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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.9

 最後の1枚を洗い終わって乾燥機に入れると、俺は大きく息をついて、シンクの栓を抜いた。
「終わりましたっ」
「はい、ご苦労様。後は私がやっておくから、恭一さんは上がってもいいですよ」
 縁さんが、ゴム手袋を外しながら言ってくれた。
「え? でも……」
「今日は恭一さんが手伝ってくれたから、随分助かったんですもの。その分、サービスですよ」
 笑顔で言うと、縁さんは俺の額をちょんとつついた。
「年上の好意は素直に受け取りなさい。ね?」
「あ、はい。それじゃ、そうさせてもらいます」
 俺は頷いて、頭を下げた。
「お先に」

 着替えて休憩室に戻ると、よーこさんと千堂さんがいた。
「あっ……」
 俺の顔を見て、あたふたと立ち上がる千堂さん。
「あ、あの、しししし、失礼しますっ!」
 ぺこっと頭を下げて、そのままだだっと休憩室を出ていってしまった。
 俺は唖然としてそれを見送ってから、振り返った。
「あの、俺何かしました?」
「さぁ?」
 よーこさんも首を傾げて、それから笑った。
「ま、気にしてもダメです。ケセラセラ〜」
「は、けらけら?」
「なるよーになるってことです」
 そう言うと、よーこさんは立ち上がった。
「さて、私は帰りますけど、恭一はまだいますか?」
「いえ……。七海は?」
 七海も同じ寮生活だから、どうせなら一緒に帰ろうかと思ったのだが、よーこさんは首を振った。
「ななみ、りょこさんと何か話してたです。遅くなるから先帰れって言ってます」
「涼子さんと? ま、そういうことなら」
 俺は頷いた。
「寮まで送りますよ、よーこさん」
「ダンケ」
 よーこさんはにこっと笑うと、歩き出した。

「そういえば、よーこさんとゆっくり話したことって無かったですよね」
 夜道を並んで歩きながら、俺はよーこさんに話しかけた。
「あ〜、そうかも」
 よーこさんは頷いて、俺に視線を向けた。
「確か、ドイツ人とのハーフだって言ってましたよね」
「ヤー」
 頷くと、よーこさんは説明してくれた。
「私の父さん、ドイツに本社のある銀行の日本支店に勤めてたです。そこで母さんと知り合ったんですよ」
「へぇ。で、結婚したんだ」
「うーん。それがなかなかそう上手くは行かなかったみたいで」
 よーこさんはしょげたように俯いた。
「……日本人て、外人嫌いですか?」
「いや、それは人によるかと……」
 俺は思わず口ごもりながら答えた。なにせ、俺は英語は苦手だし、親父は「日本語の通じない所に行ってたまるかべらぼうめい」というタイプだからなぁ。
 でも、よーこさんは顔を上げて微笑んだ。
「そうですよね〜。でも、私の母さんの父さんや母さんは外人嫌いだったみたいです。どうしても結婚許してくれませんでした。それで父さん、母さん連れてこっそりとドイツに戻ったんです」
「それって、駆け落ち? すげぇ、今でもまだそんな話あるんだ」
 俺は思わず唸った。さすが外人、やることが違う。
「でも、それじゃ今でもよーこさんの母さんのご両親って怒ってるんじゃ?」
「ナイン」
 よーこさんは笑顔で首を振った。
「私が産まれて、仲直りしたんです。なんでも、私が、はつまご、だったそうです」
「なるほど、初孫ねぇ」
 俺は納得して頷いた。初孫ほど可愛いものはないっていう格言が日本にはあるからなぁ。(【注】ありません)
「よーこさんは、ずっとドイツで暮らしてたの?」
「ベルリン生まれのベルリン育ちでーす。でも、国籍は両方持ってます」
 前を歩いていたよーこさんは、くるっと身を翻した。
 銀髪が街灯の光を反射してキラキラ光る。
「日本語は、それじゃお母さんに習ったんだ」
「ヤー」
 ……さっきから気になってたんだけど、やーってなんだろ?
「ねぇ、よーこさん、やーって何?」
「あ、ごめんごめん。Jaはドイツ語でイエスのことよ」
「ああ、ドイツ語だったんだ。なるほどぉ」
 うーん、英語でも苦手なのに、ドイツ語となるとなぁ。
「恭一にも教えてあげよか?」
「いえ、結構です」
 俺は思わず後ずさった。そして、顔を見合わせて思わず笑い出していた。

