喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.4 

 ガンガンガンガン
「うぐぅ……」
 朝、目が覚めると、頭の中が工事現場になってるようだった。
 くそ……。
 身体を起こしてみると、枕元に薬瓶が置いてある。……二日酔いの薬かよ。
 その下にメモ用紙が挟んであるのに気付いた俺は、拾い上げた。

『ちゃんとこれ飲んで、身体をなおしておくよーに。byかおる』

 ……相変わらず、お節介な奴。
 苦笑しながら、俺は薬を飲んで、カーテンを開けた。
 シャッ
 まばゆい光が、部屋に射し込んできた。
 いよいよ今日から、バイトが始まる。
 ……とりあえず、それまで休んで少しでも回復しとこう。

 ドンドンドンドンッ
 ドアが叩かれる音で目を覚ました。
 どうやら、ベッドに横になっているうちにうたた寝していたらしい。
 ドンドンドンドンッ
 二日酔いも薬のせいか、かなり納まっていた。とりあえず安心って……
 ドンドンドンドンッ
「だぁーーっ!!」
 俺はドアに駆け寄ると、開けた。
「きゃぁっ!」
「えっ?」
 いきなり、かおるが倒れ込んできた。反射的に受け止める俺。
 すぽっと腕の中にかおるが納まる。
 ……こいつ、こんなに小さかったっけ?
「……な、なにすんのようっ!!」
 パァン
 一瞬後に、目も眩むような平手打ちを喰らう俺だった。

「なんでいきなり殴られなきゃならんのだ?」
「あんたがいきなりあんなことするからでしょっ!!」
「お前の方から飛び込んできたんじゃないか!」
「それは、あんたがいきなりドアを開けるから、バランス崩したのよっ! やっぱりあんたが悪いんじゃない!」
 俺達は言い争いながら、道を歩いていた。
「なかなか出てこないから、寝てるんじゃないかと思って起こしてあげたのに」
 うっ、そう言われると、本当に寝てただけに反論できん。
 俺が押し黙ると、かおるはふっと肩をそびやかした。
「とにかく、やっぱりあんたってダメねっ」
 どうやら、どうあってもそこに結論を持っていきたいらしい。俺はため息をついた。
「へいへい」

 キャロットの前では、ちょうど美奈さんが昨日と同じように掃除をしていた。俺達の姿を見て、ぺこりと頭を下げる。
「こんにちわ〜」
「あ、美奈さん。こんにちわ〜。今から入りま〜す」
「よろしくね。あら、恭一さん」
「はい?」
 美奈さんに声をかけられて、俺は立ち止まった。
 美奈さんは、俺の顔をしげしげと見てから訊ねた。
「ほっぺたが赤いみたいですけど、何かあったんですかぁ?」
「ちょっと凶悪な蚊に刺されまして」
 じろーっとかおるを横目で睨みながら言うと、かおるはぷいっとそっぽを向いた。
「まぁ、ホントですか? 気を付けてくださいね」
 心配そうに言う美奈さん。ううっ、いい人だなぁ。
「ほら恭一っ、早く入らないと遅刻するわよっ! それじゃ美奈さん、また後で」
「はいっ」
 笑顔で頷く美奈さんを残し、俺達は店内に入った。

 更衣室で制服に着替えて廊下に出ると、ちょうど女子更衣室から、こっちも制服に着替えたかおるが出てきた。
「あっ、恭一! ほら、見て見てっ! 似合うでしょ?」
 俺の前でくるっと回ってみせるかおる。
 うっ。
 一瞬、不覚にも、可愛いかもと思ってしまった。
 俺としたことが。
「そ、そうだな」
 俺は咳払いしてから、明後日の方を見ながら答えた。
「まぁ、孫にもショールームってとこだな」(正しくは「馬子にも衣装」です)
「なによっ、それぇ」
 かおるは膨れて文句をつけようとしたが、ちょうどそこに七海がやってきて、声をかける。
「お? 2人とも、もう着替えてるんだな」
「えへへ〜」
 速攻で機嫌を直して照れ笑いしているかおる。俺はとりあえず追求が逸れたので、ほっと一息……。
 ギュムッ
「うぐぅ……」
 かおるのかかとが俺のつま先を思い切り踏みつけていた。
「ん? どした、恭一。なんか泣きそうな顔してないか?」
「いつものことだから気にしないで」
 かおるが答える。確かにいつものことって言えばいつものことだがよぉ。
「ま、いっか。それよりかおる、フロアで美奈先輩が待ってるぜ」
「あ、うん。それじゃね!」
 そう言って、かおるはたたっと走ってフロアに出ていった。
「さてと、恭一は倉庫整理だっけ?」
「確かそう」
 昨日涼子さんに言われてたことを思い出して頷いた。
「それなら、僕が教えよう」
 後ろから不意に声が聞こえた。俺は慌てて振り返って頭を下げる。
「お、おはようございますっ、店長さん」
「やぁ。ああ、七海くんも手が空いてるなら……」
「ああああたしは今から休憩時間ですから。それじゃっ!」
 そう言い残してだっと駆け出す七海。
 思わず呆気にとられてそれを見送っていた俺の肩を、店長さんがぽんと叩いた。
「仕方ない。それじゃ行こうか」
「あ、はい……」

