Indexトップページに戻る  Contents目次に戻る  Prev前回に戻る  Bottom末尾へ  Next次回へ続く

Line

Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 61

Line


 下から、佐祐理さんの声が次のクラスの娘の登場を告げて、ようやく俺は身体を起こして、下を覗いてみた。
 ステージの、ここから見える範囲内に真琴の姿が見えないのを確認して、ほっと一息付く。
「どうやら、危機は去ったぞ、天野」
「……そうですか」
 天野は、ゆっくりと身体を起こした。
 俺は元のように立ち上がると、ズボンの尻を軽く叩いてほこりを払った。それから、手すりにもたれてステージに視線を向けた。
 2年F組の娘が、ステージ上で手品を披露しているのが見えた。
「2−Fってことは、次は3−Aか」
「3年A組なら、相沢さんのクラスですね」
「ああ。さて、七瀬がどんな芸を用意してるか、だな」
 俺はステージの袖に視線を向けたが、ここからの角度では、次に控えてるはずの七瀬の姿は見えなかった。
 そうこうしている間に、2−Fの娘の手品もあっさり終わり、その女の子がステージから降りていく。
 いよいよ、七瀬の登場となった。

 ステージの袖から登場した七瀬の姿を見て、おお、とざわめく客席。
 七瀬は、袴に上衣のいわゆる和風剣士姿で、腰には鞘に収まった剣を携えていた。いつもはツインテールにしている髪も、後ろでポニーテイルにくくっているので、ちょっと雰囲気が違って見える。
 しかし、あの腰の剣、なんとなくおもちゃには見えないな。そんな感じがする。
 俺のその直感は、すぐに裏付けられた。
 佐祐理さんがマイクを持って話しかける。
「ええっと、3年A組代表の七瀬留美さん、何をしてくださるんですか?」
「あ、はい。居合い斬りです」
 答える七瀬に、おおーっ、とどよめく会場。
 その間に、黒子がステージに竹棹をセットしていく。
「居合い斬りですか? えっと、佐祐理はあまり詳しくないんですけど、結構難しいんじゃないですか?」
「ええ。私、実は、転校してくる前に、ちょっとだけ剣道をかじったことがあるんですよ。その時に居合いも習ったんで、今日はここで披露してみようかな、と思って」
 そう言ってにこっと笑ってみせる七瀬。
 俺は腕組みして頷いた。
「なるほど。可愛い路線だけでは、票数も限られてくるのを見越して、ここで凛々しいという一面を見せようというわけか。なかなか七瀬も策士だな」
 その間に、七瀬はたすきをからげてから、腰の剣に手を掛け、身構えた。
 しん、と会場が静まりかえる。
 しばらく、目を閉じて集中していた七瀬が、かっと目を開く。
「いやぁーっ!」
 カコン
 軽い音と共に、斜めに斬られた竹竿がゆっくりと倒れた。
 七瀬は、ぶんっと剣を振って、ゆっくりと鞘に納めた。それから、会場に向き直り、深々と一礼する。
 会場からは、割れんばかりの拍手が沸いた。