「それじゃ、グーテンアーベントです」
「え? ああ、お休み〜」
 階段のところでよーこさんと別れ、俺は自分の部屋に向かった。
 廊下の角を曲がったところで、思わず足を止め、反射的に角に隠れる。
 俺の部屋のドアに背中を付けてもたれているのは、かおるじゃないか。
「……あいつ、なにしてんだ?」
 思わず小声で呟きながら、曲がり角の陰から様子を窺う俺。
 やがて、かおるは腕時計を見て、ぶつぶつ言い出した。
「ったく、なにやってんのよ、あのバカ。もうとっくに仕事は終わってるってのに……。どこをほっつき歩いてんだか……」
「そっちこそ、人の部屋の前で何をやってんだ?」
 そう言いながら、俺は歩み寄った。
 はっとしてこっちを見るかおる。
「え? あ、なによ、遅いじゃない」
「別に俺がいつ帰ろうと、お前にとやかく言われる筋合いじゃないだろ?」
「うーっ、むかつくわねぇ。せっかくお腹空かせて帰ってくるんじゃないかなって思って、おみやげ買ってきてあげたのに」
「みやげ?」
「ほら、たこ焼き」
 かおるは、提げていたビニール袋を掲げて見せた。って、その袋はまさかっ!
「それは駅前の、いつも行列が出来てる例のたこ焼き屋じゃないかっ!」
「さて、それじゃあたしは部屋に戻って一人で食べよっと。お休み〜」
 俺は慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい、許してくださいかおるさんっ」
「ふふーん、どうしよっかなぁ〜」
「あうーっ」
 ふ、ふん。笑いたければ笑え。だが、あのたこ焼き屋のたこ焼きは冗談抜きに美味いのだ。
「ま、いっか。とにかくドア開けてよ」
「お、おうっ!」
 頷いて、俺は鍵を開けた。

「それじゃ、お茶煎れるわね」
 部屋に入って、俺がクーラーのスイッチを入れている間に、かおるはたこ焼きをテーブルに置くと、シンクの前に立った。
「麦茶なら冷蔵庫の中にあるぞ」
「バカね〜。たこ焼きには熱いお茶って相場が決まってるでしょっ!」
「そういうもんか?」
 そう言いながら、俺はビニール袋からたこ焼きを出す。がさがさという音に、かおるが振り返って声を上げた。
「あっ! こら、勝手に開けるなっ!」
「いいじゃないかよぉ、包みを開けるくらい」
「あたしの見てないところで食べたら殺すわよっ。ちゃんと数えてあるんだからねっ!」
「みみっちい女だな。たこ焼きの一つや二つくらいいいだろ?」
 俺がそう言うと、かおるはポットからきゅうすにお湯を注ぎながら言い返した。
「それじゃ、たとえば、あたしが恭一を待ってる間に、一つつまみ食いしてたとしたら、どうする?」
「ぜってー殺す」
 即答すると、かおるははぁとため息をついた。
「あんたの方がよっぽどいじましいわよ」
「うるせぇ。たこ焼きは男の浪漫だ」
「ま、どうでもいいけどね。お茶入ったわよ」
 きゅうすから湯飲みにお茶を注いで、かおるはその湯飲みをテーブルまで運んできた。
「よし、それじゃいただきま〜す」
「ちゃんとあたしに感謝の念をもって食べるように」
「へいへい。ぱくっ……。うぉぉ、美味いっ!」
「もぐもぐ……ほんと。ここのたこ焼きはいつ食べても美味しいわね〜」
「願わくは、熱々で食べたかったな」
「あんたがもうちょっと早く帰ってくればよかったのよ。……ああっ! こらっ、一つ多く食べたでしょっ!!」
「聞こえんなぁ。くっくっく、敗者の遠吠えが耳に心地よいわ」
「殺すっ! ぜったい殺すわっ!」
 という風にどたばた騒ぎながら、たこ焼きを食べ終わり、ちょっと落ち着いてお茶を飲む。
 ずずーっ。
「あー、お茶が美味しい」
「ほんと。あ、そうだ。ねぇ、恭一」
 かおるが頬杖をついて、俺に話しかけてきた。
「明日なんだけど、どうせ午前中は空いてるでしょ?」
「俺は鋭気を養うつもりなんだが」
「またまた〜、どうせぐーたらしてるだけでしょ?」
 笑ってぱたぱたと手を振ると、かおるは立ち上がった。
「それじゃ、明日こそちゃんと勉強するからね」
「なにぃっ!?」
「ほら、結局今日は勉強できなかったし」
「あれはお前が悪いんだろうが」
 俺がため息混じりに言うと、かおるはあははっと笑った。
「ま、そう言わないでよ。それじゃお休み〜」
 そう言い残して、かおるは出ていった。ドアがぱたんと閉まる。
 ……やれやれ。寝るか。
 俺はベッドにごろんと横になった。

