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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 62

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「相沢、正直言って見直したぜっ」
「そうだとも。俺も、お前はただ者じゃないと思ってたぜ」
 バックヤード当番の斉籐と松長に代わる代わる肩を叩かれ、俺は腕組みした。
「おう。今日からは、俺のことはスーパー相沢くんと呼べ」
 そう、俺達の目の前では、夢のような情景が展開されていた。
「あ、いらっしゃいませ。何名様ですか?」
 新しいお客さんに駆け寄って案内をしているのは、和風レストランの嚆矢、馬車道の制服姿の佐祐理さん。
 その眩しいばかりの笑顔に、先頭にいた男子生徒は思わず口ごもりながら答える。
「えっと、4人です」
「はい、かしこまりました。舞ーっ、4名様ご案内ですよーっ」
「……わかった」
 佐祐理さんの声に頷いた舞が、4人を空いているテーブルに案内する。
「こっち、空いてるから」
 無愛想なこと極まりない店員だが、そこはそれ、舞が着用しているのは、その無愛想さをもカバーする、舞のナイスなボディラインを最大限に生かす究極の制服、アンミラ制服なのである。
 その辺りはわきまえている客達は、文句一つ言わずに舞に案内されていった。
 斉籐が腕組みして頷く。
「しかし、あの2人をスカウトしてくるとは。さすがだな、同志相沢スキー」
「ふ。もっと誉めてくれたまえ」
「祐一くん、あんまり威張るのもどうかと思うよ」
 そこに戻ってきたあゆあゆがそう突っ込むと、同時にやって来た栞もうんうんと頷いた。
「そうですよ、祐一さん。もっと私も誉めてください」
「うぐぅ、栞ちゃん、それも違うと思う……」
「そうようっ! 真琴の方がぜったいかわいいんだからっ。ねっ、ねっ!」
 そう言いながら、小走りに戻って来るや、カウンターの俺の前でヒラリとスカートを翻してみせる真琴。ちなみに真琴は、HEDIARDの制服(冬服)姿である。
 俺は肩をすくめた。
「いや、俺としては秋子さんがどこからその制服を調達したのかの方が気になるが、それよりまこぴー、そんな膝丈のフレアスカートでくるくる回ってたら、丸見えだぞ」
「そうですよ。やっぱりウェイトレスは清楚さが売りですよっ。ね、祐一さん」
「……くるり、はお前も今朝やってただろ、栞?」
「えぅ〜、そんなこと言う人嫌いです〜」
「やーい、怒られた〜」
「真琴さんもですっ!」
「2人とも、お店で喧嘩しちゃだめよ」
 そう言いながら秋子さんがカウンターにやって来た。たちまち大人しくなる2人に笑顔を向けてから、トレイをカウンターの上に置き、俺に言う。
「祐一さん、ケーキセット2つ、ブレンドと紅茶でお願いしますね」
「判りました」
 秋子さんのオーダーに頷いて、俺はクーラーボックスを開けてケーキを取り出した。

 状況を整理しよう。
 現在、時刻は4時を少し回ったところ。
 美少女コンテストの開かれている間、店を守ってくれていた女の子を、あゆに名雪や香里もいるんだし、と思った俺は、「今までのお礼だ。最後くらい遊んできてくれ」と放出してしまったのだが、その直後に、うちのクラスに客が殺到してきた。
 どうやら、客の方も「もう最後なんだし、評判のコスプレぬいぐるみ喫茶とやらを見に行ってやろう」というつもりだったらしい。
 ウェイトレス目当ての男性客ばかりならまだしも、閉店後に行われるぬいぐるみオークションが目当てと思われる女の子の客も結構入ってきて、店内はかなりパニック状態になった。そこにちょうど戻ってきた七瀬も手伝いに入ってくれたのだが、それも焼け石に水。
 あまりの状況に、遊びに来ていたはずの佐祐理さんまでが、見るに見かねて「何かお手伝いしましょうか」と申し出てくれた。
 これ幸いと助けてもらうことにしたのだが、着てもらうべき制服がない状況では、バックヤードで働いてもらうしかない。だが、そう知った佐祐理さんファンの松長が、俺に向かってぶつぶつと文句を言い出し、店内は一触即発の状況に。
