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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.5 

「おーい、かおると七海はいる?」
 声を掛けながら休憩室のドアを開けると、私服に着替えて椅子に座っていた更紗ちゃんが振り返った。
「あら、恭一さん。本日はどうもお疲れさまでした」
 わざわざ立ち上がって、深々と頭を下げる更紗ちゃん。うん、奥ゆかしいとはこういうことさ。
「更紗ちゃんこそお疲れさま。ところで……」
 休憩室を見回すが、ここにいるのは更紗ちゃんだけだ。あいつら、何処に行った?
「かおると七海なんだけど、どこにいるか知らない?」
 訊ねると、更紗ちゃんは笑顔で答えてくれた。
「お二人なら、まだ翠さんとご一緒に、フロアにいらっしゃいましたよ。かおるさんが、翠さんにいろいろと教えてもらっていたみたいです」
「教えてもらってるって?」
「はい。お客さんの応対の仕方とか。私も、入ったばかりの頃は、よく翠さんに教えてもらってたんですよ」
 うーむ、時間外で勉強してるとは、侮り難し。
「そっかぁ。うーん、フロアに行って邪魔するのもなんだし……。それじゃ、俺もここで待ってていいかな?」
「はい、どうぞ。あ、かりんとう食べますか?」
 更紗ちゃんがかりんとうの袋を差し出す。しかし、どうしていつもかりんとうしかないんだろう?
 遠慮なくもらいながら、訊ねる。
「それで、更紗ちゃんはここでなにしてるの? みんなが上がるのを待ってるのかな?」
「いえ、お迎えが来るのを待っているんですよ」
「お迎え?」
 と、ドアがノックされて、スーツをびしっと着こなした初老の男が入ってきた。
「失礼いたします。お迎えに上がりました、更紗お嬢様」
「ご苦労様、有田さん」
 頷いて立ち上がると、更紗ちゃんはその男に言った。
「ああ、紹介いたしますわ。こちら、今日から一緒にお仕事をすることになりました、柳井恭一さんです。恭一さん、こちらは私のお世話をしてくださっている有田さんです」
「あ、ど、どうも……」
 慌てて立ち上がって頭を下げる俺。
「……」
 その男は、一瞬俺を値踏みするように上から下まで眺めてから、慇懃無礼に一礼した。
「神宮司家にお仕えさせていただいております、有田允馨(すけきよ)と申します。柳井様、これからもお嬢様と仲良くして差し上げてください」
「は、はぁ……」
「それでは、お嬢様」
「はい。それじゃ恭一さん、また明日もよろしくお願いしますね」
 ぺこりと頭を下げて、更紗ちゃんはしずしずと休憩室を出ていった。
 ……って、明日は俺、休みなんだけどなぁ。ま、いっか。

「あはははっ、そりゃびっくりしただろうな。あたし達も最初は随分と面食らったもんだぜ」
 着替えて休憩室に戻ってきた3人にその話をすると、七海が大笑いした。
「で、更紗ちゃんって、やっぱりいいとこのお嬢様なのか?」
「あのねぇ……」
 俺が訊ねると、かおるが呆れたように言う。
「神宮司って聞いてピンと来なかったの? やっぱりバカ」
「うるせぇ。どうせ俺はニュースには疎いよ」
「まぁまぁ」
 翠さんが割って入った。
「神宮司って言ったら、結構有名じゃない。元華族とかで、今じゃいくつも会社を持ってる財閥よ」
「へぇ〜。で、更紗ちゃんはそこの?」
「本家も本家よ。現会長の孫娘で、日本財界のプリンセスって呼ばれてるくらい」
「マジ?」
「おおマジ。で、なんでそんな娘がここで働いてるかってことなんだけど、なんでも神宮司家の教育方針で、額に汗して働くことも重要だってことみたい」
「はぁ……」
「残念だったわね〜、更紗ちゃんに相手にしてもらえそうになくて」
 思わずため息をついていると、何を誤解したのか、かおるが俺の肩を嬉しそうにぽんぽんと叩く。
「べ、別にそういうんじゃ……。あれ?」
 そういえば、翠さん、眼鏡かけてるな。さっきはかけてなかったと思ったんだけど……。
「翠さん、その眼鏡……」
「あ、これ? うん、あたしは普段は眼鏡かけてるのよ。ここの仕事中はコンタクトなんだけどね、ほら、あんまり長い時間付けてると目を痛めるからね」
 銀縁の眼鏡の位置をくいっと直しながら言う翠さん。
「ここの仕事中だけ、コンタクトなんですか?」
「キャロットの内規で、仕事中は眼鏡禁止って決まってんのよ。あんた知らないの?」
 かおるに突っ込まれて、俺はむっとした。
「そんなの知るわけないだろ?」
「ばっかね〜」
「……あのな……」
「さて、それじゃそろそろ帰ろっか」
 七海が、また俺とかおるが険悪になりかけたところで、タイミング良く割り込んできた。
「おっと、忘れるとこだった。二人を送って帰るように店長さんに言われてたんだ」
「あたしとかおるを? ま、どうせ同じ道だし、別にいいけどさ」
「まぁ、ついでだしね」
 頷き合う七海とかおる。
 翠さんが肩をすくめて俯いた。
「はいはい。それじゃあたしは一人寂しく帰りますよ〜だ」
 ご丁寧に床を蹴っ飛ばしたりしてる。なかなか芸の細かい人だ。
「ああ〜、翠さん拗ねないで〜」
 かおるが慌てて声をかける。と、その翠さんが不意に顔を上げた。
「あ、そうだ! かおるちゃん、昨日は結局、歓迎会、やってないんでしょ?」
「え? あ、はい。こいつが酔いつぶれてたから……」
 いや、あれは葵さんに潰されたせいだ。
「それじゃあたしも寮に行くわ。ただ酒飲めそうだし」
 笑顔で言う翠さん。って、それじゃ今日、歓迎会やるの? そんな話いつ決まったんだ?
「え? でも今日やるって、あたしは聞いてないんですけど。恭一は?」
 かおるに聞かれて、ぶんぶんと首を振る俺。
 翠さんはふっと笑った。
「甘いわよ、かおるちゃん。あの葵さんが、宴会のネタをそのまま放っておくわけないでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「と言うわけで、行きましょっ」
「……やれやれ」
 七海が苦笑混じりに俺の肩を叩く。
「ま、2日連続で潰されないように気を付けるこったな」
「……努力はする」
 俺は、がっくりと肩を落として答えた。

