喫茶店『Mute』へ 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
「行って来ます」
To be continued...
翌朝。
私は家を出ると、通学路を歩き出した。
12月も半ばを過ぎたが、今年は雪があまり降ってこない。
でも、やっぱり寒いものは寒い。
コートの襟を合わせながら、白い息を吐きつつ学校に向かう。
校門の前に着いたところで、くるっと振り返るとみさきの家がある。
いつもなら、これくらいの時間にみさきが出てくるはずだけど、今日は出てくる気配がない。
妙に思って、みさきの家の方に足を進めてみたとき、ちょうどおばさんがゴミ袋を持って出てきた。
「あら、雪ちゃん。おはよう」
「おはようございます。あの、みさきは?」
「みさきなら、今日はいつもよりも早く行ったわよ」
「えっ?」
私は虚をつかれて、口ごもった。
「そ、そうですか。すみません」
「ごめんね。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
おばさんに一礼して、校門をくぐる。
……どうして?
私の疑問は、昇降口に着いたところで氷解した。
「……ってわけで、また長い話なんだよ」
「浩平くん、それホントなの?」
靴箱にもたれかかって、楽しそうにしゃべっているみさきと、……折原くん。
「ああ、ホントだって……。あれ? 深山先輩じゃないか」
「えっ? 雪ちゃん?」
振り返るみさき。
私は、ゆっくりと歩み寄った。出来るだけ、平静を装って。
「もう、みさきがさっさと先に行くなんて前代未聞じゃない。あなたの家まで迎えに行ったのに」
「あ、そうだったんだ。ごめんね、雪ちゃん」
みさきは笑って頭を下げた。
「今日は用事があったんだよ」
……折原くんと楽しく話すっていう用事?
そうなじりかけて、私は必死にそれを隠す。
「そ、そうだったの。今度からはちゃんと教えてよね」
声が震えてないだろうか? 声が震えてたら、気付かれてしまう。
ううん、気付いて欲しい……。
だけど……。
「うん、そうするね」
いつも通りの笑顔で、みさきは答えた。
そのとき、私の中で、何かが崩れた。
「……雪ちゃん?」
見えない目を開いて、みさきは私の方に手を伸ばす。
私は、その脇を通り過ぎる。
「先に教室に行ってる……」
「雪ちゃん!?」
そのまま、私は廊下を駆けだした。
「雪ちゃん、どうしたのっ!? 私が……」
廊下の角を曲がって、そのまま壁にもたれかかって、耳を塞ぐ。
「……、……、……」
教科書を読む生徒の声、黒板に書いたことを説明する教師の声。
その声が、微かに聞こえてくる。
私は、屋上に通じる扉の前で、床に横になって天井を見上げていた。
制服が埃まみれになってるようだけど、別にどうでも良かった。
……初めてだな。授業、さぼっちゃったのは。
馬鹿なこと、してる。
でも、どうしようもなかった。
……授業時間って、こんなに長かったっけ?
右腕にしているリストウォッチを目の前に持ってくる。
あと、たっぷり30分以上あった。
はぁ、とため息をついて、私は腕を目の上に置いた。
なんだかもう、どうでもいいや……。
キーンコーンカーンコーン
思わぬ大きな音に、私は目を開けた。時計を見ると、ちょうど1時間目が終わったところだった。
廊下からざわめきが聞こえてくる。
でも、こんな所には、誰も来るはずがない。
もっと暖かいシーズンなら、屋上に出ようという物好きもいるだろうけど、このシーズンはそんな人もいない。
……はずだった。
カツ、カツ、カツ
足音が聞こえた。階段を上がってくる足音。
私は驚いて、体を起こした。
カツ、カツ……。
足音が止まり、そして、
「……多分、雪ちゃん」
階段のところに、みさきが笑顔で立っていた。
「みさき……」
「あ、当たったよ」
嬉しそうに言うと、みさきは残りの3段を駆け上がってきた。そして、そこで立ち止まる。
「どっちかな? よくわからないよ」
「……こっちよ」
声を出すと、みさきは私の方に顔を向けて、歩み寄ってきた。
「心配したよ。先生が出席取ったら、雪ちゃんいないんだもん」
「……うん」
「あ、心配はいらないよ。私がちゃんと、雪ちゃんはお腹が痛くなったから保健室に行ってますって言っておいたから」
「……馬鹿ね。保健室に問い合わせたら、すぐにばれちゃうじゃない」
「そっか。それもそうだね。ごめんね、雪ちゃん」
すまなそうにするみさき。
私は、そんなみさきをぎゅっと抱きしめた。
「えっ?」
「……ごめん。ごめんね、みさき」
涙が出てきた。
「……っく、ごめん、ごめん……」
しゃくり上げながら、私はみさきの制服に顔を埋めた。
みさきは、何も聞かずに、私の背中を撫でてくれた。
「なんだかよくわからないけど、雪ちゃん、辛かったんだね」
「……みさき……」
「ごめんね、雪ちゃん。私には、こうしてあげることしかできないんだよ」
みさきは、そう言って、私の背中を撫で続けた。
放課後。
