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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その5

「ねぇ、雪ちゃん」
 みさきがなにやら深刻な顔で話しかけてきたのは、3時間目の休み時間だった。
「なによ、みさき?」
「あのね、重大な話があるんだよ」
「だから、何よ?」
 私が再度聞き返すと、みさきはあどけなく笑った。
「怒らないって約束してくれる?」
「内容によるわよ」
「……雪ちゃん意地悪だよ」
 途端にしゅんとして俯くみさき。私は苦笑した。
「はいはい。怒らないから言ってみなさい」
「よかった。雪ちゃん許してくれなかったらどうしようかと思ったよ」
「あのね。怒らないとは言ったけど、許すとは言ってないわよ」
「……雪ちゃん」
 またしゅんとするみさき。私は再度苦笑した。
「わかったわかった。で?」
「うん。あのね……」
 みさきは心持ち声を潜めた。
「今月のお小遣い、苦しいんだよ」
「そりゃわかってるけど。……まさか、みさき?」
「うん、そのまさかだよ。多分ね」
 にこにこして答えるみさき。
 私は思わず机を叩いて立ち上がった。
「借金天引きしてくれって?」
「さすが雪ちゃん。すぐに判ってくれたんだね」
「みさき、あんたねぇ。毎月同じ事言ってない?」
「毎月じゃないよ〜」
 そう言ってみさきは口をとがらせた。
 私はため息を付きながら座り直した。
「まぁ、待ってても返せる当てもないってわけか」
「うん、ないよ」
「にこにこながら肯定するんじゃない!」
 まぁ、私の小遣いなんて、必要ならいくらでもあげるけど、それとこれとは話が別。
 私は腕組みした。
「……しょうがない。返せない分は、体で払ってもらいます」
「ええっ!」
 今度はみさきが立ち上がった。そして、自分の体を抱きしめるようにして後ずさる。
「雪ちゃん、私を薬漬けにして香港マフィアに売り飛ばす気なの?」
 ……その発想、どこから来たのよ?
 私が呆れていると、みさきは泣きそうな顔になって言った。
「わ、私なんてあんまり高く売れないと思うよ。……自分のことはよくわからないけど」
「冗談よ、冗談」
 あんまり真面目に怯えてるので、かわいそうになって私は言った。
「ただ、放課後ちょっと演劇部の仕事を手伝って欲しいのよ」
「演劇部? なんだ、雪ちゃん本気で香港に私を売ろうとしたんじゃないんだ」
「当たり前でしょ!」
 絶対に手放したりするもんですか。
 そう言いかけて、その言葉はぐっと飲み込み、別の言葉を口にする。
「とにかく、人手が足りないのよ。みさきの手でも借りたいってところかしらね」
「私って猫以下なの? ひどいよ、雪ちゃん」
 拗ねるみさき。私は苦笑した。
「誰もそんな事言ってないわよ」
「む〜〜っ。……ま、いいや。それで、何をすればいいの?」
 ちょっとうなってから、切り替えたらしく笑って訊ねるみさきに、私は答えた。
「部室の掃除」

