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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その 6

 日曜日。商店街を歩くと、左右の店はきらびやかにデコレーションされている。
 左右に取り付けられたスピーカーが、音質の悪いクリスマスソングを奏でている。
 そうか。もうクリスマスなんだ。
 ほうっと白い息を吐きながら、そう思う。
 今年は、みさきに何を贈ろうか。
 去年までは、あれこれ悩みながら店を回ったわね。
 でも、今年は……。
 私は、空を見上げた。今日はどんよりと曇っている。
 今年、みさきの一番欲しいものは、私には、用意のできないもの……。

 と、不意に私の袖がクイッと引っ張られた。
「え?」
 振り返ると、上月さんだった。にこにこしながらスケッチブックを広げる。
『こんにちわなの』
「あ、うん。こんにちわ。どうしたの?」
『買い物なの』
「もしかして、クリスマスプレゼント?」
 なのなの、と笑顔で頷く上月さん。
 やっぱり、あのときは見間違いだったのかしら。
 彼女の無邪気な笑顔を見ていると、そう思ってしまう。
 私も、つられるように微笑んだ。
「へぇ。誰かにプレゼントするんだ」
 うんうん、と頷く。
「誰に?」
 何気なく聞くと、かぁっと赤くなってふるふると首を振った。それからスケッチブックを見せる。
『ヒミツなの』
 スケッチブックで照れた顔を隠している。もう、誰に贈るつもりなのか、大体見当つくわね。
「もう、何を贈るか決めてるの?」
 訊ねると、途端にうにゅーと途方に暮れた表情になる。
「あら、まだ決めてないの?」
『よくわからないの』
「そうなの? じゃあ、良かったら一緒に選んであげましょうか?」
 ほんとっ!? と、ぱっと表情をほころばせて私を見上げる上月さん。
「ええ。あ、でも、誰に贈るのか判らないと、選びようがないわねぇ」
 ううーっ、と私を見上げると、そのまましばらく悩む上月さん。
 本当に表情豊かで、見ていて飽きない。
 ……やっぱり、劇に出演させてみたい。そう思った。
 私がそんなことを考えていると、上月さんは決心したらしく、真っ赤な顔で私を見上げた。そしてスケッチブックに書き込む。
『あのね』
「うん?」
『えっとね』
「うん?」
『恥ずかしいの』
「……帰ろうかしら」
 私が踵を返す振りをすると、上月さんは慌てて私の服の裾を引っ張った。ぺこぺこと頭を下げる。どうやら謝っているみたい。
「冗談よ、冗談」
 私は笑って頭を撫でて上げた。上月さんは、なおも赤い顔でうーっとスケッチブックを見つめていたけど、とうとう決心したらしく、ペンを走らせた。
『……』
 ……思い切り小さな字だった。
「ごめんなさい。小さくて読めない」
 あう〜っ、という顔で私を見ると、上月さんは大きく深呼吸した。それからもう一度ペンを走らせる。
 どれ、とのぞき込もうとすると、それに気付いて慌てて小さな体でそれを隠し、非難の視線をこっちに向けた。
 見ちゃだめなの
 私は苦笑して、おとなしく書くのを待つことにした。
 ややあって、書き終わった上月さんが、ためらいがちにゆっくりとスケッチブックをこっちに向ける。
『折原さん』
 ……やっぱり。
 その瞬間、私は複雑な気持ちになっていた。
 みさきが好きな相手。
 私は、どうすればいい?

 クイクイッと服の袖を引っ張られて、私は我に返った。
 上月さんが、どうしたの、と言いたげに私の顔をのぞき込んでいる。
「ううん、なんでもないわ。そうね、予算はどれくらいあるのかしら?」
 私の質問に、上月さんは笑顔になって、ポシェットから財布を出して広げて見せた。その中には、銀行から下ろしたばかりなのか、まっさらな新札が2枚入っていた。
「2万円……か。うん、これくらいの予算なら……、ジャケットなんか良いんじゃないかしら?」
 うんうんっ
 にこにこして頷くと、上月さんはぺこっと頭を下げた。
「あなたもそれでいいのね? よし、それじゃ行きましょうか」

