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カシャァッ!
To be continued...
いつものようにカーテンの引かれる音と、そして目の奥を貫く陽光。
……って、いい加減このフレーズも飽きてきたな。
この後は、いつものように長森が俺を起こす声が聞こえてくるんだよな。
「……起きてください」
思った通りのタイミングで声が聞こえてきた。俺はごろんと寝返りを打った。
「あと3年寝かせてくれ」
「嫌です」
「頼むぅ〜」
「そんなに寝ていたら衰弱して死にますよ」
「……?」
いつもの長森と微妙に反応が違うぞ。
俺は薄目を開けて、驚いた。
「お前、いつのまにそんなに髪が伸びたっ!?」
「昔からです」
「それに髪の色も……。染めたのか?」
「昔からです」
「しかも声まで違うじゃないか。ヘリウムでも吸ったのか?」
「……帰ります」
「冗談だ、冗談」
俺は、そう言いながら、体を起こした。
「しかし、珍しいな。茜が起こしに来るなんて」
「……はい」
茜はこくりと頷いた。その目が赤いのに気付いて、俺は訊ねた。
「もしかして、夕べは寝てないのか?」
「眠れませんでしたから」
もう一度、こくりと頷く茜。
「そうか。それじゃここで寝るか?」
俺は布団を開けて手招きしたが、茜はあっさり返す。
「絶対に嫌です」
「むぅ〜」
相変わらず手強い相手だ。
と、不意にガチャッとドアが開いた。長森がひょこっと顔を出す。
「あれっ?」
「おう、長森か」
「おはようございます」
俺と茜が声を掛けると、長森は慌ててドアを閉めた。
「ごっ、ごめんねっ!」
「……は?」
俺は茜と顔を見合わせた。長森が階段を駆け下りる音が聞こえる。
トントント……ドドッ、ドォン
「うーっ、痛ぁ〜」
「……何をやってんだ、あいつは?」
俺はドアを開けた。音から想像できた通り、長森が階段の下に転げ落ちていた。
「だって、里村さんが朝から浩平を起こしに来るなんて今まで無かったんだもん。……いたたっ」
「大丈夫ですか?」
リビングで、長森は茜に、打ったところに湿布を貼ってもらっていた。
俺はというと、2人にリビングから閉め出されて台所にいる。
「だからって部屋から飛び出したあげく階段から転げ落ちるとはな。ドリフのコントじゃねえんだぞっ」
「ホントにビックリしたんだもん。ひゃぁ、冷たいっ」
「我慢してください」
「なんで茜が俺を起こしにくるとお前がびっくりするんだ?」
「それはぁ……、な、なんでもないもん」
「はぁ? ま、いいけどさ」
「終わりました」
茜の声に、俺はドアを開けた。
「えっ? わ、わわぁっ、浩平ちょっと早いっ!!」
慌てて胸を押さえてかがみ込む長森。ちなみに上半身は裸のままだった。どうやら、茜が言った「終わり」というのは、湿布を貼り終わったという意味だったようだ。
「浩平っ、ドア閉めてよぉっ!!」
「おう」
バタン
「閉めたぞ」
「浩平が中に入ってるっ!」
「判った判った」
俺はドアを開けて外に出た。それから、もう一度開ける。
「ところで茜、今日は……」
「ばかぁっ!!」
バフッ
いきなり顔面にクッションが飛んできた。
「何するんだ、長森」
「もう、知らないもん!」
そう言いながら、長森は自分の服で前を隠しながらバスルームの方に走っていった。
俺はそれを見送りながら、茜に尋ねた。
「なぁ、茜。長森、何を騒いでるんだ?」
「……浩平、あまり長森さんをいじめない方がいいと思います」
茜が救急箱を閉めながら、ため息混じりに言った。
「別にいじめてるつもりはないんだが、まぁ強いて言えば小さな頃に石を投げつけられた恨みがあるからな」
「ぶつけるつもりは無かったもん」
ぶつぶつ言いながら、長森がバスルームからやって来た。サスペンダーを直しながら、恨めしげに俺を見る。
「さ、とりあえず飯にしようぜ」
「うぐぅ」
「なんだ、それ? 最近の流行か?」
「なんでもないもん」
膨れている長森をほっといて、俺は茜に向き直った。
「で、今日も面会に行くんだろ?」
「はい」
こくりと頷く茜。
「それなら、もうちょっと待っててくれないか? 住井も見舞いに行きたいって言ってたから、待ち合わせしてるんだ」
「……それは構いません」
そう言うと、茜は呟いた。
「大勢の方が……いいです」
……気が紛れるから、か?
