喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.3 

「それじゃ、身体に気を付けてね。辛いことがあっても頑張るんですよ」
「もう、わかったってばぁ。それじゃ行って来まぁす」
 春恵さんを振りきるように、かおるはスポーツバッグ片手に家を出てきた。そして、待っていた俺に手を振る。
「恭一っ、お待たせっ」
「……お前、薄情な奴だなぁ」
「何が?」
 きょとんとしているかおる。俺はもう一度ため息をつくと、まだ玄関からかおるを見送っている春恵さんを指した。
「ほら」
「やだ、まだ見送ってたんだ。本当に大丈夫だってばっ!」
 そう言って手を振ると、かおるはさっさと歩き出す。
 俺は、とりあえず春恵さんに一礼してから、その後を追いかけた。
 最後に角を曲がったときも、まだ春恵さんはかおるを視線で追いかけていた。

「……そりゃ、ずっと女手一つであたしを育ててくれたんだから、ありがたいとは思うわよ。でもさ、やっぱり思春期の女の子としては、なんとなく親が煙たかったりするのは当たり前じゃない」
 口を尖らせながら、前をあるくかおる。
 俺は号泣した。
「なんて親不孝な奴っ! 冷血っ! 鬼っ!」
「あのね。親の転勤に着いていくのが嫌だからって、強引に一人暮らしをしてるあんたに言われたくないわよ」
 そう言うと、かおるは振り返った。
「第一、あんたが寮で暮らす、なんて言わなかったら、あたしも家を出ることなかったんだからねっ」
「なんで俺が寮で暮らすと、お前まで寮に転がり込むわけだよ」
「えっ?」
 かおるは一瞬うーっと考え込んでから、ぷいっとそっぽを向いた。
「そりゃ、あんたみたいなの一人で放り出したら、治安上大問題でしょっ!」
「あのなぁ……」
「ほら、着いたわよ」
 かおるが立ち止まる。
 ……って、まだ5分も歩いてないような気がするんだが。
 目の前にはマンションがあった。築15年、といったところか。
「これが?」
「ええ。キャロットの社員寮よ」
 かおるはそのまま、中に入っていく。
 俺もその後を追いかけながら訊ねた。
「で、俺達の部屋ってどこになるのか知ってるのか?」
「さぁ」
「さぁって、お前……」
「そんなこと、管理人さんに聞けばいいに決まってるじゃない。すいませーん」
 そう言って、入ってすぐのところにある『管理人室』のプレートがかかっているドアを叩くかおる。
 返事はない。
「……あれ?」
「あれ、じゃねぇだろ?」
 呆れて俺が言うと、かおるは「なんか文句有る?」と言いたげに俺を睨んでから、もう一度ドアを、こんどはもう少し強く叩く。
 ドンドンドンッ
「葵さんだったら、まだ帰ってきてないですよ」
 後ろから声が聞こえて、俺達は振り返った。
 そこには、ショルダーバッグを肩から下げて、ベレー帽を被った娘が立っていた。
 かおるがほっとしたように声をかける。
「あ、よーこさん。よかったぁ……」
「やっほー、かぁるさん。あれ? バイトに来るとは聞いてたけど、寮に入るのですか?」
「まぁ、色々事情があって。あ、こいつが恭一です」
 俺を肘でつついてそう言うと、かおるは俺に向き直った。
「こちらがよーこさん」
 あのな。ちゃんと紹介するときはフルネームで紹介しろよなぁ。
 そう思いながらも、俺は頭を下げた。
「柳井恭一です」
「あ、ど〜も〜。ヨーコ・リューゼンベルクといいます。以後よろしくね〜」
 その人は、ベレー帽を取った。その中に納まっていた銀色の髪がさぁっと流れ出す。
 ……って、外人さん?
 俺があんぐりと口を開けていると、かおるが顎を掴んで閉じさせながら言った。
