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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.2 

「それで、双葉さん。あの……」
「あら〜、“双葉さん”だなんて、かわい〜」
 むぎゅ
 双葉さんに質問しようとして声をかけたところで、いきなり後ろから皆瀬さんに頭を抱きかかえられてしまった。
 こ、この後頭部に当たる柔らかい感触はもしかしてっ!
「あっ、葵さんっ、ダメですっ! 恭一もダメっ!」
 かおるが慌てて皆瀬さんの腕の中から俺を引っ張り出す。
 皆瀬さんはくすくす笑った。
「あ、そういうわけね。了解了解」
「なにがそういうわけなのよっ……じゃなくて、なんですかっ!」
 また真っ赤になって大声をあげるかおる。
 俺は、額を押さえている双葉さんに訊ねた。
「あの、皆瀬さんっていつもこうなんですか?」
「今日はまだマシよ。飲んでないから」
 そ、そうなのか?
「それで、何かしら?」
「あ、はい」
 聞き返されて、俺は最初に聞こうと思ったことを思い出した。
「あの、双葉さん……」
「涼子でいいわよ。みんなもそう呼んでるから」
 そう言って微笑む双葉……涼子さん。なんか、ずっと年上で、落ち着いた大人の女性なんだけど、どことなく可愛いって感じがする人だ。
「そ、それじゃ、涼子さん。あの、今から俺達は何を?」
「とりあえず、今から朝礼をやるから、そこで今日来てる人だけでも2人に紹介しておこうと思うの。かおるちゃんはみんなの事を知ってるけど、恭一くんは初対面でしょう?」
 なるほど。
「あ、そういうことですか」
「じゃ、行きましょうか」
 涼子さんが事務室のドアを開けた。

 俺達を従えてフロアに出たところで、涼子さんはぽんぽんと手を打った。
「はい、それじゃちょっと遅くなったけど、今日の朝礼始めま〜す」
 その声に、フロアの掃除をしていたウェイトレスの人達が集まってくる。
 えっと、ひのふの……3人。
 そして、最後に外から美奈さんが戻ってきて、ぺこりと頭を下げた。
「日曜朝シフト、全員出勤してきてます」
「はい、ご苦労様」
 涼子さんは頷いてから、俺とかおるの背中をぽんと押して前に出す。
「最初に紹介しておきますね。明日からアルバイトとして入ってくれる、柳井恭一くんと、山名かおるさんです」
「よろしくおねがいしま〜す」
 とりあえず、声を合わせてお辞儀をしておく。
 涼子さんはぐるっとウェイトレスの娘達を見回した。
「それじゃ、みんなも一通り自己紹介してね」
「はい、それじゃ私から。えっと、改めまして。日野森美奈です。よろしくお願いします」
 美奈さんがぺこりと頭を下げる。
 その隣の、ちょっとボーイッシュな娘が、軽く頭を下げた。
「桐生七海だ。よろしくな」
 さらにその隣り、ロングヘアの娘。
「神宮司更紗と申します」
 最後に、おかっぱの娘。
「えっと、えっと……千堂みらい……です」
 それだけ言うと、神宮司さんの後ろに隠れてしまう千堂さん。
「あらあら、みらいちゃんは恥ずかしがり屋さんですねぇ」
 のんびりした口調で、神宮司さんは千堂さんの頭を撫でた。
「あうーっ」
 困ったように俯いている千堂さん。
 と、入り口のドアが開いて、男の人が慌てた様子で飛び込んできた。
「やぁ、すまない。遅れてしまったよ」
 涼子さんが腰に手を当てて、軽く睨む。
「店長、遅いですよ」
 ……店長さん?
 俺は視線を向けた。と、男の人も俺達に気付いて、涼子さんに尋ねる。
「彼が?」
「はい。柳井くんです」
「そうか」
 彼は頷いて、俺に歩み寄ると右手を差し出した。
「初めまして。僕が、この2号店の店長をしてる、木ノ下祐介だ」
「あ、どうも、柳井恭一です」
 頭を下げながら手を握る。
「いや、毎度のことながら男手が足りないんで、君みたいな人が来てくれると助かるよ」
「……はい?」
 ファミレスの仕事に、男手って?
「よし、それじゃ君たちには僕の方から仕事の説明を……」
「ダメです」
 間髪入れずに涼子さんが割り込む。
「それは私がしておきますから、店長はちゃんとご自分の仕事をなさってください。伝票整理だってたまっているんですから」
「……はぁ、しょうがない」
 ため息をつく店長さん。
 涼子さんは、あっけに取られてる俺に微笑んだ。
「自己紹介が途中になっちゃったわね。えっと、あと何人かいるんだけど、今日はお休みだから、来たときに紹介するわね。それじゃ、これで……」
「ちょっとちょっと、あたしまだ自己紹介してないわよっ!」
 皆瀬さんが割り込んだ。涼子さんがため息混じりに答える。
「葵は、さっき自己紹介したでしょ?」
「でも、せっかくだから〜」
「はいはい。それじゃさっさとやりなさい」
「了解っ!」
 びしっと敬礼して、皆瀬さんは俺達の方に向き直った。
「あたしは皆瀬葵。2号店の社員寮の寮長にして、フロアチーフよ。よろしくね」
「あ、はい。……皆瀬さんって……」
「あん、涼子のことは名前で、あたしは苗字なの? 寂しいなぁ」
「そ、それじゃ、えっと……葵さん」
「なぁに、恭一くん?」
「涼子さんも葵さんも、その、偉い人なんですね」
「そりゃぁ、お二人とも私たちよりもずぅっと年上でいらっしゃいますしぃ、この2号店ができた頃からずぅっとここにお勤めですものねぇ」
 神宮司さんが、おっとりと言った。
 ……あ、あれ?
 なんか、いきなりずぅんと空気が重くなったような……。
「お、おい、二人とも、こっち来いよっ」
「あ、うんっ。恭一っ、行こっ!」
 桐生さんとかおるに引っ張られるように、俺は再び奧に戻ることにした。

