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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.8

 水曜日の朝。
 ドンドンドンドンドンッ
 今日は午後からバイトだし、午前中はゆっくりと身体を休めようか……という俺の優雅な計画は、扉を乱打する音と共に微塵に砕け散っていった。
「きょういちーっ! 起きなさ〜いっ!!」
 ドンドンドン
「だーらっしゃぁっ!!」
 俺は、毛布をはねのけ、起き上がると、玄関に駆け寄った。手を当てて鍵を外すと、腰に手を当てて怒鳴る。
「やかましいっ! 近所迷惑だっ!」
「あはっ、おはよ、恭一」
 ドアの向こうでは、思った通りかおるがにこにこしながら立っていた。今日の出で立ちはデニムのジャンパースカートに白いブラウスか。
「いまさら媚び売っても遅いわぁっ!」
「あ、そーゆーこと言う? どうせあんたのことだから起きないだろうなって思って起こしてあげたのに」
「……あのなぁ」
 俺は頭を片手でバリバリとかき回した。
 これが嫌だから、せめて夏休みの間だけでもと思って寮に来たっていうのに……。これじゃ春恵さんの朝ご飯がないだけこっちの方が損してるような気がするぞ。
「あー、もうっ! 早くも散らかしてるじゃない」
「へ?」
 後ろで声がしたので、慌てて振り返ると、いつの間にかかおるが俺の部屋の中に上がり込んでいた。コンビニのビニール袋に弁当の容器(昨日の夕飯の残骸である)をつまみ上げ、まるで鬼の首でも取ったかのように俺に突きつける。
「こういうものは、ちゃんと分別して捨てないとダメでしょっ! 自然環境の敵っ!」
「そこまで言うかっ! っていうか、勝手に上がり込むなっ!」
 俺は慌てて部屋の中に戻った。と、かおるが俺に、肩から提げていた大きなバッグを押しつける。
「はい、これ持ってて」
「へ?」
 思わず反射的にそれを受け取る俺。
「まーったく、これだからもうっ」
 ぶつぶつ言いながら、かおるはポケットから取り出したスカーフを頭にくるくるっと巻いた。そして、どこから取り出したのか、箒で部屋を掃き始める。
「あ、おい……」
「うるさいっ! 掃除の邪魔だから、ちょっと出てってっ!!」

 ……俺は部屋から追い出されてしまった。

 10分後。
「まぁ、まだ恭一が住んで3日くらいだから、まだ対処出来たのよ。これが1週間くらいほっといてみなさいよ。絶対あたしでも手の下しようが無くなるんだから」
 ずずーっ
 お茶を飲み干すと、かおるは湯呑みをテーブルに置いた。
 確かに、部屋は、3日前、つまり俺がここに入ってきた時と同じくらい綺麗になっている。
 俺は、すっかりくつろいでいるかおるに訊ねた。
「で、お前はここに掃除しに来たのか?」
「え? あ、違うわよっ! もう、それ貸してっ!!」
 かおるは俺が律儀に肩から提げていたバッグを奪い返した。それから、その中身をテーブルに広げる。
 それを一通り見回してから、俺は訊ねた。
「なぁ、かおる。これってもしかして勉強道具ってやつかね?」
「そうよ」
 平然と答えるかおる。
 俺は、テーブルの上に落ちた薄い本のうちの1冊を手に取った。
 ……夏休みの宿題じゃないか、これは!
「おい、かおる……」
「どうせ、あんたまた31日にまとめてやろうとか思ってるんでしょ?」
「あう」
 図星である。
 かおるは、俺をみてため息をついた。
「はぁ。やっぱり思った通りね。たまには「何言ってるんだよ、とっくに終わったに決まってるじゃないか」とか言って、あたしの予想を外して欲しいわ」
「あのなぁっ! 夏休みが始まってまだ1週間もたってないだろっ!」
 俺はテーブルをダンと叩いた。かおるも負けじとダンと叩く。
「それがどうしたってのよっ! 去年の恨み、あたしは忘れてないんだからねっ」
「……えっと……」
「……ま〜さ〜か〜、それも忘れたって言わないでしょうねぇ?」
 うっ、やばいっ。
 俺は灰色の脳細胞をフルに回転させて思い出そうとした。
 去年、去年……えーっと……。
「林間学校で足をくじいたかおるを背負って帰る羽目になった……」
 スパーーン
「そんなことは忘れていいのようっ!」
 どっからかかおるが取り出したハリセンでしたたか叩かれた。
 とりあえず、ぐっと拳を握って盛り上がっておく。
「いやっ、あの背中の感触は忘れ得ぬ青春のメモリーとして俺の脳細胞にインプットしなければならないっ、漢としてっ!!」
 本当はそんなこと覚えてもないのだが、とりあえずそう言ってからかってみるわけだ。
 俺はそう言ってから、素早く防御態勢に入る。
 ……あれ? 殴って来ない?
 怪訝に思って、腕を下ろしてかおるの様子をうかがってみる。
「あ、あのね、恭一……。そんなに、……だったの?」
 かおるは赤くなって、上目遣いに俺をちらっと見た。……いつもとなんか違う。
「いや、今のは冗談なんだが……」
 そう言ってから、俺は心底後悔した。