「もうっ、口閉じるっ! よーこさんはね、ドイツ人ハーフなんだよ」
「ドイツですか?」
 とりあえずかおるの手を払って聞き返すと、彼女はこくりと頷いた。
「はい。父がドイツ人で、母が日本人です。日本には、武者修行で来ました」
「武者修行?」
「あー、違う違う。それを言うなら社会勉強よ」
「そーでしたね〜。失敗失敗」
 頭をこつんと自分で叩いて、ぺろっと舌を出すと、彼女は左手を差し出した。
「とゆーわけで、よろしくね、きょ……、きょーい?」
「恭一です」
「おー、許せ」
 俺も苦笑して、左手を差し出した。そして訊ねる。
「左利きなんですか?」
「ん〜、そうともいうのだ」
「まぁ、自己紹介はそれくらいにして」
 かおるはよーこさんの手を握っていた俺の腕を引っ張って、よーこさんに訊ねた。
「それで、葵さん、ホントにまだ? もう仕事終わってるはずでしょ?」
「ん〜。でもまだ帰ってきてないのは確かですよ。りょこさんと飲んでるんじゃないですか?」
 りょこさんって涼子さんのことだろうな。
 と、後ろからその葵さんの声が聞こえた。
「おーっ、もう来てたの? ごめんね〜、久しぶりに玉が出たもんでさぁ」
 振り返ると、葵さんが大きな紙袋を抱えて立っていた。
「玉が出た?」
「もうっ、また帰りにパチンコしてたのね〜っ」
 かおるが腰に手を当てて膨れると、葵さんは笑顔でパンパンとその肩を叩いた。
「まぁまぁ。これで今日の宴会費用が少しは浮くじゃない」
「浮いたぶん飲んじゃうくせに」
「うっ……。かおるちゃんも言うようになったわねぇ。お姉さんは嬉しいわぁ」
 葵さんはそう言って笑った後、俺に声をかけた。
「恭一くん、ちょっとこれ持ってくれない?」
「あ、はい。いいですよ」
 俺は紙袋を受け取った。……なんだこりゃ。中に入ってるのって、ピーナツに、いかくんに、ポテチ……ぜんぶおつまみじゃないか。
 葵さんは管理人室のドアの鍵を開けると、中に入ってしばらくごそごそしてから、頭を掻きながら出てきた。
「ごめん、空き部屋の鍵、どっかに行っちゃったみたい」
「……はいっ!?」
 思わず紙袋を取り落としかける俺に比べて、後の2人は「やっぱり」って感じで肩をすくめてた。
「あとで涼子が帰ってきてから、鍵もらうから、それまでうちに上がってく?」
「えーと」
 何故か後頭部に大汗を浮かべて、かおるは後ずさった。
「あたしは、そのぉ、……あ、そうそう。よーこさんのお部屋にお邪魔することにしてたんです。ねっ、よーこさん」
「?」
 きょとんとしているよーこさんの背中を押すようにして、「じゃっ!」と手を振ってその場から去るかおる。
 あっけに取られていた俺の肩を、葵さんはぽんと叩いた。
「それじゃ少年。まぁ入って入って」
「は、はぁ……」
 葵さんに背中を押されるように、俺は管理人室に足を踏み入れた。
 その瞬間、かおるが速攻で逃亡したわけを悟っていた。
「あ、あのぉ……」
「ちょっと散らかってるけど、まぁ楽にしてちょうだい。あははっ」
 陽気に笑いながら、葵さんは雑誌やら空き缶やらが散らばっている間をすり抜けるようにして、奧の冷蔵庫を開けた。
「ビールビール、と」
 なにやら鼻歌を歌いながら、缶ビールを出すと、俺に尋ねる。
「恭一くんも飲む?」
「あの、俺未成年……」
「あ〜、そんなの気にしない気にしない。はいっ」
 そう言って冷たい缶を俺に押しつけると、葵さんは自分の持っている缶ビールのプルタブをくいっと引いた。
 プシュッ
「ごくごくごく……ぷはぁっ。くぁーーーっ、この一瞬のために生きてるって感じよねぇっ!」
「は、はぁ……」
 ええい、こうなりゃヤケだ。
 俺は、手にしたビールのプルタブを引いた。