と、タイミング良くチャイムが鳴った。
「あっ、わたしが出るね」
長森がそう言って玄関の方に行く。
「多分、住井だな。茜、面会時間って何時からだっけ?」
「10時からです」
俺は壁の時計を見た。
「……今、何時だ?」
「浩平が見た通りです」
あっさり答える茜。俺は首を振った。
「うちの時計は、長森が俺をはめようとして、全て狂わせてるんだ」
「そうなんですか?」
「いや、それは冗談だが」
俺はもう一度、時計を見た。
午前8時20分。
そういえば、今日はいつも長森が来る時間よりも早く茜が来てたんだよなぁ。
しかし、えらく時間がある。住井の奴がそんなに早く来るもんだろうか?
と、そこに長森がぱたぱたと戻ってきた。
「浩平、お客さんだよ」
「住井ならお客さんじゃねぇぞ。あいつはただの……」
「違うよ」
俺の言葉を遮るように、長森は言った。と、その後ろから小柄な少女がひょこんと顔を出した。
『こんにちわなの』
「……長森、お前の知り合いか?」
俺が長森に尋ねると、そいつがえぐっと泣きそうな顔になった。俺は苦笑した。
「冗談だ、冗談。しかし、どうしたんだ、澪?」
うーっとしばし俺を睨んでいたが、澪はスケッチブックを開いて書き込んだ。
『お見舞いなの』
「澪も柚木の見舞いに行くのか?」
俺が訊ねると、澪は嬉しそうにうんうんと頷いた。
「ありがとう」
茜が澪の頭を撫でていると、またチャイムが鳴った。
ピンポーン
「あっ、私が……」
「いや、俺が出る」
俺は玄関に出ようとした長森を制した。
「お前が出ると、今度は七瀬辺りだったりしかねん。これ以上客が増えてどうするんだ」
「誰が出ても関係ないもん」
「いいから、長森は澪に茶でも出してやってくれ」
そう言って、俺は玄関に向かった。
ピンポーン
ドアのノブに手をかけたところで、もう一度チャイムが鳴った。
「へいへい」
俺はドアを開けた。
ドアを閉めた。
「さて、それじゃゆっくり寝るか」
「待ちなさいよっ!!」
いきなりドアが開けられた。
「いきなりドアを閉めるって、どういう意味よっ!!」
「どうした住井?」
「誰が住井よっ!!」
俺はため息を付くと、言った。
「期待通りに来ることないだろうに」
「は? 何よそれは?」
七瀬は首を傾げた。俺は内心でため息を付きながら、訊ねた。
「で、何をしに来たんだ?」
「何しにって、柚木さんのお見舞いよ」
「うちは病院じゃねぇぞ」
「だって、ここに集合でしょ? 住井くんがそう言ってたわよ」
「なに?」
思わず聞き返す俺に、七瀬は答えた。
「昨日の晩、住井くんから電話があったのよ。柚木さんが入院したから見舞いに行かないかって。柚木さんなら知らない仲じゃないし、入院したって初めて聞いたからびっくりしたわよ。で、お見舞いに行きたいって言ったら、それじゃ折原の家に集合って……」
住井のやろぉ、勝手にうちを集合場所にするんじゃねぇっ。
俺がわなわなと怒りに震えていると、長森がやってきた。
「浩平、誰が来てたの? ……あっ、七瀬さん。おはよう」
「瑞佳も来てたんだ。おはよっ」
元気よく挨拶する七瀬。
「もうっ、浩平ったら気が利かないんだから。七瀬さんも柚木さんのお見舞いに行くんでしょ? 面会時間までまだちょっとあるから、とりあえず上がってよ」
「あ、そうなの? それじゃお邪魔しま〜す」
そのまま三和土で靴を脱いで上がりこむ七瀬。
……って、ちょっと待て!