みさきに部室の掃除をさせながら、私は稽古のスケジュールを立てていた。
付き合ってくれている牧田くんがうなった。
「うーん。やっぱり、上月さんの相手をする人のやりくりは付きませんよ」
「……そうね」
私もため息をついた。
上月さんを舞台に上げるためには、彼女に付きっきりでコーチしてくれる人が必要だ。でも、今の演劇部には、上月さんに付きっきりのコーチを付けるような余裕はないのが実状。
でも、それじゃ上月さんは、下手するとこの先ずっと舞台に立つことはないかもしれない。
と。
トントン
ノックの音が聞こえた。
「誰かしら?」
「珍しいですね、ノックなんて」
牧田くんも顔を上げて、ドアの方を見た。
演劇部員なら、ノックなんてしない。
ちょうど、ドアの前の床を掃いていたみさきが、これ幸いと箒を脇に置いて、間延びした返事をしながら、ドアを開けて、外に出た。
「はい〜。……えっと、何のご用ですか?」
一拍置いて、聞き慣れた声が聞こえた。
「……先輩って演劇部だったのか?」
……折原くん? 折原くんが、何の用? まさか、みさきを追いかけて……来たなら、驚くわけないか。
「違うよ」
あっさりとみさきは否定する。
「こんにちわ、折原くん」
……なんかテンポずれてるわね。今更挨拶しなくてもいいと思うんだけど。
「私は帰宅部だよ」
「だったら、どうしてここにいるんだ?」
「話せば長くなるんだけど……」
「ああ」
「借金のかたにここで働かされているんだよ」
「そ、そうなのか?」
「……うん。ここの部長さんが、借りた金を返せないなら、体で払えって……」
「そ、それはひどいな」
「うん……。極悪人だよ……」
「誰が極悪人よ!」
たまりかねて、私は割って入った。
「みさきっ! 人聞きの悪いこと言わないでっ!」
「じょ、冗談だよ……」
慌ててみさきが手を振る。
部室の中で、牧田くんがくすくす笑っているのが聞こえた。あとで発声練習30セットだわ。
「みさきが、昼食代返せないから、代わりに手伝いさせてって言ったんじゃない」
「今、貧乏なんだよ〜」
「だったら、余計なこと吹聴しないでっ!」
「……わかったよ」
とりあえず一段落したところで、折原くんが口をはさんだ。
「深山先輩って演劇部だったのか?」
「そうよ。みさきの片棒担ぎさん」
「雪ちゃんも十分人聞き悪いよ〜」
みさきが脇で言うけど、とりあえず無視して折原くんに向き直る。
「それで、折原くんがどうして演劇部室に?」
「いや、実は演劇部の部長さんに重大な用事があるんだが、いる?」
「いるわよ。目の前に」
「ええっ!? みさき先輩が部長だったのかっ!!」
「そうだったんだ。私も知らなかったよ」
「みさき、あんたまで惚けなくていいの!」
私がびしっと突っ込むと、みさきは額を押さえて「あう」と呻いた。
「雪ちゃん、ツッコミ厳しいよ〜」
「それじゃ、もしかして深山先輩が? でも、もう3年は引退してるんじゃないのか?」
もっともな質問をする折原くん。確かに、普通の部活なら、3年は秋には引退して部長を2年に譲るものだけど。
「演劇部は特別なのよ。毎年春に舞台があるの。で、そこまで3年が部長をつとめるわけ」
なるほど、とぽんと手を打つ折原くん。
私は訊ねた。
「それで、私に何の用があるの?」
折原くんは頷いて言った。
「入部希望」
「……あなたが?」
思わず聞き返す私。
「ああ」
もう一度頷く折原くん。どうやら、表情を見る限り、いつもの冗談じゃないみたいね。
「……判ったわ。とりあえず、詳しいことは中で聞くわ」
私は、折原くんを中に招き入れて、ドアを閉めた。
みさきを外に閉め出していたことを思い出してドアを開けると、案の定みさきはドアの前で拗ねていた。
「……みんな、ひどいよ〜」
「それにしても、この時期に入部なんて珍しいわね」
とりあえず、入部届けを書いてもらいながら言うと、みさきがにこにこしながら言った。
「澪ちゃんが気になるんだよね」
「上月さん?」
「うん」
うなずくみさき。
「べ、別にそういうわけじゃないけどさ。これでいいかな?」
そう言いながら、折原くんは入部届けを私に見せた。
ざっとチェックして、私はその用紙をしまい込む。
「じゃ、明日……」
「明日は天皇誕生日で休みですよ」
牧田くんが突っ込む。私は苦笑した。
「あ、そうか。それじゃ明後日から、よろしくね、折原くん」
「よろしくね」
「……みさきは関係ないでしょ」
「うー」
不満そうに俯くみさきを見て、皆が笑った。
私も久しぶりに笑った。
何故だったのか、自分でもよくわからないままに、みんなと一緒になって笑っていた。
あとがき
ども〜。
たまにはかのんやこみパから離れてみようかと思って、久しぶりに書きました。
……久しぶり過ぎて、すっかり話を忘れていたのは秘密だ(笑)
なんだか雪ちゃん情緒不安定だし。
それにしても暑い日が続きますねぇ。夏ばてには気を付けましょう。
私はすっかりお腹の調子が悪いです(苦笑)
ではでは。
雪のように白く その7 99/8/18 Up