 うーん、寝られん。
 ごろんと寝返りを打ってから、俺は目覚まし時計を見た。
 蛍光塗料を塗った針が、午前2時を指している。
 寝る前にお茶を飲んだのが悪かったかなぁ。
 こういうときは、ちょっと散歩でもするか。
 俺は起き上がると、ジャケットを羽織って部屋を出た。
 外は、昼に比べれば幾分涼しい。
 さ〜て、部屋から出たはいいけど、どうしよう。近所のコンビニにでも行って、雑誌でも読んで帰ろうかな。
 そう思って寮の玄関まで来たところで、ふと思った。
 そういえば、まだ屋上に行ったことなかったな。
 多分、鍵がかかってるとは思うけど、行ってみようか。
 かおるに知られたら、そら見たことかという顔で「バカと何とかは〜」とか言われそうだが、やっぱり屋上は男の浪漫だと思うのだ。
 俺は引き返して、エレベーターに乗り込んだ。

 最上階で停まったエレベーターから降りて、さらに階段を上がると、屋上に通じるドアがあった。
 ノブを回して押すと、重い鉄製の扉がすっと開く。どうやら、鍵はかかってないようだ。
 不用心だなぁと思いながら外に出ると、涼しい風が吹いていた。
 都会の真ん中にあるこの寮でも、さすがにこの時間は割と静かだ。
「……誰?」
 不意に声がした。
 誰もいるはずがないと思ってたから驚いた。正直に言って腰が抜けそうになったくらいだ。
「そそそそっちこそ誰だっ!」
 情けないことに声が裏返っていた。もっとも、その時はそれどころじゃなかったが。
「その声、恭一ですか?」
「……」
 相手が俺の名前を知っていたことにちょっと安心した。  ようやく暗闇に慣れてきた目に、屋上の周りを囲むフェンスと、そのフェンスに手を掛けて、こちらを振り返っているシルエットが見えてくる。
「もしかして、よーこさん?」
「ヤー」
 その声は間違いなくよーこさんだった。俺は大いに安心すると同時に、その場にへなへなと尻餅をついていた。
「びっくりさせないでよ〜」
「こっちこそ、びっくりしましたよ〜。……どしたですか?」
 そのまま動かない俺を不思議に思って、声をかけるよーこさん。
 俺は、ふっとニヒルに笑って答えた。
「腰が抜けた」

「あはははは、みっともないですね〜」
「勘弁してよ」
 俺とよーこさんは、並んでコンクリートの壁に背中をつけて座っていた。
「それにしても、どうしたの?」
「そっちこそ、どうしたんです?」
 よーこさんに聞かれて、俺は肩をすくめた。
「寝付かれなくてね」
「ねつか……?」
「ああ、要するに眠れなくて」
「なるほど。眠れないことを寝付かれないとも言うんですね」
 頷くと、よーこさんは夜空を見上げた。
「私も、同じです」
「ふーん」
「……眠れないときは、ここに来るんです」
 よーこさんは静かに言った。
「夜空は、ドイツも日本も、同じだから……」
 俺は、よーこさんの横顔を見つめた。
 やっぱり、いくら母親の祖国って言っても、日本で暮らすのって、大変なんだなぁ。きっと、俺なんかには想像もできないような苦労があるんだろう。
「……さて、それじゃもう寝ます」
 不意にそう言うと、よーこさんは立ち上がった。
「あ、それじゃ俺も」
 俺も立ち上がる。
 と、よーこさんは俺に言った。
「その、今日のことは秘密にしてくれますか?」
「え? ああ、ここのことね」
 俺は頷いた。
「大丈夫。誰にも言わないよ」
「ダンケ。それじゃお休みです……」
 よーこさんはにこっと笑うと、身を翻して、屋上から降りていった。
 俺はもう一度、夜空を見上げた。
 都会の真ん中では、真夜中でもあまり星は見えないけれど……。
「ドイツも日本も同じ……か」
 呟いて、俺も屋上から降りることにした。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 ええっと、随分間が空きました(笑)
 いや、気分的に大体10通感想メール頂いたら次の話をアップしてたんですけど、8話の感想メールがまた全然来なかったもんでして、はい。
 あと、極度のスランプに陥ってしまったっていうのもありますけど。
 悲しいかな。

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