 4人で雑談をしながら寮に向かっていると、いつの間にか話題が俺とかおるのことになっていた。
 翠さんが訊ねる。
「それじゃ、恭一くんとかおるちゃんが知り合ったのは高校に入ってからなの?」
「ええ。入学式の日に、適当に座った席がたまたま隣り同士で、それから……」
「ずっと、腐れ縁って奴」
 俺の言葉をかおるが引き継いだ。
「ふぅん……」
 意味ありげに笑う翠さん。
「でも、実際に見ると悪くはないよね、恭くんも」
「へっ?」
「ちょ、ちょっと翠さんっ!!」
「まぁ、そうだな。かおるの話を聞いて、どうしようもない奴かと思ってたけどさ」
 七海も笑う。
 俺はじろっとかおるを睨んだ。
「おまえ、俺のことをどう言ってたんだぁ?」
「えーっと、そんな昔のことは忘れたぁ」
「節操無しのナンパ大魔王、だっけ?」
「人の恩はすぐ忘れるくせに、恨みは忘れない執念深い奴とか」
「あ、そういえばスケベな変態とも言ってたっけ」
「……あ〜の〜な〜」
「きゃぁ、翠さん助けて〜、恭一の魔の手があたしに伸びてくる〜」
 翠さんの後ろに隠れるかおる。
 俺は肩をすくめた。
「しょうがない。一方的に悪印象を与えられて黙っているのもなんだし、それじゃ俺の方からかおるの昔の話でもしようじゃないか」
「おっ? ここでかおるちゃんの秘められた過去が明らかにっ!?」
 眼鏡をキラリと光らせる翠さん。ノリのいい人だ。
「恭一っ! ちょっと待ちなさいっ」
 慌ててその後ろから飛び出してきたかおるの頭を、がしっと捕まえる。
「ふっふっふ、相変わらず頭脳プレーには弱いやつめ」
「あうーっ……」
「はいはい、仲が良いのは判ったから、独り者にあんまり見せつけるんじゃないわよ」
 翠さんが呆れ顔で割って入ってきた。俺は慌てて言った。
「ちょっと、翠さんっ! 誰がこんなわぎゅ……」
「こんな、なんですってぇ?」
 つま先でぐりぐりと俺の足を踏みつけながら、にこやかに訊ねるかおる。
「な、なんでもないです……」
「よろしい」
 笑顔で足をどけるかおる。俺は片足でぴょんぴょんはね回った。
「いってぇぇぇぇ〜〜っ!」
「……情けない」
「誰のせいだ、誰のっ!」
「さぁ」
 そらっとぼけるかおるを睨んでから、俺は一言言おうとした。
「あっれぇ〜っ? みんなじゃない。なにしてんのぉ?」
 陽気な声に出鼻をくじかれる俺。
「あっ、葵さん。そっちこそどうしたんですか?」
 翠さんに訊ねられて、葵さんは陽気に手を振った。
「もちろん、買い出しよ。ほら、昨日歓迎会がお流れになったからね。今日改めてやろうってわけ」
「おっけー」
 ぴっと親指を立てる翠さん。葵さんも親指を立てる。
「この皆瀬葵さんに抜かりはないわよ〜」
「でも、もうこんな時間ですよ」
 かおるが自分の腕時計を指す。確かに、もう11時近い。
 葵さんは笑顔で手を振った。
「大丈夫大丈夫。今日は軽く飲んで切り上げるから」
「それならいいんですけど……」
「というわけで、きょういっちくーん、おいでおいで〜」
 葵さんに呼ばれて、俺は駆け寄った。
「なんですか?」
 と、がしっと葵さんは俺の肩を掴んだ。
「キミを男と見込んで頼みがあるんだけど……」
「な、なんですか?」
「おつまみ、買ってきて」