 いつもはファッションにうるさい男の子達しか入らないメンズブティックは、同じような目的の女の子達が詰めかけていた。
 とは言っても、ファンシーショップなんかよりはよほどマシで、私と上月さんはゆっくりと服を見て回ることができた。
「これなんかいいんじゃないかしら?」
「……」
 私が広げてみたジャケットを、上月さんはじーっと見て小首を傾げた。
『格好悪いの』
「そうかしら? でも、彼に似合うと思うけど……」
 ぶんぶんぶん
 首を振ると、上月さんは傍らのジャケットを広げて見せた。
「こっちのほうが良いの?」
 うんうん
「じゃ、それにする?」
 うーっ、と少し考えて、スケッチブック。
『もう少し選ぶの』
 そして、別のジャケットの並んでいる方に駆けていく。
 その背中を見送りながら、私は複雑な思いに捕らわれていた。
 上月さんのこと、折原くんのこと、……そして、みさきのこと。
 私はどうして上月さんのプレゼント選びの手伝いをしてるんだろう?
 上月さんにポイントを稼いでもらって、少しでも折原くんとみさきの関係を広げようとしているんじゃないだろうか?
 だとしたら……、私は嫌な女だ。
 クイクイッ
 袖を引かれて、そっちを見ると、上月さんが笑顔でジャケットを抱えていた。
「あら、決めたの?」
 うんうんと頷いて、上月さんは抱えていたジャケットを広げて見せた。
 デニムのジャケット。なるほど、折原くんに似合いそう。
「それじゃ、それを買いましょう」
 うんっ!
 大きく頷いて、今度はレジに向かって駆け出す上月さん。
 私はその後を付いて歩き出した。
 今は、上月さんが喜んでくれてる。それだけでいい。

 店員は、上月さんからジャケットを受け取ると、ひっくり返して値札を調べた。
「はい、これですね。……2万円ですね」
 うんっ、と頷くと、ポシェットから財布を出す。
「消費税込みで、2万1千円になります」
 上月さんの動きが、ピタリと止まった。
 そういえば、財布の中には2万円ぴったりしかなかったわよね。
「あの、どうかなさいましたか?」
 店員が訊ねると、上月さんは慌てて首を振った。それから、ポシェットの中をがさがさと探ったけれど、何も見つからなかったらしい。
「あの……」
 えぐっ、と泣きそうな顔になったのを見て、店員の方が慌てている。
 私は苦笑して、財布を出した。1万円札を抜いて、上月さんに渡す。
「はい」
 え? と半泣きになりながら顔を上げる上月さん。その目が、丸く見開かれる。
「貸すだけよ」
 そのままだと絶対に遠慮しそうなので、私は笑って言った。ま、返してもらうつもりもないけど。
 上月さんは、少しためらっていたけれど、結局受け取って、ぺこぺこと頭を下げた。それから店員に自分のと合わせて3枚のお札を渡す。
「はい、3万円お預かりします。9000円のお返しです」
「あの、包んでいただけますか? プレゼントなので」
 私が口を挟むと、店員は頷いた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
 店員がレジの向こうで服を包んでいるのを待っていると、上月さんがぎゅっと私の手を握った。
「うん? どうしたの?」
 訊ねると、うにゅ〜っと笑って、スケッチブックを広げた。
『ありがとう』
「いいのよ。こう見えても部長ですから、部員の面倒くらい見ないとね」
 私は笑って答えた。
 それから、軽く自己嫌悪。
 私がしている行為は、所詮は偽善なのだろうか?

 きれいにラッピングされた包みを抱えて、大きく手を振りながら上月さんは雑踏の向こうに消えていった。
 私は、ため息を一つついて、歩き出した。
 うらやましい。そう思ったのは、誰に対してなのだろう?
「……クリスマス、か」
 白い息と共に呟くと、立ち止まり、空を見上げる。
 どんよりと曇った空。今の私の心のように。
 私は、何をしてるんだろう?
 もう一つ、ため息をついて、私は歩き出した。
 逢いたい。
 あの笑顔さえ見れば、全ては元通り上手く行く。
 そんな気がして、いつしか私は駆け足になっていた。

