Indexトップページに戻る  Contents目次に戻る  Prev前回に戻る  Bottom末尾へ  Next次回へ続く

Line

Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 65

Line


 秋子さん達が弁当を作り終わったところでちょうどいい時間になったので、俺達はプールに向かって出発した。
 その途中で、俺はふと思い出したことがあって、たまたま隣を歩いていたあゆに訊ねた。
「そういえば、あゆあゆ」
「うん、どうしたの、祐一くん?」
「結局、コンテストの中間発表はどうなったんだ?」
 会場での投票分は昨日の後夜祭で発表するって、昨日会場で佐祐理さんが言ってたはず。
 結局俺と名雪は後夜祭をすっぽかすような形になってしまったので、結果がどうなったのかは知らないままだったのだ。
 あゆは一つ頷いた。
「うん、それなんだけどね、結局発表されなかったんだよ」
「へ? マジに?」
「うん。ね、天野さん?」
「はい」
 その隣を歩いていた美汐が、あゆに話を振られて頷いた。
「なんでも、集計が間に合わなかったそうです」
「なるほど。まぁ、そう言うことならしょうがないけどさ、中間発表もなかったのか?」
「中間発表の中間発表ですか?」
 美汐は眉を微かにひそめた。ま、確かにそれも変か。
「そういうこととなると、北川はまだ忙しくしてるってわけだな」
「おそらくはそうではないかと。昨日は美坂先輩も栞さんと一緒に帰ったようですし」
 北川の手が空いていれば、香里と一緒に帰るはず、という美汐の論法である。
「なるほどな」
 俺は頷いた。それから訊ねる。
「で、美汐はやっぱり真琴がトップだと思うか?」
「どうでしょうか?」
 美汐は、秋子さんや名雪となにやら話をしながら前を歩く真琴に視線を向けた。それから、俺に視線を向け直す。
「相ざ、祐一さんは、そんなに他の人の評価が気になるのですか?」
「そんなわけないだろう。でもそうとばかりも言い切れないな」
「祐一くん、CMネタはすぐ風化しちゃうよっ」
 うぉ、あゆあゆにツッコミを入れられてしまうとは。
「まぁ、真面目に答えるとだ。そこに存在しているはずのものを知らないというのは、何となく居心地が悪いっていうだけのことさ」
「……」
 美汐は、少し間をおいて頷いた。
「なんとなく、わかります」
「うぐぅ、ボク、よくわかんないよ」
 あゆが困ったように眉根を寄せた。そんなあゆの表情を見て、俺と美汐は顔を見合わせて笑っていた。
「うぐぅ、ボク笑い者?」
「そんなことないぞ」
「すみません。そのようなつもりはなかったのですが」
「あれ? 2人で何笑ってんの?」
 そこに、前を歩いていた秋子さんと名雪のところから駆け戻ってきた真琴が、俺と美汐の顔を見比べる。
「あ、いえ。どうかしたんですか、真琴?」
「あ、うん。ちょっと美汐も来てようっ! 名雪がねーっ」
 そう言いながら、美汐の腕を取って引っ張っていく真琴。
「ちょ、ちょっと、そんなに引っ張らなくても……」
 美汐が引っ張られていってしまい、距離があいたところで、あゆが俺の顔を覗き込んで、若干声を押さえて訊ねた。
「祐一くん、やっぱり違和感あるみたいだね」
「何のことだ?」
 聞き返すと、あゆは腕組みした。
「祐一くんは、ボクには隠し事出来ないのを忘れちゃいけないなっ。天野さんのことだよ」
 とりあえず、路上で大技を繰り出すわけにも行かないので、軽くヘッドロックで締める。
「うぐっ、痛い痛いっ、ごめんなさいもう言わないですっ」
「ったく。俺の考えを読むなっていつも言ってるだろ?」
 舌打ちしながら解放すると、あゆはうぐうぐ言いながら、私服で外出するときはいつも被っている帽子の位置を直した。
「だってぇ。読もうと思わなくても、時々ぱっと読めちゃうんだよぉ」
「そいつは困ったなぁ。ま、それはおいとくとして、やっぱり、あゆには判ったか」
 ずれていた帽子の位置も直ったところで、あゆは俺に視線を向け直す。
「うん。上手く表現できないけど、祐一くん、天野さんの事を考えるたびに、なんか一瞬引っかかってる感じがするんだよ」
「まぁ、そうだな」
 俺は頷いた。
「やっぱりまだ、頭の中で一々変換掛けることを意識してないとダメだ」
「うん。でも、それは天野さんも同じだと思うよ。さっきも言い間違えかけてたし」
 あゆは、真琴となにか話をしている美汐に視線を向けた。
「でも、きっとそのうちに自然になるよね」
「多分な。お? あれ、舞達じゃないか?」
 目の前に見えてきた市民プールの入り口では、既に舞と佐祐理さんが並んで立っていた。
 俺達よりも前を歩いていた名雪達が、2人に声を掛けて挨拶している。
「祐一くん、ボク達も早くうぐっ」
「おはようございますっ、祐一さんっ!」
 行こう、と言いかけたあゆを押しつぶすようにして、栞が出現した。
「おう、栞。おはようさん。香里は?」
「ここにいるわよ」
 香里は、おそらく手ぶらの栞の分の荷物も持っているのだろう、大きなディバッグを肩から提げていた。
「相沢くん、こういう予定はもっと前もって言ってくれないと困るんだけどね」
「悪いな。俺も今朝初めて知ったんだ」
「もう、お姉ちゃんしつこいですよっ」
 笑顔の栞に言われて、香里は俺に恨めしそうな視線を向けた。
「相沢くん」
「わかった、今後は善処することをここに誓う」
 俺が胸に手を当てて宣誓すると、香里はようやく納得したらしく、普通の表情に戻った。
「よろしい。それじゃ、こうなった以上、今日は……」
「思い切り遊ぶんですよねっ」
 はしゃいだ声の栞に、香里はにやりと笑う。
「せっかくプールに来たんだから、栞には25メートルは泳げるようになってもらおうかしら。ね?」
「あう」
 びしっと固まる栞。
「あれ? 栞って金槌だったのか?」
「そんなこと言う人嫌いです」
 栞は口を尖らせた。そんな栞にあゆが嬉しそうに言う。
「そっか、栞ちゃんも泳げなかったんだ。よかった、泳げないのがボクだけじゃなくて」
「それじゃ、あゆも今日の目標は25メートルだな」
「うぐぅっ!」
 見事なまでに墓穴を掘ったあゆだった。

