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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 63

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「はい、最後の猫のぬいぐるみは、こちらの方へ! 皆さん、拍手〜っ」
 俺の言葉に、拍手が起こる。
 その拍手の輪の中、猫のぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうにしているのが誰かは、言わずもがなであろう。
「祐一〜っ、わたし嬉しいよ〜っ」
「ったく、猫スキーが」
 俺は笑って、名雪の頭を軽く小突いた。
「だって、ほらっ、こんなに可愛いんだよーっ。ねこー、ねこー」
「さて、それじゃ片づけに入るか」
 とりあえずこうなった名雪はしばらく帰ってこないことを熟知している俺は、オークション客の送り出しを外人部隊、つまり佐祐理さんや栞達といったクラスメイト以外のウェイトレスに任せ、クラスのメンバーには飾り付けの解体に入ってもらった。
 荒らしに壊され、急造の飾り付けでしのいできた店だが、1週間近くやっていればそれなりに愛着もわいていた。でも、その感傷を断ち切るように、力を込めて壊していく。
「相沢、廃材はもう運び出していいのか?」
 松長に聞かれて、俺は頷いた。
「おう、それは任せる」
「了解っと。斉籐、そっち持て」
「おおっ、重いな、くそ」
 ぶつぶつ言いながら、廃材の片方を持つ斉籐。
 あゆが声を掛ける。
「斉籐くん、ごめんね、任せちゃって」
「おうっ、これくらいなんでもないさっ。任せといてくれ月宮さんっ」
 途端に復活し、なおかつきらりと白い歯を光らせる斉籐。
「そうなんだ。すごいね」
「はっはっはっ、行くぞ松長っ!」
「こ、こら、そんなに引っ張るなっ」
 張り切って、松長ごと廃材を引きずるように教室を出て行く斉籐。
 それを見送りながら、あゆは小首を傾げた。
「斉籐くん、なんであんなに元気なんだろ?」
「うーん、言ってもいいのか?」
「えっ? 何を?」
 くるっと振り返るあゆのおでこを、俺は指でつついた。
「あゆ、お前も少しは自覚しろよな」
「うぐぅ、何をだよっ」
 おでこを押さえながら一歩下がるあゆ。
 そんなあゆの仕草が、7年前の少女に重なる。
「……あゆ、ありがと」
「うぐ?」
 今度こそ、わけがわからない、という表情をするあゆ。
 俺は急に照れくさくなって、壁にまだ残っていた飾りに手を伸ばして、それを取り外した。
「ほら、あゆ、まだ飾りは残ってるぞ」
「あ、そうだねっ。ボク、椅子を取ってくるよ。そうしたら、高いところも取れるしねっ」
 あゆは、たたっと走っていった。
 それを何となく見送っていると、脇から佐祐理さんが声を掛けてきた。
「祐一さん、お客様の送り出しは終わりましたよーっ。それから、着替えてきちゃいましたっ」
 向き直ると、佐祐理さんと舞の大学生コンビ、そして栞と真琴と天野の下級生トリオが、元の服に着替えて立っていた。
 思わず、その場に膝をついて、はらはらと落涙する俺。
「ど、どうしたんですか、祐一さん?」
「ううっ、あの麗しい制服姿がもう見られないかと思うと」
「あ、祐一さんが希望するなら、いつでも私はオッケイですよ」
 栞が笑顔で頷く。
「制服ぷれいっていうのも、刺激があっていいかもしれませんし」
「栞、馬鹿なこと言わないの。相沢くんが本気にするでしょう?」
 香里がそう言いながら、栞の頭を軽く小突く。
「あいたっ。もう、お姉ちゃん、ひどいですよ。私、祐一さんならいいかなって思ってるのに」
「あのねぇ」
 香里は、額に手を当てて、ため息を付いた。そして、きっと栞を睨む。
「な、なんですか、お姉ちゃん?」
「栞、今日はうちに帰りなさい。ちょっと話をしたいことがあるから」
 そう言い残して、香里は背を向けた。
 すたすたと歩き去っていく香里の背を見て、べそをかく栞。
「えぅ〜、なんだか今のお姉ちゃん、すごく怖かったですー」
「うむ。なんだかしらんが、逆らわない方が良さそうだぞ、栞」
「ううっ、残念ですけど、そうですね。今日のところはそうします」
 こくりと頷く栞。
 いつもならここで真琴がからかいに入ってくるんだがなぁ、と思って視線を向けると、真琴は天野と笑顔でなにやら話をしていた。
「でねっ、そのヒロインの娘がねっ、すっごくせつないのようっ」
「そうですか」
「うんうんっ。あ、そうだ。今度美汐にも貸してあげるねっ」
「ありがとう、真琴。楽しみにしてますね」
 どうやら、少女漫画か何かの話をしているらしい。
 ま、邪魔をすることもないか。
 そう思っていると、あゆが椅子から飛び降りて、俺に声を掛ける。
「祐一くんっ、飾りはこれで全部外したよっ」
「オーケー。それじゃ校庭に運ぶことにするか」
 俺は頷いた。それから、ちらっと名雪を見る。
「ねこー、ねこー」
 名雪はまだ夢の国だった。俺は声を掛ける。
「名雪。とりあえず、俺は先に校庭に行くけど、どうする?」
「ねこさんがいるからここにいる」
 珍しく、俺の言葉に返事をする名雪だが、その返事の内容は寝ぼけているときレベルのものに近かった。
「時間になったら迎えに来た方がいいか?」
「うん、約束」
「祐一さーん!」
 廊下から栞の声が聞こえた。
「わかった、すぐ行くっ!」
 俺はそう叫び返すと、ゴミを抱え直し、教室を出た。