 ところが、その言い合いを聞いていた秋子さんがあっさりと「制服ならありますよ」と言って、一件落着。佐祐理さんと舞はウェイトレス決定。
 それを聞いた真琴が「真琴もはたらくーっ」とだだをこね始め、秋子さんはまたしても1秒で「了承」。真琴もウェイトレス決定。
 さらにその真琴の着替えを手伝いに行ったはずの秋子さんは、自分も例のシスター姿(昨日披露してくれた、ビストロ教会の制服である)で教室に現れた。やる気満々らしい秋子さんを止める事が出来る者は、当然ながらいないし、むしろやっていただきたい、と満場一致。
 それを見て、栞も「私もやりますっ」と朝使っていた制服に着替えて再登場。
 結果、現在の店内は、男の浪漫万歳状態となったわけだ。
「くっくっくっ、北川め。あとで泣いて悔しがるだろうな」
「おう、その通りだとも」
 そんな店内を眺めながらがしっと握手する斉籐と松長。ちなみに北川は、今頃体育館でコンテストの会場票の集計に追われているはずだ。
「ちょっと、2人とも。ちゃんとバックヤードが働いてくれないと困るじゃない」
「お、おうっ」
「悪いっ」
 香里に言われて、慌てて姿勢を正す2人。
 俺は、香里にケーキセットの乗ったトレイを返した。
「ほら、次のオーダー分」
「ありがと。あとどれくらい?」
「時間か? 残り50分ってところだな」
 壁の時計を振り仰いで言うと、香里は頷いた。
「まぁ、あとは突っ走るだけ、ね」
「そういうことだな」
「祐一ーっ、オーダー取って来たわようっ!」
 真琴がだだっと走ってきた。額を抑えて香里が言う。
「ちょっと、真琴ちゃん。店内で走らないでくれない?」
「ごめんね、香里。わたしからちゃんと言っておくよ」
 香里とすれ違いながらそう言った名雪は、真琴になにやら言い聞かせ始めた。
「真琴、走ったら食べ物にほこりがつくから、あんまりここで走ったらだめだよ」
「あ、あう」
「悪いことしたら、ごめんなさい、だよ」
「ご、ごめん、なさい」
「よし、いい子」
 名雪に頭を撫でられて、真琴はくすぐったそうに首を竦め、目を細めた。
「うにゅ〜」
「おおっ、も、萌え〜っ! ……す、すみません」
 その様子を見て騒いだ客が、通りがかった舞にじろりと睨まれて静かになる。
 と、教室のドアが開いて、天野が入ってきた。
「お、お待たせ……しました」
「おっ、やっと来たか。さすが、似合ってるぜ」
 振り返って誉めると、天野は目元まで赤くなりながら、ため息をつくという器用なことをやってみせた。
「私まで巻き込まないでください、って言ったのに……」
「まぁまぁ。踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃソンソンっていう格言もあるじゃないか」
「それ、格言じゃないです」
「そう言いながらも、満更ではないみっしーだった」
「口に出して言わないでください。それに、みっしーもやめてください」
「もう、祐一。天野さんいじめたらダメだよ」
 カウンターに戻ってきた名雪に言われて、俺は肩をすくめた。
「別にいじめてるつもりはねぇけどな」
「それならいいよ」
 あっさりと言って、客席に戻っていく名雪。
 それを見送っていると、香里が横合いから言う。
「無意識でいじめてるんだったら、尚更たちが悪いわよね」
「相沢さんは、ひどいですから」
 こくりと頷く天野。
「そんな人に惚れちゃうんだから、世の中は判らないものよねぇ」
「まったくです」
「……ふぅん」
 香里お得意の意味ありげな相づちに、天野ははっとして口を押さえた。それから、上目遣いに香里を睨む。
「美坂先輩、謀りましたね?」
「ふふっ」
 にっこりと笑う香里。
 俺は口を挟んだ。
「香里、一つ質問して良いか?」
「ダメよ。それよりも、抹茶ケーキのセットはどうしたの?」
「あ、ああ」
 頷いて、俺は用意していたセットを差し出した。香里はそれを受け取ると、軽やかに歩き去っていった。
 俺は天野に視線を向け直した。
「しかし、マジに似合ってるって」
「……複雑です」
 目元まで真っ赤になったままで俯く天野。
 ちなみに、天野の着用している制服は、かの月天の制服、緋色の袴に白い上衣という、つまるところ巫女服である。
