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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その2

 ピピピピピピ
 目覚ましのアラーム音が鳴り響く。
「……むぅ〜」
 私は、寝返りを打ちざま、右手を目覚ましに叩きつける要領で止める。それから、あくびをしながら体を起こす。
 まだ、ちょっとぼぉーっとしたまま、辺りを見回す。
 カーテン越しに漏れてくる朝の光が、私の部屋を照らし出している。
 目覚ましを見て、起きなければならない時間なのを確認すると、私はベッドから素足を出して、立ち上がった。
 ネグリジェ一枚では、流石に寒い。ベッド脇に置いてあったカーディガンを羽織って、窓に近寄ると、カーテンを開ける。
 シャッ
 まぶしい朝の光が、真っ直ぐ部屋に射し込んでくる。
 私は、手をかざしてその光を見つめた。
 今日も、いい天気のようだ。

 いつもの時間に学校に着くと、もうみさきは自分の席についていた。
 私は鞄を机の脇にかけると、みさきのところに歩いていった。
「おはよう、みさき」
 声を掛けると、みさきは顔を上げて私の方に向いた。
「雪ちゃん、おはよう」
 元気そうな返事を聞いて、ほっとする。
「今日も元気そうね」
「うん、元気だよ」
 そう言うと、みさきは小首を傾げた。
「雪ちゃんは、元気ないみたいだね」
「そ、そんなことないわよ」
 私はそう言ってから苦笑した。
「なんて、みさきに言っても無駄か」
「うん、無駄だよ」
 みさきもにこっと笑った。それから私の髪を掴んで、軽く引っ張る。
「さぁ、話してみてよ〜」
「あ、ほら、先生が来ちゃったわよ」
 私はそう言って髪の毛を取り返す。
「雪ちゃん、意地悪だよ〜」
 ぷくっと膨れて拗ねるみさき。私はもう一度苦笑する。
「駄々っ子なんだから、みさきは。わかった。あとで必ず話すわよ」
「うん。きっとだよ」
 みさきはにこっと微笑んだ。いい笑顔。
「こら、深山! 川名に構ってないで席に付けっ!」
 担任の軽い叱責に、クラスメイトの笑い声。
「ほら、怒られた」
「誰のせいよ、もう」
 無邪気に笑うみさきを置いて、私は担任に軽く頭を下げてから、自分の席に着いた。

 昼休み。
 私は、相変わらずの食欲を発揮するみさきを前に、演劇部のことを話した。
「……で、悩んでるわけよ」
「そうなんだ。雪ちゃん大変だね」
「まぁね」
 私は頬杖を付いて、ため息を一つ。
「あなたは幸せそうね」
「うん。私は幸せだよ」
 みさきはスプーンをぺろっと舐めて、満足そうに頷いた。その脇に積まれている皿の数は、数えるだけ疲れるので見ないようにする。
「私が面倒見てあげられればいいのにね」
 みさきはそう言うと俯いた。
「ごめんね、雪ちゃん」
「みさきのせいじゃないって」
 私は、みさきの肩を軽く叩いた。それから、立ち上がる。
「さて、と。みさきはもうちょっと食べていく?」
「うん、そうするよ。……あ」
 不意にみさきはポケットを叩いて、しょげた顔をした。それから、私の方に顔を向ける。
「雪ちゃぁ〜ん」
「……もしかして、お金ないの?」
「……そうみたい」
「はぁ……。いくら?」
 私はため息を付きながら財布を出した。
「わぁい、雪ちゃん親切だねっ!」
「ちゃんと返してもらうからね」
「……雪ちゃん、意地悪だよ〜」
「誰がよっ!」

