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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その4

 みさきから電話があった翌日の昼休み。
 私とみさきは、いつもと同じように食堂にいた。
「……あいかわらずよく食べるわね、みさき」
「うん。だって美味しいんだもの」
 スプーンをくわえて笑顔のみさきに、私も苦笑する。
「まぁ、みさきが幸せならいいけど」
「うん。あ、でもあと1皿あると、もっと幸せになれるよ、きっと」
 ……恐ろしいことを平気で言う。
「あのね。第一今日は財布は大丈夫なの?」
「うん。ちゃんとお昼代はもらってるんだよ。ほら」
 嬉しそうに財布を出すみさき。私はそれを受け取って、広げてみた。
「……どうしたの、雪ちゃん?」
「みさき、財布、からになってるわよ」
「ええーーっ!? じゃあ、もう食べられないの?」
 その前に、からになってることに驚きなさいよね。まったく。
「……」
 とたんにしゅんとしてしまったみさきは、そのままもぐもぐと残ったカレーを食べてる。
「……美味しいけど、悲しいよぉ、雪ちゃ〜ん」
 ……やれやれ。
「わかったわよ。カツカレーでいいのね?」
「わぁい! だから雪ちゃん大好きっ あ、わたし大盛りね」
「はいはい。いつかちゃんと払ってもらうわよ。ここで待ってなさいね」
「うん。ずっと待ってるよ」
 こくこくとうなずくみさきを残して、私は食券売場に向かった。

 ざわざわ
 食券売場に向かうと、なんだか人だかりが出来ている。
 なんだろう?
 不審に思って、人をかき分けるようにして前に出ると、うちの制服じゃない娘がいた。転校生かな?
「なかなかいい食堂ね、茜」
「……はい」
 なんだか人懐こそうな娘だけど。あら?
 私は、腰を屈めて人だかりから抜け出そうとしている男子生徒を見つけた。
 ……折原くん?
 私は声をかけようとしたが、その前に折原くんの腕を引っ張る女生徒がいた。
「おっ、澪か」
 うんうん
 ……上月さん? でも、折原くん、名前で呼んで……。もしかして知り合いなの?
 びっくりして見ていると、二人は仲良さそうに会話をしていた。
「今から昼か?」
 うんうん
「そうか。俺はこれから逃げるところだ」
 ……?
「わぁ、可愛い!」
 さっきの、うちの制服じゃない娘が、上月さんに気付いて駆け寄ってきた。
 私はため息をついて、その娘とすれ違うようにして、カツカレーの食券を買った。

「はい、お待たせ」
「うん。待ってたよ〜」
 カツカレーを持って戻ってくると、みさきは嬉しそうに顔をほころばせた。それから、私に尋ねる。
「ねぇ、雪ちゃん。さっき、浩平くんがいなかった?」
「えっ? ううん、知らないけど」
 とっさに嘘を付いてしまった。なぜだかわからないけど……。
「そっかぁ。浩平くんの声がしたような気がしたんだけどなぁ」
 そう呟きながら、私の持ってきたカツカレーに取りかかるみさき。
 私は、みさきに訊ねた。
「ねぇ、みさき」
「うん?」
「折原くんって、上月さんのこと知ってるのかな?」
「え? あ、昨日の話? うーん、どうなんだろ?」
 スプーンをくわえて、みさきは考え込んだ。
「私、上月さんって名前は出さなかったけど、でも演劇部のしゃべれない娘って言ったから、浩平くんが上月さんのことを知ってたら、誰なのかは判ったと思うんだよ」
「……そう」

