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日曜の仕事も終わったところで、着替えて休憩室に戻ると、こちらも私服に着替えたみらいちゃんと更紗ちゃんがいた。
TO BE CONTINUED?
「あれ? どうしたの、みらいちゃん?」
更紗ちゃんがお迎えを待ってるのはいつものこととしても、みらいちゃんは今までは仕事が終わるとさっさと帰っていたのに。
「あ、あの、その……」
みらいちゃんがもじもじしていると、更紗ちゃんがぽんとその肩に手を置いた。
「ほら、頑張ってください」
「あっ、は、はいっ」
こくりと頷くと、みらいちゃんは顔を上げて俺を見た。
「あ、あの、き、き、きき恭一さんっ」
「は、はいっ」
その真剣な調子に、思わずこっちも直立不動で答えてしまう。
「ええと、か、かえるっ!」
「カエル? けろぴーとか?」
「はい、あ、いいえっ」
……どっちだ?
と、ドアがバタンと開いて、かおると七海が入ってきた。
「あ、恭一。……ど、どうしたの、みらいちゃん。恭一〜、まさかあんた、またみらいちゃんをいじめてるんじゃないでしょうね?」
「バカ言え。な、みらいちゃん?」
「えっ? あ、はいっ」
「……“みらいちゃん”?」
かおるがジト目で俺を睨んだ。それから腕組みしてプイッとそっぽを向く。
「へぇ、なんか随分仲良くなったみたいでそれはよろしゅうございましたわ」
「……お前、なんか悪いもん食ったか?」
俺が言うと、かおるはそっぽを向いたまま、いきなり俺のつま先を踏みつけた。
ダンッ
「はうっ!」
「き、恭一さん、だ、大丈夫ですかっ!?」
慌てて駆け寄ってくるみらいちゃん。ううっ、優しい娘なんだなぁ。
それに比べてこいつはぁ……。
俺が蹲りながら睨み上げると、かおるはショルダーバッグを肩に担ぎ上げた。
「七海ちゃん、帰ろっ!」
「おい、恭一は……」
「いいのよ、そんなの」
そう言い捨てて、足音も荒く休憩室を出ていくかおる。
七海は肩をすくめて、俺に声をかけた。
「やれやれ、ご機嫌斜めみたいだな。とりあえず、かおるはあたいが一緒に帰っといてやるから、恭一はみらいちゃん送ってやりなよ」
「え? でも、俺はいいけど、みらいちゃんの方が迷惑なんじゃないか?」
俺はみらいちゃんに視線を向けた。案の定、みらいちゃんは真っ赤になって俯いている。
「お、お願い……します」
「ほら、みらいちゃんも嫌だって……。えっ?」
慌てて振り返る俺に、みらいちゃんは真っ赤になった顔を上げた。
「あのっ、お、お願いします、恭一……さん」
「あ、う、うん……」
俺は頷いた。七海がその背中をどんと叩くと、耳元で囁いた。
「送り狼になるなよ」
「誰がっ!」
「あははっ、んじゃ更紗もお休みっ」
「はい、お休みなさいませ。ごきげんよう……あら?」
丁寧に頭を下げた更紗ちゃんが顔を上げたときには、もう七海はドアを閉めて出ていった後だった。
俺はみらいちゃんに訊ねた。
「えっと、みらいちゃんはまだ残ってる?」
「あっ、い、いえっ、その、恭一さんがよろしければ……」
「ああ、俺はいつでもいいよ。それじゃ、帰ろうか」
「は、はいっ」
こくこくと頷くみらいちゃん。
俺達は更紗ちゃんにお休みを言って、キャロットを出た。
「それじゃ、みらいちゃんはキャロットに電車通勤してるんだ?」
「あ、はい。でも、1駅ですから……」
「仲野から1駅ってことは、家は高圓寺?」
「そ、そうです」
俺とみらいちゃんは駅までぶらぶらと歩いていた。かおるとなら並んで歩くところだが、みらいちゃんは俺のやや後をちょこちょこと着いてくる。うーん、なんか新鮮だ。
そんなことを思っていると、不意にみらいちゃんがぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、わざわざ送ってもらったりして……、それに山名さんとも喧嘩させちゃって……」
「え? あ、いや、そんなに遠回りじゃないし、それにかおるとはいつもあんなもんだし」
俺は頭を掻いた。
「ま、日常茶飯事だから、みらいちゃんが気にすることないって」
「ご、ごめんなさい……」
また謝るみらいちゃん。
うーん、なんか謝ってばっかりだな。
「……ねぇ、みらいちゃん。いつもそんなに謝ってばっかりなの?」
「えっ? あ、ご、ごめん……」
「ほら」
俺が指摘すると、みらいちゃんは泣きそうな顔をした。
「……ひっく」
