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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.10

「……というわけで、ここがこうなるわけよ。わかった?」
「……すまん、もう一度最初からやってくれ」
「もうっ! あんた一学期なにしてたのようっ!」
 木曜日の午前。
 昨日と同じくかおるの襲撃を受けた俺は、おとなしく数学を教わっているところである。
 ちなみにかおるは理系が得意で、俺は文系(英語除く)が得意なのである。……3年になったら、文系コースと理系コースでクラスも別れられそうだと、俺は内心ほっとしているところだ。
「いい? これは仮定法で証明すればいいのよっ」
「かていほう?」
「あーーーっ、もうっ!!」
 頭を掻きむしって、かおるは大きくため息をついた。
「いいわ。とりあえず休憩にしましょ」
「……おう、そうしてくれ」
 仕事前に疲労困憊した俺は、テーブルの上に突っ伏しながら答えた。
 と、不意にノックの音がした。
 トントン
「お二人さん、いる〜?」
「あっ、はーい」
 かおるが返事をすると、ドアが開いて、葵さんが顔を出した。テーブルの上に散らばっているワークブックや筆記用具を見て、自分の頭を掻く。
「あらら〜、勉強中だった?」
「今ちょうど休憩にしようとしてたとこですから。それより、葵さん、どうしたんですか?」
「うん。それがね〜、うちの部屋のテレビが故障しちゃったみたいで、見ようと思ってた番組が見られないのよ。だから、誰かに見せてもらえないかなって思ったんだけど、他の部屋のみんないなくてさ〜」
「それだったらあたしの部屋、今空いてますから、テレビ使ってもいいですよ」
 かおるはポケットから鍵を出して、葵さんに渡した。
「あ、そう? ありがとー、かおるちゃん。後でお礼するからね〜」
 そう言って、葵さんはドアを閉めて出ていった。
 俺は突っ伏していた顔を上げて、訊ねた。
「いいのか、かおる?」
「ま、午前中だけだし、まさかここでテレビ見てもらうわけにもいかないでしょ?」
 そう言いながら、かおるは冷蔵庫から麦茶を出して、グラスを2つ並べ、注ぐ。そして、それをテーブルに運んできた。
「はい、麦茶」
「サンキュ」
 俺は麦茶を喉に流し込んだ。
「くぅーっ、冷てぇ」
「頭がすっきりした? それじゃ続きをやりましょっ」
「おう。それじゃ数学はおいといて、こっからは古文やるか?」
「あ、ずるいっ! 自分の得意教科に持ち込む気ねっ!」

 その1時間後。
「えっと、あらまほし……かり?」
「違うだろっ! そこは、けれ、だ!」
 パコン
 丸めたノートでかおるの頭を叩くと、かおるはうーっと恨めしそうな顔で俺を見る。
「こんなの日本語じゃないわよっ! わかるわけないじゃないっ!」
「なんならよーこさんに聞いてみようか? 日本語だって言うに決まってるぞ」
 俺は涼しい顔で言った。うん、いい気分だ。
「ほれ、無駄口叩いてないで続きだ、続き」
「ううーーっ。いつか復讐してやるぅ」
 半泣きになりながら、ワークブックに向かうかおる。シャープペンシルを無意識に回しながら頬杖をついて、ぶつぶつ言いながら考え込んでいる。
 なんということもなく、そんなかおるを眺めていると、不意に顔を上げる。
「……何よ?」
「……別に」
「あそ」
 それだけ言って、ワークブックに視線を戻すかおる。
「おり……はべり……。あうーっ、わかんないよ〜」
 なんだよ、目に涙まで浮かべてやがる。
 まぁ、負けず嫌いな奴だからなぁ。
「しょうがねぇな。教えてやるから見せてみろ」
「黙っててよっ! 今考えてるんだからっ!」
 ……ほんとーに負けず嫌いな奴。
 結局最後は俺に泣きついてくるくせに、意地張るんだよなぁ。まったく。
「うーっ、まてよ〜、あなおかし〜」
 ぶつぶつ言うかおる。ころころ表情が変わって、本当に見てて飽きない。……って、数学の問題を解いているとき、俺もかおるに同じ事を言われたりしたのだが。
 ……いつまで、こうしていられるのかな?
 不意に変なことが頭に浮かんで、俺は思わず首を振った。
「……どしたの?」
 かおるが、また顔を上げて俺に訊ねる。
「なんでもねぇよ。それより出来たか?」
「あーん、急かさないでよっ!」

「それじゃ、また後で迎えに行くから」
 昼近くなったところで、勉強を切り上げて、かおるはそう言い残して部屋を出ていった。
 騒がしいのがいなくなって、急に部屋が静かになる。
「ふー」
 俺はベッドに寝ころんだ。
 ……ん? なんかいい匂いがする。
 不思議になって、体を起こしてくんくんと嗅いでみた。
 なんか花のような匂い。
 さっきまで全然気付かなかったけど、もしかしてあいつ、コロンか何かつけてるんだろうか?
 ……一応、女の子なんだな。
 今更のように納得して、俺はもう一度ベッドに寝ころんだ。
 あれ? あいつ、今までにコロンなんてつけたことあったのか?
 少し考えてから、俺は首を振った。
 そんなこと考えてどうするんだよ、まったく。
 とりあえず、少し寝て頭をクールダウンさせるとしよう。