「3年F組の御影さんでしたーっ」
 拍手に送られて、最後の娘が舞台袖に消えていく。
 佐祐理さんは、客席に向かって頭を下げた。
「長いこと見ていただきまして、ありがとうございましたーっ。それでは、これからのスケジュールを説明しますねーっ」
 おーっ、と歓声が上がる。
 手元のメモに視線を落として、佐祐理さんはスケジュールを読み上げた。
「まず、この後、会場の皆さんはお手元の投票用紙に記入して、退場するときに、出口にいる係の人にその用紙を渡してください。その結果は急いで集計して、後夜祭のファイヤーストームの時に発表します。それから、クラス投票は通常通り、学園祭の終了後に委員の人がクラス内で票の取りまとめを行い、しかる後に最終順位を決定します。順位の決定は来月頭くらいになると思われますので、楽しみにしてお待ち下さいね」
 そこで一度言葉を切ると、佐祐理さんは会場を見回し、手を振った。
「それでは、これで、今日の美少女コンテストの、この会場でのプログラムを、終了しまーすっ!」
 客席からは大きな拍手が上がった。
 俺は、そのままステージに幕が下りるまで見届けてから、天野に声を掛けた。
「さて、それじゃ俺達も撤収するか。ここにいるのが見つかったらひと騒動だしな」
「はい」
 天野はこくりと頷いて、俺に視線を向けた。
「相沢さん。今日は、ありがとうございました」
「いや、別に礼を言われるほどのことじゃないって」
 俺は肩をすくめ、客席を見下ろした。
 ぞろぞろと客が出口に向かって移動を始めている。
「やべ。早く行かないと取り残されるぞ。行こうぜ、天野」
 そう言って天野に手をさしのべる。
「え?」
 一瞬、きょとんとしていた天野は、おずおずと俺の手を握った。
 俺はその手を引いて、キャットウォークを駆け出した。
「あっ、相沢さん、そんなに急いだら、危ないですよ」
「大丈夫だって。天野もいるんだし」
「そ、そうですか?」
「ああ。おっと、いけね」
 しゃべりながら走っているうちに、降り口を行き過ぎるところだった。俺は足を止めると、天野を先に行かせた。
 キャットウォークへ昇るには、壁に備え付けられているはしごを使うしかないからだ。さすがに、俺が先に行って、後から降りてくる天野を何気なく見上げてみる、なんてことは出来かねた。

