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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.16

 今日は月曜日。
 早いもんで、俺とかおるがキャロットで働くようになってから、もう1週間がたってしまった。
 先週一杯は涼子さんや店長さんの指示通りの仕事をしていたけれど、今週からは配置を自由に選ぶことが出来るわけだ。って言っても、最終的には涼子さんが調整するんだけどね。
 せっかくファミレスで働くんだし、一度はやってみようかと、俺は今週一杯、フロア配置を希望してみた。ちなみにフロア配置の仕事には、ウェイター(女の子は無論ウェイトレスだ)とキャッシャーの2種類があって……。

「……というわけで、今日は恭一くんがキャッシャーに入ってくれるんだけど、美奈さんに教育の方をお願いできるかしら?」
「はい、任せてください」
 涼子さんの言葉に、美奈さんはこくりと頷いてから、俺に向き直って笑顔で言った。
「それじゃ、今日は美奈が全部教えてあげますね」
「あ、はい」
 年上のお姉さんに「全部教えてあ・げ・る」って言われるのは漢の浪漫の一つだって誰かが言ってたけど、その気持ちはよく判る。
 俺は勢いよく頭を下げた。
「よろしくお願いしますっ!」
「一緒にがんばりましょうね。えへへっ」
 照れたように笑う美奈さん。童顔なせいもあるけど、やっぱり綺麗っていうよりも可愛いっていう感じだなぁ。こないだ逢った美奈さんのお姉さんは本当に綺麗だったけど。
「……恭一さん?」
 美奈さんの声にはっと我に返る。
「どうかしたんですか?」
「あ、いや、なんでもないですよ。あはははっ」
 頭の後ろに手を当てて笑っていると、不意に殺気を感じた。思わず振り返ると、かおるが腕組みしてこっちを睨んでいた。
「?」
 俺がきょとんとしていると、かおるはふんっとそっぽを向いて奧に入っていった。
 なんじゃありゃ?
 ……ま、いっか。
「それじゃ、よろしくっ」
「こちらこそ」
 美奈さんはにっこりと笑った。

「消費税込みで2660円になります。……はい、5000円からでよろしいでしょうか? はい。お釣りが2340円になります。ありがとうございましたぁ」
 流れるように一連の動作をこなし、お客さんに深々と頭を下げて送り出してから、美奈さんは俺に視線を向けた。
「わかりましたか? こうやるんですけど」
「うーん。出来るかなぁ」
「慣れればすぐに出来るようになりますよ。大切なのは、最後まで笑顔を忘れないこと。キャッシャーは一番最後にお客さんに接するお仕事ですから、また来たいなって思ってもらうように、いい印象を持ってもらうのが肝心なんですよ」
「なるほどなぁ……」
「それじゃ、次は恭一さんにお願いしますね」
「えっ? もうですか?」
「習うより慣れろ、ですよ。あ、ほら、いらっしゃいましたよ」
 美奈さんはそう言って、俺の背中をトンと押した。
 ううっ。美奈さんって、可愛いけど厳しい。
 俺は緊張しながら、お客さんの差し出すレシートに視線を向けて、レジを打った。

