Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 59
水着審査は、先ほどのコスプレ審査とは逆の順番、つまり3年F組から始まり、1年A組で終わる。
というわけで終わった。
「うぐぅ、祐一くん、それはちょっと酷いよ」
「いや、別にさして特筆すべきようなハプニングも起きなかったし」
「ハ、ハプニングって、祐一くん、えっちだよ」
俺の考えを読んだらしく、かぁっと真っ赤になるあゆ。
話を聞きとがめた名雪が、あゆ越しに俺の顔を覗き込んだ。
「祐一、なんか変な事考えてたの?」
「正直に言いなさい。殴ってあげるから」
さらにその名雪の向こうから、香里が腕組みして俺を睨む。
俺は慌てて両手を上げた。
「何も考えてねぇよ」
まぁ、水着といっても、栞や真琴のは今までにも散々一緒にプールや海に行っていただけあって見慣れてしまってたわけだし、他の娘のも白いワンピース型のがほとんどで、それほど違いはなかったので余り目の保養というわけにはいかなかったわけだ。
唯一、七瀬の黒いビキニは結構いけてたと思うが。
「うん、七瀬さん、大胆だったよね」
あゆは自分の制服をつまんでみながら、俺に尋ねた。
「祐一くん、あのね、ボクも、ああいうの着てみたら、似合うかな」
「安心しろ。絶対似合わない」
「うぐぅ、即答……」
涙目になってそう呟いたものの、自分でも自覚してるらしく、あゆはそれ以上は何も言わなかった。
何となく間が空いたので、俺は立ち上がって一つ伸びをした。
なにしろ5人分の席に6人で座った状態で、30分ほどそのままの姿勢を強いられてたのだから、身体の節々がこわばってしまった。
右にあゆ、左に天野がぴたっと文字通り引っ付いている状態で下手にもぞもぞ動いたりしたら、“セクハラ祐一くん”と呼ばれること請け合いなので、ここまで微動だに出来なかったのだ。
陸上部直伝のストレッチ体操で軽く身体をほぐし、人心地ついたところで、俺はステージの方に視線を向けた。
「さて、と。あと残るは隠し芸大会だな」
「そうだねっ。栞ちゃんや真琴はどんな芸を見せてくれるのかな? わたし、楽しみだよっ」
名雪がにこにこしながら頷く。
「あたしは知らないわよ」
「私も、知りませんので。それに知っていたとしても、教えるわけにはいきませんので。あしからず」
ちらっと視線を向けただけで、その2人の保護者たる香里と天野はいち早く先手を打ってきた。
俺は肩をすくめる。
「そんな無粋な真似を俺がすると思うかね、君たち?」
「ええ」
「はい」
くそ、2人とも即答しやがって。
「しかし、今度の休憩時間には、佐祐理さん戻ってこないな。どうしたかな?」
「うん」
舞がこくりと頷く。
「何かあったら、私がただじゃおかないから」
「北川がいるんだから、佐祐理さんに手を出したときの危険性は、準備委員会の方でも判ってると思うぜ」
俺が頷くと、いきなり眉間にびしっとツッコミを食らってしまった。
「祐一、その言い方って、川澄先輩が危険人物みたいだよ」
名雪が口を尖らせて俺を睨む。確かにその通りなので、謝ることにする。
「悪かった、舞」
「今更だから」
ぽつりと呟いて、舞は明後日の方に視線をそらした。
すこし考えてから、俺は舞の所に歩み寄ると、えいっと髪をかき回してやった。
「っ!」
目を丸く見開いて、素早く俺に視線を向ける舞。そんな舞に、俺は笑いかけた。
「舞、みんないるんだぜ」
「みんな……」
視線を俺から外し、みんなの方に向ける舞。
「うん、そうだよ、舞さん」
あゆが笑顔でうんうんと頷く。
「ボクじゃ頼りないかもしれないけど」
「しれないんじゃなくて、実際に頼りないけどな」
「うぐぅ」
「……そんなこと、ない」
舞は手を伸ばして、さっき俺が舞にしたように、あゆの髪をくしゃっとかき回した。
「うぐっ、くすぐったいよぉ、舞さん」
首を竦めて目を細くするあゆ。そんなあゆの髪をくしゃくしゃとかき回し続ける舞。
なんとも微笑ましい光景だった。
2人の間に挟まれた天野がいなければ、だが。
「あ、私のことはお気になさらずに」
俺の視線に気付いた天野は、身体を器用に捻ってそこから出てくると、俺がやったように一つ伸びをした。それから、ちらっと俺を見る。
「あの、大丈夫ですから」
「それならいいんだが、一つ忠告してもいいか?」
「なんですか?」
「スカートめくれてるぞ」
「え?」
俺に言われて、ばっと自分の制服を見下ろした天野は、退魔の時の矢を射る速度もかくやという勢いで、めくれ上がっていたスカートを引き下ろした。それから、真っ赤になって俺を睨んだ。
「見ましたね?」
「いや、見てない」
「色は?」
「薄いピンク……。はっ」
「祐一くん」
「祐一」
「相沢くん」
女性陣にじろりと睨まれて、俺はしゅたっと手を上げた。
「えーとだな、俺はちょっと用事があるので失礼するよはっはっはっ」
そのまま、俺はその場を逃亡した。
考えてみると、別に逃げることはなかったような気がするなぁ。
