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クリスマス・Pia☆キャロット《中編》
リンリンリン
ベルの音が華やかに鳴っている、ここは駅前商店街です。世の中不況だって言っても、やっぱりにぎやかですねぇ。
「あ、こっちです、早苗さん!」
人待ち顔にそこで待っていた2人の男の子……。
「なんだって?」
もとい、男の子と女の子が、改札口から出てきた早苗さんを見つけて手を振りました。
「……ったく、失礼な」
「神楽坂、誰に向かって言ってるんだ?」
「え? あ、いや、なんでもないよ。あははは」
笑ってごまかすと、潤ちゃんは早苗さんに駆け寄りました。
「縁さん、お疲れさま」
「ごめんなさい、遅れちゃって」
あたたかそうなマフラーを解きながら頭を下げる早苗さんに、ぱっぱっと手を振る潤ちゃんでした。
「謝ることなんてないない。あいつのために骨折ってあげてるのはあたし達よあたし達。言ってみればボランティア。ねっ?」
「なぁにがボランティアだか」
後ろから、苦笑気味に言う前田くん。
「大丈夫、大丈夫。あたし達にどーんと任せなさい。これであずさちゃんのハートはあんたのモンよ」
「底なし沼のような不安がよぎるんだが」
「気のせい気のせい。それじゃ行こう!」
潤ちゃんは前田くんの腕を引っ張ってアーケード街の方に駆け出すのでした。
「ああっ、ちょっと待ってくださぁい」
その後を慌てて追いかける早苗さん。
「ほら、早苗さん、早く早くぅ」
「こら、神楽坂! 誤解を招きそうな表現をするなっ」
さて、その頃。
「ありがとうございましたぁ」
今日は当番のあずさちゃん、お客さんを見送って、ふぅとため息をつきました。
と、
「あずさちゃんあずさちゃん」
小さな声に振り返ってみると、事務室の方から、ウェイトレス姿の葵さんが手招きしていました。
「あ、はぁい。ミーナ、ちょっとお願いね!」
「わかりましたぁ」
ランチタイムも終わって、ちょうどお客さんも減ってきたので、お店の方は美奈ちゃんに任せて、あずさちゃんは葵さんの所に駆け寄りました。
「なんですか、葵さん?」
「いいから、ちょっと来て」
葵さんはあずさちゃんを半ば強引に事務室に引っぱり込むと、左右を見回してからパタンとドアを閉めました。
「よぉし、これで邪魔は入らないっと」
「あ、葵さん?」
妙な雰囲気を感じて、思わず後ずさるあずさちゃん。と、その足が椅子の足にひっかかって、派手に転んでしまいました。
「きゃぁ!」
ドシィン
「あらま」
「あいたたたぁ……」
腰をさするあずさちゃんに、葵さんが真面目な顔で言います。
「だめよ、あずさちゃん。腰は大事にしなくちゃ」
「何の話ですか!?」
「まぁ、あの時に腰を使うのは男の方がメインだけどね」
「だからっ!」
かぁっと赤くなって、あずさちゃんは声を高くしました。慌ててその口を押さえる葵さん。
「しっ。実は、ね……」
「え……?」
「はい、消費税込みで1285円になりますぅ」
美奈ちゃんがレジでお客さんの支払いを受け取っていると、不意にあずさちゃんが後ろから現れました。
「あ、おね……ひっ」
振り返って声をかけようとした美奈ちゃんは、思わず息を飲みました。
「ミ〜ナァ、ごめんねぇ〜。あとはおねがいね〜」
私服に着替えたあずさちゃんは、そう言うとそのままPia☆キャロットから出ていきます。
美奈ちゃんとお客さんは、顔を引きつらせながら、そのあずさちゃんを見送るのでした。
(お姉ちゃん、怖かったですぅ。くすん)
さて、前田くんと潤ちゃん、早苗さんの3人は、アーケード街を歩いていました。
前田くんが紙袋を抱えている所を見ると、どうやら買い物は終わったみたいですね。
「いやぁ、助かった。さすが役者志望だけのことあって、センスいいな、お前」
「任せといてって言ったじゃない」
潤ちゃんは照れ臭そうに笑いました。それから、前田くんの肩をポンと叩きます。
「んじゃさ、どっかでお昼食べよう、お昼」
「あ、もうこんな時間か。腹が減るわけだぜ。んじゃ、どこかで食べていくか」
腕時計をちらっと見て、前田くんはうなずきました。潤ちゃんはちっちっと指を振ります。
「でも、Piaはやめようね」
「ええ? 俺達なら社員割引がきくかも知れないのに」
「前田くんはもう辞めてるでしょうが!」