 首尾良く誰にも見つからずにフロアに降りた俺達は、名雪達のいるはずの椅子の場所に戻っていった。
 とはいえ、それは出口に向かう人の流れに逆らう事になるわけで、これがなかなか大変である。
「うわっ、誰だ俺の足踏んだのはっ! いてて」
「相沢さん、ちょっと、無理じゃ」
 後ろから、同じように人波にもまれている天野の声が聞こえる。
「そうだな。とりあえずもう少し人がいなくなるのを待つか」
「……はい」
 俺と天野は頷き合い、方向を変えて体育館の壁を目指すことにした。
 どうにか壁際までたどり着き、一息入れる。
「やれやれ、だな」
「はい。少し暑いですね」
 額に汗を浮かべ、ぱたぱたと手で自分を扇ぐ天野。
 なんとなく、壁にもたれてそんな天野を見ていると、不意にその天野がこちらを見た。
「なんですか?」
「いや、何でもないけど」
「そうですか」
 一呼吸置いて、天野は微かに顎を引き、俺を見つめた。
「あの、相沢さん……」
「あーっ、見つけたーっ!!」
 突然、つんざくような声が耳に飛び込んできた。その声の方に視線を向けた俺に、俺達の方に向かってすごい勢いで駆け寄ってくる真琴の姿が写った。
 と、たっぷり5メートルほど向こうから、一気にジャンプした真琴が、そのまま俺に飛びついてきた。そのまま、両腕で俺と天野を抱えるように抱きつく。
「きゃっ! ま、真琴っ」
「もうっ、2人とも、どうしてあの時隠れちゃったのようっ!」
 口を尖らせる真琴。
「当たり前だろっ。あんなところで呼びやがって」
 俺は拳を真琴の頭に押しつけてぐりぐりとしてやった。
「あいたたたっ」
 真琴は俺達に回していた手を離して、とびすさった。
「あ……」
 なんだか妙な声を上げる天野。
「どうした、天野? 真琴に変な所をさわられたのか?」
「そんなことはありません」
「そうか? それじゃ……」
「祐一さんっ!」
 もう一つの声が聞こえて、俺は慌てて振り返った。
 ずかずかっとやってきたのは栞だった。その後ろには香里の姿もあった。
「どこに行ってたんですかっ! せっかく私のスケッチの相手は祐一さんにしてもらおうって思ってたのにっ」
「いなくて良かったなぁ、俺」
 しみじみと呟くと、香里がぐいっと俺の耳を引っ張った。
「相沢くん。おかげで私がどんな目にあったと思ってるのかしら?」
「えぅ〜、お姉ちゃんもなにげにひどいです〜」
 べそをかいてみせる栞。
 俺は真琴と栞の肩をぽんと叩いた。
「ともかく、2人ともご苦労さんだったな」
「祐一。うんっ」
 真琴は笑顔で大きく頷いた。
 栞も、ぱっと笑顔になった。
「その言葉だけで、今日の疲れも吹っ飛んだ感じですっ」
 天野と香里が、顔を見合わせて肩をすくめる。
「こういうところ、天然なのか計算なのか」
「天然だから、なのではないでしょうか?」
「なるほどねぇ」
「おい、2人で何の話だ?」
 尋ねると、2人はもう一度顔を見合わせ、深々とため息を付いた。
 と、不意に真琴がぱっと顔を明後日の方に向けた。
「あっ、みんなーっ! こっちこっちーっ! 祐一もいるよーっ!」
 真琴の見ている方に視線を向けると、水瀬家ご一同様が真琴の声に気付いてこっちにやってくるところだった。
 最初にやってきた名雪が、俺に尋ねる。
「祐一、どこに行ってたの? 戻ってこないから、どうしようかと思っちゃったよ」
「悪いな。あそこで見てたんだ」
 俺はキャットウォークを指した。
 天野が深々と頭を下げる。
「すみません、私のせいで相沢さんや皆さんにもご迷惑をおかけしてしまいました」
「あ、ううん。全部祐一のせいだから、いいんだよ」
 天野には首を振ってみせると、名雪は俺の腕にしがみついた。
「せっかく真琴や栞ちゃんの芸を一緒に見ようと思ってたのに」
「まぁ、おかげで俺は栞に似顔絵を描かれないで済んだんだけどな」
「うーっ、まだ言いますかぁ?」
 栞がぷっと膨れた。慌ててあゆがフォローに入る。
「でも、栞ちゃんも前よりもずっと上手くなったとボクは思うよっ」
「それって、前は下手だったってことですか?」
 じろっと栞に睨まれて、慌てるあゆ。
「うぐぅっ!? そ、そんなことないよっ、全然ないよっ」
「もう、あゆさんも嫌いですっ」
「そ、そんなぁ」
 情けない顔をするあゆに、栞はくすっと笑った。
「冗談ですよ、あゆさん」
「うぐぅ、びっくりした。もう、栞ちゃんの意地悪」
 ほっと胸をなで下ろしてから、今度はあゆが膨れる。
 俺は、そんな2人をよそにして、名雪に尋ねた。
「ところで、舞は?」
「川澄先輩なら、終わったら真っ直ぐにステージの方に行っちゃったんだよ」
 名雪の言葉に、秋子さんが付け足す。
「待っていましょうかって訊ねたんですけど、先に行っていて欲しいって」
「先にって、合流場所も決めないで行っちゃったんですか?」
 聞き返す俺に、秋子さんは頷くと、頬に手を当てて「困ったわね」と呟いた。それが、さほど困ったようには見えないのは、いつものことなのだが。
 まぁ、舞のことだから、速攻で佐祐理さんを迎えに行ったんだろうけど。
「さて、どうするかな?」
「とりあえず、ここからなら出口が見えるから、2人を見つけやすいと、ボクは思うけど」
