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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #25
バレンタインのお嬢さん(後編1)

 昼休み、俺は茜と、ついでに長森も誘って中庭に集まった。
「……寒いです」
「うん、寒いよ浩平」
 根性の足りないことを言う2人だが、確かに2月のこの時期、中庭は寒かった。
 とはいえ、食堂にでも行こうものなら柚木や澪が来てえらいことになるのは火を見るより明らかだ。これ以上事態を混迷させたくはない。
 と、後ろから声がした。
「あっ、茜、こんなところにいたんだ〜。捜しちゃったよ〜」
『さがしたの』
 ……俺の配慮はまったくの無意味だった。
 こうなったら無視だ、無視。
 俺が柚木の方を見ずに、茜に声を掛けようとすると、柚木の声がした。
「ほら、迷子を連れてきてあげたんだから感謝しなさいよね」
 なぬ?
 思わず振り返ってしまう俺。
 柚木の後ろから、ぴょこんと顔を出したのは、みさおだった。
「えへへっ、来ちゃった」
「みさお!?」
「だって、1人で退屈だったんだもん」
 口を尖らすみさお。
 柚木が俺と茜を交互に見ながら訊ねる。
「ねぇねぇ、この子誰? 折原くんの隠し子?」
「んなわけあるかぁっ!」
「違います」
 同時に答える俺と茜。
 腕組みをして、柚木は首を傾げた。
「とすると、茜と折原くんの子じゃないんだ」
「バカ言え。まだ出来るには早い……」
「浩平」
 赤くなった茜にぎゅっと腕をつねられた。一方長森は1人で暴走している。
「は、早いって何がはやいんだよっ!」
「いてて……。落ち着け長森」
「はう〜」
 そんな俺達を澪が楽しそうに見ている。
『みんな楽しそうなの』
「……はぁ〜」
 俺は深々とため息をつくと、言った。
「まぁ立ち話もなんだから、とりあえず座ってくれ」

「やっぱり寒いよ、浩平」
「はい、寒いです」
「寒い〜っ!」
「……くしゅん」
『さむいの』

 女性陣の圧倒的多数意見により、やむなく俺達は食堂に場所を移した。

 不幸中の幸いというか、昼休みに入ってちょっと時間が過ぎており、食堂の混雑のピークは過ぎていたので、俺達は大きなテーブルを一つ占有することができた。
 そうしておいてから、俺はみさおに訊ねた。
「で、どうしてこんなのと一緒に来たんだ?」
「茜〜、折原くんがあんなこと言ってるよ〜」
「お前のことを言ってるんだっ!」
「ひっどーい。それが茜の親友に対して言うせりふ? よよよ〜」
 泣き真似する柚木と、それを本気にしておろおろしている澪。
 俺はその柚木の頭を軽くどついた。
「泣き真似しとらんで説明しろ」
「うん」
 案の定、あっさりと顔を上げて柚木は説明した。それによると、ちょうど校門のところで途方に暮れていたみさおとばったり逢って、そのまま連れてきたらしい。ちなみに澪とも途中で偶然合流したそうだ。
「……とまぁ、そういうわけなのよ」
「わけなのよ」
 口真似するみさお。柚木はそのみさおの頭を撫でながら、俺に尋ねた。
「それで、折原くん。この子は結局誰なのよ?」
 それは俺が知りたいんだがな。
 俺は長森に説明させようと視線を向けた。……が、長森はいつの間にか消えている。
 肝心な時に役に立たない奴だな、まったく。しょうがない、それじゃ茜に……。
 そう思って視線を茜に向けると、茜も顔を上げて俺に目を向けた。