 『従業員休憩室』と書かれたプレートの部屋に入ってドアを閉めると、桐生さんはドアを背中に大きく息をついた。
「はぁ〜、助かったぜ」
「ほんとに」
 かおるも大きく息をついて、桐生さんの肩をぽんぽんと叩いた。
「ナイスタイミングだったね、七海ちゃん」
「どういうこと?」
 俺が訊ねると、桐生さんは肩をすくめた。
「ま、30過ぎた女性に年の話はするなってことだよ」
「……なるほど、了解」
 俺は頷いた。しかし、2人とも20台後半で通りそうだけどなぁ。
「ええと、桐生さん……」
「七海、でいいよ。代わりに恭一って呼ばせてもらうぜ」
「あ、うん。こっちもその方が気楽でいいや」
 俺は頷いた。
「んじゃ改めて。あたいは桐生七海、高校2年で、ここでバイトしてる。ちなみにバイトの理由はバイクを買う金を稼ぐため、ってとこだな。ま、恭一が来てくれたら、力仕事は減るだろうから、あたいは歓迎だぜ」
「七海ちゃん、倉庫系の仕事多いもんね」
「うるせ」
 かおるに言われて苦笑する七海。
「で、聞こうと思ってたんだけどさ」
 俺は割り込んだ。
「かおるはここの人とは親しいのか?」
「そうだよ」
 頷くかおる。
「もう10年以上前から、ここにはママと一緒によく来てたんだもん。だから、ここに来てたウェイトレスさんは大体知ってるよ」
「なんせ、あたい達よりここに詳しいもんな、かおるは」
 七海が付け加える。俺は納得して頷いた。
「はぁ、なるほど。常連ってわけね」
 と、トントンとノックの音がした。
「へぇい」
 七海が答えると、ドアがぎぃーーっと開いて、よれよれになった美奈さんが顔を出す。
「七海ちゃん、さっさと逃げるなんてひどぉい」
「まぁまぁ、美奈先輩もかりんとう食べます?」
 七海はそう言いながら、机の上に乗っていた袋を開ける。
 美奈さんはぷっと膨れた。
「もうっ、すぐに甘いもので釣ろうって言っても、そうはいかないんだからぁ」
「ぽりぽり。でも美味しいですよぉ」
 いきなり目の前に神宮司さんが出現して、かりんとうを食べていた。
「うわぁ、びっくりっ!」
「まぁ、驚かせてしまいましたか。これは失礼いたしました」
 楚々と頭を下げる神宮司さん。俺も慌てて頭を下げる。
「あ、こちらこそ……」
「まぁ、ご丁寧に」
「こらこら、気を付けろよ恭一。更紗のペースに巻き込まれてちゃ、日が暮れるぜ」
 笑いながら口を挟むと、七海は神宮司さんの頭をぽんぽん叩いた。
「こいつが神宮司更紗、高校1年で、あたいと同じ学校の後輩なんだぜ」
「はい〜。先輩には日頃からお世話になっております〜」
「なるほど。神宮司さんは七海の後輩、と……」
 俺がそう言うと、急に神宮司さんは表情を曇らせた。
「……」
「あ、俺何かまずいこと言った?」
「あのぉ……。殿方にいきなりこのような不躾なことを申し上げるのもどうかとは思うのですが〜、もしよろしければ、私も先輩のように、呼び捨てにしてくださいませんでしょうか?」
「へ?」
 思わず目を丸くした俺に、神宮司さんは目をうるうるさせながら迫ってきた。
「やはり、わたくしだけ苗字で呼ばれてしまいますと、一人だけよそ者扱いされているようで寂しいんですぅ」
「あ、そ、そういうこと。それじゃ、ええと……更紗」
「はいっ」
 一転して、華もほころぶような笑顔になる神宮司さん。
 と、いきなり足に激痛が走る。
「……ってぇぇぇぇっっっ! なにすんだっ!」
 俺の足を、かおるが思いっきり踏みつけていた。
「なによっ、でれでれしてっ。更紗ちゃんをいきなり呼び捨てにするとは、いい度胸してるじゃないのっ」
「お前、理由になってないぞっ!」
 そうは言ったが、七海はまださっぱりしてて呼び捨ても似合いそうだが、神宮司さんを、更紗、と呼び捨てにすると、こっちも照れてしまうのは事実だ。
「と、に、か、く、更紗ちゃんを呼び捨てにするのは、あたしが不許可」
「わーった。それじゃ、申し訳ないけど、更紗ちゃん、ってことでどう?」
「はい、それで構いません。わざわざ私のわがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる更紗ちゃん。やっぱり可愛いなぁ。
 おっとっと。
 脇から凶悪な視線を感じて、俺は慌てて更紗ちゃんから視線を逸らし、辺りを見回した。
「あれ? そういえば、千堂さんは?」
「みらいちゃんですかぁ?」
 更紗ちゃんは、きょときょとと辺りを見回して、小首を傾げた。
「そういえば、おりませんねぇ」
「もしかして、まだフロアに……?」
「まだ、あん時は素だったからなぁ。巻き込まれてうろうろしてんじゃねぇの?」
「す?」
 七海の言うことがよく判らずに聞き返すと、七海は苦笑した。
「ああ。みらいってちょっと変わった奴でね」
「七海ちゃん。人のことをあんまりそんな風に言うものじゃないよ」
 美奈さんがたしなめるように言うと、七海はぺろっと舌を出した。
「ごめんごめん」
「それより、そろそろ開店時間だよ。私たちも行かないと」
「あら、そうですねぇ」
 更紗ちゃんは、優雅に立ち上がって俺達にぺこりと頭を下げた。
「失礼とは存じますが、私どもはこれよりお仕事の時間でございますので。それでは、ごゆっくり」
「あ、はい……」
「ばいばーい、更紗ちゃん。がんばってね〜」
「はい」
 にっこり笑って出ていく更紗ちゃんと美奈さん。
 七海も「さて、と」と立ち上がる。
 かおるが訊ねた。
「七海ちゃんもフロア?」
「んにゃ。今日はディッシュ。日曜は縁の姉御が休みだからなぁ」
「あ、そっか。がんばってね〜」
「へいへい。んじゃ、マネージャーに怒られないうちに行くかぁ」
 そう言って、七海は出ていった。と、ドアの向こうで涼子さんの声がする。
「七海ちゃん、まだ休憩してたの?」
「わわっ、いやそんなことないっす。今から行きますっ。じゃっ!」
 バタバタと駆け去る足音がして、ドアが開いた。涼子さんが苦笑しながら入ってくる。
「お待たせ。それじゃここを一通り案内しながら仕事の説明をするわね。いらっしゃい」
「はいっ」
 俺達は、声を揃えて立ち上がった。