 その後、みさきが盛大に拗ねたのは言うまでもない。

「ゆ〜き〜ちゃぁ〜〜ん、これでいい〜?」
 放課後になって、さっそく部室の掃除が始まった。
 基本的に、文化部の部室はその部活の部員が掃除することになっている。運動部が使うグラウンドはちゃんと掃除の時間に生徒が掃除しているのに比べると不公平な気がしなくもないが、部とは関係のない生徒が掃除をして、部室を無茶苦茶にされてもまた困るので、それはそれで仕方がないと割り切ることにしている。
 雑巾を片手に訊ねるみさきに、私は窓をつーっと指で拭いた。
「……だめ」
「ちゃんと拭いたよ〜」
「ちゃんと窓の桟まで拭きなさい。ほら、まだほこりがついてるわよ」
 私はみさきの手を引っ張って、桟の所に置いた。
「うーーーーっ」
「うなってもダメ。はい、料金分は働きなさい」
 私がそう言って手を叩くと、みさきはぶつぶつ言いながら、雑巾で桟を拭き始めた。
 そのみさきを見ていると、後ろから肩をつつかれた。振り返ると、牧田くんが手真似で「ちょっといいですか?」としている。
 私は頷くと、みさきに声を掛けた。
「私は、ちょっと打ち合わせがあるから。さぼっちゃだめよ」
「うううーーーーーっ」
 随分不満らしいけど、ま、たまには良い薬よね。
 私は、部室から出て、牧田くんに謝った。
「ごめんね、部室使えなくしちゃって」
「いえ、いいんですけど。今日は練習もない日だし。でも、川名さんって目が見えないんでしょう? そんな人に掃除させていいんですか?」
「ああ、そのこと? 大丈夫よ。みさきはそんなこと気にしない人だし」
 私は肩をすくめた。それから、部室をのぞき込んで大声を出す。
「ほらっ!! さぼるんじゃないっ!!」
「ひゃぁっ!」
 案の定、雑巾を振り回してさぼっていたみさきが、飛び上がってこっちの方を向く。
「雪ちゃん、黙って監視してるなんて酷いよ〜」
「さぼってる方が酷いわよ。ほら、さっさとやるっ!」
「ううう〜〜〜っ」
 またうなりながらも掃除を再開するみさき。
 後ろで、牧田くんが苦笑した。
「いいコンビですね」
「まぁ、長い付き合いだしね。みさきとは」
 私は、廊下の窓から空を見上げた。
 空の色は、あの頃と変わらない。
 みさきと同じものを見ることが出来た、あの頃と……。

「やっと終わったよ〜」
 にこにこしながら言うみさき。うん、確かに窓はキレイになったみたいね。
「うん、いいみたい」
「やったぁ」
 私が頷くと、みさきは万歳をして喜んだ。
「これで、支払い免除だよね?」
「……」
「え?」
 私が黙っていると、みさきは万歳をしたまま私の方に向き直った。
「雪ちゃん、どうしたの?」
「みさき、考えが甘いわよ」
「えっ?」
「この程度じゃまだ半分ってところね」
「ええーーーっ!?」
「と言うわけで、今日はご苦労様。明日もよろしくね」
 私が笑って言うと、みさきはがっくりと肩を落とした。
「雪ちゃん意地悪だよ〜。鬼〜、悪魔〜」
「あ、そ。なんなら1週間やってもらってもいいんだけどな〜」
「ごめんなさい」
 すぐに謝ったけれど、やっぱり恨めしそうな顔をしているみさき。
「雪ちゃんなんか嫌いだよ〜」
 ま、そんな顔もまた可愛いからいじめちゃうんだけどね。
「さて、それじゃ今日は帰りましょうか」
「うん、わかったよ」
 頷くみさきの髪をそっと撫でる。
「今日は、ご苦労様」
「プンだ」
 ぷくっと膨れたみさきの頬をちょんちょんとつつく。
「ほらほら、膨れてないで帰りましょ」
「もう、雪ちゃんのばかぁ」

「じゃぁね、みさき」
「うん、また明日ね〜」
 校庭で色々と話をしているうちに、みさきの機嫌も直って、別れ際にはいつもの笑顔に戻っていた。
 私たちは大体、いつもこうだ。
 私は、手を振るみさきと別れて、帰り道を一人歩く。
 隣にみさきがいないと、なんだか世界から色が失われたような気がする。
 色褪せた世界を、一人歩く……。

