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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その 16

「ううーっ」
「だからぁ……」
「ひどいよぉ〜」
「ごめんって言ってるじゃない」
「雪ちゃん、裏切り者だよ〜」
「人聞きの悪い事言わないで」
 私は、拗ねて膨れるみさきの頬を撫でた。
「せっかく今日はお休みだから、雪ちゃんとカレーの食べ比べしようと思ってたのに……」
「あなたと食べ比べして勝てる人なんていないわよ」
「……それはそれで、なんだか嫌だね」
 くすっと笑うと、みさきは頷いた。
「まぁ、仕方ないよね」
「帰りにまた寄るから」
「あ、雪ちゃん。私、パタポ屋のクレープがいいなぁ」
「はいはい」
 苦笑して、私はもう一度みさきの頬を撫でると、並んで腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「それじゃ行って来るわね」
「はい、行ってらっしゃい」
 みさきの声に送られて、私はみさきの部屋を出た。そこでおばさんと出くわす。
「あら、雪ちゃん。もう帰っちゃうの?」
「ええ。今から部活ですから。帰りにまた寄らせてもらいます」
「そうなの。ごめんね、雪ちゃん」
「いえ。それでは」
「はい、行ってらっしゃい」
 みさきと同じセリフ。さすが親娘って言うべきかしらね。
 私は会釈して、三和土で靴を履いて、外に出た。

 みさきの家を出ると、10秒で校門に着く。
 だから、その風景は、みさきの家の門に手をかけたときに、私の目に飛び込んできた。
 校門のところに、上月さんと折原くんがいた。
 声が聞こえてくる。
「それはよかった……。でも、できればもう少し離れてくれっ」
 上月さんが、折原くんの腕にしがみついてる。
「……どうしても、だ」
 折原くんの顔を見上げる上月さんに、折原くんが言う。
 でも、まだ離そうとしない上月さんに、折原くんは声を荒げた。
「いいからくっつくなっ!!」
「!」
 びくっとして離れると、上月さんは不満そうに膨れると、そのままぷいっとそっぽを向いて、一人で校舎に向かって歩いていった。
 それを見送っている折原くんに後ろから声を掛ける。
「ダメよ、上月さんをいじめちゃ」
「えっ?」
 折原くんは驚いて振り返り、私を見てほっと一息付き、肩をすくめて見せた。
「別にいじめてるわけじゃないって」
 私は苦笑した。
「せっかく、可愛い彼女なんだから……」
「……は?」
 折原くんが、私の言葉に凍り付いたように動きを止めた。
「俺と、澪が……?」
「違うの?」
 聞き返した私に、折原くんは奮然として言った。
「全然違うっ!」
「……そうなんだ。……お似合いのカップルだって思ってたのに……」
 私は、ため息をついた。
 折原くんは、上月さんの歩いていった校舎の方を指して、言葉を続ける。
「第一、どう考えても、あいつは恋人ってタイプじゃないだろっ!」
「……どうして?」
 聞き返す私に、折原くんは腕組みして答えた。
「あいつは妹みたいなもんだからな。恋人とか、……そう、恋愛対象として見るわけないだろ?」
 ……悲しかった。
 何が悲しかったのか判らないままに、私は言い返していた。
「でも、それは折原くんの一方的な考えでしょ?」
 なにが、悲しいんだろう?
「あいつだって、俺のことはなんとも思ってないって」
 肩をすくめる折原くん。
「……本当に、そう思ってるの?」
「当たり前だ」
 はっきりと言う折原くんに、私は頷いた。
「……そっか」
 あ、そうか。
「嘘……」
「え?」
「嘘、ついてないと……いいんだけどね……」
 折原くんは、上月さんと……。それなら、みさきは……。そう思って、私は安心してたんだ……。
 私は……。
「……深山先輩?」
 折原くんは、黙り込んだ私に声を掛けた。
「……ごめんなさい。それじゃ、行きましょうか」
 私は頷いて、歩き出した。