「おはよーございまーす」
 制服に着替えて、挨拶しながら事務室に顔を出すと、涼子さんが俺に視線を向けた。
「あ、恭一くん。おはよう」
「それで、今日は?」
「そうね……。まずは店の前の掃除、それから倉庫整理ってところかしら」
「そ、掃除ですか?」
「ええ。掃除は初めてよね? ちょっと待っててくれるかしら? これを片づけたら一緒に行きますから」
 そう言って、涼子さんは机に広げてある紙に何かを記入している。
 のぞき込んで怒られるのも情けない話なので、俺は事務室の入り口でじーっとしていた。
 と、そのとき、微かに香水の香りがするのに気付いた。
「……涼子さん、香水付けてるんですか?」
「ええ、そうだけど?」
 涼子さんは紙にボールペンを走らせながら答えた。
「一応、身だしなみとしてね……。匂いがきつかったかしら?」
「いえ、そうじゃないんですけど……。かおるのやつもコロン付けてたみたいだったんで」
「かおるちゃんだって、コロンくらい付けるでしょ?」
「そりゃそうですけど……。なんていうか……」
 俺は頭を掻いた。
 涼子さんは、紙に判子を押して、立ち上がった。
「でも、そう……。かおるちゃんもコロンを付けるような年頃になったのね……」
 うっ、しまったか?
 内心で身構える俺だったが、幸い涼子さんは、ほっとため息をついただけだった。それから俺に言う。
「かおるちゃん、大事にしてあげなくちゃダメよ」
「はい……。じゃなくてっ!」
 思わず声を上げたところで、いきなり後から頭をバシンと叩かれた。
「てっ! だ、誰だっ!?」
 反射的に飛びすさりながら振り返る俺。
「何大声出してんのよ。あたしよ」
 そこには、ウェイトレスの制服姿のかおるが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「うわぁっ! お前いつからそこにっ!?」
「だから大声出すなって言ってるでしょっ!」
「あなたもよ、かおるちゃん」
 俺の後から涼子さんに言われて、かおるは慌てて頭を下げた。
「すみませんっ!」
「ほら、もう仕事の時間でしょ? かおるちゃん、今日はどこか判っている?」
「あ、はい。今日はディッシュのお仕事を縁さんに教えてもらうことになってます」
「よろしい。それじゃ行きなさい」
「はいっ!」
 ぺこっと頭を下げると、かおるは廊下を走っていった。……ったく、相変わらずお転婆な奴だなぁ。
「いつも元気いいわね、かおるちゃんは」
「っていうか、粗暴なだけですけどね」
 俺が言うと、涼子さんは俺をじっと見た。
「な、なんですか?」
「……別に」
 くすっと笑うと、涼子さんは先に歩き出した。
「私たちも行きましょうか」
「あ、はい」
 俺は頷いて、涼子さんに続いた。

 冷房の効いている店内から外に出ると、そこは灼熱の地獄であった。
「くわっ」
 思わず空を見上げると、雲一つない、いい天気だ。
「さて、それじゃ掃除の手順だけど、とりあえずこれを持って」
 涼子さんに言われて、俺はほうきを手にした。涼子さんはくるっと振り返って指さす。
「とりあえず、お店の前の歩道には塵一つないように掃除して。だからって、そのすぐ外にごみを掃き出して終わり、なんてことのないように。むしろ、このブロックの歩道は全部綺麗にするくらいの感じでやってちょうだいね」
「こ、このブロックですかっ!?」
 俺はめまいを感じた。涼子さんは腰に手を当てて言った。
「ええ、そうよ」
「……全力を尽くします、はい」
 仕方なく、俺はそう答えた。
「それが終わったら、植え込みの掃除をやってもらいますから」
「はーい」
 既に自棄が入っている俺だった。

 既に社会奉仕が入っていると思われる掃除を午後いっぱいかけて終えると、俺は汗だくになって控え室に戻ってきた。
 控え室では、かおるが下敷きで自分を扇いでいる。
「あ〜っ、暑っつぅーーい! キッチンにもクーラー入れて欲しいわっ!」
 俺は椅子を足で引っ張りだして座りながら言った。
「何贅沢言ってやがる! 俺なんか外だぞっ! 炎天下で天下の往来を掃除してたんだぞっっ!!」
 かおるは俺に視線を向けて一言言った。
「そんなことは知らん」
 それだけ言うと、また自分を扇ぎながら「暑〜い」とか言っているかおる。
 ……一瞬、こいつには殺意を感じたぞ。
「まぁまぁ。かりんとう、どうですか?」
 更紗ちゃんが袋を俺に勧めた。
「疲れたときには甘いものがよろしいと申しますし」
「……気になってたんだけどさ」
 俺は遠慮なくかりんとうをもらいながら、更紗ちゃんに訊ねた。
「どうしていつもかりんとうなの?」
「はぁ、どうしてでしょう?」
 首を傾げる更紗ちゃん。
「私も理由は存じませんが、こちらにいつも置いてあるものですから」
「いつも?」
「はい。皆さんで頂かせていただいておりますが、無くなることはないんですよ」
 うーむ、謎が多いぜ。
 と、ドアが開いて七海が入ってきた。
「あーっ、くそぉっ! 腹立つなぁ、もうっ!」
「どうしたんですかぁ?」
 更紗ちゃんに聞かれて、七海はパシンと拳を自分の手のひらに打ち付けた。
「例の食い逃げ野郎が出たんだよ」
「食い逃げ!?」
 俺とかおるの声が重なった。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 9話は賛否両論……っていうよりは否定的な意見の方が多かったですね。
 ……難しいものです。
 ちなみに、スランプ時に書いただけあって調子悪そうという意見もあったんですが、最近の作品には、後書きの末尾に書き上げた日付が入ってます。10話も、見ての通り一ヶ月以上前に書き上げたもので、最近書いたわけじゃありません。
 実際に今書いてるのは20話だったりしますが……。かおるちゃん大変な事になってます(笑)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.10 00/4/1 Up

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