「わっ、ちょっと待ったっ! 俺は怒ってるわけじゃないんだってばっ!」
「で、でも……ひっく」
「あうーっ」
困ってしまった。何て言うか、壊れ物注意みたいな娘だなぁ。かおるなんて象が踏んでも壊れなさそうだけどさ。
よし。
「みらいちゃん」
「は、はいっ」
俺の声に、びくっとして顔を上げるみらいちゃん。
俺はその目の前に指を一本立てた。
「一つ、賭けをしよう」
「かけ、ですか?」
「ああ。ここから駅までの間に、みらいちゃんが「ごめんなさい」って言ったら、俺にジュース1本奢ってくれないか? その代わり、言わなかったら、俺が奢る」
「えっ、で、でも……」
「よし、スタート」
俺はパンと手を叩いて、歩き出した。そして振り返る。
「行くよ、みらいちゃん」
「あ、ごめ……」
言いかけて、口を押さえるみらいちゃん。俺はちょっと大げさに指を鳴らした。
「ちぇ、惜しかった」
「……くすっ」
みらいちゃんは、その時、初めて笑顔を見せてくれた。
プシュッ
プルタブを引いて、缶コーヒーをぐいっと一口飲むと、俺はみらいちゃんに言った。
「みらいちゃんもどうぞ」
「あっ、ごめん……じゃなくて……えっと、その……」
言いかけて止めるみらいちゃんに、俺は苦笑した。
「いいって、もう。賭けは俺の負けだから」
「あ、は、はい」
頷いて、オレンジジュースを一口飲むみらいちゃん。
「……美味しいです」
「うん。……あ!」
俺は腕時計を見て、訊ねた。
「電車の時間は大丈夫なの?」
「えっ? あ、いけない。ど、どうしよう……」
慌てて辺りを見回して、それから飲みかけのジュースに視線を落として泣きそうな顔をするみらいちゃん。
苦笑して、俺は言った。
「いいから、そのまま持って帰りなよ」
「あ、は、はい」
頷くと、みらいちゃんは大事そうにジュースの缶を両手で挟んで歩き出した。その隣を歩きながら、俺は手にした缶コーヒーを飲み干した。
「ふぅ……」
「……パパみたい」
「へ?」
「あっ、い、いえ、なんでも……」
みらいちゃんは口ごもった。それから、照れたようにえへへっと笑う。
「パパがよく、歩きながら缶コーヒー飲んでるんです」
「へぇ……」
何となく相づちを打っているうちに、改札口まで来てしまった。
「それじゃ、ここで。気を付けてね」
「あっ、は、はいっ。それじゃ、お休みなさいっ。あのっ、今日は、あ、ありがとうございましたっ」
みらいちゃんはぺこりとお辞儀をして、それから自動改札を通り抜けていった。
それを見送ってから、俺は、さて帰るか、と思って、くるりと振り返った。そしてのけぞった。
「うわぁっ!!」
「なっ、なによ、その反応は」
いつからそこにいたのか、俺の背後にかおるがいたのだ。誰だって驚くだろう。
「おっ、お前とっくに寮に帰ったんじゃなかったのか?」
「帰ったわよ」
「……それじゃ何で? まさか迎えに来たとか……?」
「ま、まさかっ! 散歩よ散歩っ」
慌てて手を振るかおる。
俺は聞き返した。
「こんな夜中にか?」
「うっ。い、いいじゃない。そんな気分だったのよっ!」
うーむ、ようわからん奴だ。
「とっ、とにかく、帰るわよっ!」
そう言ってすたすたと歩いていくかおる。
「あ、こら待てっ!」
俺は慌ててその後を追いかけた。肩を並べたところで言う。
「大体、お前が勝手に散歩してるのに、なんで俺が一緒に帰らんといかんのだ?」
「あうっ、えーっと……。あ、ほら、コンビニでアイス買わない?」
前に見えるコンビニの方を指して言うかおる。
俺は腕組みして言った。
「かおるの奢りな」
「……わかったわよ」
いつもみたいに何だかんだ言うかと思っていたのに、妙にあっさりとかおるが折れた。
「そのかわり、200円のやつね」
「あ、せこい」
「文句あんの?」
「……いいえ、ありません。はい」
まぁ、こんなもんかな。
心の中で呟きながら、俺はかおるの後ろに続いてコンビニに入った。
アイスキャンデーを舐めながら、寮への道を歩く。
「……ん、美味し」
かおるがにこっと笑って振り返った。
「こういうのも、いいよね」
「そっか?」
俺が聞き返すと、ぷぅっと膨れるかおる。
「まったく、デリカシーのない奴ねぇ。こういうときは、そうだね、くらいは言うもんでしょっ」
「そうなのか?」
「そうなのよ。ほら、言ってみなさいよ」
かおるに言われて、俺は言ってみることにした。
「ああ、君の瞳が星のように輝いて見えるよ」
「……ぷっ、きゃははははっ、なにそれ〜。あははははは」
……どうしろって言うのだ?