「……ぜいぜいぜい」
 スチール棚に寄りかかって深呼吸する俺に、さすがにこちらも汗を拭きながら、店長さんは笑顔で言った。
「最初はきついだろうけど、すぐに慣れるよ」
「……は、はぁ……」
 あんまり慣れたくない。しかし、確かにファミレスに男手も必要なわけだ。
 店長さんは時計を見た。
「さて、そろそろ休憩時間だな。先にシャワーでも浴びておくといい。夜は今度はディッシュをしてもらうから」
「え? でも今日は一日倉庫整理って……」
「その辺りは臨機応変ってやつだよ。第一、倉庫はもう今日のところは整理しなくても大丈夫だしね」
 そう言うと、店長さんは笑いながら俺の背中を押した。
「最初の日から飛ばしすぎて、倒れられても困るしね」
「は、はぁ……」
 頷きながら、俺は倉庫を出た。それから振り返る。
「あれ? 店長さんは?」
「僕は納品のチェックをしてから戻るよ」
「わかりました。それじゃお先にシャワー使わせてもらいます」
 俺は一礼して、ドアを閉めた。

 とりあえずシャワーで一汗流してから、休憩室に戻ると、かおると更紗ちゃんがかりんとうを摘んでいた。
「あっ、恭一。お疲れ〜」
「お疲れさまです」
 陽気に手を振るかおると、礼儀正しく一礼する更紗ちゃん。実に対照的だ。
 ええっと、今日は確か、千堂さんと葵さんと涼子さんが休みだから、昨日初めて逢った娘で、今日も来てるのは更紗ちゃんと七海の2人ってことだよな?
 ま、どうでもいっか。それより……。
 俺は折り畳み椅子に腰を落として、大きく息をついた。
「疲れた〜」
「なによ、まだ今日の仕事、半分しか終わってないんでしょ?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「初日ですから、まだ慣れていらっしゃらないのですよね? あの、よろしければ、肩などお揉みしましょうか?」
 更紗ちゃんが優しいことを言ってくれる。
「いや、さすがにそこまでは……」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。私、これでもマッサージの腕には自信が有りますのよ」
 そう言いながら立ち上がると、更紗ちゃんは慌てて立ち上がりかけたかおるに訊ねる。
「よろしいですか、かおるさん?」
「あう、えっと、その……、べ、べつにあたしに断んなくてもいいわよ」
 止めようとした機先を制されて、かおるはもごもご言いながら座り直した。
「それでは、恭一さん。お楽になさってくださいね」
 そう言いながら、俺の後ろに回る更紗ちゃん。俺は思わず緊張しながら返事を返した。
「よろしくお願いします」
「はい。それでは失礼しまして……」
 更紗ちゃんの柔らかい手が俺の肩の凝りをもみほぐしてくれる。
「うっ、こ、これは気持ちがいい……」
「恐れ入ります。家でもお父様やお祖父様に誉めていただいておりますんですよ」
 そう言いながら、肩や首筋のツボを押してくれる更紗ちゃん。
 気持ちはいいんだが……。かりんとうをバリバリ食っているかおるの視線がなんか怖いぞ。
 と、急にドアが開いて、見知らぬ女の子が入ってきた。もちろん、ここの制服を着てるから、ウェイトレスの人なんだろう。セミロングのちょっと変わった髪型が印象的だ。
「ごっめーん、遅れたぁ。……あれ? キミは?」
 彼女は、俺に気付いて驚いたように立ち止まる。
