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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.12

「さて、それじゃそろそろ俺達も飯食いに行くか」
 俺は立ち上がった。と、ぐいっとジャケットの裾を引っ張られる。
 振り返ると、かおるがじっと俺を見上げていた。
「もう一度見ていこっ」
「……あのな」
「なによぉ。あんた、あのモモちゃんの生き様に感動を覚えなかったっていうのっ!」
 ……あのな。
 心の中で呆れてため息をついたが、かと言ってこいつが強情を張り出すと梃子でも動かないのは1年以上の付き合いでよく判っている。
「へいへい、もう一度だけだぞ」
「ありがとっ。だからす……」
「す?」
「す……すーすーしない? 冷房効いてるのかなぁ?」
 ブラウスの胸元をぱたぱたさせるかおる。俺は首を傾げた。
「そっか?」
「あ、そうだ。今のうちになんか買ってきて。はい、100円」
「100円で何が買えるんだっ! ジュースでも200円はするんだぞっ」
 とは言え、俺も小腹が空いているのは確かなので、とりあえずポップコーンでも買ってくるか、と思って踵を返す。
「あっ、パンフも買ってきてね」
「自分で買えっ!!」

 10分後、戦場となっていた売店前から生還した俺は、かおるの所に戻ってきた。
「よう、今帰ったぞ。ほれ、パンフに限定グッズだ」
「わぁっ、ありがと恭一」
 ぱっと笑顔になるかおる。なんていうか、わかりやすい奴である。
「ほら、もうすぐ始まるから、早く座りなさいよ」
「へいへい。あ、これジュースな」
「サンキュー。えへへっ」
 嬉しそうに笑うと、かおるはジュースのコップを受け取った。
 俺は自分のジュースを片手に席に座って、スクリーンを見上げた。

 さすがに2回目となると、話の筋も判っているので、最初ほど集中して見ることもなかった。俺はあくび混じりに場内を見回す。
 スクリーンでは、最初の山場にさしかかっていた。
『今や! モモ、変身やっ!!』
『ふみゅ〜ん、あたしって不幸〜』
『自分の不幸を嘆いとる暇があったら、その分早う変身せんかいっ! バンクが使えんやろうがっ!』
『なんのことかわかんないけど、えーいっ! モモいきまーす!』
 ……あ。
 不意に、さっき引っかかっていたことの正体に気付いた。
 このモモちゃんの声って、なんか千堂さんの声に似てるんだ。
「あのさ、かおる……」
 ドカッ
「うるさいっ! いいとこなんだから、声掛けないでっ!」
 そのことをかおるに聞こうとしたら、横っ腹に肘打ちを叩き込まれた。
 思わず激痛にのたうつ俺を無視して、スクリーンに見入るかおる。
「そこよっ! やれえっ!」
 ……どうしてそこまでのめり込めるんだ、こいつは。
 俺は身体をくの字に折ったままで、ため息をついた。

 2度目の上映が終わり、もう一度見るんだとだだをこねるかおるを引きずって映画館から出ると、もう時刻は午後になっていた。
「もーっ、恭一のけちぃっ!」
「あのな、何で同じ映画を3度も見ないといかんのだ?」
「名作は何度見てもいいものなのっ。どーしてわかんないのよ、もうっ」
 そう言い捨てて、かおるは奮然と腕組みして歩き出した。
 俺は不意に気付いて、その肩を掴んだ。
「こら、昼飯奢るって約束はどうなった?」
「ちぇ、憶えてたかぁ」
「忘れるかっ!」
 こっちも忘れかけていたことはおくびにも出さずに、俺はきっぱりと言った。
「ちゃんと奢ってもらうからなっ!」

