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「食い逃げっていうと、ダッフルコートに羽付きのリュックを背負った小学生みたいな口癖がうぐぅな奴かっ!?」
TO BE CONTINUED?
「……何言ってんだ、恭一?」
七海に呆れたような声を掛けられて、俺ははっと我に返った。
「すまん、忘れてくれ」
「それより、七海ちゃん。食い逃げなの?」
「ああ。追いかけたんだけど、見失っちまった」
「それは残念でしたねぇ。かりんとう、いかがですか?」
マイペースな更紗ちゃん。
「ま、お前らもフロア担当になったら気を付けな」
七海はそう言うと、どかっと椅子に座った。
俺とかおるは、なんとなく顔を見合わせた。
「食い逃げ、かぁ……」
「ほんとにいるんだね、そういう人」
「この時期は暑いから、いろんなのが出てくるものよぉ」
そう言いながら、翠さんが入ってきた。
「いろんなの?」
「ええ。前には素っ裸の男が入ってきたこともあったし」
「ええーっ!? それ、ほんとですか?」
かおるが目を丸くしている。
「やだぁ。あたしどうしよう?」
「心配するな、お前なら……」
言いかけた俺をぎろりと睨むかおる。
「あたしなら、何?」
「あー、えーっと、あ、そうだ。そろそろ仕事に行かねば。さらばだかおるっ!!」
俺は脱兎のごとく休憩室から飛び出した。後ろから翠さんの声が追いかけてくる。
「恭くーん、今日は終わったらミーティングだから、さっさと帰ったらだめよーっ」
「わかって……」
ブンッ
振り返った俺の髪を何かが掠めていった。そのまま後ろの壁に当たって落ちる。
「ちっ」
翠さんの後ろから顔を出したかおるが、舌打ちした。振り返ると、今までかおるが自分を扇いでいた下敷きだった。
「てめっ! 当たったらどうすんだっ!!」
「フンだ!」
そのまま、休憩室にひっこむかおる。翠さんはうんうんと頷いた。
「今の使えるな〜」
……何に?
仕事が終わって、着替えた俺は、事務室に顔を出した。
「すみませーん。ミーティングってどこで……」
「やぁ、恭一くん」
振り返ったのは、私服姿の店長さんだった。
「あれ? 今日は店長さんはお休みじゃ……」
「ミーティングにだけは顔を出してるんだよ。全員集まることになってるからね。さて、それじゃそろそろ行こうか」
立ち上がる店長さん。
「行こうって、何処にですか?」
「ああ、そうか。ミーティングはフロアでやることになってるからね」
なるほど、ここには会議室とかないもんな。
「わかりました」
俺は頷いて、店長さんの後に着いていった。
フロアでは、私服に着替えたみんなが待っていた。お、今日休みの千堂さんも来てるぞ。
千堂さんは、俺の顔を見て、慌てて俯いてしまった。……俺って、やっぱり嫌われてるのかな。ううっ、なんかせつない。
「みんないるね。それじゃ今週のミーティングを始めようか」
店長さんはそう言うと、脇にいる涼子さんに視線を向けた。涼子さんは頷いて、クリップボードを片手に立ち上がる。
「まず、皆さんもご存じの通り、今週から柳井さんと山名さんが働いてくれています。皆さんも色々と教えてあげてくださいね。それから……」
涼子さんはよどみない口調で、学校が夏休みのシーズンに入ったためにお客さんが増えていること、地域防犯のことなどの連絡事項を読み上げていく。
「……ええと、今週は以上です。何か質問はありますか?」
「はーい」
葵さんが手を上げた。涼子さんが頷くと、立ち上がる。
「今年の研修旅行はどうなるんですか?」
研修旅行かぁ。社員の人は、そういうのがあっていいなぁ。
そう思いながら、立ち上がった店長さんを見る。
「今年の2号店の研修旅行は、予定通り8月の18日から、2泊3日で行こうと思っている。場所はまだ決まってないが、まぁ期待していてくれていい」
「さっすがぁ」
ぱちんと指を鳴らす葵さん。
