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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.7

 ピピピピッ、ピピピピッ
 枕元で騒ぐ目覚ましを叩いて止めると、俺は体を起こした。それから、目覚ましの文字盤を見てみる。
 午前10時。
「ふわぁ〜」
 大きくあくびをして、身体を伸ばすと、布団から出て起き上がる。
 カーテンをシャッと開けようとすると、右肩にずきーんと痛みが走った。
「……つっ」
 顔を顰めながら、今度は負担がかからないようにカーテンを開く。
 外はいい天気だった。
 今日は火曜日なので、俺は1日休みである。
 さて、どうすっかなぁ。
 ちょっと考えてから、腹が減っているのに気付いた。
 どこか適当なところで何か食うかなぁ。
 一人頷いて、着替えると、部屋の外に出る。

「いらっしゃいませ。……って、あれ? 恭一くんじゃないですか」
 自動ドアをくぐると、ウェイトレス姿のよーこさんが俺の姿を見て小首を傾げた。
「今日は休みって聞きましたけど」
「うん。朝御飯食べに来たんだけど」
「あ、そゆことですね〜。それじゃお客様ですか」
「そそ」
 俺が頷くと、よーこさんも笑顔でもう一度頭を下げた。
「それでは、いらっしゃいませ〜。お煙草はお吸いになられますかぁ?」
「あの、俺未成年だから」
「あ、そでした。それじゃこちらへどうぞぉ」

 まだ開店したばかりの時間帯であるせいか、店内は空いていた。俺は窓際の席に案内された。
「こちらの席でよろしいですか?」
「うん」
 頷いて、店内を見回してから訊ねる。
「今日は誰が当番なの?」
「えとですね〜」
 よーこさんはちょっと思い出すように額に手を当ててから、答えてくれた。
「午前中は私とみらいちゃんです。午後になったらかぁるさんと葵さんが入ります」
「なるほどね」
 俺は頷いた。
 そういえば、よーこさんのウェイトレス姿も初めて見るけど、千堂さんも働いてるところは見てないなぁ。昨日は休みだったし。
「それじゃ、後で注文取りに来ますね」
 水を置いてそう言うと、よーこさんは戻っていった。
 その後ろ姿を見るともなく見送ってから、俺はメニューに視線を落とした。

 しばらくメニューを見ていると、不意に声を掛けられた。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「え? あ、はい。えっと、モーニングのAセットで」
 そう言いながら顔をあげて、そのウェイトレスがよーこさんじゃないのに気付いた。
「あれ?」
「いかがなさいましたか?」
 小首を傾げるその娘。初めて見るような……。
 って、さっきよーこさんが、今はよーこさんと千堂さんしかいないって言ってた。ってことは、千堂さんなんだよな?
「あの、もしかして千堂さん?」
「はい、そうですけど」
 うーん、なんか、一昨日紹介されたときと印象が違うな。あの時はこんなはきはきした娘じゃなかったような……。
 ま、いっか。
「ごめん、なんでもないよ」
「そうですか? Aセットのお飲物は何にいたしましょうか?」
「あ、ブレンドで」
「ブレンドコーヒーですね。かしこまりました。食前と食後のどちらになさいますか?」
「そうだなぁ、食後でいいや」
「食後でございますね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、うん」
「ありがとうございます。ご注文を繰り返させていただきます。モーニングAセットが一品、お飲物はブレンドコーヒーで食後。以上でよろしいでしょうか?」
「うん」
「かしこまりました。それではメニューをお下げいたします。しばらくお待ちくださいませ」
 ぺこりと頭を下げて、ささっと戻っていく千堂さん。
 ……完璧だな、なんか。完璧すぎて機械相手みたいだ。
 やっぱり、第一印象が間違ってたってことなんだな、きっと。
 俺は独り合点して、後はぽーっと料理が運ばれてくるまで待つことにした。

 とりあえず朝飯を食って人心地ついたところで、俺はキャロットを出た。
 ……途端に、熱波が襲ってくる。
「……くわ」
 暑い、なんてもんじゃなくて熱い。
 思わずぼへーっとしていると、通りを隔てた向こう側に女の人がいるのに気付いた。
 結構美人だなぁ。
 ……あれ?
 その人は、通りのちょうど反対側にある電柱の影から、キャロットの方を伺っていた。時々ぴょこんと顔を出しては慌てて引っ込めている。
 なんか、店の方を見張ってるようにも見えるけど。
 よし。
 俺は通りを横断して、その人に近寄った。そして声を掛ける。
「あのぉ……」
 びくぅっ
 その人は、そんな擬音が付きそうな勢いでとびすさって、俺に視線を向けた。それからあわあわと両手を振る。
「あ、あの、あたしっ、別に心配したとかそういうんじゃなくて、ご、ご、ごめんなさいっ! もう来ませんっ!!」
 そう言い残して、バタバタッと走っていってしまった。
 ……誰なんだろう?
 俺は首を捻って、それからため息をついた。
 暑いからなぁ。