 マックに入ろうなどとふざけたことを言うかおるとしばらく言い合ったあげくに、俺達は駅前のデパートの中にある豚カツ屋に入った。
 結構有名な店で、今も昼のピーク時は過ぎたのに、店の中は結構混んでいる。
 俺達はカウンターに隣り合って座り、とりあえず豚カツ定食を注文してから、お冷やを飲んで一息ついた。
「……ところでさ」
「何?」
「いや、今日の映画だけどさ、あの主役の、モモだっけ? あの声って千堂さんに似てると思わないか?」
「えっ? そうだっけ?」
 かおるは腕組みして考え込んだ。
「うーん、そう言われてみればそうかもしれないけど……」
「誰なんだ、声優は?」
「えっとね……。ちょっと待ってよ」
 かおるはバッグからパンフを出した。
「えっと……。あったあった。モモの役してるのは、桜井あさひ、だって。知ってる?」
「俺に聞くなよ。そういうことはお前の方が詳しいだろ?」
「あたしだってそんなに詳しいわけじゃないわよ。うーん、翠さんなら知ってるかなぁ?」
 腕組みして考え込むかおる。
 ちょうどそこに豚カツ定食が運ばれてきた。
「わぁ、美味しそう!」
 瞬時に腕組みをほどいて歓声を上げるかおる。たしかに有名な店だけあって美味そうである。
「いただきま〜す」
 パチンと割り箸を割って、豚カツにかぶりつくかおる。と、不意に俺の手元を見て、声を上げた。
「あーっ! 何てコトするのよこのばかぁっ!」
「は?」
 俺は、豚カツに醤油をかけていた手を止めた。
「なんだよ?」
「豚カツに醤油かけるなんて、あんた頭おかしいんじゃない? 豚カツにはソースって昔っから決まってるのにっ!」
「誰が決めた、誰がっ!」
「そんなの知らないけど、でも前世紀からそう決まってるのっ!」
「いや、豚カツには醤油だっ!」
「ソースなのっ!」
 どんとソースの瓶を俺の前に置くかおる。俺はそれを戻した。
「だから、ソースはいらん」
「何をわけわかんないこと言ってるのよ。ちゃんとかけなさいよ」
「あのなぁ! ソースなんてかけると、豚カツがよけいにくどくなるだろうが!」
「醤油なんて辛くなるだけじゃないっ!」
「うーっ」
「ふかーっ」
 にらみ合っていると、店の親父に声を掛けられた。
「お前ら、そういうことは店の外でやってくれよ」
 せっかくの定食が食えなくなるのはもったいなかったので、俺達は後で決着を付けることにして、その場は休戦した。

 豚カツ屋を出ると、俺は寮に向かって歩き出した。
「ちょっと、何処に行くのよ」
「寮に帰るんだけど」
「まだ時間あるでしょ? ちょっと買い物付き合ってよ」
「何で俺が」
「いいじゃない。どうせ暇なくせに」
「……ま、いいけど。で、どこに行くんだ? ブティックとか言ったら……ぷっ」
「……どうしてそこで吹き出すかな?」
「聞きたいか?」
「むかつくからいい」
 そんな会話を交わしながら、俺達は商店街を歩いていた。
 と、不意に後ろから声を掛けられた。
「あれ? かおるちゃんに恭一くん」
「はい?」
 振り返ると、そこにいたのは美奈さんだった。
 そういえば、美奈さんも今日休みだったんだよな。
 美奈さんは可愛らしく小首を傾げて、俺とかおるを見比べた。……って、まさか!
「美奈さん、ストッ……」
「お二人で、デートですかぁ?」
 ……遅かった。
 案の定、かおるがいきなり逆ギレする。
「なななななんてこと言うんですかぁっ! どーしてどーしてこんな変態とっ!」
「誰が変態だ誰が」
 ため息混じりに呟く俺。
「でも、どう見てもデートですよ」
 笑顔でとんでもないことを言う美奈さん。
「あうぅ〜」
 反論できなかったのか、かおるは真っ赤になって沈黙してしまった。
 俺はそんなかおるの様子に苦笑して、美奈さんに尋ねた。
「美奈さんは買い物ですか?」
「半分当たり、ですよ」
 美奈さんはそう言うと、時計をちらっと見た。
「あ、待ち合わせですか。もしかして、彼氏ですか?」
 俺が訊ねると、美奈さんは「こらっ」と俺の頭を軽く叩いた。
「大人をからかうもんじゃありません」
「すみません。でも、それじゃ違うんですね」
「残念ながら。お姉ちゃんを待ってるんです」
「美奈さん、お姉さんがいたんですか?」
 俺が訊ねると、美奈さんよりも早くかおるが答えた。
「そうよ。とっても仲が良いんだもの。ね、美奈さん」
「はい」
 美奈さんが頷いたとき、駅の方から長い髪の綺麗な人が来るのが見えた。どことなく美奈さんに似てるし、多分あの人だろうな。
「美奈さん、あの人ですか?」
 俺はその人を指して訪ねた。美奈さんは頷く。
「はい。あずさおねーちゃん、こっちこっち〜!」
 その人はぎくっと辺りを見回してから、慌ててこっちに駆け寄ってきた。
「ミーナ、こんな街の真ん中で、大声で呼ばないでよ。もう」
「ごめんなさぁい」
 ぺろっと舌を出す美奈さん。
 その人はふぅとため息をついてから、俺達に視線を向けた。
「あの、あなた達は?」
「あ、2号店でアルバイトしてくれてる人達だよ」
 美奈さんがえへんと胸を張る。
「柳井くんと、山名さん」
「あ、ども、柳井です」
「お久しぶりです、あずささん」
 ぺこりと頭を下げるかおる。……ってお前知ってるのか?
「えっ? あ、もしかして、かおるちゃん!? やっだ〜、こんなに大きくなったの?」
 その人は目を丸くした。それからぺこりと頭を下げる。
「えっと、美奈の姉の、前田あずさです」
「あ、ども……」
「それじゃ、立ち話もなんだから、喫茶店にでも入らない?」
 美奈さんが言った。
 俺達は、姉妹水入らずの場に割り込むのもなんだと思って遠慮したのだが、結局同席することになった。