「それに、今の時間だと日野森さんのバイト時間と当たっちゃいますよ」
早苗さんが口を挟みます。前田くんはうなずきました。
「それもそっか。んじゃ、別のところで食べるか」
「ラッキー!」
パチンと指を鳴らすと、潤ちゃんはさっさと歩きだしました。
「お、おい?」
「こっちにいい店があるのよ。早く早くぅ!」
「……なんか騙された気がする……」
そう呟きながら、歩いていく前田くんでした。
「おはよぉございまぁす」
従業員用控え室のドアを開けて、元気よくご挨拶してるのは、つかさちゃんです。今日は遅番なんですね。
「……あれ? 美奈ちゃん、あずさちゃんは?」
いつもなら姉妹仲良くしゃべってるところなのに、今日は美奈ちゃんがポツンと椅子に座っているだけなので、つかさちゃんは首を傾げました。
美奈ちゃんは顔を上げました。
「あ、つかさちゃん。お姉ちゃん、早退しちゃったんですぅ」
「あれ? 身体の調子が悪いの?」
訊ねるつかさちゃんに、美奈ちゃんは首を振ります。
「そうじゃないみたいなんですけど……」
「あっらぁ〜、つかさちゃん。おっはよぉ〜」
不意につかさちゃんの後ろから、葵さんが声を掛けました。びっくりして、思わずつかさちゃん飛び上がります。
「わぁ、びっくりしたぁ。葵さんじゃないですかぁ」
「あらあらあら、ごめんねぇ〜」
にこにこ笑う葵さん。なんだかとっても上機嫌ですねぇ。
つかさちゃんは首を傾げました。
「何があったんですかぁ? あずさちゃんは早退っていうし、美奈ちゃんも変だし」
「ほら、今日は木曜でしょ?」
にこにこしながら言う葵さんに、つかさちゃんはポンと手を打ちました。
「そっかぁ。それじゃ、葵さん、あずさちゃんに教えちゃったんですか?」
「え? 何をですかぁ?」
美奈ちゃんが訊ねました。つかさちゃんはあっさりと答えます。
「前田くんが、早苗ちゃんと潤ちゃんとの2人とデートしてるってこと」
「ええーっ!? お兄ちゃんが!?」
元々丸い目をさらに丸くする美奈ちゃん。
「でも、お兄ちゃんはお姉ちゃんと付き合ってるんじゃなかったんですか?」
「だからあずさちゃん大魔人モードなのよ。さぁて、あたしもちょっと早退しよっかなぁ」
にこにこしながらそう言った葵さん。不意に後ろに気配を感じて振り返りました。
「そういうわけだったのね、葵」
「わぁ、りょ、涼子じゃない! い、いつからそこに?」
そこには涼子さんが腕を組んで立っていました。
「あ、それじゃボク、今日はキャッシャーだから出てきます〜」
「美奈も休憩終わりですぅ〜」
すっとつかさちゃんと美奈ちゃんがお店の方に出て行きました。
「あ、美奈ちゃん、つかさちゃん、ちょっと待ちなさい」
「待つのは葵よっ! まったく、どういうつもりなの? 昨日も言ったでしょ、変なちょっかいは出すんじゃないって」
そのあと、散々涼子さんに絞られた上、酒断ち1週間の刑に処せられてしまう葵さんでした。合掌。
「おいしかったねぇ、早苗さん」
「そうですね」
「トホホ〜」
イタリアレストランから、満足そうな顔で出てきた潤ちゃんと早苗さんの後ろから、軽くなった財布を懐にとぼとぼと出てきた前田くんでした。
「さて、と」
潤ちゃんは時計をちらっと見ました。
「このまま帰るのもなんだし、これからカラオケにでも行く?」
「ワリカンなら」
きっぱり言う前田くんに、潤ちゃんは肩を竦めました。
「判ってるって。んじゃ、行こう行こう行こう!」
「わ、こら腕を引っぱるなぁ」
そう言いながら潤ちゃんに引きずられて行く前田くんを見て、思わずクスクス笑ってしまう早苗さんでした。
「ホントに仲がいいんですね」
「そぉね」
「え? ひょわぁっ!」
いきなり早苗さんの後ろで声がしました。振りかえった早苗さん、妙な悲鳴を上げます。
「あ、あ、あ、あずささん? え? でも、今日はアルバイトだったんじゃ……」
あずさちゃんは無言でずかずかっと、まだこちらには気づいていない2人に歩み寄って行きました。早苗さんは慌ててその腕を掴もうとしました。
「ちょ、ちょっと待ってください、あずささ……」
「何?」
「な、なんでもありません」
振りかえったあずさちゃんの表情に、思わず伸ばしかけた手を引っこめてしまう早苗さん。
あずさちゃんはそのままつかつかっと2人に歩み寄って行きました。まだ気づかない2人、傍目にはじゃれあっているようにしかみえません。
「それじゃさ、MAXの新曲歌おうよ」