 緊張しながらも、大きなミスもせず(まぁ、すぐ後ろで美奈さんがフォローしてくれたからなんだけど)、なんとか夕方の休憩時間に入った。
 普通のお客さんが夕食の時間が、ファミレスにとっては一番忙しい時間なので、夕方の休みはそれよりも少し早い時間に取ってある。
 俺は、それでも緊張でこわばった肩を自分で叩きながら、休憩室の椅子に座り込んで深呼吸した。
 と、不意に俺の視界が真っ暗になった。
 後ろから声が聞こえる。
「だ〜れだ?」
 ……誰だ? どっかで聞いた声だし、そもそもここには関係者以外入ってこられないから、ここで働いてる人以外にあり得ないよな。
 でも、かおるとも更紗ちゃんとも七海とも翠さんとも違う声だ。涼子さんや美奈さんとも違うし……。
 あ、そういえば今日から来るって言ってたっけ。
「……もしかして、木ノ下さん?」
「あったり〜」
 目から手が外された。振り返ると、ウェイトレスの制服を着た木ノ下さんが、にこにこしながら立っていた。
「ボクのこと憶えててくれたんだ。よかったぁ」
「そ、そう?」
「うんっ。だって、忘れられてたら、ボク、バカみたいじゃない」
 ちょっと左に結わえたポニーテイルを揺らして笑うと、木ノ下さんはくるっと回って見せた。
「うーん、本店や12号店の制服も好きだけど、ここのもなかなかいいね」
 確か、12号店って、渋谷のコンプリートスクエアにある店だよな。
「12号店でも勤めてたの?」
「まぁね。ボク、この辺りのキャロットなら、大体働いたことあるよ」
 えへん、と胸を張ると、木ノ下さんは「そうそう」と振り返った。
「入っておいでよっ」
「え?」
 俺が休憩室の入り口に視線を向けると、もう一人、同じ制服に身を包んだ女の子がそこにいた。ポニーテイルを右に結わえている事を除けば、あとは顔も背の高さも、木ノ下さんにそっくりだった。
 ……そういえば双子だって言ってたっけ。
 俺は立ち上がった。
「あの、初めまして。柳井恭一です」
「初めまして、柳井さん」
 ぺこりと頭を下げると、その娘は笑顔で言った。
「木ノ下さくらです」
「不肖の姉です。一応」
 と後ろから言う木ノ下さん。前にいる木ノ下さんは、ちょっとむっとした顔になった。
「もうっ、志緒ちゃんったら」
「ええっと、木ノ下さん」
「えっ?」
「はい?」
 2人に同時に前後から返事をされて、俺は苦笑した。
「あの、まだ逢ったばかりでぶしつけかもしれないけど、名前の方で呼んでもいいかな? 名字だとどっちを呼んでるか判らないでしょ?」
「ああ、それならボクはオッケーだよ。さくらもいいよね?」
「あ、はい」
 こくりと頷く木ノ下さんと木ノ下さん。……もとい、志緒ちゃんとさくらちゃん。
 俺はほっと胸をなで下ろした。
「よかった。ダメって言われたらどうしようかと思った」
「あははっ。ボクたち、名字で呼ばれる事の方があんまりないもんね」
「そうですね。一緒にいることが多いですし……」
 さくらちゃんがそう言ったとき、後ろから涼子さんの声が聞こえた。
「あ、二人とももう着替えたのね?」
「あっ、涼子さん。はい」
 さくらちゃんがぺこりとお辞儀をする。涼子さんは休憩室をのぞき込んで、志緒ちゃんを手招きした。
「志緒ちゃんもいらっしゃい。一応、みんなに紹介がてら、店内を案内するから。あ、恭一さんは休んでいていいですよ」
「はぁ〜い。それじゃ恭一くん、後でねっ」
「それでは、失礼します」
 2人は涼子さんの後についていった。
 なんとなくそれを見送っていると、2人に入れ替わるようにかおるが入ってきた。
「あ、恭一……」
「よう」
 俺が片手を上げて挨拶すると、かおるはため息を一つついた。
「まったく……」
「……?」
「な、何でもないわよ。それより、もうご飯食べたの?」
「あ、いや、まだだけど……」
「しょうがないわね。ついでだから取ってきてあげるわよ」
 そう言いながら、かおるは身を翻した。

 かおるが持ってきた、トレイに乗せられた定食をぱくついていると、向かい側で同じように食べていたかおるが不意に言った。
「恭一、あの……ね」
「……なんだよ?」
 俺はスープの器を置いて聞き返した。
「うん。2人と逢ったんでしょ?」
「2人? ああ、志緒ちゃんとさくらちゃん?」
「……」
 無言で眉をつり上げるかおる。
「……なんだよ?」
「もう名前で呼んでるとはねぇ」
「いつから恭一ちゃんはこんなナンパになっちゃったのやら。おかんは悲しいわ、ううっ……って言いたいのよね、かおるちゃんは」
 かおるの後から、翠さんがぴょんと顔を出して言った。
「なっ、そ、そんなことっ! それに誰がおかんですかっ!!」
 かおるが振り向きながら大声を上げた。
「まぁまぁ。隣、いい?」
「あ、はい」
 頷くかおる。翠さんはその隣にトレイを置いて座った。
「そんじゃあたしも夕ご飯っと。バイトしてるとちゃんとご飯食べる時間があって嬉しいのよねぇ〜」
「……普段、どんな生活してるんですか?」
 あきれたように訊ねるかおるに、翠さんはしゃらっと答えた。
「〆切前になると昼も夜もないのよねぇ。食事って言えばゼリーだし」
 そう言えば、人気漫画家のアシスタントもしてるんだっけ、翠さんは。
「飲むだけで栄養が取れるっていうあれですか?」
「そそ。味気ないんだけどね」
 笑いながら、サラダをつつく翠さん。
「それより、恭一くんもかおるちゃんも、もう逢ったんでしょ? 木ノ下姉妹に」
「恭一なんて、もう名前呼んでるくらいだからねぇ」
 かおるがまたじろりと俺を睨む。
「あのなぁ。どっちも木ノ下さんなんだから、名前の方で呼ばないと識別できないだろうが」
「……そっか。それもそうよね。あはははは」
 頭を掻いて笑うかおる。俺はため息をついた。
「ったく、この莫迦」
「誰が莫迦よ、誰がっ!!」
「まぁまぁ、それくらいにしなさいって」
 翠さんが箸を持った手を挙げた。
「ご飯は楽しく食べるものよん」
「あ、はい……」
「すみません」
 俺達はとりあえず謝ってから、ふんと視線を逸らした。
「ごちそうさま」
 俺はそう言って立ち上がる。
「あ、もう行くの?」
「ああ。今、キャッシャーは美奈さんにやってもらってるから、早く交代しないとな」
「ん。それじゃトレイは置いといていいわよ。どうせあたしディッシュだから、ついでに洗っとくわよ」
「サンキュ」
 俺は片手を上げて、休憩室を出た。