 一足先にプールサイドに出た俺は、早速プールに飛び込んで、のんびりとたゆたっていた。
「ふぃー、極楽極楽っと」
「祐一ーっ、どこーっ?」
 名雪の声が聞こえた。顔を上げて、俺はそこにパラダイスを見た。
 いずれ劣らぬ美少女達が水着姿で並んでいた。思わずフルカラー見開きでGOという感じだ。
 確かに栞や真琴の水着姿は昨日見た。だが、それはあくまでもはるか彼方のステージの上であり、しかも単独。
 それに比べてこのゴージャスさはどうだ?
「祐一?」
 おっと、いけねぇ。
 俺は手を振った。
「おう、ここだ」
「なんだ、もう入ってたんだ」
 そう言いながらこっちに歩いてくる名雪の横をすり抜けるように、真琴がプールに飛び込んできた。
「いっっちばぁーん!」
 ざっばぁぁん
「どわっ!」
 盛大な水しぶきをしたたかに浴びせられた格好になった俺は、慌てて頭を振って水を飛ばしてから、怒鳴った。
「くぉら、真琴っ! いきなり飛び込む奴があるかっ!」
「そうだよ、真琴。プールに入る前には、準備体操だよ。ほら、いっちに、いっちにっ」
「いや、俺が言いたいのはそういうことではないんだが、……まぁいい」
「?」
 急に俺が話すのを止めたので、腰に手を当てて上体を逸らした姿勢のままで、聞き返す名雪。
「祐一、どうしたの?」
 普通ならしゃべるのも苦しいような姿勢なのだが、さすがは陸上部部長である。
 ちなみに名雪の水着はというと、薄い水色のビキニであった。
「あ、この水着? みんなでこの間買い物に行ったときに買ったんだよ。どうかな?」
「そういうことは普通の姿勢に戻ってから聞けよ」
「そう?」
 さして反動も付けた様子もなく、ぐいっと元のように身体を起こすと、名雪は手足をぶらぶらと振ってほぐしながら、改めて訊ねる。
「どうかな?」
「ああ、似合ってるぜ」
 俺がびしっと親指を立てると、名雪はにこっと笑った。
「ありがと、祐一」
「うーっ、私は誉めてくれないんですか?」
 その名雪の後ろから、栞が恨めしそうにこっちを睨む。
「栞は昨日と同じ水着じゃないか」
「違いますっ! 同じに見えるかも知れないけど違う水着なんですっ!」
「そ、そうなのか?」
「真琴はおんなじようっ!」
 俺の隣でぷかぷかと浮かびながら偉そうに言うと、真琴はその栞のさらに後ろからおずおずと出てきた美汐に声を掛けた。
「あっ、美汐! それどう?」
「あの、ちょっと、これは大胆なのではないですか?」
 派手な花柄のビキニにパレオという姿の美汐は、もじもじとそのパレオの裾をいじりながら、小声で言った。
 確かに美汐のがらではないが、それでも似合ってしまっている辺り、なかなかあなどれない。
 俺は真琴に尋ねた。
「あの美汐の水着って、真琴が貸したんだろ?」
「うん、そうよ」
 きっぱり頷く真琴。
「美汐、水着持ってきてないって言うから」
 そりゃ今朝いきなりプールに行くって決まったわけだから、学園文化祭が終わってそのまま水瀬家に泊まりに来ていた美汐がマイ水着を持ってきているはずがない。