 放課後になる前に、掃除の時間がある。
「ねぇ、雪見。みさき見なかった?」
 ロッカーからモップを出している私に、後ろからクラスメイトの鷹田さんが尋ねてきた。
「ううん。……って、なんで私に聞くのよ?」
「だって、雪見って、うちのクラスのみさき係じゃない」
「何の係よ、それ? で、みさきがどうしたの?」
 鷹田さんは、肩をすくめた。
「中庭の掃除。同じ班だから、一緒に連れて行こうと思ったのに、いないのよ」
「……逃げたのね、みさき」
 私はため息を付くと、モップを鷹田さんに渡した。
「ちょっと持ってて。私、探してくるから」
「えっ? ちょ、ちょっと雪見ぃ〜っ!」
 鷹田さんの声を背中に、廊下に出る。
 ちょっと前までなら、屋上に行けばいたんだけど、今は屋上は寒すぎる。
 とすると……。校舎裏かどこかかしら?
 考えながら廊下を歩いていると、前の方から見知った顔がぶらぶらと歩いてきた。
「折原くん」
「あれ? 深山先輩じゃないすか。ちわっ」
 軽く手を上げる折原くん。
「ねぇ、みさき知らない?」
「みさき先輩の居場所か? そんなことは全くこれっぽっちも知らないと言えないことはない」
 大げさに手を振り回しながら熱弁する折原くん。……やっぱり変な人だわ。
 と、向こうの方から女生徒が廊下をぱたぱた走ってくるのが見えた。
「こうへ〜〜い!」
「げ、長森かっ!?」
 慌てて振り返る折原くん。同時にその女生徒も折原くんの姿を認めたらしく、足をさらに早めて駆けてくる。
「見つけたっ! 今日こそはちゃんと掃除しなさいよっ!!」
「俺は、非生産的な労働は嫌いなんだっ!」
 そう言って駆け出す折原くん。
「あ、ちょっと!」
「それじゃ深山先輩。さらばだ、アデュー」
 それだけ言い残して、そのまま折原くんはばたばたっと走って行ってしまった。入れ替わりに、女生徒が私の前まで走ってくると、はぁはぁと息を付く。
「はぁはぁ、また逃げられちゃったよぉ……」
「あの……」
 私が話しかけると、女生徒は顔を上げた。
「は、はい?」
「あなた、折原くんの知り合い?」
「え? はい、そうですけど……」
「あ、ごめんなさい。私、3年の深山雪見。演劇部の部長なの」
 私が名乗ると、女生徒もぺこりと頭を下げた。
「2年の長森瑞佳です。深山先輩、浩平……折原くんのお知り合いですか?」
「ええ、ちょっとね。あの、折原くんのことで聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「えっと……」
 ちょっとためらう長森さん。その姿を見て、私は我に返った。
 一体、折原くんの何を聞こうというのだろう?
「あ、ごめんなさい。やっぱりいいわ」
 私は手を振って謝った。
「えっ?」
「なんでもないの。それじゃ」
 私はそのまま廊下を歩いて行こうとした。
「あの、深山先輩……」
 後ろから長森さんが私に呼びかけた。振り返る。
「なぁに?」
「……いえ」
 長森さんは、静かに首を振った。
 多分、私と同じで、何を聞いていいのかよく判らないんだろう。
 ちょうどその時、掃除時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「長森さん、この後、空いているかしら?」
「え? ええ、大丈夫ですけれど……」
「それじゃ、ちょっと時間を割いてくださる?」

 長森さんとは、一旦荷物を取りに自分の教室に行った後、中庭で落ち合うことにした。そして教室に戻る。
 ドアを開けると同時に、目の前にいきなりモップの柄が突き出された。
「雪見までさぼるとはねっ!」
「ごめん。みさきは?」
 モップを受け取りながら聞き返すと、鷹田さんは肩をすくめた。
「あそこ」
 見ると、みさきは平然と自分の席に着いていた。
「掃除の時間が終わったら、どこからともなく戻ってきたわよ」
「ごめんね」
 もう一度謝って、私はみさきの席に駆け寄った。
「みさきっ!」
 びくっと身をすくませると、みさきは私の方に顔を向けた。
「ごめんね、雪ちゃん。ちょび髭はわざとじゃなかったんだよ」
 ……何、それ?
「そうじゃなくて……」
「あ、違うの? よかったよ〜。ずっと心配してたんだから」
 笑顔でうんうんと頷くみさき。……もう、しょうがないな。
 私はため息を付くと、みさきに訊ねた。
「今日は図書室?」
「ううん、真っ直ぐ帰るけど。雪ちゃんも一緒に帰るの?」
「ごめん。私は用事があるから……」
「そうなんだ。残念だよ〜」
 本当に残念そうに俯くみさき。
 ……そうね。
「わかった。一緒に帰りましょう」
「えっ? でも、用事があるんじゃ……」
「どうせあなたの家って学校の前じゃない。あなたを送ってから学校に戻るわよ」
 私はそう言うと、みさきの腕を取った。
「ほら、そうと決まればさっさと帰るっ!」
「うん、わかったよ」
 みさきは鞄を持って立ち上がった。