 浩平が説明してください。
 俺?
 はい。
 アイコンタクト終了。とほほ……。
 仕方なく、俺は昨日の状況を簡単に柚木と澪に説明した。
「なるほど。それじゃ改めて、私は柚木詩子さん。よろしくね、みさおちゃん」
『こうづきみおなの
 2人はてんでに自己紹介した。しかし、普通もう少し驚くとか怪しむとかしないか?
 と、そこに長森がトレイを持って戻ってきた。
「ただいま〜。ごめんね、パンと飲み物買ってきたよ」
 そう言われてみるとまだ何も食ってなかった。さすが長森、こういうときは気が利く。
 ……って、おい。
「長森、飲み物って全部牛乳じゃないか!」
「だって、他のパック全部売り切れなんだもん。それに、牛乳は身体にいいんだよ」
 そう言いながら、早速牛乳パックにストローを突き刺してちゅうちゅう吸っている長森。
 まぁ、そんなことはどうでもいいや。
 俺はため息を一つつくと、早速パンを選んでいるみさおに訊ねた。
「それで、あれからまた何か思い出したか?」
「うーんとね」
 みさおはあんパンのビニールを開けながら、首を傾げた。
 それから、柚木を見る。
「えっと、しいこさん?」
「そ、私はしいこさん」
 笑顔でこくこくと頷く柚木。隣で澪がスケッチブックを広げている。
『みおなの』
 みさおは、くるっと首を回して、マイペースに弁当を広げていた茜を見る。
「あかね?」
「……はい?」
 顔を上げる茜をそのままに、今度は長森に視線を向ける。
「……ながもり」
「うん、長森瑞佳だよ」
 笑顔で頷く長森をよそに、みさおはうーんと腕組みして考え込んだ。
「3人はなんか知ってたような……気がするんだ……」
 それを聞いて、澪がえぐえぐと泣き出した。
『仲間はずれなの』
「よしよし、大丈夫よ澪ちゃん。ちゃんとしいこさんが可愛がってあげるからね〜」
 柚木が澪の頭をぐりぐりと撫でている間に、俺はみさおに聞き返す。
「本当か?」
「うん。……なんとなく、だけど……」
 口ごもると、みさおは茜に視線を向ける。
「特に……あかねは良く知ってる……ような気がするんだけど……、でもよくわかんない」
「それだけでも十分です」
 茜は静かに言うと、微笑んだ。みさおも嬉しそうに笑う。
「うん。ありがとっ」
 しかし、みさおが、俺だけじゃなく、茜達も知ってたとは……。一体、どういうことなんだろう?

 授業が終わり(授業中、前に椎名がそうしていたようにみさおもとりあえず教室にいたのだが、髭を含めて教師は全然気付いていなかった。まったくもって節穴だ)、俺達は一緒に帰り道を歩いていた。
「他には何か思い出さなかったか?」
「浩平、あまりせっつくのは良くないです」
 茜にやんわりと言われて、俺はため息をついた。
「そりゃそうかもしれないけど……」
「ま、そのうちになんとかなるんじゃない?」
 脳天気に柚木が笑う。
「あのな……」
「あ、そういえば……」
 みさおが不意に手を打った。それから、俺に視線を向ける。
「お兄ちゃん、左手に傷痕なかったっけ? 丸い傷」
「左手?」
 俺は左手を眺める。
 別に傷はない。
「いや……。ないぞ」
「変だなぁ。乙女にやられたって言ってなかった?」
「おとめ?」
 と。
「お〜り〜は〜らぁ〜〜っっ!!」
 後ろから妖気がぞわっと押し寄せてきた。俺は振り返って爽やかに挨拶した。
「やぁ、七瀬。どうしたんだい?」
「どうしたもあるかぁっ!! 何が乙女の技よっ、この嘘つきぃぃっ!!」
 ドカァッ
「わっ!」
 後ろから蹴飛ばされた俺は、そのまま前の壁にぶつかりかけた。反射的に身体を支えようと手を塀につく。
 ザクッ
「……へっ!?」

