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「……ふぅ」
To be continued...
帰り道。ため息混じりに空を見上げる。
赤い。
夕焼けが、空を赤く染めていた。
私は、長森さんから聞いた、折原くんの話を胸の中で反すうしながら、歩いていた。
「……失ったもの、かぁ」
みさきと、似ている。
自分の中にあるものと、外にあるものという違いはあるけれど、大切なものを理不尽に奪われたという点で、二人には共通するものがある。
私には、そう思えた。
だから、引き合うのだろうか?
少なくとも、彼には、みさきの痛みがわかるんだろう。
私には、判らないその痛みの意味が……。
いつしか、私は無意識のうちに胸を押さえていた。
奇妙な息苦しさを覚えて、もう一度、空を見上げる。
空は、暴力的なまでに赤かった……。
「……ちょう、部長!」
「えっ!?」
私は顔を上げて、聞き返した。
「もう、なにぼーっとしてるんですか?」
牧田くんが苦笑する。
私も苦笑した。
「ごめんね。最近、ちょっと不眠気味だから」
「部長がそんなんじゃ、部員のみんなにしめしが付きませんからね。しゃきっとしてください」
牧田くんに言われて、私はもう一度謝った。
「ごめんなさい」
今日の演劇部は通常通りの練習だけど、私と牧田くんは部室の隅で運営の打ち合わせをしているところ。
「で、何?」
「ええ。……上月さんのことですけど」
ちょっと声を潜めて、他の部員に聞かれないようにしながら、牧田くんは言った。
「どうします?」
「……リミットは?」
「そうですね……。年内に目処がつかなければ、もう無理じゃないかと思いますよ」
「……年内、かぁ」
私は椅子に深く腰を沈めて、天井を仰いだ。
年内に、上月さんに付きっきりで指導してくれる人が見つからない限り、上月さんの舞台はなくなってしまう。
とはいっても、部員は皆、それぞれの仕事で忙しい。となると、外部の人の手を借りるしかない。
「そんな都合のいい人材なんて、いないわよね……」
「……」
牧田くんは、黙ったまま苦笑した。
部活が終わって、私は皆と別れて図書室に向かった。
図書室のドアを開けると、中を見回す。
……いない。
「あ、雪見」
私を呼ぶ声。みさきじゃない。
声の方を見ると、貸し出しカウンターの中から菅野さんが手招きしていた。
「こっちこっち」
「?」
私が貸し出しカウンターまで歩いていくと、菅野さんは眼鏡の位置を直しながら、イタズラっぽく笑った。
「残念でした。お姫様はもうお帰りになりましたよ」
「え?」
「みさきに伝言頼まれたのよ。雪ちゃんが来たら、先に帰るって伝えてね、って」
「先に帰ったの?」
「ええ。それがね……」
菅野さんは、心持ち声を潜めて言った。
「男連れだったのよ、みさきってば」
「えっ?」
「いやぁ、まさかみさきに先越されるとはなぁ。あたしもヤキが回ったわ」
菅野さんはそう言って苦笑した。
「……菅野さん、その男って誰なの?」
「え? うーん、私は初めてみた人だったなぁ。……でも、2年生だったわよ。うん、そう。襟章が2年のだったし」
「2年生……」
「ずいぶんと、みさきとは親しいみたいだったけどね〜」
2年生の男子生徒で、みさきと親しい……。
もう、一人しか思い当たる人物はいない。
折原浩平……。
「……み、雪見ってば!」
「えっ? あ、ごめん。何?」
我に返って聞き返すと、菅野さんは苦笑した。
「まぁ、これであんたもみさき離れすることね」
「みさき離れ?」
「そ。雪見、いつまでもみさきにべったりひっついててもダメだよ。もっと男とも付き合わなくちゃ」
「大きなお世話ですっ」
私は、菅野さんの頭を軽く叩いた。
「第一、あなたにそんな事言われる筋合いはないわよ」
「あ、ひどぉい。雪見ったら、あたしに彼氏がいないからってそれはないでしょっ!」
「ったく。ほら、お客さんよ」
私は、本を抱えた生徒が来るのを見て、そう言い残してカウンターから離れた。そして、閲覧席の空いている椅子に座って、鞄を置くと、頬杖をつく。
……みさき離れ、かぁ。
そう言われても仕方ないかもしれない。
みさきにも、そう思われている?
その考えに思い至った瞬間、私は硬直していた。
みさきは、私のことをうっとおしいと思っているのではないだろうか?