「えと、とりあえず注文を取ってくればいいのですか?」
「そうそう。まずは、そうだな……。あ、秋子さん」
「はい? どうしたんですか?」
 ちょうど次のオーダーを通しに来た秋子さんに声を掛けると、俺は天野の肩を押した。
「すみません、天野が入ります」
「そうですか。了承」
 静かに頷くと、秋子さんは俺にオーダーを伝えてから、天野に向き直る。
「それじゃ、天野さん。こちらに来てもらえますか?」
「あ、はい、判りました。相沢さん、それでは失礼します」
 俺に軽く頭を下げ、天野は秋子さんの後について行った。
 それと入れ替わりにあゆが戻ってくる。
「うぐぅ、ボクへろへろ〜」
「へろへろでもへらぶなでもいいけど、しっかり働けよ」
「働いてるもん」
 口を尖らすあゆに、ケーキを乗せたトレイを渡す。
「ほれ、6番テーブルだ」
「うぐぅ〜」
 抗議なのかため息なのかよく判らない声を上げながら、トレイを持って席の方に向かうあゆ。
「うーん、やっぱり可愛いよなぁ、あゆさん」
「どうしたんだ、ロリー斉籐?」
「その名で呼ぶなっ!」
 後ろから斉籐にチョークスリーパーを掛けられて、俺は慌ててその腕をタップした。
「わかった、わかったからっ、早まるなっ」
「ちょっと、そこ、遊んでないっ」
 べこん
 そこに戻ってきた七瀬に、トレイで頭を叩かれる俺達。
「いててっ、なにすんだ七瀬っ」
「さぼっているクラスメイトにトレイで鉄拳制裁を加える。乙女にしか為せない技よ」
「相沢くん、あたしの物まねしないでくれない?」
 笑顔で指をポキポキと鳴らす七瀬に、俺は両手を上げた。
「すみません。反省してますから魚拓は取らないでください」
「誰がっ……」
 怒鳴り掛けて、周囲の視線に気付いた七瀬は、こほんと咳払いをしてからにっこり笑った。
「相沢くん、やっぱり殴るわ」
「笑顔で恐ろしいこと言わないでくれ」
「ごめんね、七瀬さん。それで、祐一が何を言ったの?」
 そこにやって来た名雪が謝ってから訊ねる。
「こら名雪、何か順番間違ってないか?」
「それよりも早くオーダー通してよ〜」
「おう、そうだった」
 俺は頷いて、七瀬と名雪のオーダーを聞いた。

 キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴り、アナウンスが流れる。
『ただいまのチャイムをもちまして、本年度、文化体育祭が終了したことを、ここに宣言いたします。皆さま、ありがとうございました』
 パチパチパチ
 教室、廊下、校庭、そのほか学校内の全ての場所で、拍手と歓声が起こる。
 うちのクラスも例外ではなく、客も従業員も、この時ばかりは一緒になって大声を上げて手を打ち鳴らしていた。
「祐一っ、終わったよー」
「おう、ご苦労っ」
 俺と名雪も、ぽんぽんと手を打ち合わせた。
 そこに、香里がやってくる。
「相沢くん、うちはまだ、終わってないわよ」
「何かあったか?」
「今から、ぬいぐるみオークションでしょう? 自分で計画してたくせに」
 呆れたように言う香里。
「おう、忘れてた。それじゃ名雪、香里、みんなにも言って、ぬいぐるみを全部ここに集めてくれ」
「うん、わかったよ」
「ええ」
 2人は頷いて、まだ客でごった返している店内を、その各所に置かれているぬいぐるみを集めに回り始めた。
 俺はカウンターから声を張り上げた。
「ぬいぐるみオークションは、5時5分から開始しますっ! 参加されないお客様は、申し訳ありませんが、喫茶店の営業は先ほど終了致しましたので、とっとと出て行ってください! あ、でも、お金を払うのは忘れずにっ!」
 どっと笑い声が上がる。
 まぁ、出入り口のレジに控えているのは佐祐理さんと舞のコンビである。この2人の守りを突破してでも無銭飲食を働こうという、あゆなみのチャレンジャーはそうそうおるまい。
「うぐぅ。ボク、もう食い逃げなんてしてないのに……」
 両手にぬいぐるみを抱えてやって来たあゆが、ぶつぶつ言いながらそのぬいぐるみをカウンターに下ろす。
「まぁそう言うな、あゆ」
「だって、祐一くん意地悪だもん」
 口を尖らすあゆの頭にぽんと手を乗せて、俺は謝った。