「おい、お前らっ!」
「七瀬さん、朝食べた?」
「軽く食べてきたわよ」
「あ、そうなんだ。それじゃお茶でいいよね」
「ありがと、瑞佳」
「無視するなっ!」
「あっ、浩平。トースト焼けたよ。食べる?」
「……食う」
「……遅い」
俺は時計を見ながらいらいらしていた。
「もうすぐ10時じゃねぇか! 住井の奴はまだ来ねぇのかっ!?」
と、茜が腰を上げた。
「行きます」
「里村さん、住井くんを待ってあげた方がいいんじゃ……」
長森が言いかけたところで、チャイムが鳴る音が聞こえてきた。
ピンポーン
「あっ、きっと住井くんだよ」
「だろうな。住井じゃなかったら日本海に沈めてやる」
俺はそう言いながら、玄関に向かった。三和土に降りると、ドアを開ける。
「遅れてすまん……」
「住井っ!」
勢いに任せて1発くらいぶん殴ってやろうと思って振り上げた手を、俺は下ろした。
こいつとも結構長い付き合いになるが、こんなにやつれてる住井を見たこと無かった。
「……住井、お前……」
「ははっ、夕べはあまり眠れなくてな……」
住井は力無く笑うと、三和土に並んでいる靴に目を留めた。
「こりゃまた、随分大勢だな」
「お前が呼んだんだろ」
「大勢の方が……いいです」
茜の言葉が、脳裏をかすめた。
住井も、やっぱり……なのか?
「あっ、住井くん、おはよう。……大丈夫?」
奧から出てきた長森が、挨拶の途中で住井の顔色に気付いて訊ねた。
「やぁ、長森さん。大丈夫さ」
軽く手を振る住井。長森もそれ以上は追求しなかった。微笑んで頷く。
「うん。それじゃすぐに行く? それならみんなを呼んでくるけど」
「どうする、住井?」
俺は訊ねた。住井は頷いた。
「行こう」
「ということだ。長森、みんなを呼んできてくれ」
「うん」
長森は頷くと駆け戻っていった。
俺達は、柚木の病室の前に立っていた。もう一度、ドアの脇のプレートを確認する。
『柚木詩子 様』
間違いないな。
「住井、お前から行けよ」
「お、おう」
住井は頷くと、前に進み出て、ドアをノックした。
トントン
……返事がない。
「あれ?」
もう一度ノックする住井。
トントン
しかし、返事はやっぱり無い。
「おかしいな」
住井はドアノブをひねってみた。
カチャ
ドアが開く。住井は俺の方に視線を向けた。
「鍵はかかってないな」
「開けてみろよ」
「お、おう」
頷くと、住井はドアを開けた。
「……!!」
茜が息をのむ気配を感じた。
病室の中には、誰もいなかった。ただ、白いカーテンが、開け放たれた窓から吹き込む風に揺れているだけだった……。
あとがき
こちらはお久しぶりに「野バラのエチュード」その9をお送りしました。
書き上げてから気付きましたが、その8に続いて詩子さんが全然出てませんね(苦笑)
ま、いいや(笑)
Kanonはとりあえず全員分書いたので、もういいかな、と思ってます。
っていうか、なんだか書く気が失せてきたようです。
何がどうしたっていうわけでもないんですけどね。ただ、うーん、なんだろう?
ハッピーエンドが信用できなくなったのかな。
ハッピーエンド後日談SSっていうのは、私自身が「そのハッピーエンドは現実にあったんだ」って信じてないと、書けないようです。Kanonのハッピーエンドは現実なのか夢なのかいまいち判らないので。
それと。
ハッピーエンドを読者のみんなが望んでいるのかどうか。望んでないなら、それを書くのはつまらない作業なわけです。SSというものは、私にとっては人を楽しませてなんぼのものですからね。
野バラのエチュード その9 99/6/14 Up