 フロアに出ると、ちょうど涼子さんが志緒ちゃんとさくらちゃんに話をしていた。
「……と、これくらいが本店と違うところかしらね。何か質問はある?」
「ボクは、とりあえずいいよ」
「私も……」
「そう。なら、今から入ってもらえるかしら? 判らないことがあったら、そこの七海さんと更紗さんに聞いてくださいね」
「おう、任せとけって」
「はい、お任せ下さいね」
 七海と更紗ちゃんが笑顔で頷くのを見ながら、俺はキャッシャーに入った。
「美奈さん、代わりますよ」
「あ、もうご飯食べたの? もっとゆっくりしてきても良かったのに」
 ううっ、やっぱり美奈さんって優しいよなぁ。
「ええ。ですから、美奈さんも食べてきてください」
「うん。でも、一人で大丈夫?」
「多分。まぁ、七海や更紗ちゃんもいるから」
「そうね。それじゃすぐに戻るから」
 美奈さんはそう言うと、奥に入っていった。
 さて、それじゃ……。
「すいません、お勘定……」
「あ、はい。ええと……3350円になります」

 夕食の一番忙しい時間帯は、ほぼ全員がフロアに散っている。ある意味壮観といえば壮観な状況だ。
 月曜は本来フロアチーフとして全体を見ている葵さんがいないんだけど、その役は店長さんや涼子さんが代わりにしており、その指示のもとに翠さん、七海、更紗ちゃん、そして志緒ちゃんとさくらちゃんがテーブルの間を歩く。
 ちなみにかおるは、今日は縁さんとディッシュなので、フロアには出てきていないのだ。
 ……まぁ、俺と美奈さんも、それをのんびりと眺めているような暇もなく、レジをうち続けているのだが。
「ありがとうございましたぁ。……ふぅ」
「ほら、次の人が来ましたよ」
 隣でもう一つのレジを打ちながら、小さな声で教えてくれる美奈さん。俺は慌ててしゃきっとした。
「はい、こちらにどうぞ」
 しかし、美奈さんよくこっちの方まで目を配る余裕があるなぁ。俺なんて金額を間違えないように気をつけるだけで精一杯だっていうのに。
 これも慣れなのかなぁ。
 いかんいかん、余計なことを考えてると間違えるぞ。
 俺はレジに集中した。

「……はうぅぅ、疲れたぁ」
「ご苦労様でした。肩などお揉みしましょうか?」
「お願いできる?」
「はいっ」
 笑顔で頷くと、椅子にだらしなく座る俺の背後に回って、肩を揉んでくれる更紗ちゃん。
「……ったく、だらしない。なによ、緊張しすぎで肩こりなんて……」
 あきれ顔のかおるに、七海が笑って言う。
「よく言うぜ。かおるも最初にキャッシャーやったときは、更紗に肩揉みしてもらってたくせに」
「あっ、七海ちゃん、しーっ!」
「なんだよ、お前もそうなんじゃ……、あっ、そこ、そこっ」
「はい、ここですねぇ」
 と、ドアが開いて志緒ちゃんとさくらちゃんが入ってきた。
「お疲れさま〜」
「あの、お疲れさまです」
「よう。2号店はどうだい?」
 七海に訊ねられて、志緒ちゃんはうーんと首を傾げた。
「どうって言われても、そんなに他のところとは変わらないよ。ね、さくら」
「うん、そうだね」
「ところで、恭一くん、どうかしたの? 更紗ちゃんに肩揉んでもらったりして。あ、もしかしていい仲なのぉ?」
「ち……」
「違うわよっ!!」
 俺より早くかおるが声を上げる。更紗ちゃんといえば、「まぁ」と赤くなってほっぺたを両手で挟んでいた。
 そんな二人をきょときょとと見比べて、志緒ちゃんは声を潜めて七海に尋ねる。
「ねぇねぇ、もしかして、恭一くんって二股かけてるの?」
 ……あの、聞こえてるんですけど。
「そんなわけないでしょう? 第一、俺はまだフリーなんですけど」
「あ、そうなんだ。それじゃボク、立候補しちゃおうかな」

「……へ?」

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 さて、前回のみらいちゃん、今回の志緒ちゃんと、なんか一気に恭一の周囲が騒がしくなってきましたね。
 このあとどうなりますことか……と気をもたせておきます(爆笑)
(実際には自分もまだ決めかねてますが)

 まぁ、ストレートにいけばかおるちゃんなんでしょうけど、そうしないといけないわけでもないし。
 自分の筆次第でどうにでもなるっていうのは、SS書きとしての特権ってやつでしょう(笑)

 ともあれ、GWも今日でおしまいって事で、明日からは通常業務に戻りますので、更新速度は限りなく0に近づくことでしょう。はい。

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