「悪い」
「……うぐ?」
 きょとんとして、それからあゆは俺の手を逃れるように飛びすさった。
「祐一くん、何か悪巧みしてるっ!?」
「なんでだっ」
「日頃の行いですよ、祐一さん」
 そう言いながら、栞がカウンター席に腰を下ろす。
「ふぅ、少し疲れちゃいました」
「おう、栞もありがとよ」
「わ、祐一さんにお礼を言われちゃいました」
 目を丸くする栞。
「あ、しまったです。今の祐一さんのセリフ、録音しておけば良かったですね」
「栞、お前が俺のことをどう思ってるか、よく判ったぞ」
「え? あ、もちろん祐一さんのことは愛してますよ」
 あっさりと歯の浮くようなセリフを口に出してのける栞。さすがドラマ好きなだけはある。
「わたしだって、祐一のこと大好きだもん」
 そこに現れた名雪が、回収してきたぬいぐるみを置きながら、これまた甘いセリフをはいてみせる。
「うーっ、さすが名雪さん。やりますね」
「えへへっ」
 何となく悔しそうな栞に、勝者の笑みか、にっこり笑う名雪。
「わ、私だって、祐一さんのことは大好きですよっ。ええ、もう銀河の星が全て砕け散ろうとも……」
「はいはい、こんな人前で恥ずかしいことを大声で言わないの」
 香里がそう言いながら、ぬいぐるみをカウンターに置くと、俺に言った。
「そろそろいいんじゃない?」
「そうだな」
 このまま名雪と栞に甘いセリフ合戦をされていると糖尿病になりそうだったので、俺は教室を見回した。
 もうレジのところでお金を払っているのは最後の1組で、そのほかの残っている面子は皆こっちを見てやる気満々の様子だった。ということは、後の残りは全て、オークション参加組ってことだな。
 俺は咳払いしてから、言った。
「それでは、予定より少し早いですけど、これからオークションを始めます」
 パチパチパチ
 拍手が上がる。それを手を挙げてしずめると、俺はとりあえず手近にあった子犬のぬいぐるみを手にして、みんなに見えるように掲げた。
「はい、まずはこの子犬のぬいぐるみから始めます。では……、どんなものも、まず100円からっ!!」
「150円っ!」
「200円っ!」


Fortsetzung folgt

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あとがき
 改めて、コスプレぬいぐるみ喫茶のウェイトレスの主立ったところと使用制服を書き出してみました。
 ・水瀬名雪-12/23,B,164cm,47kg,83-57-82(3−A) EARL(アール)
 ・美坂香里-3/1,B,164cm,48kg,83-55-81 (3−A) Espoir(エスポワール)
 ・月宮あゆ-1/7,AB,154cm,41kg,80-52-79(3−A) 神戸屋キッチン
 ・七瀬留美-8/8,A,161cm,84-59-86(3−A) VIE DE FRANCE(ヴィ=ド=フランス)
 ・水瀬秋子-9/23,O,165cm,50kg,86-57-83(主婦) 監獄IN食ビストロ教会
 ・美坂栞-2/1,AB,157cm,43kg,79-53-80(2−A) ブロンズパロット
 ・倉田佐祐理-5/5,A,159cm,45kg,84-55-82(大学生) 馬車道
 ・川澄舞-1/29,O,167cm,49kg,89-58-86(大学生) Anna Miller’s(アンナミラーズ)
 ・沢渡真琴-1/6,U,159cm,46kg,81-55-79(2−E) HEDIARD(エディアール)
 ・天野美汐-12/6,A,159cm,44kg,80-53-79(2−E) 飲食夜神 月天
 ちなみに、なぜアンミラやブロパロや馬車道なんて有名どころが、文化祭も後半になってから、しかもクラス外メンバーに着られているかというと、もちろん最初から希望者のために用意されていたんですが、それが文化祭初日の荒し事件で盗まれてしまって、彼女達が代わりの制服を使わざるを得ない状況になったからです。

 プールに行こう6 Episode 62 02/3/28 Up
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