 1時間後、俺達は事務室に戻っていた。
「……とまぁ、これがうちの仕事なんだけど。大体判ってもらえたかしら?」
「ええっと、ウェイターとキャッシャーとディッシュと料理補助と仕込みと掃除と倉庫整理……ですね?」
「ええ。それで、普通はこの中から都合に合わせて選んでもらうんだけど、最初の1週間は慣れるっていう意味も込めて、こっちでスケジュールを組ませてもらったわ」
 涼子さんはそう言って、スケジュール表を俺達に手渡した。
「それで、お休みはかおるちゃんが水曜と金曜で、恭一くんが火曜と金曜」
「はい、いいです」
 頷くかおる。
 俺は手を上げた。
「あのぉ、俺の休み、金曜日をなんとかべつっっ!!」
 うぉぉ、激痛がつま先にめり込んでいるかおるのかかとぉぉぉ。
「恭一くん?」
「あ、こいつ時々絶句するくせがありますから、気にしないでください。あははっ」
 爽やかに笑うかおると、涙目の俺を不審そうに見比べてから、涼子さんは頷いた。
「まぁ、いいけど。それじゃ今日はこれまでにするわね。明日から仕事です。二人とも、就業時間はお昼の12時から午後9時まで。間に、状況に応じてですけど、大体5時くらいから1時間の休み時間が入りますから、実質的な労働時間は8時間になります。心得として、少なくとも12時の10分前にはここに来て準備しておくこと。これは社会人としての常識ですから」
「はいっ」
 頷く俺達。涼子さんは話を続けた。
「わかってるとは思うけど、もう一度言っておくわね。私たちはお客様に気持ちよく食事をしてもらって、その見返りにお金をいただいています。ですから、お客様に不快な思いをさせることは、絶対にしちゃだめよ。それが鉄則ですからね。困ったことがあったら、すぐに私か店長に話を通して。どちらかは必ず店にいるから。それじゃ……」
 涼子さんは立ち上がると、笑顔で頭を下げた。
「Pia☆キャロットへ、ようこそ!! これから、よろしくね」

TO BE CONTINUED?

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あとがき
 ええと、連載にする予定じゃないんですが、とりあえず続編を希望される人が多いので続きを書いてみました。
 新キャラまで出てますけど(笑)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.2 00/3/6 Up 00/3/20 Update

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