「あれ? 深山先輩じゃないか」
 不意に後ろから声をかけられて、私は振り返った。
「よっ。今帰り?」
 そこにいたのは、折原くんだった。
「あら、こんにちわ」
 色褪せた世界が、急に息を吹き返したように、色づいていく。その中心に、彼がいた。
「こんなところで会うのも何かの縁だよな。せっかくだから……」
「浩平〜〜っ! 待ってよ〜〜っ!」
 後ろの方から呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、長森さんが走ってくるところだった。
 そうだ。
「折原くん、彼女が呼んでるわよ」
 そう言って、反応を見てみる。
 折原くんは苦笑した。
「そんなんじゃないって」
「あら、そうなの?」
「もうっ、待っててって言ったのに〜〜」
 追いついてきた長森さんが、口をとがらせて言う。それから、私に気付いた。慌てて頭を下げる。
「こ、こんにちわ、深山先輩っ!」
「こんにちわ」
「あれ? 長森、お前深山先輩を知ってるのか?」
 折原くんは私と長森さんを見比べて訊ねた。
「えっ? あ、えっと、ちょっと」
 何故か口を濁す長森さん。
 あ、そうか。私は、長森さんからすれば、「折原くんを好きな娘の友達」なのよね。
 だから、長森さんにしてみれば、いろいろと複雑なんだろうな。
「ふぅん。それより深山先輩。俺達これから商店街の方に寄ってくんだけど、先輩もどう?」
「えっと、もしよろしければ、ご一緒しませんか?」
 長森さんも、笑顔で私に尋ねた。
 私は二人を見比べて、微笑んだ。
「でも、お邪魔じゃないかしら?」
「なんでだ?」
 真顔で長森さんに尋ねる折原くん。長森さんの方はと言うと、かぁっと真っ赤になってうろたえていた。
「えっ、そ、そんなことないですもん。わたしですよっ! わたしっ、わたしなんですもん!」
「どうした長森? なに動揺してんだ?」
 あくまでもナチュラルな折原くん。判ってないにしろ、判っててやってるにしろ、どっちにしても大物ね。
「はぅ〜〜っ」
 返事に窮したって感じで絶句している長森さん。とうとう拗ねてそっぽを向いた。
「知らないもんっ」
「はぁ?」
 怪訝そうに聞き返す折原くん。……やっぱり判ってないのね。
 私は苦笑した。
「まぁ、いいけど。でも、ごめんなさい。私、用事があるから」
「そっか。残念だな」
 折原くんも笑った。長森さんがぺこりと頭を下げる。
「無理に誘ったみたいですみません」
「ううん、気にしないで。今度また誘ってくれると嬉しいな」
「はい」
「んじゃ、またな、深山先輩」
「さようなら」
 二人はそのまま商店街の方に歩いていった。
 私は、何となく、その場に立ったまま、二人の背中を見送っていた。
 不意にその時、視線を感じて振り返る。
 そこには、小さな人影があった。
「……上月さん?」
 私が呟くのと、その人影が身を翻して走り去っていくのは、ほとんど同時だった。
 折原くん達とは逆方向に走っていく、その後ろ姿。
 頭の大きなリボンが、今にも飛ばされそうに、揺れていた。
 小さな足音が、やがて迫り来る夜の闇に包まれて、消えていった。
 そして、世界は再び色褪せていく……。
 私は、動けなかった。
 どちらにも行けず、宙ぶらりんのまま、その場から動けなかった。

To be continued...

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あとがき
 粛々と第5話です(笑)
 なんかよくわからないけど、話は進んでるんでしょうか?
 困ったものです。
 困ったものといえば、澪の出番が予定よりもえらく少ないです。どうしたんでしょう? 最初のプロットじゃ……(以下略)

 さて、話は変わって……。
 同人誌即売会ゲーム、やっと二人目クリアしました。
 しかし、他のみんなはなんであんなにあっさりとクリア出来るんでしょうね? 私にはよく判りません。
 まだ正式には決まってないですけど、もしかしたら友人のときパ合わせの同人誌にこみパSS書くかもしれません。でもコピー誌なので、大志に燃やされるかもしれませんが(謎爆笑)

 雪のように白く その5 99/6/1 Up