「……なんで俺が……」
 コンビニで、買い物かごに適当におつまみを放り込みながらぼやくと、がすっと後頭部にチョップをくらった。
「あんたがちゃんと断らないからでしょっ!」
「いつつ……。いきなり後頭部にチョップはやめろ」
 俺は頭をさすりながら振り返った。
「それにしても、なんでお前まで来てるんだ、かおる?」
「あんただけ深夜のコンビニに行かせるなんて犯罪よ」
 偉そうに腕組みしてふんぞり返るかおる。
「あのな……」
「ほら、さっさと帰らないと、みんな待ってるでしょ? ほら、これと、これと、これっ」
 そう言いながら、俺の持っている買い物かごに、どんどんと豆やらするめやらを放り込むかおる。
「ん〜、こんなもんかな?」
「お、重い……」
「何情けないこと言ってんのよ。ほら、しっかりしなさい」
 ドン、と背中を叩かれて、俺はため息を付きながらレジに向かって歩き出した。

「ありがとうございました〜」
 店員の言葉を背にコンビニを出て、2人で並んで歩く。
 ふと、空を見上げると、月が辺りを照らしていた。
「……しかし、お前とこうして歩くのも久しぶりだな……」
「……うん。あたしも同じこと考えてた」
 俺の呟きに、かおるが答えた。
「……なぁ、かおる」
「ん?」
 俺に視線を向けるかおる。
「何よ?」
「あ〜、いや、なんでもない」
「なによ、それ? 気になるじゃないのぉ」
「なんでもねーって」
 そう言って、俺は駆け出した。
「あっ! こ、こらっ、待ちなさいっ!」
 パタパタと後を追いかけてくるかおる。
 ……あれっ?
 俺は、不意に立ち止まった。
 ドシン
「むぎゅっ……。こ、こら、いきなり立ち止まるなぁっ!」
 俺の背中に鼻をぶつけたらしく、後ろからかおるが俺の頭をぽかぽか叩く。
「いてて、ええい、やめろっ」
 俺は振り向きながらかおるの手を掴んで止めると、訊ねた。
「なぁ、かおる。小さな頃、俺の後を追いかけてきたこと、ないか?」
「……はぁ? あんたいきなり何を言ってんのよ。あんたと知り合ったのは高校1年の時じゃない」
「……そうだよなぁ」
 首を傾げながら、俺は頷いた。それから、改めて駆け出す。
「あっ! ちょ、ちょっとっ!! ずるいぞ恭一っ!!」
 慌てて後を追いかけてくるかおる。

 俺達は並んで寮に駆け込んだ。
「はぁはぁはぁはぁ、あ、あたしの勝ち、ね」
「ぜいぜいぜい、な、何を言う、俺の勝ち、だ」
「はぁはぁはぁ、あたしの、勝ちだもん」
 お互いに荒い息を付きながら言い合っていると、管理人室のドアが開いて葵さんが顔を出した。
「あ〜、お帰り。ほら、そんなとこで騒いでないで、入りなさいよ。もう始めてるからさぁ」
 ……あの、俺達の歓迎会じゃなかったの?
 素朴な疑問を感じながら、俺達は管理人室のドアをくぐった。

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 神宮司更紗(じんぐうじ・さらさ)ちゃんは、本文中にある通り、日本有数の財閥であるところの神宮司家のお嬢様にあらせられます。
 いや、まぁ設定それだけなんですけど(笑)
 これだけじゃなんですので、一応シフト表などを載せておきます。

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
柳井恭一 ××
山名かおる ××
木ノ下祐介(店長) ×
双葉涼子(マネージャー) ××
皆瀬 葵(フロア統轄) ××
日野森美奈 ××
縁 早苗 ××
夙川 翠 ××
桐生七海 ××
神宮司更紗 ××
ヨーコ・リューゼンベルク ××
千堂みらい ××
(本店ヘルプ1号) ××
(本店ヘルプ2号) ××

 祐介、涼子さん、葵さん、早苗さん、美奈ちゃんは正社員、あとはアルバイトです。
 ちなみに木曜日の終業後にミーティングがあるのは昔から同じです。
 本店ヘルプ1号、2号は登場するかどうか決めてません(笑)
(このシフト表をつくるのに1時間かかったことは秘密だ(笑))

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