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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #2
俺と七瀬のハプニング・ジャーニー その9

 朝飯は、また演劇部御一行さまと一緒に、大広間で食べることになっていた。どうやら夕べのうちに、だよもん星人が深山先輩と相談してそう決めていたらしい。
 というわけで、俺達4人は、廊下を走っていた。BGMはオンユアマークだ。
「ううっ。もう浩平と一緒に走ることなんてないと思ってたのに〜」
「嬉しいだろ、長森」
「嬉しくないもん!」
「だいたい、浩平がまた寝るからでしょうがっ!」
 後ろから七瀬に言われて、俺はちらっと後ろを見た。
「七瀬、おまえ向こうからこっちに向かって走ってこい」
「体当たりされた上に肘打ちをたたき込まれるから嫌」
「安心しろ。今度は二度と起きないように完膚無きまでに……」
「アホかっ!! ……って、こらっ、掴むんじゃないっ!」
「みゅ〜♪」
「ひんっ……」
 七瀬は、おさげの先を椎名に掴まれて、走りながら泣いている。器用なやつ。
「あっ! 繭、駄目だよっ! 走ってるときは放さないと〜」
「走ってないときも駄目よっ!」
「みゅ〜♪」
 俺はため息を付いた。
「賑やかな連中だな」
「誰のせいよっ!!」
「椎名のことは、俺のせいじゃないぞ」
「……ぐすっ。あたし、もう疲れたよ……」
「しかし、この浴衣ってやつは、走りにくいなっ」
「話を逸らすんじゃないっ!!」
「みゅ〜〜♪」

 俺の活躍のおかげで、なんとか朝食が始まる前に、俺達は大広間に辿り着いた。
 先頭を切って俺がふすまをあけ、大声で挨拶する。
「あけましておめでとうございますっ!」
 今までざわめいていた大広間が、しーん、と静まり返った。
 一番向こうで、今日も例によって隔離されているみさき先輩が、言った。
「浩平君、今日はお正月じゃないよ」
「ううっ、突っ込んでくれたのはみさき先輩だけかっ。世間の冷たい風が五臓六腑に染み渡るぜっ」
「染みるかっ!」
 ぱっこぉん
 絶妙のタイミングで、七瀬がスリッパで俺の頭を殴った。長森が呆れたように言う。
「もう、浩平、相変わらず無茶苦茶だよ〜」
「そんなことはないぞっ。だいたいだな、俺ほど常識的な好青年はいないぞっ」
「誰が常識人なのよっ!」
 スパァン
 後ろから七瀬がハリセンでどついた。
「痛いぞっ、七瀬。だいたいそのハリセン、どっから持ってきたっ!?」
「乙女の必需品よっ!」
「嘘つけっ!」
「ふーっ」
「うーっ」
「もう、二人ともやめなよ〜」
 長森が苦笑しながら割って入る。
「みんな笑ってるよ〜」
「なにっ?」
「ええっ?」
 俺達が見てみると、大広間は爆笑の渦だった。
 七瀬は、かぁっと真っ赤になった。
「ど、どうしよう、浩平っ」
「何をだ?」
「このままじゃ、あたし単なるコメディアンになっちゃうよっ」
「いいじゃねぇか。おまえはもう卒業したんだろ?」
「でも、あたしの1年以上かけて築いてきた清純なイメージが……ひんっ」
 半泣きになって俺に訴えかける七瀬。
 と、深山先輩が立ち上がって、パンパンと手を打った。
「はい、ご苦労様。みんなもいい勉強になったでしょ?」
「はーい」
 声を揃えて答える演劇部の部員達。
「それじゃ、拍手!」
 パチパチパチ
 なんだか知らないが、とりあえず俺は皆の前で深々とおじぎをした。小声で、あっけに取られている長森と七瀬にも言う。
「ほら、おまえらも頭下げろ」
「う、うん」
「わかった」
 二人も、深々と頭を下げた。それから、俺は一度ふすまを閉めて、二人に言った。
「どうやら、俺達が余興にやったと思われたようだな」
「それじゃっ、あたしのイメージは壊れてないのねっ♪」
 さっきの落ち込み様はどこへやら、弾んだ声で言う七瀬。俺は七瀬の頭をぐしぐしと撫でた。
「おう。きっと、“ギャグもこなせる乙女”として連中の胸に深く刻み込まれたな。これで将来はバラドルでも食っていけるぞっ」
「なんかあんまり嬉しくないけど、まあいいわっ」
「……あれっ? 繭がいないよ」
 きょろきょろしながら、長森が言う。そう言われれば、いない。
「もう入ったんじゃねぇのか?」
 俺がそういうと同時に、急に大広間の向こうが騒がしくなった。
「みゅ〜っ! みゅーーーっ!」
「繭っ!?」
「泣き声じゃないわね」
「ああ。どっちかっていえば、目標補足トリガーオープンってところだな」
 顔色を変える長森の横で、的確な評論をする俺と七瀬。
 長森が慌ててふすまを開けると、そこでは奇妙な戦いが繰り広げられていた。
「みゅーっ」
 繭が、両手をわきわきさせながら迫っている相手は澪だったのだ。