「へぇ、それじゃあずささんも、キャロットで働いているんですか?」
「ええ……」
「そうなんです。お姉ちゃんは5号店のフロアチーフさんなんですよっ」
 あずささんよりも美奈さんの方が得意そうに胸を張る。あずささんは照れたように微笑んだ。
「そんなに偉いわけじゃないわよ」
「でも、美奈より後から始めたのに……。やっぱりお姉ちゃんはすごいですよ」
「美奈さんよりも後からって?」
「私が初めてキャロットで働いたのは、高校3年の夏休みと冬休みだったの。美奈はその前からアルバイトをしてたのよね」
「そうなんです」
 美奈さんはこくこくと頷いた。それからあずささんに視線を向ける。
「それで、その時にお兄ちゃんと逢ったんですよね、お姉ちゃん」
「こら、ミーナ。余計なことまで言わなくてもいいの」
 こつんと美奈さんの頭をたたくあずささん。
「お兄ちゃんって?」
「あ、お姉ちゃんの旦那さんのことですよ。お姉ちゃんとはアルバイトの時に知り合った人で、美奈はお兄ちゃんって呼んでるんです」
「ミーナはずっとお兄ちゃんを欲しがってたものね〜」
 さっきの仕返しとばかりに、にやそと笑って言うあずささん。美奈さんがかぁっと赤くなって膨れる。
「もう、お姉ちゃんの意地悪」
「相変わらず仲がいいんですね〜」
 かおるがレモンスカッシュを飲みながら言った。
 俺はあずささんに訊ねた。
「それで、あずささん。かおるとはどういういきさつで?」
「あっ、それはダメっ!」
 慌てて立ち上がると、大きく手を振るかおる。
「あずささんも美奈さんも言っちゃダメですよっ!」
「うん、美奈は言わないよ」
「そうね、女の秘密だものね」
 笑顔で頷き合う2人に、かおるはほっと息をついて椅子に座った。
「ありがとー、お姉さま」
 ……気になる。すっげぇ気になる。
 うーん、後でこっそり葵さんに聞いてみよう。
 そう思いながら、俺はコーヒーを一口飲んだ。
「ところで、かおるちゃんと柳井くんってお付き合いしてるの?」
「……」
 俺とかおるは危ういところで、お互いに口の中に含んだレモンスカッシュとコーヒーを吹き出さずに済んだ。何度も聞かれているうちにどうやら耐性が出来てきたらしい。
「……ごくん。そんなこと、絶対に、ありませんっ!」
 口の中のレモンスカッシュを飲み干してから、かおるはダンとテーブルを叩いて言った。
 美奈さんがにこにこしながらあずささんを肘でつついた。
「お姉ちゃんみたいですね」
「うっ、うるさいわねっ」
 あずささん、赤くなってコホンと咳払い。
「とにかく、かおるちゃん、柳井くん、まぁ、なるようになるから、頑張りなさいね」
「は、はぁ……」
 あずささんが何を言いたいのかよく判らなかったけど、とりあえず俺は頷いた。

 喫茶店を出たところで美奈さん達と別れ、もう夕方になりかけてる時間帯だったので、俺とかおるは寮に向かって歩き出した。
 住宅街に入ると、夕焼けが辺りを赤く染めていた。
「……ねぇ、恭一」
 黙って歩いていたかおるが、不意に口を開いた。
「ん?」
「……今日は、ありがと」
「……ああ」
 その後は、寮に着くまで、俺達は何も言葉を交わさなかった。
 きっと、沈黙が心地よかったんだと気付いたのは、それからずっと後のことだった……。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 ゴールデンウィークに入ってなんか嫌な事件が起こってると思ったら、今度はバス乗っ取りだそうで……。
 人の迷惑を考えない人が増えているんでしょうね。
 ……この話は2014年の設定ですけど、そこまで日本はちゃんと残ってるんでしょうか? かなり不安になってきました(苦笑)

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