 2時間後。
 トントン、ガチャ
 ノックの後、ドアが開いて涼子さんが顔を出した。
「葵〜、いるの?」
「あ、涼子〜。やっほー」
 葵さんは上機嫌で手を振った。
「帰ってくるの待ってたのよ〜。空き部屋の鍵が見つからなくてさぁ。涼子、マスターキー持ってるよね?」
「あのね」
 涼子さんは呆れたように肩をすくめて、部屋を見回した。
「毎度のことだけど、ちゃんと片付けなさいって言ってるでしょ?」
「反省してます。このとーり」
 パン、と両手を合わせる葵さん。ため息をつく涼子さん。
「そう言いながら、もう何年たったのよ」
「あー、年のことはいうんじゃないわよ」
「……お互いにね」
 顔を見合わせて苦笑する2人。
 それから、涼子さんは訊ねた。
「ところで、2人はどこに行ったの? 部屋に入れないんでしょ?」
「かおるちゃんはよーこちゃんのところだと思うわよ」
「あら、そう? 恭一くんは?」
「……」
 葵さんは無言で、涼子さんの足下を指した。その指さす方向をたどって、ゆっくりと視線を下に向ける涼子さん。
「……きゃぁーーっ!!」
 悲鳴を上げて、涼子さんはスカートを押さえてとびすさった。そりゃ誰だって、土気色の顔をしたやつが足下に転がってたらそうするだろうけれど、ちょっと寂しい。
「なななななによっ!?」
「あははーっ、ちょっと飲ませ過ぎちゃったかなぁ〜」
「葵っ! あなたねぇっ! ちょっと恭一くん、大丈夫っ!?」
 涼子さんは俺を抱き起こして揺さぶった。あ、そんなに揺らされると……。
「うぶっ……」
「わぁっ、吐くなら外でやってぇっ!」
「葵、あなたねぇっ! ちょっと、トイレまで連れて行ってあげるから、もうちょっと辛抱してちょうだいね」
 必死にこみあげるものをこらえながら、こくこくと頷く俺。
 涼子さんは俺をひっぱり起こして、トイレまで連れて行ってくれたのだった。

「ほーーーーーーーーんっっっとぉぉぉぉにぃ、バカ」
「……うるしゃい」
 涼子さんと葵さんの肩を借りて、新しい自分の部屋のベッドに横になってると、かおるがやって来た。
 ちょっとは自分の行いを反省して謝りに来たのかと思ったら、開口一番こうだもんなぁ。
「なにやってんのよ、あんたはっ」
 ううっ、力一杯反論してやりたいのだが、起き上がるのも辛い。
 と、かおるはため息をついた。
「やっぱり、あたしがついてないとダメね、あんたは」
「にゃにおう……?」
「いいから寝てなさい。あ、キッチン借りるわね」
 かおるの足音が遠ざかる。
 ちなみに、部屋には簡易キッチンが付いている。
 顔をそっちに向けると、かおるはキッチンでなにやらしている。
「なにしてんだよ……?」
「あんた、そんなんじゃ歓迎会どころじゃないでしょ? おかゆでも作ってあげるから、今日は大人しく寝てなさい。あ、大丈夫。材料とかは涼子さんに借りたから」
 そう言いながら、かおるはなにやらトントンとやり始めた。
 あの春恵さんの娘だけあって、かおるもそこそこ料理はこなすのだ。と言っても、よっぽどかおるの機嫌がいいときしか食わせてもらったことはないんだが。それに、食ったあとにとんでもない難題を持ち出すのは、よくあるケースだ。
 今回だって、このままかおるの料理を食ったら後で何を要求されるかわかったもんじゃない。
 ……そう判ってはいても、くらくらしてそれどころではなかった。
「それにしても、どんな飲み方したらそんなになるのよ?」
「……よく憶えてない」
「あっそ。まったく……」
 トントントン、と包丁でまな板を叩く音がリズムよく聞こえる。
「ほんとにあたしがいないとダメなんだから……」
「うるせぇよ」
 毛布にくるまりながら、小さな声で言う。
「なんか言ったっ!?」
「……ぐーぐー」
「……ばかぁ」

 ちなみに、かおる特製(本人談)野菜入りおかゆは、認めたくはないが美味かった……。

TO BE CONTINUED?

 喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 重ねて言いますけど、連載じゃないですよ、連載じゃ(笑)

 とりあえずおきまりのセリフを言ったところで(笑)本題に入ります。
 新キャラについてですが……。
 千堂みらいちゃんは、ほとんどみんな気付いていると思いますが、あの千堂みらいちゃんです。ま、クロスオーバーってことで。
 桐生七海(きりゅう・ななみ)、神宮司更紗(じんぐうじ・さらさ)、そして今回登場のよーこさんは完全にオリジナルです、はい。
 ではでは。

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.3 00/3/8 Up 00/5/21 Update

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する