「おはようござ……。あら?」
 店の前を掃除していた美奈さんが、俺に気付いて駆け寄ってきた。
「どうしたんですか、恭一さん? 目の回りにあざなんて作って。喧嘩でもしたんですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
 俺は苦笑いした。
 美奈さんは、心配そうに俺の目をのぞき込む。
「でも、痛そうですぅ……」
「どうかなさったんですか、美奈さん」
 後ろから声がした。振り返ると、縁さんだった。
 そういえば、縁さんの私服姿って初めてかな、なんて場違いなことを考えていると、俺の後から美奈さんが挨拶をした。
「あ、早苗さん。おはようございますぅ。それが、恭一さんの顔が……」
「あらあら」
 早苗さんは俺の顔をのぞき込むと、言った。
「とにかく、控え室に行きましょう。手当てしてあげますから」
「えっ? でも……」
「大丈夫ですよ。私、こういうのは慣れてますから。それに早く行かないと遅刻してしまいますよ」
 そう言われてみればそうかも。
「あっ、ごめんなさい。美奈が引き留めたりしたから……」
 俯く美奈さん。
 俺は慌てて手を振った。
「いや、それは違いますって! どっちかって言えば俺が……」
「こら、君たち。店の前で騒ぐんじゃないよ」
 後ろから店長さんの声がした。また慌てて俺は振り返って、頭を下げた。
「す、すみませんっ!!」
「うふふっ」
 何故か縁さんが笑っている。店長さんは怪訝そうに縁さんを見た。
「どうしたんだ、早苗くん?」
「ごめんなさい。店の前で騒ぐって言ったら、あの騒ぎを思い出しちゃって」
「さ、早苗くんっ! そんなことを今持ち出さなくてもいいじゃないか」
 店長さん、どうしたんだろう? なんか慌ててるみたいだぞ。
 と、ほっぺたに指を当ててうーんと考えていた美奈さんが、ぽんと手を打った。
「あっ、美奈も思い出しました。店長さんがさとみさんにひっぱたかれた時のことですねっ」
「こら、美奈くんまでっ。えーっと、ゴホン、それじゃ恭一くん、早く着替えて来るように」
 そう言い残して、店長さんは店内に戻っていってしまった。
 俺はきょとんとして、くすくす笑い合っている縁さんと美奈さんを見ていた。
 と、縁さんが腕時計を見て俺に声をかける。
「いけない。もう時間ですよ。行きましょう」
「あ、はい」
 頷いて、俺は縁さんの後に着いて店に入った。

 制服に着替えて、更衣室を出たところで、涼子さんにばったりと逢った。
「あ、恭一くん」
「涼子さんっ、おはようございます」
 俺は慌てて頭を下げた。なにしろ、10分前には来いって言われてたのだが、現在時刻は12時ちょっと過ぎなのである。
 だが、涼子さんはそのことについてではなく、別のことを言った。
「ちょうど良かったわ。今日は倉庫整理はいいから、ディッシュに入ってくれないかしら?」
「ディッシュって、皿洗い、ですよね?」
「ええ。急な話で悪いんだけど……。本当は、今日は葵がディッシュに入るはずだったんだけど、ちょっと急な用事で本店に行ってるのよ。それにお昼にいつもよりもお客さんが多かったから」
「わかりました。縁さんのところに行けばいいんですね?」
 俺は頷いた。それから、ふと思い出して訊ねる。
「昨日、本店から葵さんに書類を届けに来てた娘がいましたけど、その関係でですか?」
「ええ」
 涼子さんは、ちょっと困ったような顔をした。
 うーん、あんまり突っ込んで聞くのもちょっと変だな。
「それじゃ、ディッシュ入ります」
「よろしくね、恭一くん」
 そう言うと、涼子さんはぱたぱたっと事務室の方に走っていった。なんか忙しそうだ。
 おっと、俺も行かないと。
 俺はディッシュの方に向かって駆け出した。

「さとみさんっていうのは、店長さんの奥さんなんだけどね」
 並んで皿を洗いながら縁さんにさっきのことを聞いてみると、笑って教えてくれた。
「まだ結婚する前のことなんだけど、2人でお店の前で大喧嘩したことがあったのよ」
「へぇ……」
 店長さん、落ち着いてるし優しそうだし、あんまり喧嘩しそうな雰囲気は無いんだけどなぁ。
 俺の表情を見て、縁さんはくすっと笑った。
「あ、もちろんずっと昔よ。そうね……もう10年以上前になるのかなぁ」
「そうなんですか……」
 縁さんってそんな昔からいるのかぁ。そういえば七海が「縁の姉御」って呼んでたっけ。それってやっぱり、そういうことなんだろうか?
「恭一さん、なにか変なこと考えてません?」
 そんなことを考えてると、いきなり鼻をちょんとつつかれた。はっと我に返ると、縁さんが俺の顔をのぞき込んでいた。
「い、いいえっ、そんなことないですよっ」
「ふふっ。恭一さんって考えが顔に出るから、誤魔化しても無駄ですよ」
 笑って、シンクの前に戻る縁さん。
 ……そんなに顔に出るのか?
 俺は自分の顔を撫でてみた。