「それから、来週から、本店からヘルプ要員が2人来てくれることになっている。みんなも忙しいとは思うけど、彼女らのフォロー、よろしく頼むよ」
「あ、そうですね」
涼子さんが頷く。それから、俺達を見回す。
「他に何かありますか? 無ければ、これで解散にします」
「お疲れさまでした〜」
みんなが声を揃えて、ミーティングは終わった。
さて、と。
俺は立ち上がった。
外に出ると、真夜中に近いのに蒸し暑かった。
「ふぅ……」
深呼吸していると、後ろで小さな声がした。
「あ、あの……」
「あ、千堂さん」
振り返ると、千堂さんが俯いていた。
「……どうしたの?」
「い、いえっ。あ、あああのっ、わ、わわ、わた、わた……」
「……?」
「……ご、ごめんなさいっ!!」
ダダダッ
そのまま、走り去っていく千堂さん。
唖然とそれを見送っていると、いきなり後ろからどつかれた。
「こらっ、恭一っ!! みらいちゃんに何したのようっ!!」
「いてぇな、かおる。何もしてねーよ」
「嘘つけっ! みらいちゃん泣いてたじゃないのっ!」
「マジに?」
「ううん、冗談」
……絞めるぞ、このアマ。
とりあえず成り行きでかおると並んで帰りながら、俺は千堂さんのことをかおるに話した。
「……というわけで、俺にはぜんっぜん心当たりがないんだが、何故かいつも逃げられるんだよ」
「ふぅん。……よかった」
「は?」
「な、なんでもないわよっ! えっと、それはきっとあれよ、恭一の顔が怖いから逃げてるのよ、きっと」
「そうかなぁ?」
俺は自分の顔を手で挟んでみた。それからかおるの方に向き直る。
「怖いか?」
「……プッ。キャハハハハは、変な顔〜〜っ」
バコッ
「殴るぞぐーでっ!」
「痛ったぁ〜いっ! 殴ってから言うなっ!」
「殴られるようなこと言うからだろうがっ!」
それから二人同時にため息をつく。
「……真夜中の路上で何やってんだろうな、俺達」
「もういいわ、さっさと帰りましょ」
「そうだな」
俺達はまた歩き出す。
「……そういえば、あんた明日休みよね」
「ああ。お前も休みだっけ」
「うん。そうだ! 明日映画見に行かない?」
「はい?」
思わず立ち止まる俺を無視して、かおるは一人で盛り上がりながらとことこと歩いていく。
「うん、あたし見たい映画があったのよ〜。ほら、駅前の映画館でやってるやつ! ……あれ? どうしたの恭一?」
俺が着いてこないことに気付いて振り返るかおる。
俺は肩をすくめた。
「あのな、なんで俺の休日をお前の為に浪費せにゃならんのだ?」
「いいじゃない。どうせあんたのことだから、ごろごろして終わりでしょ? それなら映画にでも行った方がよっぽど有意義な休日の使い方ってものじゃない」
「……」
ううっ、言い返せない自分が悲しい。
「それじゃ決まりっと」
強引にまとめられたところで、寮に着いてしまった。
「んじゃお休み〜っ」
そう言ってエレベーターに乗り込むかおるを、俺は恨めしく見送るのであった。
翌朝。
目覚ましが鳴る前に起きた俺は、着替えると、ジャケットを羽織ってから、音がしないように部屋の鍵を開けた。
ゆっくりとドアを開けて、左右を見る。人影なし。
よし、今のうちだ。
足音がしないように廊下を歩き、寮の玄関を出る。
……ふっ。
「よっしゃぁぁっ! これで今日の俺は自由だっ!!」
「ふぅん、それはよござんしたね」
「おうっ! ……って?」
俺はゆっくりと振り返った。
寮の玄関脇の壁に、腕組みをして寄りかかっているのは……。
「かっ、かおるっ……さん」
「それで、こんな朝早くからどこに行くつもりなのかしら? 自由な恭一くん」
かおるは身を起こしながら、笑顔で訊ねた。でも、目がなんだか怒ってるんですけど。
「あ、いや、最近運動不足だから、ジョギングしようかなって。そうだっ、かおるも一緒にどう?」
「……ふぅん、そんなカジュアルな格好でジョギングねぇ」
し、しまったぁっ!