 それからはお互いに無言のまま、校舎に入り、廊下を歩く。
 休日だから、他の生徒は学校にはいない。それが、余計に静かさを増しているような気がした。
 程なく、演劇部の部室にたどり着くと、私が先にドアを開けた。
 部室の中には、もう何人かの部員がいた。ただ、上月さんは、まだいないようだった。
 どこかで寄り道してるのかしら。
 そんなことを思いながら、部室に入る。
「おはよう、みんな」
「おはようございま……す」
 顔を上げた部員が、挨拶をしかけて、何故か口ごもる。
 それも、皆。
「……どうしたの?」
 訊ねると、1年生の秋山さんが、私に尋ね返した。
「……深山部長。その人は、誰ですか?」
「……え?」
 彼女の視線は、私の後ろに向いていた。私も振り向いた。
 そこにいるのは、……折原くん。
「新入部員、ですか?」
 背後から、秋山さんの声。私は向き直って、苦笑した。
「秋山さん、折原くんのこと、言ってるの?」
「……名前は知りませんけど……」
 その表情、そして口調。
 私は、一瞬絶句した。
 秋山さんも、それに他の部員達も、冗談を言ってるとばかり思ってたけど……。
 違う。
「どうしたの? 今まで、折原くんとは、一緒に頑張ってきたじゃない」
 確かに、ずっと上月さんについていてもらったから、他の部員と一緒にいた時間は少なかったかもしれないけど、だけど、知らないはずはない。
 秋山さんだって、折原くんとは何度もしゃべってたし、他のみんなも……。
 そんな思いを砕くように、秋山さんは、きっぱり言った。
「私、その人とは、初対面ですけど……」
「えっ?」
 私は振り返った。
 そこにいた男子生徒は、くるりと背を向けて、部室から出ていった。
「……え?」
「部長、今の、誰なんですか?」
 秋山さんにもう一度訊ねられて、私は向き直った。
「……とにかく、練習を始めましょう。もうあまり時間もないんだから」
「はい」
 まだ、不思議そうな顔をしながらも、それぞれの練習に戻っていく部員達。
 私は、廊下に出て左右を見てみたけど、もうさっきの男子生徒の姿は見えなかった。ただ、足音が一瞬微かに聞こえたような気がしたけど……。
「……誰、だったのかしら?」
 もう一度呟いて、私は部室に入ろうとした。
 と、私が見ていた反対側から、軽い足音が聞こえた。そっちを見ると、上月さんが胸に鞄を抱きしめて駆けてくるのが見えた。
「上月さん?」
「……!」
 顔を上げて、私の姿を見た上月さんは、ほっとしたように足を緩めて、私の前まで来た。そして、ぺこりと頭を下げる。
「おはよう。どうしたの?」
 訊ねると、上月さんはふるふると首を振って、スケッチブックを広げた。
『怖かったの』
「なにが?」
 訊ねたけど、それ以上はふるふると首を振っているだけだった。そして辺りを見回して、スケッチブックのページをめくる。
『いないの』
「いないって、誰がいないの?」
 私が訊ねると、上月さんはまた首を振った。
『わからないの』
 と、上月さんの後ろから牧田くんが走ってきた。
「すみません、部長。遅れました」
「遅いわよ。それじゃ上月さん、今日の練習、始めましょうか?」
 私が声を掛けると、上月さんはもう一度振り返ってから、こくりと頷いた。

 練習が終わって、私は約束通り、商店街に出ると、パタポ屋に立ち寄った。
 行列に並んでいると、声が掛けられる。
「あっ、深山先輩。こんにちわ」
 そちらを見ると、私服姿の長森さんだった。私の視線を受けて、もう一度頭を下げる。
「長森さん、こんにちわ」
「制服着てるってことは、部活だったんですか?」
 訊ねながら、長森さんは私の後ろに並んだ。
「ええ。今終わったところよ」
「そうですか。浩平、ちゃんとやってますか?」
「……え?」
 その長森さんの言葉が、まるでジグソーパズルの欠けていたピースのように、はまった。
「折原くん!」
 どうして!? なぜ、私は……。
「深山先輩、浩平が何かしたんですか?」
「……あ、いいえ……」
 私は首を振った。
 今から学校に戻ったとしても、折原くんがいるとはとても思えない。もうあれから何時間もたってるし。
「長森さん、今日折原くんと逢った?」
「いえ……」
「それじゃ、逢ったら私に連絡くれるように言って」
「もしかして、浩平、部活さぼったんですか? わ、ど、どうしようっ。すみません、深山先輩っ」
 慌てて頭を深々と下げる長森さん。
「わたしからも謝りますから、今回は許してくださいっ。わたしからも、次からはちゃんと出るように、きつく言っておきますからっ!」
「あ、違うのよ。ちょっと連絡事項で言い忘れたことがあるだけなんだから」
「あっ、そ、そうなんですか……」
 ほっと胸に手を当てて息を付くと、長森さんは笑顔で言った。
「でも、浩平が部活してるなんて、ちょっと前からしたら、想像もできないですよ」
「長森さん、あの……」
「あ、次、深山先輩ですよ」
 言われて振り返ると、私の前に並んでいた人が、クレープを受け取ってお金を払っているところだった。
「次の方、注文をどうぞ〜」
「あ、はい。ええっと、それじゃ、チョコバナナで、トッピングは……」

 クレープを受け取って、長森さんと別れると、私はみさきの家に向かった。
 もう夕方で、夕焼けが辺りを赤色に染めている。
 みさきの家の前まで来たところで、何となく学校に視線を向けると、校庭に長い髪の少女が佇んでいるのが見えた。
「……みさき?」
 私は、そちらに向かった。
 校庭を横切って、近寄っていくと、向こうが先に顔を挙げた。
「……あの、どなたですか?」
「私よ、みさき」
「あ、なんだ。雪ちゃんだったんだ。ちょっとドキドキしちゃったよ」
 にっこり笑うみさき。
 私は苦笑しながら、言った。
「クレープ、買ってきたわよ」
「わぁい。ありがとう、雪ちゃん」
 嬉しそうにはしゃぐみさきに、私はさっきまでの妙な気分を、忘れることが出来た。
 ……そして、二度と、思い出せなかった……。

「……雪ちゃん……。嘘……だよね?」
「私は知らないわよ、そんな人のこと……」

To be continued...

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あとがき

 雪のように白く その16 2001/7/31 Up

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