「知らないってば。わ、こら引っぱるな!」
「……ずいぶん楽しそうねぇ」
氷点下の声に、その姿勢のまま2人は凍りつきました。ゆっくりと後ろを見ます。
「あ、あずさ?」
「あずさちゃん?」
つぎの瞬間、前田くんと潤ちゃんはぱっと1メートルほど互いに飛び退きました。
「あ、あの、これはその……」
「ふざけてただけだってば。ね、あずさちゃん」
「前田くんの……」
あずさちゃんは右手を振り上げました。
「莫迦ぁっ!!」
パァン
乾いた音が、アーケード街にひびきました。通りすがりの人達が何事かと足を止めます。
「あずさ……」
前田くん、頬を押さえます。
あずさちゃんは、ぽろぽろと涙をこぼしながら叫びました。
「もういいわっ。どうせ前田くんなんて、前田くんなんて……。大っ嫌いっ!!」
それだけ叫ぶと、あずさちゃんはくるっと踵を返して走って行きました。
「あずさ……」
「何ぼけっとしてるのよ!」
我に返った潤ちゃんが、前田くんの耳をつまんで怒鳴ります。
「早く追い掛けなさいよっ!」
「あ、ああ」
前田くんは駆け出そうとしました。その手をぐいっと掴むと、潤ちゃんは紙袋を押し付けます。
「忘れ物っ!」
「あ、すまん。それじゃ、神楽坂、早苗さん、お礼はまたいつか!」
そう言い残すと、前田くんは紙袋を掴んで人混みを掻き分けるようにして走りだしました。
その背中を見送りながら、潤ちゃんは小さな声で呟きました。
「……ごめんね」
「……お付き合いしますよ」
「え?」
潤ちゃんが振りかえると、早苗さんがにこっと微笑んでいました。
「カラオケに行くんでしょう?」
「……そうだね。えへへ」
ばつが悪そうに笑うと、潤ちゃんは拳を振り上げました。
「よぉし、今日は歌うぞぉ!!」
あずさちゃんを追い掛けて必死に走る前田くんでしたが、歳末の商店街はただでさえやたら混んでいます。
それでもなんとか商店街を出た前田くんは、左右を見まわしました。
「あずさ、どっちに……。いた!」
通りを隔てて向こう側に駅があります。その駅のガード下を走って向こう側に抜けようとしているのでしょう。あずさちゃんの後姿が、チラッとだけ見えました。
前田くんは駆け出そうとしました。
プップーッ
「わっ!」
ちょうどそのとき、信号が赤に変わってしまいました。駅前の通りは車通りも多いので、とても信号無視して駆け抜けられそうにはありません。
しかも、この信号、一度変わっちゃうとなかなか青になってくれないことでも有名な信号なんです。
「畜生……。よし!」
前田くんは方向を変えて駆け出しました。遠回りになりますが、向こうにある歩道橋を使うことにしたのです。
そんな前田くんの事情なんて知らないあずさちゃん、前も見ないで走っています。
(もう知らない。莫迦莫迦莫迦っ!)
でも、やっぱり前も見ないで走ってると危ないですよ。
ドシン
「うわっ」
「きゃぁ!」
やっぱり、曲がり角で、向こうから来た人と、出会い頭に衝突してしまいました。
「おっと、危ない」
そのまま倒れかかったあずさちゃんの腕を、その人がぐっと引っ張ってくれたので、あずさちゃんは危うく地面に転がるところを免れたのでした。
「す、すみません」
「こっちこそ……。おや、日野森くんじゃないか」
「え? あ、店長さん……」
偶然ってあるものですねぇ。あずさちゃんとぶつかったのは、Pia☆キャロット中杉通り店の店長さんこと木ノ下祐介さんだったのです。
もちろん祐介さんは、シフトはちゃんと全部知ってます。だから、この時間はあずさちゃんはお店でウェイトレスをしているはずだってことも知ってます。
でも、祐介さんはそんな事は言いませんでした。ただ、少し身をかがめて(長身の祐介さんは、そうしないとあずさちゃんと視線が合わないんです)優しく訊ねました。
「何かあったのかい?」
「ベ、別に……」
あずさちゃんはそう言ってから、慌てて袖でごしごしと顔を拭きました。でも、涙が止まりません。
「別に……ひっく、ううっ」
「……」
祐介さんは、それ以上何も言わずに、自然にあずさちゃんを抱きしめました。
「ひっく、うわぁぁぁ〜〜ん」
あずさちゃんは、そのまま祐介さんの胸の中で泣きじゃくるのでした。
to be continued
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