「まぁ、それでうちに?」
「そんなところです。お邪魔でしたか?」
 俺が訊ねると、春恵さんは笑顔で首を振った。
「そういうことなら、いつでも来てくれてかまわないのよ」
 寮に戻る気もせず、さりとてこの暑さで街に繰り出すのもなんだし、自分のアパートに戻ってもしょうがないので、俺は山名家にお邪魔していた。
「ところてんでも食べますか?」
「あ、いただきます」
「それじゃすぐに用意しますね」
 そう言って、春恵さんは台所に入っていった。
「あ、手伝いましょうか?」
「いいのよ。座って待ってなさいな。それより……」
 春恵さんは、ガラスの小鉢にところてんを移しながら、訊ねた。
「かおるは元気にやってます?」
「ええ、そりゃもう」
 俺が頷くと、春恵さんはお盆に小鉢を乗せて、戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「あ、すみません」
 礼を言って、黒蜜をかけたところてんに取りかかる。春恵さんの作ったところてんは絶品なのだ。
 春恵さんは、俺の前に座って頬杖をついた。
「あの娘、風邪でも引いてないかしら……」
「かおるがですか? ええっと……」
 本人になら、「バカが風邪引くわけないだろ」とでも言うところだが、さすがに春恵さんにそう言うわけにもいかない。
「あいつ、元気が取り柄みたいな奴だし……」
 ……大して変わらないような気もする。
 春恵さんはくすっと笑った。
「恭一くんがそばにいてくれるから、少しは安心できるんだけど……」
「俺がですか? でも、俺じゃ、あんまり頼りになりませんよ」
「そうでもないわよ。ほら、去年の夏の林間学校のこととか」
 俺は箸を止めた。
「……かおるに聞いたんですか?」
「ええ」
 微笑んで頷く春恵さん。
 俺はため息をついた。
「黙ってろって言ったのに……」

 あれは、ちょうど1年前のことだった。
 俺達の学校では、1年の夏に林間学校がある。要するに山の中でキャンプをするっていうあれだ。
 キャンプのイベントの一つに登山があった。
 登山の途中で、あの莫迦が転んで足を捻挫した。で、仕方なく俺が背負って山を降りてやったのだ。

「あのときはたまたま、男の先生がいなかったから。それに……」
 俺はそこで口を濁したが、あの後1ヶ月ほど、クラスの連中にずいぶんとからかわれたものだった。
 その後、2学期になって、「山名夫妻に負けるな」とばかりにカップルが次々と誕生して、とうとうカップル成立率が学校でもトップのクラスになってしまったというおまけもついたんだよな。
 ……何故「柳井夫妻」じゃなくて「山名夫妻」なのか、俺は未だに納得いかないんだが、それはそれ。
「それに?」
「……なんでもないです」
 俺はところてんをちゅるんと飲み込んだ。空になった小鉢を置く。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様」
 春恵さんは、そう言うと、小鉢をお盆に乗せて、台所に戻っていった。

 ところてんのお礼を言って山名家を出ると、やることもないので寮に戻ることにした。
 ぶらぶらと歩きながら寮に入ると、管理人室の前に女の子が困った顔をして立っていた。
 歳の頃は俺やかおると同じくらいに見える。ってことは、高校生かな? ロングヘアをポニーテールにしてる。
 誰だろ? と思う間もなく、向こうがこっちに気付いたらしく、声をかけてきた。
「あの、すみません。寮の方ですか?」
「あ、はい、一応……」
 頷くと、ほっとしたようにその人は言った。
「すみません。私、寮長の皆瀬さんに書類を渡すように言われて、本店から来たんですけど……」
「あ、そうなんですか? でも葵さんなら今日はお店の方に出てるんじゃ……」
 俺が朝よーこさんに聞いたことを思い出しながら言うと、その子はがーんと目を大きく見開いた。
「ああっ、そうだったんですかっ?」
「急ぎの用なら直接店の方に行けばいいし、そうじゃないなら、俺が預かってもいいけど……。あ、ごめん、俺は柳井恭一。2号店で働いてるんだ」
 そう言えば名乗ってもないなと思って、慌てて自己紹介すると、その娘はにこっと笑った。
「あ、それなら預かってもらえますか?」
「ええ、構いませんよ」
 俺が答えると、その娘は抱えていたバッグを開けて中をゴソゴソと探り始めた。
「えっと……。あ、あれ? 確かここに……。あ、あったあった。はいこれっ」
 大判の書類封筒を出して俺に渡すと、その娘はぺこりと頭を下げた。
「ええっと、今日中に皆瀬さんに渡してくださいね」
「はい、確かに」
「それじゃ」
 そう言い残して、その娘は身を翻した。
 あ、名前も聞いてない。
「ちょ、ちょっと!」
 慌てて呼び止めようとしたとき、その娘はくるっと振り返った。
「それじゃ、お兄ちゃんによろしくっ」
「え? お兄ちゃんって? ちょ、ちょっとぉっ!!」
 声を掛けたが、その子はもうエントランスを駆け抜けていった後だった。

 10時過ぎに帰ってきた葵さんに書類を渡して、その娘の話をすると、葵さんは「あはは」と笑った。
「そのお兄ちゃんって、祐介さんのことよ」
「祐介さんって、店長さんですか? それじゃ、あの娘は店長さんの妹さん?」
 ……それにしては、歳が離れすぎてるような……。
 俺が腕組みして考え込んでいると、葵さんはもう一度笑った。
「兄妹っていうより親子みたいに見えるって思ってるんでしょ?」
「えっ? いえ、そんな……」
「いいのいいの。似たようなものよ」
 そう言うと、葵さんは「さてと」と言いながら書類を出して広げた。
「……げ」
 いきなり固まってる。
「あの、葵さん?」
「あうー、少年、また明日逢おうっ」
 ガチャン
 ……いきなり閉め出されてしまった。
 ま、いいか。
 明日は仕事だし、今日はもう休むとしよう。
 俺は部屋に戻って、そういえば一日かおるを見なかったなぁ、と思いながら眠りについたのだった。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 今回のおまけは、これだっ!(笑)

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 恭一達のアルバイト契約は23日までです。一応、約1ヶ月ってことで。
 男の浪漫研修旅行は18〜20日の予定。行き先はまだ決まってません。

 重ねて言いますけど、連載じゃないですよ、連載じゃ(笑)
(説得力が無くなってきたのは自覚してるらしい)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.7 00/3/23 Up 00/5/21 Update

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