「それに、美汐ったら水着はスクール水着が一番機能的だから、とか言ってるし」
「よし、よくやったぞ真琴」
 俺は真琴の頭をぐりぐりと撫でてやった。
「えへへっ、やっぱり?」
「おう。確かにスクール水着にも一定の需要はあることは認めるが、それはあくまでも普通の水着があってからこその希少価値。いつもいつもスクール水着ではその価値も薄れるというもの」
「なんだかよくわかんないけど、祐一が誉めてくれるんならいい」
 真琴がにこにこしている一方、プールサイドにいたあゆはため息をついていた。
「うぐぅ。祐一くんの青春、どろどろだよ」
 と、その時になって舞と佐祐理さんが登場した。
「あははーっ。みなさん、お待たせしましたーっ」
「……待たせた」
 相変わらずのダイナマイトなお二人さんである。
 あんまりしげしげと見ていると下半身が膨張してしまう事になりかねないので、俺はさりげなく視線を逸らして天井を見上げた。
「まぁ、平和っていいよなぁ」
「どうしたの、祐一?」
 準備体操が終わったらしく、するりと水に入ってきた名雪が、俺の顔を覗き込んだ。
「ん? いや、別に。それより、その髪、泳ぐとき邪魔じゃないのか?」
 水中で大きく広がって見えるのは、それはそれで綺麗だとは思うが。
 名雪は笑った。
「もちろんだよ。だから、水泳の授業だとちゃんと帽子に入れるよ」
「ま、栞やあゆには無縁な話だな」
「うーっ、酷いです」
「そうだよっ。ボクだって髪を伸ばしたらそういう話になるよっ」
 そう言いながら、2人もプールに入ってきた。
 俺はその2人の頭を両手で押さえて、香里に声を掛けた。
「香里先生、よろしく頼むぞ」
「あのね、そういうことは名雪の方が専門でしょう? まぁ、いいけど」
「文句を付けながらも満更ではない香里であった」
「声に出して言わないでよね」
 香里は苦笑すると、2人に声を掛けた。
「それじゃ、2人はこっちにいらっしゃい。たっぷり教えてあげるから」
「えぅ〜、お姉ちゃんSですぅ」
「うぐぅ」
 それぞれに抗議の声(?)を上げながら、引っ張って行かれる2人。
「さて、それじゃ俺達は遊びながら2人の成功をささやきえいしょういのりねんじろだな」
「祐一さん、Wizのそれも初期ネタなんて、今どき判る人はあまりいませんよ」
「おう、美汐は判るのか」
 俺は、プールサイドに腰を掛けてこっちを見ている美汐に声を掛けた。
「えっと、それは……きゃっ!」
 口ごもったところに水しぶきを掛けて、笑いかける。
「こらこら、プールに来て中に入らないのは反則だぞ」
 美汐はぷるぷると頭を振って水を飛ばしてから、拳を振り上げた。
「何をするんですかっきゃっ!」
 次に水を掛けたのは真琴だった。
「美汐ーっ、早く入ってこないと、どんどん掛けるわようっ!」
「……判りました」
 もう一度頭を振って水を飛ばし、美汐はパレオを外して置くと、綺麗なフォームで飛び込んできた。