「あ、ほら、知らないのか? 最近はカジュアルウェアでジョギングするのが流行ってるんだぜっ!」
「そんな言い訳が、通用すると思ってんのかぁっっ!!!」
スパァァァン
俺はかおるのハリセンに思いっきり殴られた。おまけに……。
「ふっふっふ。あたしから逃げようなんて10年早いのよ。今日は恭一のおごりね」
……くそぉ、いつか復讐してやる。
「……これ?」
「うんっ」
俺はもう一度、映画館の前にかかっている看板を見上げて、それから、ふっとため息をついた。
「かおる、お前まだこんなの見てるのか?」
「いいじゃないの! これ、リバイバル上映で今週しかやってないんだからねっ!」
びしっと看板を指さすかおる。
「……にしても、なぁ……」
俺は改めて看板を眺める。
『カードマスターピーチ 劇場版
ホワイトイルミネーション』
「……やっぱり、恥ずかしくないか?」
っていうか、俺が恥ずかしい。周りも小さな子ばっかりだし。
……でもないぞ。
俺は辺りを見回した。結構俺くらいや俺よりも年上くらいの男も多いみたいだ。
ま、一目でわかる。あれは「オタク」だ。
いかん、ここでかおると一緒に入ったりすると、俺までオタクに見られてしまうじゃないか。
「じゃっ!」
爽やかに片手を上げて挨拶すると、俺はシュタッと駆け去ろうとした。
「こらっ、何処へ行くっ!」
かおるががしっと俺の襟首を掴む。
「こら、離せっ!!」
「いーから、来なさいっ!!」
ずるずると引きずられていく可哀想なドナドナ……じゃなくて俺。
と、不意にかおるが足を止めた。
「あれ? みらいちゃん」
「あ……」
チケット売り場でかおるの声に振り返ったのは、間違いなく千堂さんだった。びっくりした顔をしたまま凍り付いている。
「はい、高校生一枚……。お客さん?」
「はははははいっっ! ご、ごめんなさいっ!」
窓口のおばさんに声をかけられて、慌てて飛び上がる千堂さん。そのまま駆け出そうとする。
「みらいちゃんっ!」
たしっとその腕を掴むと、かおるは俺に言った。
「とりあえず、あたし達のチケット買っといて」
「お、おう」
俺は頷いて、財布を出した。
チケットを買って戻ってくると、かおるはまだ千堂さんの腕をしっかと掴んでいた。
「おーい、買って来たぞ〜」
「サンキュ。ほら、みらいちゃん。大丈夫だってば。別に食べられるわけでもないんだし」
「……?」
俺が首を傾げていると、千堂さんがちらっと俺を見て、小さな声で呟いた。
「だ、だって、わ、わたし、柳井さんにき、嫌われてるから……」
……俺が、千堂さんを嫌ってる?
「そんなことないってば。ほら、恭一も何とか言いなさいよっ!」
「お、おう。俺、千堂さんのことが好きだ」
ガシィッ
「極端過ぎるっ!!」
思い切り俺の向こうずねを蹴っ飛ばすかおる。
あまりの痛みに、声も出せずにのたうつ俺を、千堂さんがおそるおそるのぞき込んだ。
「あ、あああの、だ、大丈夫、ですか?」
「……」
「あ〜、大丈夫大丈夫。殺しても死なないわよ、そいつは」
かおる、やっぱり殺す。
「そ、そうなんですか?」
……千堂さん、信じないでくれぇ。
ともあれ、千堂さんはそれでようやく、少しはうち解けたみたいだった。
と、かおるが腕時計を見て声を上げる。
「あーっ、もうすぐ始まるじゃないっ! ほらみらいちゃん、ついでに恭一、行くわよっ!!」
「あ、は、はい」
「……おう」
とりあえず、こいつを殺すのは後回しにしよう。
中にはいると、ちょうど始まる所だった。
空いている席に座るとほとんど同時に、中が暗くなり、光がスクリーンに映像を映し出す。
うーん、やっぱりこの大画面は、家じゃできないもんなぁ。
それにしても、カードマスターピーチかぁ。俺が赤ん坊の頃にすごく流行ったやつで、後でリメイク版が出たけど、結局元祖の奴には勝てなかったっていう伝説のアニメだよな。
俺も何度か噂に聞いたことはあるけど、実際に見るのは初めてだ。
とりあえず、こうなったからにはしょうがない。気合い入れて見てやるかぁ。
エンディングクレジットが流れ終わり、観客席に灯りがつく。
「……ふぅ、感動しちゃった。ね、恭一」
かおるがハンカチで目を拭いながら、俺に視線を向ける。
「……ああ」
正直、俺も感動していた。こんなすごい映画を今までバカにして見てなかったなんて、自分が浅はかだとつくづく思い知らされた気分だ。
「千堂さん、面白かった?」
「あ、は、はいっ」
千堂さんはこくこくと頷いた。
「や、やっぱり映画館で見ると、すごいです」
「うん、そうよ。やっぱり映画は映画館で見なくちゃ」
何故か盛り上がるかおる。
……あれ?
俺はふと、何か引っかかるものを感じて、千堂さんを見た。
千堂さんはかおると話をしていて、俺の視線には気付いていない。
「あたし達はこれからお昼食べるけど、みらいちゃんは?」
「あ、あの、私はこれから仕事ですから……」
「あ、そっか。ごめんね〜」
「い、いいえっ、わ、私こそ、せっかく誘ってもらったのに……」
「ううん、気にしないでね」
と、千堂さんが俺の視線に気付いた。慌てて立ち上がる。
「そそ、それじゃこれで失礼しますっ!」
頭を下げて、慌てて飛び出していく。
俺はその後ろ姿を見ながら首を傾げていた。
「……こらっ、恭一! 何見てるのよっ!」
バコッ
後ろから叩かれて、俺は振り返った。
「痛てぇな、この凶暴女っ!」
「あ、そ。昼は奢ってあげようかなって思ってたけど、そういうこと言うならやめる」
「あっ、嘘々! かおるさまっ!」
……我ながら情けない。
それにしても、何が引っかかったんだろう?
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うーん、どうなんだろう?
やっぱり変かな?
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