 ピンポーン
 チャイムを鳴らすと、しばらくしてドアが開いた。
「あら、雪ちゃんじゃない」
「こんにちわ。みさきは暇してます?」
 私が訊ねると、おばさんは笑顔になって頷いた。
「ええ。良かったら、あがっていってちょうだい」
「はい、お邪魔します」
 私は頷いて、ドアの中に入った。三和土で靴を脱いでいる間に、おばさんが奧に向かって声を掛ける。
「みさき〜。雪ちゃんが遊びに来てくれたわよ〜」
 ややあって、奧のみさきの部屋のドアが開いて、みさきが顔を出した。
「ほへ〜〜」
 思いっきりぼぉ〜〜〜っとして何も考えてなさそうな顔だ。
 おばさんは苦笑した。
「ごめんね、雪ちゃん。みさきったら、休みの日はいつも寝てばっかりなんだから」
「いえ。それじゃお邪魔します」
 靴を揃えて置くと、私はみさきの部屋に向かった。
「……あ、雪ちゃん?」
「やっと気が付いたの? もう、相変わらずぼぉ〜〜っとしてるんだから」
「そんなことないよ。雪ちゃんひどいよ」
「いいから、部屋に入れてくれない?」
「あ、ごめんね」
 そう言って、みさきは部屋に入った。私も続いて入ると、ドアを閉める。
 暖房の効いた部屋の中、みさきは白いブラウス一枚という姿だった。
「それにしても、いくら出歩かないからって、その格好はないでしょ?」
「え〜。だって、服を着るの面倒なんだよ。私、締め付けるような服って嫌いだし。ブラウスだったらボタンを外したらすぐに脱げるんだよ」
 ほらほら、とボタンを外そうとするみさき。私は苦笑してその手を止めた。
「はいはい、わかりました」
「あ、判ってくれた? 嬉しいよ〜」
 ぱっと笑顔になるみさき。
 その笑顔を見ると、なんだか今まで心の奥で黒々とわだかまっていたものが、さぁっと溶けていくような気持ちよさを感じる。
「そうそう、おみやげ持ってきたわよ」
「え? なぁに?」
 私はバッグを開いて、買っておいたハーブクッキーを出す。
「はい。パタポ屋のハーブクッキーよ」
「クッキーなんだ。私、クッキー好きだよ」
「っていうか、嫌いなものの方が少ないでしょう? らっきょ以外は何でも食べられるじゃない」
「うん、多分ね」
 平然としてる。
「クッキーかぁ。美味しそうな匂いだねっ」
「まだ開けてないわよ」
「でも、わかるよ。そうだ。お母さんにお茶煎れてもらってくるね」
 みさきは立ち上がった。と、足を取られてよろける。
「きゃ」
「危ない!」
 とっさに腕を広げて、みさきを受け止める。
 ぽすっ、とみさきの体が私の腕の中に入った。
「……ふぅ」
「ありがと、雪ちゃん」
 みさきは体を起こすと、てへっと笑った。
「ごめんね」
「……ううん、いいのよ。それより、気をつけなさいよ」
「はぁい」
 そう言って、みさきは立ち上がった。
「それじゃ、今度こそお茶煎れてもらってくるよ」
「あ、うん」
 そのまま、部屋を出ていくみさき。
 私は、いつの間にか和んでいる自分に気付いて、微笑んだ。
 久しぶりに、何の屈託もない微笑みを浮かべていたような気がする。
 やっぱり、ここが、私の帰る場所なのかしら? それとも……?

To be continued...

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あとがき
 ども。はやくも6話です。電池が切れる前に行くところまで行く予定です。でももう電池切れかもしれません(笑)
 相変わらず、雪ちゃん謎の人です。何をしたいんでしょうね?(笑)
 まぁ、今回の見所は澪ちゃんでしょうか? あとはみさき先輩の白ブラウスかな?(一部笑)

 ここしばらくやっているのは、同人誌即売会ゲームです(笑) 今週末には次のゲームが出るらしいですが、お金がないので私には関係ありません。しばらくこれをやってるでしょう(笑)。
 とりあえず関西爆裂同人娘with眼鏡をクリア。彼女の言葉にはSS作家として共感するところが多々あるんですが、いかんせんラスト。思わずザビ家の3男と化してしまいましたとさ。「謀ったな、シャア!!」(謎笑)
 ではでは〜。

 雪のように白く その6 99/6/2 Up