身体の調子が戻りませんけど、まぁ頑張って参りましょう。

 お話の方は、なにやら妙な具合になりつつありますが、さてどうなりますか。

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