 休憩時間になったので、休憩室に入ると、千堂さんがお茶を飲んでいた。
「や、千堂さん」
「えっ? きゃぁっ!」
 小さな悲鳴を上げて、あたふたとする千堂さん。
「あ、あの、えっと、その、ご、ごめんなさいっ!!」
 ぴょんと立ち上がって、ぺこりと頭を下げると、そのまま俺の脇をすり抜けるように休憩室を出ていってしまう。
「え?」
 振り返ると、そのまま女子更衣室に駆け込む千堂さんの後ろ姿だけがちらりと見えた。
 ……俺、なんかしたのかな?
 あ然として、パタンと閉められたドアの方を見ていると、後から声をかけられた。
「恭一、何ぼけっとしてんだ?」
「あ、七海か」
 俺は振り返った。
「いや、千堂さんが……」
「ん? ああ、さては逃げられたんだろ」
 七海は笑って俺の肩を叩いた。
「なんかちょっかい出したんじゃねぇのか?」
「莫迦言うなよ」
「そりゃそうだ。下手に他の娘にちょっかいかけようもんなら、かおるに半殺しにされるもんな。あっはっは」
 笑いながら休憩室に入る七海。……っておい!
「こら、七海! 今のどういう意味だっ!?」
 叫びながら、ちらっと振り返る。と、女子更衣室のドアを少し開けてこっちを伺っていた千堂さんと目が合った。
 慌ててドアを閉めようとする千堂さん。
「あつっ!」
 不意に悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んでしまった。
「千堂さん? どうしたの?」
 びっくりして駆け寄ると、千堂さんは右手の指を押さえている。
 どうやら、指を挟んじゃったみたいだ。
「大丈夫?」
 俺は屈み込んで訊ねた。と、千堂さんはびくっとこっちを見て、それから慌てて立ち上がる。
「ごっ、ごめんなさいっ。わ、わた、わたし……、だ、大丈夫ですからっ!」
 そう言って、そのまま更衣室の奥に駆け込もうとする千堂さん。
「あっ」
 とっさにその腕を掴んでしまう俺。
 びくっと体が縮こまったのが、その手を通じて伝わってくる。
 俺も、その反応に驚いて、その手を離してしまった。
「ご、ごめん」
「あ、あ、あの……ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 泣きそうな声で謝る千堂さん。
 ……これじゃまるで俺が千堂さんをいじめてるみたいじゃないか。
「こらっ、恭一! みらいちゃんをいじめるんじゃないっ!」
 タイミング良く後ろから七海に怒鳴られ、俺は思わず飛び上がった。慌てて振り返る。
「七海、誤解するなっ! 俺は別にそういうつもりじゃ……」
「あ、あのっ、桐生さんっ!」
 急に千堂さんが声を上げた。驚いて千堂さんに目を向けると、真っ赤な顔で、それでも一生懸命に七海に向かって説明してくれた。
「あのっ、そうじゃなくて、柳井さんは、わ、私のこと心配してくれて、それで、私が悪くて、柳井さんが悪いんじゃなくて、そのっ……」
 そこまで言って、千堂さんは俯いて黙り込んでしまった。
 ど、どうしよう。何か声を掛けた方がいいんだろうか?
「あ、あの……」
「あのっ……」
 俺と千堂さんの声が重なった。
「ど、どうぞそっちから」
「い、いえっ! 柳井さんからっ」
「いや、そっちから」
「だ、だめですっ。柳井さんからどうぞっ」
「……はぁ、何やってるのかね、君たちぃ」
 七海がため息混じりに言うと、俺の背中をどんと叩いた。
「どうでもいいけどさ、もう休憩時間終わるぞっ」
「えっ?」
 俺は腕時計を見た。うっ、確かに……。
「そ、それじゃ俺行くけど、本当に大丈夫?」
 立ち上がりながら訊ねると、千堂さんはこくこくと頷いた。
「ほっ、ほんとに、大丈夫だから……」
「なら、いいけど……。それじゃ。ほんとにごめんね」
 もう一度頭を下げてから、俺は廊下を駆けだした。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 イラスト大募集!(笑)
 2014に関する質問も募集。感想欄に「質問:」とでもつけて書いて置いてくれれば、そのうちにまとめて回答します、はい(笑)
 あ、でも連載じゃ……
 (かおる「本当は、もう16話まで書いてるくせに。何言ってるんだか」)

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