 赤い夕陽によって、オレンジ色に染まった校庭は、既に模擬店のテントも全て撤去されて、元の姿に戻っていた。
 ただ、その真ん中に、廃材や飾りが3つの山になって積み上げられているのが、違うといえば違う点だった。
 燃えるゴミは全部燃やしてしまえ、ということらしい。
「祐一くん、もう夕方になってるね」
「ああ」
 隣でゴミ箱を抱えているあゆの言葉に相づちを打っていると、不意に声を掛けられた。
「あっ、相沢くんっ!」
 そちらを見ると、陸上部の天沢副部長が駆け寄ってきた。
 軽く手を上げて挨拶する。
「よう、お疲れさん。陸上部の模擬店もなかなか盛況だったみたいじゃないか」
「そりゃ、私が仕切ってたんだから、当然でしょう? それより、名雪は?」
 訊ねられて、俺は校舎の方を指した。
「まだ教室だと思うけど。急ぎの用ならうちのクラスに行ってみればどうだ?」
「ええ、そうするわね。まったく、部長なんだから最後くらい顔出しても良さそうなものよねぇ」
 そうぶつくさと言いながら走って行きかけた天沢さんが、いきなり足を止めて振り返る。
「ところで相沢くん。陸上部に入る気になった?」
「いや、俺はやっぱり帰宅部を極めることにした」
「そ。残念」
 肩をすくめると、天沢さんはにまぁっと笑った。
「ま、むしろその方が好都合、かな」
「へ?」
「あははっ、なんでもないわよ。それじゃね」
 そう言い残し、天沢さんは今度こそ校舎に向かって走っていった。
 何なんだ、一体?
「祐一さん、気を付けた方がいいですよ」
 すすっと近寄ってきた栞が耳打ちする。
「何をだ?」
「天沢先輩といえば、百合の気があると言われてますから」
「ああ、それなら俺も聞いた事があるけどな。でも、単なる噂だろ?」
 俺の言葉に、栞はふっと笑った。
「甘いです。既に下級生の可愛い娘が何人も毒牙に掛かっているんですよ」
「マジ?」
「はい」
 きっぱりと頷く栞。
「うぐぅ、怖いよぉ」
 隣で聞いていたあゆが怯えるので、俺はその頭をぽんと叩いた。
「心配するな。天沢が百合専門なら、あゆは手を出されたりしないから」
「祐一くん、それってどういう意味かなっ?」
 こちらに視線を向けて、にこやかに聞き返すあゆ。だが目がマジだった。
「ええっと、で、何に気を付けろって?」
 話を逸らす、というか元に戻すべく栞に聞き返すと、その栞は唇に笑みを貼り付けたまま答えた。
「はい。天沢さんが次に狙ってるのは、名雪さんなんだそうですよ」
「……なんですとっ!?」
「あくまでも、う・わ・さ、ですけどねっ」
 何故か、妙に嬉しそうな栞である。
 と、そこに佐祐理さんと舞がやって来た。2人とも手に教室の飾りを抱えている。
「祐一さん、これはもう捨てちゃってもいいんですかぁ?」
「ああっ、倉田先輩に何をさせているっ、相沢っ!」
 ちょうどそこに戻ってきた松長が、俺を怒鳴りつけながら駆け寄っていく。
「すみませんっ、倉田先輩。後は俺達に任せてくださいっ」
「はぇ? あ、ありがとうございます。えっと……」
「あ、自分は松長竜介と申しますっ。以後お見知りおきをっ」
「そうですか。松長さん、ありがとうございます」
 丁寧に一礼して、佐祐理さんは抱えていた、ちり紙で作ったバラを松長に渡した。
「た、確かにっ、では失礼しますっ!」
 深々と頭を下げ、松長はそのまま走り去る。
「はぇ? あのっ、松長さんっ、そっちは校舎じゃ……」
 その走り去る方向が違うことに気付いて声を掛けようとする佐祐理さん。
 俺は佐祐理さんの肩を叩いて、首を振って見せた。
「奴には奴のやり方があるんです。黙って見守ってやってください」
「は、はぁ。そうだったんですか」
 俺の言葉に素直に頷いてくれると、佐祐理さんは舞に向き直った。
「それじゃ、舞。佐祐理が舞の分、半分持ちますねっ」
「うん」
 頷くと、舞は飾りを一杯に抱えていた腕を、佐祐理さんが取りやすいようにと伸ばした。
 佐祐理さんはその中から半分くらいをすくい取って、にこっと笑った。
「はい、これで同じだよ、舞」
「それじゃ、案内するよ。こっちだ」
 2人の前に立って、俺はさっさと歩き出した。
「わ、待ってよ、祐一くんっ」
 慌てて追いかけてくるあゆ。
「うぐぅ、ひどいよ。置いていこうとするなんて」
「そんなつもりはなかったんだけど。悪かったな」
 俺が素直に謝ると、あゆは目を丸くする。
「……祐一くん、さっきから変だよ」
「何がだ?」
「だって、普段はそんなに謝らないのに」
「そうか?」
「祐一はあまり謝らない」
 舞がぼそっと言う。
「私も、謝ってもらったことってあんまり無いですね」
「栞、お前もか」
「だって、事実ですから」
「真琴もないわようっ」
「お前は自業自得だろうが」
「あ、えっと……。あうーっ」
 何か言い返そうと考えたが、反論が思いつけなかったらしく、不満げに頬を膨らませる真琴。
「おっと、ここだな」
 そんな話をしているうちに、ごみの山の前まで来ていた。
 既に、俺の背の高さくらいまで積み上げられているゴミ。
 俺はその上に、自分の抱えてきたゴミを放り上げた。
「それじゃ、舞、いくよっ」
「うん」
「そぉれっ!」
 他のみんなも、思い思いに、山の上に向けて飾りを放り上げた。
 オレンジ色の空に舞う、色とりどりの飾りが、素直に綺麗だと思えた。