「板塀から五寸釘が突き出してたなんて、危ないよね」
「危ないなんてもんじゃねぇだろっ!」
 俺は包帯でぐるぐる巻きになった左手を振った。
「……ごめん」
 さすがに責任を感じてるらしく、七瀬がしおらしく謝った。長森が取りなす。
「七瀬さんが悪いんじゃないよ。元はと言えば浩平が悪いんだもん」
「でも、大したことがなくて何よりでした」
 茜が言うとおりだった。指の腱や骨やらが傷ついたら一大事だったのだが、五寸釘はまるでそれらを避けたように、何もない部分を貫通したため、特に後遺症も残るようなことはないだろう、と医者は言った。
「……ただし、傷痕は残る……か」
 医者の言葉を思い出して、俺は呟いた。それから右腕にぶら下がる澪に言った。
「大丈夫だから引っ張るな。制服が伸びる」
 だってだって、と心配そうに制服を引っ張る澪。こりゃ当分離れそうにないな。
「それにしても……」
 俺は立ち止まり、振り返った。
「お兄ちゃん、痛いの?」
 制服の裾をしっかり掴んでついてきていたみさおが、俺が振り向いたので訊ねる。
 本当はみさおも俺にしがみつきたかったらしいのだが、ベストポジションを澪に取られてしまったので仕方なくこうしているらしい。
「……みさお、お前、もしかして予知ができるのか?」
「よ……ち?」
「先に起こる出来事を前もって知ることができる、一種の超能力です」
 茜が言う。みさおは首を振った。
「そんなんじゃない……と思う……んだけど……」
「まぁまぁ」
 柚木が取りなした。それから笑顔で言う。
「とりあえず、折原くんの怪我も大したこと無かったことだし、ここはそのお祝いといきましょうか」
「おい」
「それで会場は折原くんの家ね」
「おい」
「あ、折原くんは来ないの? そりゃ残念。でも会場は提供してね」
 ……だめだこりゃ。

 というわけで、なし崩しに俺の家で騒ぐことになってしまった。

 昨日に続いて長森と茜が腕を振るった料理がリビングに並び、当然のごとく柚木が酒を持ち出し、止めようとした長森も、気がつくと柚木の作ったミルクハイを飲まされて轟沈していた。
 そして騒ぐだけ騒いだ後、長森、七瀬、柚木、澪の4人は帰っていき、茜とみさおがリビングの後かたづけをしていた。
(さすがに柚木もみさおに酒を飲ませることはなかったが、茜は例によってかなり飲んだのに平然としていた)
 やがて、食器を洗い終わった茜が、エプロンを外して畳みながらリビングに顔を出した。
「片づけが終わりましたから、今日はもうそろそろ帰ります」
「ん……」
 いつもなら、この後怒濤の第二ラウンドにどう持ち込むかを考えるんだが(ちなみに今のところ12連敗中だ)、さすがに今日はこの怪我だしみさおもいるので、大人しく帰すことにする。
「それじゃ送るよ」
「いいんですか?」
「足は怪我してないからな」
 そう言って立ち上がると、茜はこくりと頷いた。
「それでは、お願いします」

 みさおに留守番を頼んで、俺と茜は並んで夜道を歩いていた。
「……痛くないですか?」
 茜が、俺の左手に視線を向けて訊ねる。
 俺は首を振った。
「痛み止めが効いてるんだろうな」
「そうですか……」
 会話が途切れた。
 俺は何となく、空を見上げた。
 夜空には、いくつもの星がまたたいていた。
「……みさおちゃん、可愛いですね」
 不意に茜が言った。
「……あんな子供なら、欲しいです」
「何なら協力するけど」
「……嫌です」
 そう言って、茜は微笑んだ。
「今は……嫌です」
「……」
 今は……ってことは、いつかは……いいってこと?
 嬉しくなった俺は、何か気の利いた返事をしようと思ったけれど、何も思いつかなかった。
 と、茜が立ち止まる。
「ここでいいです」
「そうか?」
「はい。それでは」
 茜は頭を下げて、横道に入っていった。
「あ、そうだ」
 不意に立ち止まると、訊ねる。
「チョコレートは、嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃない」
「私も、そうです」
 そう言って、今度こそ茜は振り返らずに歩いていった。
 俺はその姿が角を曲がって見えなくなるまで見送って、踵を返した。

To be continued...

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あとがき
 ああ、そういえば今日はバレンタインデーだっけ?(笑)
 えーとですね。かつて「クリスマス・Pia☆キャロット」という作品がありまして……(笑)

 チャールズ・シュルツ氏(漫画家)と新山志保氏(声優)の訃報に接しました。謹んでご冥福をお祈りします。
 ……なんか最近、こういうのばかりで気が滅入ります(苦笑)

 バレンタインのお嬢さん(後編1) 00/2/14 Up

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