俺はぶ然として、残っていたアイスキャンデーを噛み砕いた。
「あはは〜。あ〜、笑いすぎて涙出てきた」
袖で目元を拭いながら、かおるは振り返る。
「でも、結構いいかもね」
「何がだよ?」
「えへへ〜。内緒」
かおるがそう言ったとき、ちょうど俺達は寮の前に着いていた。
「それじゃ、お休みっ!」
かおるは階段を駆け上がっていった。
かおると別れて、自分の部屋に戻ろうと、俺は廊下を歩いていた。
ちょうど管理人室の前を通りかかったとき、不意にドアががちゃりと開いた。
「あれ? 葵さん?」
「あ、恭一くんじゃない。ちょうど良かった、1杯やらない?」
缶ビールを掲げて見せる葵さんに、俺は苦笑した。
「未成年に何を言ってるんですか。涼子さんも一緒ですか?」
「ううん、涼子はまだ残業」
首を振ると、葵さんは不意に俺にしなだれかかってきた。
「一人で飲んでるとさびしーのよん。おねーさんのお願い聞いてちょうだいな」
「わ、わかりましたからっ、そんなに体をくっつけないでくださいっ」
……俺って主体性ないのかなぁ。しくしく。
管理人室にはいると、数日前の整頓されていた様子が嘘のように、相当ひどい有様になっていた。
「ま、その辺に座ってて。今おつまみ出すからさ」
「あ、はい」
頷いて、俺はちゃぶ台の前に座った。そして、何気なくちゃぶ台の上を見ると、そこに書類が放り出されていた。
あ、こないだ志緒さんが持ってきた書類だな、これ。
……えっ?
何気なく一番上の紙にかかれていた文字を読んで、俺は目を丸くした。
と、俺の目の前に缶が差し出された。
「はい、どうぞ。エビスでいいわよね?」
「そ、それより葵さん、これって……」
俺の視線を追って、葵さんははっとした。
「あ……。見た?」
「しっかり」
俺はこくりと頷いた。
葵さんは慌ててその書類を封筒に入れながら言った。
「涼子にも秘密よ。第一、まだ正式に決まったわけでもないんだし」
「でも、隠すこともないんじゃ……。栄転、なんでしょう?」
そこに書かれていたことは、葵さんが、今度新しく太刀川にできるPia☆キャロット14号店のマネージャーに内定したというものだった。
「迷ってるのよねぇ。マネージャーの仕事がどんなに大変かは、涼子をずっと見てたからよく知ってるし、それにもう二度と2号店からは離れないつもりだったから……」
「……もう二度と、って?」
「あ、うん。一度だけね、3号店が開店したばかりの頃に、経験者ってことでヘルプに行ってたことがあるの。ま、それも半年くらいの間で、色々とあって結局2号店に戻ってくることになったんだけどね」
「そうなんですか……」
葵さんの口調から、その「色々」について聞くのはやめておこうと思って、俺はただ頷いた。
葵さんは口ごもって、ビールをぐいっと飲んだ。それから苦笑する。
「あたしって、自分で思ってる以上にあきらめが悪いのかもね」
?
俺がきょとんとしていると、葵さんはじろっと俺に視線を向けた。
「なにしてるの? さ、ぐいっといきなさい、ぐいっと」
「うひゃぁ! お、俺明日仕事あるんですっ!」
「大丈夫。あたしは休みだから」
「うあーん」
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あとがき
あさひちゃん萌えのみなさん、さらに転がってください(笑)
流石にGW連続更新は疲れました。5月の残りはもう少しゆっくりやります。
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.15 00/4/10 Up 00/4/13 Update 00/4/16 Update 00/5/21 Update