 ゴーッ
 真っ暗になった校庭を、3つの炎の山が赤々と照らし出していた。
 その火の周りを、輪になった生徒達が、音楽に合わせて踊っている。
 揺れる炎によって、その生徒達の影も一緒にゆらゆらと揺れる。
 隣で炎を見つめる栞の表情も、時々に移り変わって見えた。
「文化祭の最終日、ファイヤーストームの周りで一緒にフォークダンスを踊ったカップルは、永遠に幸せになれるっていう伝説が……」
「ないない」
 俺があっさり手を振ると、栞はぷくっと膨れた。
「祐一さん、夢がないですよっ。せっかく幻想的な雰囲気だったのに……」
「さて、と。そろそろ名雪を迎えに行くかな」
「わ、無視しないでくださいっ」
「栞ちゃん、邪魔したらダメだよ」
 あゆがそう言って、栞の腕を掴む。
「わ、あゆさん!? なんであゆさんが邪魔するんですかっ!?」
「うぐぅ、ボク、邪魔?」
 しょげて俯くあゆに、珍しく栞が慌てる。
「あ、いえ、そんなんじゃないんですけど、でもやっぱり邪魔ですっ! ああっ、祐一さんっ!」
 あゆが引き留めておいてくれている隙にと、俺は素早く校舎に向かった。