 一拍置いて、俺は繭の目標を理解した。どうやら、澪のリボンが目標らしい。……どうやったら、澪のリボンがみゅーになるのかよくわからんのだが。
「みゅ〜」
 じりじりと迫る繭。一方の澪は、リボンを両手でしっかり押さえながら後ずさる。
 このままどうなるのかを見ていたかったが、あっさりと長森が仲裁に入ってしまった。
「駄目だよ〜、澪ちゃんいじめちゃ。浩平じゃないんだから〜」
「そうそう」
 腕組みして深々とうなずく七瀬。
 ……どういう意味だ、長森に七瀬?
 ま、それはこの際置いておこう。とりあえず、澪じゃ繭の相手は出来ないだろうし。仕方ないな……。
「椎名っ、みゅーはこっちだぞっ!」
「あっ、こらっ、浩平っ! あたしの髪を触らないでよっ!」
「みゅ〜
 瞬時に目標を変更して、繭はこっちに向かって駆けてきた。そのまま、七瀬が構える間もなくおさげを引っ張り始める。
「はうん。……こうなる運命だったのね」
「みゅ〜〜」
「さて、朝飯にするか」
 俺は、空いてる席にどっかと座って、みなの視線に気付いた。
「どした?」
「……あなた達、朝から元気ね」
 深山先輩が呆れたように言った。俺は肩をすくめた。
「みさき先輩には負けるけどな」
「それもそうね」
「うっ、雪ちゃんも浩平君もひどいよ〜」
 隔離席で拗ねるみさき先輩。おれと深山先輩は、同時につっこんだ。
「だったら、そのおひつを離しなさいっ」

「うっ」
 ようやく落ちついて朝食の席についた俺は、目の前に並んだ料理を見て、思わずうめき声を上げた。
「どうしたの、浩平?」
 隣でご飯をよそっている七瀬が訊ねた。ちなみに、七瀬はもう諦め顔だが、そのおさげには椎名がひっついているのは言うまでもない。
「いや……」
 俺は、もう一度目の前の料理を見回した。いわゆる平均的な和風の朝食である。……もっとも、和風か洋風か、というのはメインがご飯かパンかでしか区別していない俺であるが。
 ま、朝はご飯でも別に構わない。ハムエッグとシャケの焼いたのが付いているのもいいだろう。だがっ、だがしかしっ!
 俺の正面で座っている長森が、にこにこしながら言った。
「あ、そっか。浩平、納豆だめだもんね〜」
「ぐわ」
「えっ? 納豆好きって言ってなかったっけ?」
 きょとんとして俺に尋ねる七瀬。
「だって、前にあたしに納豆チーズカレーが好きだって言ったじゃない」
「それは、七瀬の危機を救うために俺が作った話だ」
 俺はキッパリ言うと、納豆を持って立ち上がった。七瀬が俺を見上げる。
「どうするの?」
「みさき先輩にやってくる」
「だめだよ〜、納豆もちゃんと食べないと」
「あんなもの、人の食えるもんじゃないっ!」
 俺は断言すると、すたすたと歩き出した。

「み〜さき先輩♪」
「あっ、浩平君?」
 みさき先輩は笑顔で俺の方をみた。……いいから、おひつは置きなさい、おひつは。
「よう。今朝も食べてるか?」
「うんっ。ちゃんと食べてるよ〜」
 にこにこしながら答える先輩。
「それにしても、いつもよりも派手だな」
 俺はその辺りを見回しながら言った。
「失恋すると、お腹が空くんだよ〜」
「ぐわ」
 笑顔で平然と言ってのける先輩に、俺は思わずよろめいた。なんとか立ち直って、苦笑する。
「そ、そっか」
「でも、食べてたら、楽になったんだよ。そしたら、馬鹿らしくなっちゃったよ。私の恋って、食欲よりも軽かったんだなって。あははっ」
「うーん。さすが先輩だ」
「……それって、誉め言葉なのかな?」
「ああ。誉め言葉」
「なんだか、馬鹿にされてるような気がするよ〜」
 ちょっと拗ねる先輩。俺は手にした納豆のパックを机に置いた。
「納豆好きだろ? これやるよ」
「……」
 さらに拗ねる先輩。
「浩平君で10人目だよ〜、納豆持ってきたの」
「そうなのか?」
 言われてみると、空になった納豆のパックが山のように置いてある。
 ……どうみても、10人分以上あるんだけどな。
「でも、使うから嬉しいよ」
「お、おう。存分に使ってくれい」
 俺は納豆パックを置いて、立ち上がった。
「それじゃな」
「え〜、もう行っちゃうの? 寂しいよ〜」
「七瀬が待ってるんでな」
 俺は、じーっとこっちを見ている七瀬に軽く手を振ってから、言った。
 先輩はこくんとうなずいた。
「そっか。それじゃ行ってあげなくちゃね」
「ああ。悪いな、先輩」
 そう言って、俺は先輩のところを後にした。
 ……さすが、強いよ、先輩は。やっぱり、卒業しても先輩だよな。

「ただいま〜」
 自分の席に戻ると、俺は七瀬に言った。
「めし〜」
「もう、お味噌汁、冷めちゃったわよ。ちょっと待ってて、入れなおすから」
 そう言いながら、七瀬は茶碗に味噌汁をつぐ。
「七瀬〜、ネギは抜いてくれぇ〜」
「我が儘言うんじゃないっ。ほれほれ」
「わぁ、すごい七瀬さん。わたし、浩平のこと甘やかしちゃったんだな〜」
「長森、お前一体何者だ?」
「うん? 浩平の保護者だよ」
「ぐわ」
 愉快に朝食の時間は過ぎていった。

 で、自室に戻ってから。
「……で、自分は何も食ってないのか?」
「ううっ。浩平の世話と繭に気を取られて……」
 涙ぐむ七瀬。俺は七瀬のあまりの哀れさに涙した。
「しょうがねぇやつ」
「七瀬さん。おやつ代わりにと思ってたぽてちならあるけど、食べる?」
「ありがと、瑞佳ぁ」
 哀れっぽく、もそもそとぽてちを食べる七瀬。乙女とは、斯くも辛いものである。
「誰のせいだっ!?」

To be continued...

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