 放課後。今日は演劇部の練習の日。
「あ・え・い・う・え・お・あ・お か・け・き・く・け・こ・か・こ……」
「はい、もっとはっきりと!」
 発音練習の指導を牧田くんにまかせて、私は上月さんに声をかけた。
「上月さん」
 はい? という感じで顔を上げる上月さん。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかしら」
 そう言うと、ちらっとみんなの方を見て、スケッチブックを広げて返事を書き込む。
『わかったの』
「じゃ、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
 私は、カーテンで仕切られた着替えスペースに上月さんを引っ張り込んだ。それから、向かい合って訊ねる。
「劇に出る気はある?」
 ……。
 一瞬、ぽけっと私を見た上月さんは、慌ててこくこくと大きく頷いた。それからスケッチブックに書く。
『出たいの』
「どうして? どうして劇に出たいの?」
 訊ねる。
 目的もなく、ただ目立ちたいとかそういう理由からなら、私は即座に牧田くんや他のみんなの言うとおりに、上月さんの出演は白紙に戻すつもりだった。
 上月さんは、躊躇なくスケッチブックを私に見せた。
『伝えたいこと、いっぱいあるの』
 ……そう。
 私は頷いた。そして、その頭を軽く撫でた。
「わかったわ」
 ほえっと私を見上げる上月さん。彼女に私は言った。
「出演してもらうわ」
「部長っ!!」
 いきなりカーテンが開けられて、牧田くんが顔を出した。その時になって、私はいつの間にか発声練習の声が聞こえなくなっているのに気付いた。
「牧田くん……」
「勝手に約束なんてしないでください。この前も言ったとおり、上月さんが劇に出るとなると、演技指導で貼り付く人が必要になるんですよ! そんな人、何処にいるって言うんですか!?」
「それは……」
 上月さんは、私と、他のみんなの顔を見比べて、俯いてしまった。
 私は言った。
「でも、私は演劇部の部長として、上月さんの思いを無にはできないわ」
「部長。そりゃそうかもしれません。でも、だとして他の人の思いはどうなるんですか? ここにいるみんなだって、いい加減なやつはいません。みんな、舞台に命をかけてもいいって思ってる、演劇バカばっかりなんですよ。そのうち誰か一人を犠牲にしてでも、上月さんを舞台に上げようっていうのなら、僕は賛成できません」
「牧田……くん」
 普段、温厚な牧田くんが、ここまで怒っているのは、私も初めて見た。その剣幕に言葉を失っている私の袖が、後ろからクイッと引っ張られた。
「え?」
 振り返ると、上月さんがスケッチブックを掲げていた。
『ありがとうなの。でも、その気持ちだけでいいの』
「上月……さん」
 上月さんは、笑顔だった。でも、その瞳から、涙が一筋流れ落ちた。
 と、彼女はその涙を袖でぐいっと拭うと、駆け出した。皆の間をすり抜けて、そのまま部室のドアを開けて、外に飛び出していく。
「上月さんっ! 牧田くん、あとお願い!」
 私も、その後を追って、部室を飛び出した。

 飛び出したはいいけれど、上月さんの姿は、廊下の何処にも見えなかった。
 ……階段まで走っていって、上か下へ? でも、うちの部室から階段のある踊り場までは、たっぷり20メートルはある。そんなに素早く上月さんが走れるとは思えない。
 とすると、どこかの部室?
 私は、もう一度左右を見回した。
 ここ、文化部の部室棟には、文字通り部室がずらっと並んでいる。……もともとは教室だったんだろうけど、生徒数が減って空いたから、部室として使わせているんだと聞いたことがある。
 放課後のこの時間は、部活をやっているところは人がいるだろう。とすると、人のいない部室……。でも、そんな部室なんて……。
 あ。
 私は、はたと思い当たった。
 軽音楽部。あそこは確か、今、部活としては休部状態だって聞いたことがある。
 あそこなら、誰もいない。それに音楽系の部室として、一応防音工事もされてたはず。
 確か、あっちよね。
 廊下を歩く。
 手芸部、写真部、映画研究部……。各部のプレートがかかった部屋の前を通り越す。
 軽音楽部。……ここだ。
 私は、まずドアに耳を付けてみた。
 ……さすが、防音工事しただけあって、何も聞こえない。
 ドアに手をかけて、そっと引いてみる。動いた、ということは、やっぱり鍵もかかってない。
 音がしないように気を付けながら、そっと引いてみた。隙間が開いたところで、その隙間から中を伺う。
 いた。
 上月さんがいた。でも、一人じゃない。
 あれは……。
 ちょうど、ドアの反対側の窓から夕日が射してきて、逆光になってるので、顔は見えないけど、男子生徒だった。
 ……まさか、折原くん?
 二人は、ちょうど1メートルほど間を置いていた。
「これもまた、変則的な邂逅というやつかな」
 男子生徒の方が口を開いた。違う、折原くんの声じゃない。
 彼は、静かに言葉を続けた。
「信じないといけないよ。君は。自分を。彼を。彼女を。みんなを。信じなきゃいけない。そうしないとなにも動かない。動けない」
 何を……言ってるの?
 私は、催眠術でもかけられたような気がしてきた。
 夕日のオレンジをバックに、その男子生徒がしゃべる言葉から、耳を離せなかった。
 意味なんて分からない。言葉は、彼の口から漏れた瞬間に、単なる音の羅列になる。
 でも、それは耳から染み込んできて、そして心の一番底に降り積もるような気がした。
「……お迎えも来てるよ」
 不意に、彼は言った。そして、こっちに顔を向けた。
「!」
 上月さんもこっちを見た。
 その時、私は気が付いた。いつの間にか、ドアを開けて、立っていた自分に。
「あ、あの……」
「……」
 上月さんは、私の所に駆け寄ってくると、ぺこりと頭を下げた。
『ごめんなさいの』
「……ううん。いいの」
 私は首を振り、それから、男子生徒の方を見た。
「あなたは……?」
「もう、ここで逢うことも無いと思うけど」
 そう言うと、彼は歩み寄ってきた。そして、私の脇をすれ違った。
「僕は、氷上シュン」
 それだけ言って、彼は歩き去った。
「記憶の片隅にでも、覚えておいてくれると、嬉しいよ。それが僕の絆だから。上月澪さん、深山雪見さん」
 彼は振り返って、そう言った。
 夕日を反射してるせいか、彼の瞳がオレンジ色に見えて、
「さよなら」
 彼は去っていった。

