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完結編へ続く
クリスマス・Pia☆キャロット《後編》
「少しは落ちついたかな? はい、コーヒー。缶で悪いけど」
祐介さんは、やっと泣きやんで、ブランコに座るあずさちゃんに、暖かい缶コーヒーを渡しました。
「あ、ありがとうございます」
少し赤くなって、頭を下げてコーヒーを受け取ると、あずさちゃんはそのコーヒーを両手で包み込むように持って、ため息を付きました。
祐介さんは、その隣のブランコに座りました。そして、あずさちゃんに訊ねます。
「何があったんだい?」
「それは……」
口ごもるあずさちゃん。
「言えない、かい?」
「……」
あずさちゃんは、黙って俯きました。
祐介さんは、笑みを浮かべると、自分の乗ったブランコを軽く揺らしました。
キィッ
鎖のきしむ音がします。
「……前田くんと、何かあったのかい?」
「……」
「私、よくわからなくて……」
あずさちゃんは、俯いたまま呟きました。それから、顔をあげて、祐介さんの方を見ます。
「やっぱり、私のことだけを好きでいて欲しいっていうのは、わがままなんでしょうか?」
「……うーん」
ちょっと苦笑する祐介さん。
「僕も、あまり大きなことは言えないんだよなぁ。さとみには散々辛い思いもさせたし……」
「さとみ……?」
「ああ、僕の妻だよ」
さらっと言う祐介さん。それから、空を見上げます。
「僕は、ずっとさとみが好きだった。さとみの方も、僕には好意を持っていた。でも、さとみの後輩が僕のことを好きになって、さとみはその板挟みになって、ずいぶん苦しんでいた……。そんな頃だったな。僕がPia☆キャロットでアルバイトしてたのは。いろんな娘に出会って、それでも結局、僕はさとみが好きだった……」
そこまで言ってから、祐介さんは照れくさそうに笑いました。
「ごめん。あんまり面白くもない話だね」
「そんなことは……」
「あ、こんな所にいたのね、祐介」
その声に、二人が顔をあげると、公園の入口のところに、ポニーテールの女性が立っていました。
ガシャ
「遅かったね」
祐介さんはブランコから立ち上がって、その女性の所に歩み寄りました。
「もう、目を離すとすぐに女の子を口説いてるんだから」
ちょっと頬を膨らますその女性こそ、木ノ下さとみさん、旧姓森原さとみさんです。
「違うよ。ああ、紹介するよ。こいつが僕の妻のさとみ。こちらは2号店のウェイトレスをしてくれてる日野森あずささん」
「あ、初めまして。店長さんにはいつもお世話になってます」
慌てて立ち上がると、あずさちゃんはぺこりと頭を下げました。
さとみさんは、にこっと笑いました。
「初めまして。祐介にセクハラされてない?」
「あの、えっと……」
「おいおい」
苦笑して口をはさむ祐介さん。
「誤解されるようなことは言わないでほしいな。今はちょっと相談にのってあげてたところだよ」
そのころ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
歩道橋を使ってやっと駅の反対側に出た前田くんは、辺りを見回していました。
でも、とっくにあずさちゃんの姿は見えなくなっています。
「……くそっ、あずさの奴……」
小さく毒づくと、前田くんは紙袋を抱えなおしました。
と。
「あれっ? 前田くんじゃない?」
「え?」
振り返ると、女の子が駆け寄ってきました。
「やっぱり前田くんだ。久しぶり〜」
「えっ?」
「あれぇ? もしかして、あたしのこと忘れちゃってる?」
悲しそうに言う女の子。前田くんは額に手を当てて考え込みました。
「えっと……、しかばね老人クラブの田中さん?」
「前田くん、そんなギャグ知ってる人なんて、あんまりいないよ」
そう言っておかしそうに笑う女の子。それを見て、前田くんはやっと思い出しました。
「もしかして、留美さん?」
「ピンポーン」
ぴっと指を立てて笑う、木ノ下留美さんでした。
「どうして、ここに?」
「ちょっとつかさちゃんに用事があってね〜。ね、暇だったら一緒に中杉通り店まで行かない? おごっちゃうよ」
「でも……」
前田くんは、手にした紙袋に視線を落としました。留美さんは、ああ、と頷きました。
「そっか、待ち合わせなんだ。ごめんね」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