 あゆが言うとおり、俺達のいる壁際からは、出口から出ようとしている連中が、押し合いへし合いしている様子がよく見えた。
「なんだってあんなに出口が混雑してるんだ?」
「出口で投票用紙の回収をしてるからでしょう? そんなことより、相沢くんはもう書いたの?」
 香里に尋ねられて、俺は肩をすくめた。
「投票ならもう書いたけどな。でも誰を書いたかは……」
「当然、私ですよねっ!」
「何言ってんのようっ、しおしおっ! 真琴に決まってるわようっ!」
 いきなり背後から、両腕にしがみついてくる2人。
 俺は香里に視線を向けた。
「このような状況なのでお答えすることは差し控えさせていただきたいと存じます」
「なんだか、議員辞職の記者会見みたいな返事ね」
「お姉ちゃん、時事ネタはすぐに風化しちゃうよ」
 腕組みしてそう言う香里に、栞がツッコミを入れる。
「ジジネタ? おじいちゃんのネタなの?」
「真琴、時事ネタというのはですね……」
 小首を傾げる真琴に、天野が早速時事ネタの説明をしているのを小耳に挟みながら、俺は名雪に言った。
「で、名雪はこれからどうするんだ?」
「うんとね、一度お店に戻ってから、終わりまではそこにいるかな?」
「お店? ああ、うちのクラスか。で、終わりって、5時か?」
「うん。それから後夜祭の準備とかあるから」
「こうやさい?」
 首を傾げるあゆに、名雪が説明する。
「文化祭が終わったらね、その飾りとかいらなくなるでしょ? そういうのを校庭に持っていって、全部燃やしちゃうんだよ」
「あ、そうなんだ。ボク知らなかったよ」
 やたらと感心したようにうんうんと頷くあゆ。
「名雪、香里、間違っても衣装は燃やすなよ」
「そんなことしないよ。もう」
 名雪は不満げに口を尖らせた。
 何気なく体育館の壁に掛かっている大きな時計を見ると、もう午後4時ちょっと前、という時間だった。
 文化祭の残りは、あと1時間少々。
「それじゃ、俺も3−Aに行くかな。一応総合責任者ってことになってるわけだし、最後はそこで締めるっていうのもよかろう」
「うんっ」
 笑顔で頷く名雪。
「やっぱり、最後は祐一と一緒にいたいよ」
「……」
「あ、祐一くん、照れてる?」
 あゆが俺の顔を覗き込んだ。
「なんでもねぇ。こうなったらあゆ、お前も来い。一蓮托生だ」
「うん、ボクはいいよ」
 あっさりと答えるあゆ。
「ボクも、最後はみんな一緒がいいし」
「それじゃ、私も3−Aに行きますね。何しろお姉ちゃんのクラスですし」
 きっぱりと言う栞。
「真琴も行くわようっ。あゆあゆや名雪のクラスだもんっ」
 拳を突き上げてそう宣言してから、真琴は天野の腕を掴む。
「美汐も行こうようっ」
「え? 私は、その……」
 ためらう天野。
 俺は苦笑して、天野に声を掛けた。
「ここまで来たら一蓮托生だ。天野も付き合え」
「……判りました」
 一拍置いて、天野はこくりと頷いた。
 と、不意に真琴がステージの方に視線を向けた。
「あ、来た」
 真琴の見た方向に視線を向けると、舞と佐祐理さんがなにやら話をしながら、こっちに向かってくるところだった。
「さすが真琴、聡いな」
「えへんっ」
 誉めると、真琴は腰に手を当てて大いばりにふんぞり返った。
「しおしおには出来ないでしょうっ」
「当たり前ですっ。あなたと一緒にしないでくださいっ」
「えっへへーーっ」
「うーっ」
 ますます偉そうな真琴と、そこはかとなく悔しそうな栞であった。
「あっ、みなさん、ここにいらっしゃったんですか」
 その間に俺達を見つけたらしく、佐祐理さんが声を掛けてきた。
「よう、佐祐理さん。ご苦労さん」
「お疲れ様〜」
「ありがとうございました〜」
 俺達が声を掛け返すと、佐祐理さんは微笑んで頭を下げた。
「はい。どうにかやれました。こちらこそ、ありがとうございます」
「それで、この後なんだけどさ、舞と佐祐理さんはどうするの? もう帰る?」
 俺の質問に、2人は顔を見合わせた。それから、佐祐理さんに脇を肘でつつかれて、舞が俺に視線を向ける。
「祐一は、どうするの?」
「俺か? 俺はうちのクラスに行くけどな。なんか、他のみんなも来るってことになったみたいだし」
 俺が答えると、佐祐理さんが笑顔で頷いた。
「それなら、もしお邪魔でなければ、佐祐理たちも祐一さんのクラスにお邪魔しても良いでしょうか?」
「全然問題なし、というかこちらからお願いしたいところだぜ」
 俺はにっと笑って頷いた。


Fortsetzung folgt

Line


 Indexトップページに戻る  Contents目次に戻る  Prev前回に戻る  Top先頭へ  Next次回へ続く

Line


あとがき
 わりと、あっさり目に。

 プールに行こう6 Episode 61 02/3/27 Up
Line


お名前を教えてださい

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします




 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する