 かおるが慌てて立ち上がって説明した。
「あ、今日からここで働いてるんです」
「あれ、かおるちゃん。ああ、そっか。そういえば今日からだったね」
 うんうんと頷くと、その娘は俺にぺこっと頭を下げた。
「夙川翠、19歳。職業はフリーターです。今日からよろしくっ」
「あ、柳井恭一です」
「うんうん。キミのことは、よくかおるちゃんから聞いてるから知ってるよ」
「翠さんっ!」
 慌ててかおるが割って入った。夙川さんはあははっと笑うと、俺に言った。
「あたしのことは名前の方で呼んでくれる? 夙川ってなんか言いにくいでしょ?」
「あ、はい」
「代わりに、恭くんって呼んでもいいよね」
 そう言って、彼女はウィンクした。
「それじゃ、これからよろしくね、恭くん」
「は、はぁ……」
「さってと、新入りさんが入ったことだし、いつものやろっかな」
 夙川……翠さんは、そう呟いてバタバタと出ていった。そしてしばらくして、緑色の大きな本を抱えて戻ってくる。あれは、スケッチブック?
 俺がきょとんとしている間にも、翠さんはそばにあった折り畳み椅子に座ると、そのスケッチブックを広げた。それから、鉛筆を片手に俺に視線を向ける。
「あの、翠さん……?」
「はい、動かないでね」
 ぴっと鉛筆を俺に向けてそう言ってから、スケッチブックに鉛筆でなにやら描き始める翠さん。
 俺は身体を動かさずに尋ねた。
「翠さんって、美術でもやってるの?」
「ううん。あたし、漫画家目指してるの」
「翠さんはね、今は、恭一は知らないかもしれないけどさ、篠原美樹子さんっていう有名な少女漫画家さんのアシスタントしてるんだよ」
「まぁ、先生に比べたらあたしなんてまだまだだけどね」
 かおるの言葉に頷きながら、翠さんはスケッチブックにすごい勢いで鉛筆を走らせている。と、顔を上げた。
「あ〜、更紗ちゃんは動いていいのよ〜」
「それはそれは、恐れ入ります〜」
 今まで律儀に肩を揉む手を止めていた更紗ちゃんは、肩揉みを再開した。くいくいと揉みながら、俺に訊ねる。
「恭一さん、いかがですかぁ?」
「あっ……、き、気持ちいい……」
「こぉの変態っ! 妙な声を出すなぁっ!!」
「こら、かおるちゃんっ。被写体を動かしたらだめよ」
「あうーっ」

 30分ほどしてから、翠さんは「出来たっ」と言って鉛筆を置いた。それからスケッチブックをこっちに向ける。
「どう?」
「へぇ……。上手いもんですねぇ」
 俺は感心した。もっとも、中学の美術の点がいつも2だった俺からすれば、絵を描けるだけでもすごいわけで、上手下手っていうのはよくわからんのだが。
 でも、スケッチブックに描かれていた俺と更紗ちゃんは、ちょっと漫画チックにデフォルメされているけど、すごく生き生きとしてるように見えた。
「本当に、いつ見てもお上手ですねぇ」
 更紗ちゃんも嬉しそうに言う。
 俺は立ち上がって振り返った。
「でも、更紗ちゃん大丈夫? ずっと俺の肩揉ませちゃって……」
「はい、平気ですよ。以前、お祖父様の肩を2時間ほどお揉みしたこともありますから」
 笑顔で頷く更紗ちゃん。翠さんは苦笑しながら言った。
「相変わらずだねぇ、更紗ちゃんは」
「そうですか?」
「あ、そろそろ休憩時間終わりだよ」
 かおるがそう言って立ち上がった。そして、出て行きがけにまた俺の足を踏みつけていったのは言うまでもない。