前田くんは首を振りました。
「わかりました。行きましょう、留美さん」
「そうこなくっちゃ」
楽しそうに笑うと、留美さんは前田くんの腕に自分の腕を絡ませました。
「ちょ、ちょっと留美さん……」
「さ、行こ!」
そう言って、無邪気に笑いながら腕を引っ張る留美さんに、まぁいいかと思う前田くんでした。
「ふぅん。あずささんも大変ねぇ」
話を聞いたさとみさん、じろっと祐介さんを見ながら言いました。
「どうして僕を見るんだよ」
「なにか身にやましいことがあるから、そう感じるのよ」
さとみさんは笑ってそういうと、あずさちゃんの手を取りました。
「とりあえず、アドバイス。その前田くん、だっけ? 彼とちゃんと話してみたほうがいいと思うわ」
「でも……」
口ごもるあずさちゃん。
「私、ひどいことしちゃったし……」
「それは謝ればいいのよ」
「うん……」
「あずささん。意地を張ってもいいことなんてないわよ」
「うん、さとみがそう言うと経験に基づいてるよな」
言わなくてもいいことを言ってしまう祐介さん。
「祐介さん、あとでちょっとお話があります」
案の定、ですね。
さとみさんは、あずさちゃんの方に向き直りました。
「彼がどこにいるか、わかる?」
「……」
あずさちゃんは黙って首を振りました。さとみさんは肩をすくめました。
「それじゃ、仕方ないわね。このままあてどもなく探し回るのもなんだし、とりあえず前田くんとお話しするのは今度にして、今日は帰ったほうがいいかもしれないわね」
「私、お店に戻ります」
あずさちゃんは、ブランコから立ち上がりました。
「ミーナにあと任せて来ちゃったし」
「そうか。ちょうど僕たちも店に行くところだったんだ。それじゃ一緒に行こうか」
「はい」
あずさちゃんは頷きました。
「いらっしゃいませ、Pia☆キャロットへようこそ〜」
「やっほー、葵ちゃん!」
「あら、留美ちゃんじゃない。ひっさしぶりぃ。元気?」
「うん、元気元気ぃ。葵ちゃん、相変わらず胸大きいねぇ〜」
「えへへ〜」
「おほん」
後ろで涼子さんが咳払いしたので、葵さんは慌てて営業用スマイルに戻りました。
「お一人様ですかぁ?」
「ううん。二人だよ。ね、前田くん?」
「ど、どもぉ」
留美さんの後ろに隠れていた前田くん、渋々顔を出しました。
「えっ? どうして前田くんがここに来てるの?」
「……は?」
思わぬ葵さんの言葉に、前田くんも返事に詰まってしまいました。
葵さんにしてみれば、前田くんは商店街で買い物をしてると思ってたわけですから、その前田くんが留美さんに連れられてお店に来るなんて正に晴天の霹靂です。
「駅前でうろうろしてるのを見つけたから、連れて来ちゃった。えっへへ〜」
そう言って笑うと、留美さんは葵さんに尋ねました。
「葵ちゃん、おにい……じゃなかった。店長は来てます?」
「店長ですか? 今日はまだですよ」
葵さんの後ろから、涼子さんが答えました。
「待ち合わせですか?」
「うん、そうだよ。も〜、あたしにはあれだけ遅れるなって言ってたくせにぃ〜」
留美さんはぷっと膨れて腕組みしました。涼子さんは苦笑して言いました。
「とりあえず、立ち話もなんですから、テーブルの方にご案内しますね。葵!」
「はいはい。それでは、こちらへどうぞ〜」
葵さんに案内されて、二人は奥のテーブル席に向かい合わせになって座りました。
「さってとぉ、何食べようかなぁ? 葵ちゃん、メニューちょうだい」
「はい、どうぞ。それでは後ほど注文を伺いに参ります」
周りに他のお客さんもいましたから、葵さんは営業用対応になりました。机にメニューを置くと、そのまま戻っていきます。
それを視線で追ってから、前田くんはソファに沈み込みました。
「あれ? なんか疲れてるみたいだね」
メニューから顔をあげて、留美さんは訊ねました。
「ええ、まぁいろいろありまして」
「へぇ〜」
何か言いかけた留美さんでしたが、そこに別の声が割り込みました。
「わっ、留美さんじゃない。来てくれるんならそう言ってくれればいいのに」
「あ、つかさちゃん。やっほー」
やってきたつかさちゃんに軽く手を挙げて挨拶すると、留美さんは訊ねました。
「でもいいの? つかさちゃん、今日はキャッシャーでしょ?」
「うん。ちょっと休憩に入ろうと思ったんだけど、留美さんが見えたから」
そう言ってから、つかさちゃんは素っ頓狂な声を上げました。