 教室のドアを開けると、中は薄暗かった。
 校庭からは微かにマイムマイムが聞こえてくるが、3年A組の教室は裏庭に面していて、校庭を直接見ることは出来ない。そのため、窓の外は真っ暗だった。
 その窓際に、長い髪の少女が佇んでいた。
「……名雪?」
「あ、祐一……」
 俺の声に、少女はこちらを見た。そして、すぐに視線を窓の外に戻す。
 俺はゆっくりと歩み寄った。
「何してるんだよ? なかなか来ないから、迎えに来たぞ」
「うん。ありがと」
 俺と視線を合わせないまま、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で答える名雪。
「どうしたんだ? 身体の調子でも悪いのか?」
 少し心配になって、俺は訊ねた。
「そういうわけじゃないよ。ただね……」
 名雪は、俺の方に視線を向けた。
「祐一が迎えに来てくれるまで、待っていようって思ってたから」
「え?」
「約束、したから」
 そう言って、名雪は微笑んだ。
 その笑顔が、痛かった。
「……俺は、また、名雪を待たせてたのか?」
「大丈夫だよ。だって、祐一、ちゃんと来てくれたもの」
 大股に教室を横切った俺は、そのままの勢いで名雪を抱きしめていた。
 そのままの姿勢で、耳元に囁く。
「名雪、俺でいいのか?」
 しばらくして、名雪はおずおずと、俺の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 耳元で、熱い吐息を感じる。
「わたしは、祐一が大好き、だよ」
 俺達は、しばらくそうして、抱き合っていた。

 カチャ
「えっと、ただいま……だよ」
「ただいま、です」
 名雪と俺は、鍵を使って水瀬家の玄関を開けると、小さな声でそう言って、様子を伺った。
 水瀬家の玄関には、既に秋子さんとあゆに真琴の靴が、綺麗に揃えて置いてある。ということは、3人は既に帰宅済ということだ。
「どうしよう、祐一。みんな、もう帰っちゃってるみたいだよ」
 説明しよう。
 教室で抱き合っていた俺達が、我に返ってからそそくさと後始末なぞしている間に、ファイヤーストームも終わってしまい、校舎内にはほとんど人がいなくなっていたのだ。
 全然人がいなくなって、先生達が校舎内の見回りに入って俺達を見つけていたら、それこそ退学レベルの騒ぎになっていただだろうことを考えると冷や汗ものだ。
「やっぱり、抱き合っていたついでにあんなことやそんなことまでいってしまったのがまずかったか」
「……ばか」
 真っ赤になった名雪にぽかっと叩かれた。
「祐一が悪いんだよ」
「とりあえずその汚名は甘んじて受けることにするけどさ」
 あの状況で俺が求めたら、そりゃ名雪は拒否できないだろうしなぁ。
 それはともかく、だ。
 ただ帰ってるだけ、ならまだしも、玄関に鍵が掛かっていた。
 秋子さんが家にいるのに、玄関に鍵が掛かっていたということは、例の舞に付き合って深夜の学校で魔物退治をしての帰り以外には覚えがない。
 ちなみに今の時刻は午後8時過ぎ。
 ということは、だ。
「やっぱり、俺達がなかなか来ないから、みんな怒ったんだろうなぁ」
 俺はため息を付いた。明日の朝あたり、秋子さんに笑顔で例のジャムを勧められるくらいは覚悟せねばなるまい。
「……あれ?」
 名雪が、不意に首を傾げた。それから、下駄箱を開ける。
「あ、やっぱり」
「どうした、名雪?」
「ほら」
 と言って下駄箱の中を指されても、何がなんだかさっぱり判らないのだが。
 俺の表情を見て、名雪は説明してくれた。
「お母さんやあゆちゃん達の靴がないんだよ」
「ないって、ここにあるだろ? ……あ、そういうことか」
 俺はそんなことは面倒なのでしないのだが、ほかのみんなは学校に行くときの靴と私服で出かけるときの靴はちゃんと履き替えているのだ。で、名雪は私服用の靴がないと言っているわけだ。
 要するに、今の水瀬家は無人ということだ。で、この靴の状況を考えると、みんな一度家に帰ってきて、それからまたどこかに出かけた、と考えるのが妥当だろう。
 名雪は靴を脱いで、キッチンに走っていった。そして、すぐにとって返してくる。
「祐一、テーブルの上にメモが残ってたよ」
「メモ? ちょっと見せてくれ」
「うん。はい」
 名雪に渡されたメモを、俺は自分の方に向け直して読んでみた。


Fortsetzung folgt

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あとがき

 プールに行こう6 Episode 63 02/4/1 Up
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