 ディッシュというのは、要するに皿洗いである。
 俺はかおるに踏みつけられた足を引きずりながら、ディッシュルーム(要するに皿洗いの場所だ)に駆け込んだ。
「すみませ〜ん。遅れましたっ!」
 と、泡だらけになった流しで皿を洗っていた人が振り返った。初めて見る人だった。
「あっ。俺、今日からここで働かせてもらうことになった柳井恭一ですっ。よろしくお願いしますっ!」
 慌てて頭を下げる俺に、その人は笑顔で頷いた。
「お話は聞いてますよ。私がディッシュ担当の縁早苗です」
 ちょっとぽっちゃりした感じのお姉さんだった。年齢は……うーん、やっぱり女性の年齢はよくわからないや。でもおばさんって感じはしないんだよなぁ。葵さん達と美奈さんの間くらいかな?
 それにぽっちゃりって言っても太ってるわけじゃないし。涼子さんを含めて、今までここで見た女の人がみんなどっちかって言えばスレンダー系だったから、逆にいい感じだと思う。
 って、何を考えてるんだ俺はっ?
「どうかしましたか?」
 小首を傾げる縁さんに、俺は慌てて答えた。
「いえっ。それより、仕事はどうすればいいんですか?」
「別に難しいことはないですよ」
 そう言いながら、縁さんは優しく仕事を教えてくれた。

 確かに難しい仕事ではなかったので、1時間もすると俺と縁さんは雑談をしながら皿を洗っていた。
「それじゃ、もう10年以上も皿洗いを?」
「ええ。いつの間にか、って感じですよ」
 縁さんはそう言って笑った。
 でも、女の子が、それもキャロットで働いてて、ずっと皿洗いっていうのも信じられない。
「だけど、フロアの方にも出ていたんでしょう?」
「うーんと、まぁ3年くらい前までは出てたんですけど、今はもう」
「あの、どうしてですか?」
「さすがにちょっと歳かな〜、なんて。ふふっ」
 ううっ、なんかもったいない。
 縁さんは、皿に視線を落として、手を動かしながら呟いた。
「それにしても、あのかおるちゃんが今度はここでウェイトレスなんてねぇ。ホントに歳取っちゃったって感じますよ」
「そんな……。縁さんもまだまだ若いですよ」
「えっ?」
 一瞬こっちをちらっと見て、縁さんはくすっと笑った。
「もう、おだててもダメですよ。こんなおばさん相手にしてないで、もっと若い娘に言ってあげなさいな」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「はい、おしゃべりはここまで。手が止まってますよ」
 縁さんに言われて、俺は皿洗いに集中することにした。

 閉店時間を過ぎて、着替えた俺は事務室に顔を出した。
 事務室では、店長さんが帳面を相手に難しい顔をしていた。
「あの、店長さん……?」
「ん? ああ、恭一くんか。今日はもう上がりかい?」
「ええ」
 俺が頷くと、店長さんは立ち上がった。
「初日はどうだった?」
「ええっと……、正直言ってちょっときつかったです」
 俺が頭を掻きながら答えると、店長さんは笑った。
「あははは。正直だな」
「すみません」
「いや、いいんだ。率直に言ってくれるほうが、僕としてもやりやすいからね。何かあったら何でも言ってきてくれ」
「はい。これからお世話になります」
「こっちこそ。さて、済まないが、僕はもうしばらくこの厄介な敵と格闘しないといけないからな」
 店長さんは苦笑しながら、帳面と伝票の山を指した。
「あ、はい。それじゃお先に失礼します」
「気を付けてね。あ、そうそう」
 踵を返そうとした俺に、後ろから店長が声を掛けた。俺は振り返った。
「何ですか?」
「よければ、かおるくんと七海くんと一緒に帰ってくれないか? やっぱり女の子だけだと物騒だしね」
 ……あの2人に限ってそれは当てはまらないような気がするが。
 俺はとりあえず頷いた。
「わかりました。それじゃ」
「ああ、お休み」
 俺は事務室のドアを閉めた。
 さて、あいつらはどこにいるのかな? とりあえず、休憩室に行ってみるか……。

TO BE CONTINUED?

 喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 さて、今回登場の夙川翠(しゅくがわ・みどり)さんは、本文中でも書いてあるとおり、Pia2でおなじみの美樹子さんのアシです。
 美樹子さんは、この時点で連載を3本抱える売れっ子で、作品がアニメ化もされてたりします。ちなみに同じ雑誌でつねに人気トップを争う作家に、あの千堂かずきやあの大庭詠美がいたりします(笑)
 翠さんは、アシをしてる関係上、寮には住んでません。というか、元は寮に住んでましたが、今じゃ美樹子さんの仕事場に住んでいるっていう……(苦笑)
 ま、とりあえずPiaを名乗る以上、そっち方面の人を出すのは鉄則かな、ということで生まれたキャラです(笑)
 ちなみに翠さんの親戚には、ホテルでバイトしていた人もいるらしいです(一部笑)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.4 00/3/9 Up 00/5/21 Update

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する