 みさきを家に送った後で、私は学校に引き返した。そのまま真っ直ぐ中庭に向かうと、木の下に長森さんが佇んでいる。
「ごめんなさい。お待たせして」
「あ、いいえ。わたしも今来たところですから」
 私が声を掛けると、長森さんはわたわたと軽く手を振った。
 私は、少し考えてから、言った。
「それじゃ、食堂に行きましょうか。ここは寒いし」
「そうですね」
 頷く長森さん。

 放課後の食堂は、一応開放されている。自販機で買ったジュースを片手にだべっている生徒も結構多い。
 私たちは、その片隅に陣取った。
「あ、わたしジュースでも買ってきますね。深山先輩、何がいいですか?」
 そう言う長森さんの好意に甘えてオレンジジュースをオーダーすると、数分後に長森さんが戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ごめんね。はい、代金」
「あ、いいですよ、そんなの」
 少し押し問答して、代金を受け取ってもらう。
 長森さんは、自分の牛乳パックにストローを刺して、一口飲んだ。それから、私に視線を向ける。
「深山先輩、どうしてこ……、折原くんのことを?」
 ちょっと考えてから、答える。
「うん、興味があってね」
「ええっ? 興味があるって、それってもしかして浩平のことす、すっ、すいません」
 がたんと立ち上がって、そう言いかけた長森さんは、周囲の視線を浴びていることに途中で気付いて、慌てて謝った。また座り込む。
 なんだか、見てて飽きない。それにしても、……そうかぁ。この娘も、折原くんのことを……。
 ……も、っていうのはあんまり気に入らないけど。
「あの、深山先輩。わたしは、その、こ、折原くんとは単なる幼なじみ同士ですから、気にしないでくださいね」
 私がじぃーっと見ていると、すっかりうろたえてしまったらしく、長森さんは聞きもしないことまで話し始めた。なるほど、この娘は折原くんとは幼なじみ同士っていうわけなんだ。さっきも「浩平」って名前を呼び捨てにしてたみたいだし。
 みさきに取っちゃ手強いライバルってところかな。私は一安心だけど。
「でも、長森さんも折原くんのこと、憎からず思ってるみたいね」
 私は頬杖を付いて、オレンジジュースのパックにストローを突き刺した。
「そんなことないですもん。わたし、こ……折原くんにはいろいろと悩まされてるんですよっ!」
 何故か力説し始める長森さん。
 私は苦笑した。
「ごめんね、長森さん。正直に言うわ。折原くんに興味があるのは、私じゃなくて、私の友達なの」
「えっ?」
 虚をつかれたように私を見る長森さん。
「そうなんですか?」
「ええ。で、その友達っていうのが、世間知らずなお嬢さんなものだから、変な男に引っかかっちゃ大変と思ってね、ちょっと彼のことを知りたいと思ったわけ」
「はぅ〜。それじゃやっぱり浩平のこと好きな人はいるんだぁ〜」
「え?」
「あっ、いえっ、なんでもないんですもん。あはっ」
 笑って誤魔化すと、長森さんは、もう一度ストローを吸った。それから、私に言う。
「そういうことなら、何でも聞いてください」

To be continued...

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あとがき
 さて、ちょっと間が空きましたけど、雪ちゃんSS第2話です。
 仕事と30000アクセス記念作品で忙しかったんですよ。別にマリオネットカンパニーにはまってたとか、LFTCGにはまってたとか、そういうわけじゃありません(笑)
 今回の見所は、冒頭の雪ちゃんお目覚めシーンかな?(笑)

 一部の方にお約束していた澪ちゃんSSは、順調に遅れています(苦笑)
 なんていうか、難しいですね〜、澪ちゃん。
 澪ちゃんは主役よりも脇役で輝くタイプだと思うし。現に「お嬢さん」シリーズじゃ詩子に次いで良く出てるじゃないですか(というか、詩子とペアで出てる事が多いし(笑))
 まぁ、澪ちゃんファンの友人がしきりにプレッシャーかけてくれてるので、澪ちゃんファンの人は彼の活躍を祈ってください(爆笑)

 ところで、SSリクエストで誤解されている向きもいらっしゃるようなので名言しておきますが、あれは「早く続きを書いてくれSpecial」です。新作のリクエスト用じゃないんですけどね(笑)
 でも、まぁ確かに良い意味でのプレッシャーにはなってます。はい。
 ……FKSかぁ。いつぞやのマネージャー選挙といい……、香奈ちゃんファン恐るべし。

 さて、それじゃ私は同人誌即売会ゲームの続きをやるとしましょう(結局買ったんかい!?(笑))

 雪のように白く その2 99/5/27 Up