ただ、今までは私に頼らざるを得なかったから、仕方なく私の相手をしていただけ。
でも、そこに登場した折原くんの存在。
みさきは、これ幸いと私から離れて、折原くんに……。
「……ばかばかしい」
言葉に出して、否定する。でも、その考えは、止まろうとしなかった。
「あれ? 何深刻な顔してるの?」
声をかけられて顔を上げると、菅野さんが私の顔をのぞき込んでいた。
「もしかして、マジに取っちゃった? ごめん、ちょっと言い過ぎたかも」
「ううん。それよりも、図書委員がカウンターから出てきてもいいの?」
聞き返した私に、菅野さんは黙って時計を指した。
「……ああ、もう閉館時間なのね」
言われて辺りを見てみると、他の生徒はもう誰もいなくなっていた。
「ごめんなさい。すぐに出るから」
「あ、ちょっと待って。一通りチェックしたら、ここ閉めちゃうから」
そう言って、菅野さんは書架の方に駆け出した。
見回りをしている彼女を見るともなく見ながら、私は一つため息を付いた。
……最近、ため息が増えてきたな。
自嘲するように呟く。
「お待たせ。電気消しちゃうから」
戻ってきた菅野さんが、そう言ってドアの脇のスイッチに手を伸ばす。
パチン
その瞬間、広い図書室が闇に包まれる。廊下の電気がついているから、完全に真っ暗にはならないけれど、今までの明るさに慣れた目からすれば、何も見えないも同然だった。
みさきは、こんな闇の中で生活してる。
だから、私が助けてあげないといけないんだ。
ずっと、そう思っていた。ずっと……。
あの暑い夏の日から……。
「結局最後まで付き合わせちゃってごめんね」
図書室の鍵を返して、職員室から出てきた菅野さんは、私に声をかけた。私は首を振った。
「ううん。それよりも早く帰ろ。もう外は真っ暗だし」
「だよね。冬は陽が落ちるのは早いし寒いし、いいことないよね〜」
菅野さんはコートを羽織りながら(職員室に入るときは、コートは脱ぐように決まっているのだ)、笑った。
「こんな時間じゃ、山葉堂のワッフルも売り切れてるだろうし〜。パタポ屋でクレープでも買おっか?」
「うん、それいいね」
こんな落ち込み加減のときは、甘いものでも食べて気分転換するに限る。
私は、菅野さんのお誘いに乗ることにした。
「それじゃ、ささっと行きましょ!」
「ええ」
何故か、やたらとテンションの高い菅野さんに苦笑しながら、私は彼女の後を追って歩き出した。
「ただいま」
玄関を開けて、一声かけてから靴を脱いでいると、母さんが台所から顔を出した。
「おかえり。さっき、みさきちゃんから電話があったわよ」
「みさきから?」
「ええ。後で電話してくれって」
「あ、うん。わかった」
頷いて、私は鞄をその場に置いて、玄関先に置いてある電話を取った。短縮ボタンを押す。
トルルル、トルルル、トルルル
「はい、川名です」
「あ、すみません。深山ですけど、みさきはいます?」
「あら、雪ちゃん? ええ、ちょっと待ってね」
少し待っていると、微かに声が聞こえてきた。
「こらっ、みさき! 雪ちゃんから電話なんだってば! 食べてないでっ!」
「でも、食べないとなくなっちゃうかもしれないんだよ」
「そんな納豆チーズカレーなんて、誰も食べないわよっ! いいからっ、さっさと出なさいっ! 雪ちゃん待ってるのよっ!!」
「ああーっ、お皿がなくなったぁっ! お母さん意地悪だよ〜〜っ」
……やれやれ。
しばらくして、受話器の向こうからみさきの声が聞こえてきた。
「ううっ、雪ちゃん、早く済ませてね」
「あのねっ! あなたが電話くれって言ったんでしょっ!」
「あ、そうだったね。ごめんね雪ちゃん」
「……ふぅ。で、どうしたの?」
「うん。今日ね、……ああっ、お母さん、先に食べるなんてひどいよ〜っ!」
「……み〜さ〜き〜!」
「えっとね、みさき。今日は先に帰っちゃってごめんね」
私は、聞こえないようにため息をついた。
「ううん、いいのよ。折原くんと帰ったんでしょ?」
「ええっ!? 雪ちゃんどうして知ってるのっ!? もしかして見てたの? もーっ、いたなら声かけてくれればいいのに〜」
「いないわよ。図書委員の菅野さんに伝言頼んだでしょ?」
「あ、そっか。そうだよね。でね、帰りに、浩平くんにね、雪ちゃんの話をしたんだよ」
「私の?」
「うん。澪ちゃんを見てくれる人がいなくて困ってるって話。そしたらね、浩平くんがね、「よかったら、俺が手伝っても良いけど」って言ってくれたんだよ」
「折原くんが?」
私は驚いた。それから、もう一度、聞こえないようにため息をついた。
多分、みさきの気が引きたいだけなんでしょうね。
「大丈夫よ、みさき。そこまでまずい状態じゃないから」
「えっ? でも、浩平くんなら他に部活もやってないし、いいと思ったんだけど……」
「ううん。それに、折原くんは演劇の経験もないんでしょ? 大道具とかならともかく、上月さんの演技指導は無理だと思うわ」
「……そっか。そうだよね……」
みさきのがっかりした声。
……ごめん、って言わないといけないのは、私の方だね。
「気にしないで。元はと言えば、私があなたに愚痴ったのが悪いんだし。用事ってそれだけ?」
「あ、うん。そうだよ」
「そう? なら、早く食事に戻った方がいいんじゃない?」
「あっ、そうだね。それじゃ、ホントにごめんね、雪ちゃん」
「ううん。おやすみなさい、みさき」
「お休み、雪ちゃん」
ピッ
電話が切れた。
……みさき、折原くん……。
私は、しばらくしてから受話器を置いた。
いったい、私はどうしてしまったんだろう……。
「雪見、どうしたの?」
母さんに声をかけられて、私は顔を上げた。
台所から、母さんが心配そうに私を見ている。
「ううん、なんでもない。夕ご飯?」
「え? ええ、そうだけど」
「わかった。それじゃ着替えてから行くから」
私はそう言って、置いておいた鞄を掴んだ。
あとがき
ども。
第3話、一応出来ましたのでアップしますね。
なんていうか、今までの自分の作品とは毛色が違うものになりつつあるようで、ちょっと頭が痛いです(苦笑)
まぁ、なるようになるでしょう(笑)
感想くれると嬉しいです。はい。
とりあえず、同人誌作成ゲームは……、同人誌作成は上手くいくけど、恋愛がうまくいかないのでしばらく放り出して、空戦ゲームをやっています。
ちょっと操作が変わったので難しい(苦笑)。
雪のように白く その3 99/5/28 Up