「それって、不思議体験ってやつなの?」
 今日は図書室で待っていたみさきと一緒に帰りながら、今日の出来事を話すと、みさきは首を傾げた。
「まさか。幽霊じゃあるまいし」
 私は肩をすくめた。
「でも、不思議って言えばそうかもしれないな……」
「うん……」
 私は頷いて、話題を変えた。
「そういえば、折原くんって、上月さんとも知り合いみたいね」
「うん、そうだよ」
 あっさりと頷くみさき。なんだ、知ってたのか。
「澪ちゃんとお話したこともあるんだよ」
「そうなんだ……。え? ちょ、ちょっと待って」
 私は思わず立ち止まった。
「どうやってよ? みさきの声は上月さんに聞こえるだろうけど、上月さんがスケッチブックに書いてもみさきは見えないでしょう?」
「うん。だから、折原くんに通訳してもらったんだよ」
 嬉しそうに笑うみさき。
「そっか……」
 ここでも、折原くん、かぁ……。
「上月さんって、可愛いよね」
 そう言ってから、みさきはぺろっと舌を出して、「多分、だけどね」と付け加えた。それから、寂しそうな顔をする。
「きっと、……」
 何か言いかけて、慌てて手を振る。
「ごめんね、雪ちゃん。なんでもないんだよ」
「みさき……」
「あ、もう家だ。それじゃ、またね、雪ちゃん」
 そう言うと、みさきは家の中に入っていった。
 私は、その場でしばらく佇んでいた。
 みさき、折原くん、上月さん、そして私……。
 ふと、鼻先に冷たいものを感じて、私は空を見上げた。
「……雪?」
 白く、冷たいものが、静かに空から舞い降りてきた。
「さっきまで晴れてたのにね……」
 私は、それを見上げたまま、呟いた。
 粉雪は、風が一吹きすると、それで消えてしまった。ほんの一瞬だけの雪だった。

To be continued...

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あとがき
 第4話です。
 なんだか、淡々と話が続いてますねぇ。実にもって、私らしくはない展開じゃないかな?(笑)
 感想が全然来ないので、どういう風に思われてるのかさっぱりわかりませんが(苦笑)

 あ、さて。とりあえずNORMALランクだけどACECOMBAT3もオールクリアしたので、そろそろ腰据えて同人誌即売会ゲームやろっかな、というわけで、昨日一日かけてやってましたが……。
 クリアできねーぢゃん! えーこら、なめとるんかい!
 はぁはぁはぁ
 今日、改めてやって、やっとこさ1人クリアしました。ふぅ、もうお兄さん思い残すことは何もないよ(笑)
 ではでは。

 雪のように白く その4 99/5/31 Up