「祐一ーっ、お昼食べようよーっ」
「お、もうそんな時間か?」
 真琴の声に、潜水ごっこをして遊んでいた俺達は、プールサイドに設置してある時計を見上げた。
「あははーっ、あっという間ですね〜」
「うん」
 佐祐理さんと舞が頷き合う。
 俺は名雪に声を掛けた。
「それじゃ名雪、行こうか」
「うん。みんなのお弁当、楽しみだね」
「ああ」
 俺は頷いて、プールから上がった。
 プールサイドに置いてあるテーブルの上に、既に秋子さんがお弁当を並べていた。
「あ、祐一さん。どうぞ座って食べてくださいね」
「ありがとうございます」
 礼を言って座ると、俺は割り箸を割って、弁当箱に伸ばした。
「お? しそ巻きとはなかなか風流なものがありますね」
「ええ。どうぞ食べてみてください」
 勧められるままに、口に運ぶ。
「……うん、美味しいですよ」
「そうですか。良かったですね、天野さん」
「うん?」
 秋子さんの視線に従って振り返ると、美汐がそこでもじもじしていた。
「えっと、それは私が作ったんですけれど」
「そうなのか。いや、マジに結構いけてるぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
 大きく頭を下げる美汐。
 と、その横にぴょんと真琴が顔を出す。
「真琴はねっ、その卵焼き作ったのようっ!」
「おう、そうか」
 俺は卵焼きに箸を伸ばして、口に放り込む。それから、真琴に向き直った。
「……50点」
「なんでようっ!」
「殻が入ってる」
「あう……」
 しょんぼりする真琴の頭にぽんと手を乗せてやる。
「でも、味は悪くないぞ。もう少し頑張りましょう、というところだな」
「ホント?」
「ああ」
 頷いてみせると、真琴はぱっと笑った。
「やったぁ!」
「祐一さん、このミニハンバーグはどうですか? あゆちゃんが焼いたんですよ」
 秋子さんに勧められて、俺はそのミニハンバーグを口に入れる。
「……まぁ、食える分、前よりは進歩したっていうところですね。焼きすぎですけど」
「そうですね」
 そこで、俺は気付いて、名雪達に声を掛けた。
「名雪、それに舞や佐祐理さんも、食べないのか?」
「あははーっ、祐一さんが一通り食べてからにしようって思ったんですよ。それじゃ舞、一緒に食べよっ」
「うん」
 笑顔で(と言っても舞はいつも通りだが)デッキチェアに座る2人。
 名雪は、今日の弁当制作者に笑顔で訊ねる。
「わたしも食べていいかな、真琴、天野さん?」
「うん、名雪もいいわようっ」
「ど、どうぞ……」
 こちらも笑顔の真琴と、何故か一瞬ためらいつつも答える美汐。
 まぁ、料理の鉄人秋子さんの娘に自分の料理を勧めるなんて、よほどの自信が無ければできない話だろう。そういうところの機微を知らぬ真琴はともかく。
 俺はそう思って、美汐に声を掛ける。
「そんなに謙遜しなくても、美汐の料理もなかなかのもんだぜ」
「そうですか」
 やっぱり誉められると嬉しいらしく、美汐は微かに頬を染めた。
「ありがとうございます。あの、名雪さんも、よろしければどうぞ」
「うん。ありがと、天野さん」
 名雪は俺の隣に座って、弁当に手を伸ばした。
「うん、美味しい。今度作り方教えて欲しいな」
「嫌です」
「え?」
「……冗談ですよ」
 美汐はそう言うと、控えめに笑った。


Fortsetzung folgt

Line


 Indexトップページに戻る  Contents目次に戻る  Prev前回に戻る  Top先頭へ  Next次回へ続く

Line


あとがき

 プールに行こう6 Episode 65 02/4/4 Up 02/4/5 Update
Line


お名前を教えてださい

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします




 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する