「あれっ? 前田くん、なんで?」
「いや、なんでって言われても……。つかさちゃんといい葵さんといい、どうして……」
「だって、今日は潤ちゃんと早苗ちゃんとでーとなんでしょぉ?」
そう言われて、前田くんは遅まきながらどうしてあずさちゃんが現われたのかに思い当たったようです。
「つかさちゃんがあずさにしゃべったのか!?」
思わず立ち上がる前田くんに、つかさちゃんは慌てて後ずさりしながら両手を振って言い訳をします。
「ボ、ボクじゃないよっ! ボクは何にも言ってないもんっ! しゃべったのは葵さんだよっ!」
「……そんなこったろうと思ったよ……」
前田くんはソファにがくっと腰を落としました。
「えっ? 何かあったの?」
二人を見比べて、きょとんとする留美さん。
「ふぅん。それで前田くん、ほっぺた赤いんだ」
話を聞いて、留美さんは頬杖を付いてうんうんと頷きました。
「災難だったねぇ〜」
「でも、あずさちゃんもひどいよね。逢うなりひっぱたいて怒鳴って終わり?」
前田くんのとなりに座って、つかさちゃんは尋ねました。
「まぁな」
苦笑すると、前田くんは肩をすくめました。
「ま、あずさが人の話を聞かないのは今に始まった事じゃないけどさ」
「へぇ〜。前田くんも、苦労してんだね〜」
留美さんは笑いました。
前田くんも苦笑します。
「まぁね」
つかさちゃんはくすっと笑いました。
「なんか、前田くん、すっかりあずさちゃんに敷かれちゃってるんだね〜」
「そ、そうかな?」
「ボクだったら、いつでも相手してあげるからさ」
そう言ってつかさちゃんは前田くんの腕を抱え込みました。
「お、おい」
「あ、つかさちゃんずるい。それじゃ、留美こっちの腕もらおうっと」
「わぁっ、留美さんまでっ!」
そう言いながらも、美少女二人にしがみつかれて、思わずにやけてしまう前田くんでした。
カランカラン
ベルの音に、つかさちゃんに代わってレジでキャッシャーをしていた涼子さんは顔を上げました。
「あ、いらっしゃいませ……。あら、店長。今日はお休みじゃ……?」
「いや、今日は私用だよ」
軽く手を挙げ、笑って言う祐介さんです。
「それじゃ、いらっしゃいませ、ですね。あ、こんにちわ、さとみさん」
「ども、久しぶり。……ほら、入りなさいって」
「は、はい……」
さとみさんに言われて、あずさちゃんは店内に入ってきました。その姿を見て、涼子さんの眉が微かに動きます。
「あ、涼子くん。3人なんだが」
「……はい、3名様ですね。お煙草はお吸いになられますか?」
「いや」
「わかりました。少々お待ちください」
きれいにマニュアル通りの応対をすると、涼子さんは店内を見回しました。
と、不意にあずさちゃんはその涼子さんの脇を通り抜けて、店内に入っていきました。
「ちょ、ちょっと……」
声をかけようとして、涼子さんは、あずさちゃんの向かう方向に気づいて、思わず息を飲みました。
「ちょ、ちょっと、2人とも……」
「いいじゃない。ねぇ、留美さん」
「うん、そうだよね。たまにはあたし達も可愛がってほしいなぁ、前田くぅん」
留美さんに胸の辺りをつんつんとされて、思わずにやける前田くん。
と……。
「ずいぶんご機嫌のようですこと」
零下−273.15度、すなわちそれ、絶対零度。そんな温度の声が背後から聞こえてきました。
あわてて振り返る3人。
前田くんの口から、つぶやきが漏れました。
「あ……ずさ……」
「あずさちゃんっ! これはふざけてただけなんだよっ!」
「そうそう、ふざけてただけなんだよ」
慌ててフォローするつかさちゃんと留美さんでした。でも、あずさちゃん聞いてませんね。目に涙を浮かべて。右手を振り上げました。
「前田くんなんて、だいっきらいっ!!」
パァン
本日二回目になる平手打ちを見舞うと、そのままあずさちゃんはきびすを返して、駆け出しました。そして、唖然としていた祐介さんたちの横を通り抜けて、Pia☆キャロットから飛び出していってしまいました。
思わずその背中を見送ってから、祐介さんはぎこちなく涼子さんに尋ねました。
「もしかして、タイミング最悪だった、かな?」
「そうですね。……かなり悪いタイミングです」
涼子さんは、ため息混じりにそう答えると、額を押さえました。
to be continued
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