そのままの勢いで体育館の外まで出てきてしまった俺は、今更ながらそう思ったが、せっかくなので日向ぼっこしてから帰ることにして、そのままぼーっとしていた。
休憩時間ということもあって、周囲には同じように体育館から出てきた生徒達が三々五々、今後の予想などを話ながらたむろっている。
そんな連中を見るともなく見ていると、不意に声を掛けられた。
「あら、祐一さん。こんなところで何をしてるんですか?」
「あれ? 秋子さん?」
声の方を見てみると、そこにはスーツ姿の秋子さんが立っていた。
うーん、秋子さんのスーツ姿は初めて見たが、こういう格好をしてると、みるからにOLって感じだなぁ。
そんな感想を持ちながら、聞き返す。
「秋子さんこそ。仕事はどうしたんですか?」
未だによく判らないが、秋子さんは昼間は仕事をしてるはず。
俺の質問に、秋子さんは頬に手を当てて微笑んだ。
「実は、早引けです」
「早引けですか?」
「ええ。ちょっと風邪気味らしくて。うふふっ」
どう見ても、いつぞやのように熱っぽい様子もない。ということは、だ。
「サボリですか?」
「風邪気味です」
笑顔できっぱりと言われたので、それ以上の追求は断念した。
「それで、どうしてここに?」
「真琴がコンテストに出てるんでしょう? 母親としては、ちゃんと見に行かないと、と思ったんですよ」
「ああ、なるほど」
俺は頷いて、背後の体育館を手で示した。
「この中でやってますよ。もうコスプレと水着審査は終わっちゃいましたけど、まだ隠し芸には間に合いますから。あ、それじゃ俺がみんなの所まで案内しますよ」
「みんな? ああ、名雪達も見に来ているのね」
「ええ」
頷くと、俺は秋子さんの先に立って、体育館の中に引き返した。
みんなの席に近づくと、真っ先に名雪が俺を見つけて声を上げた。
「あっ、祐一〜〜っ、逃げるなんてひどい……、あれ? お母さん?」
「えっ?」
その名雪の言葉に、皆が一斉に、俺の後ろにいる秋子さんに視線を向けた。
「うふふっ。来ちゃったわ」
にっこり笑う秋子さん。それを見て、あゆがあたふたと立ち上がる。
「秋子さんっ、こちらにどうぞっ」
「あら、あゆちゃんは立って見るの?」
「う、うん。ボクは元気だからっ」
なんだか理由になってるようななってないような。
「あのね、お母さん、実は座る場所がもう無いんだよ」
「あら、そうなの?」
名雪の説明に、秋子さんは現状を見てから、俺達の人数を指さして数え、ほぅとため息をついた。
「そうみたいね」
「うん、そうなんだよ」
相づちを打つ名雪。
と、天野が立ち上がった。
「天野?」
「私はそろそろ教室に戻りますから。秋子さん、どうぞ座ってください」
そう言い残し、天野はそのまますたすたと歩いていった。それが余りに自然だったので、一瞬俺達はぽかんとそれを見送っていた。
秋子さんが俺の肩に手を置いて、俺は我に返る。
「祐一さん、天野さんを追いかけないと」
「あっ、はい。天野のやつ、何だっていきなりそんなことを……」
俺は小さく呟き、天野の後を追って駆け出した。
後ろで秋子さんと名雪の声が聞こえた。
「天野さん……か。ふふっ、名雪。油断しちゃダメよ?」
「えっ? 何のこと、お母さん?」
「判らないなら、判らなくてもいいのよ」
「うーっ、気になるよぉ」
俺も気になったが、とりあえず天野を追いかける方が優先だった。
ようやく天野に追いついたのは、体育館の非常扉の前だった。
「こらこら、天野」
声を掛けたが、聞こえているはずなのに、天野は俺に背を向けたまま歩いて行こうとした。
「なんだって、ここで帰るんだよ? 天野だって、真琴のことが心配なんだろ?」
俺は、思わず、そう言いながら、天野の腕を後ろから掴んでいた。
「……っ!」
びくっと、身体を震わせる天野。
「あ、相沢さん、何を……」
と、不意に辺りが少し暗くなった。反射的に体育館の天井を見上げてみると、照明が落とされ始めていた。
「うわ、やべぇ。もう始まっちまうのか?」
今から席に戻るには、暗くなった客席を横断しないといけない。それは無理に近い。
それに、考えてみれば、戻ったとしても座る椅子が無いんだよな。
いや、待てよ。
ここで俺達が戻らないとすれば、あの場に残っているのは、名雪、あゆ、香里、舞、秋子さん。で、椅子の数は5つ。ちょうど席の数は合うんだよな。
俺は、自分の考えがまとまったところで、天野に尋ねた。
「天野、特等席で見たくないか?」
「え? 特等席、ですか?」
「ああ。まぁ、俺について来てくれ」
そう言って歩き出す。
「あっ、相沢さん、そんなに引っ張らないでくださいっ」
「いや、掴んでないとまた逃げ出しそうだからな」
「そんなこと、しませんから」
天野の声に、俺は振り返った。
「本当だな?」
「……はい」
天野が頷くのを確認して、俺は手を離した。天野は、俺が掴んでいた辺りを自分の手でそっと覆って、呟いた。
「どうして、相沢さんは……」
力を入れすぎたか、と思って俺は謝った。
「悪い。痛かったか?」
「いえ」
微かに首を振ると、天野は俺に向き直った。
「行きましょう」
「あ、ああ」
俺は頷いて、歩き出した。
「みなさん、お待たせしましたーっ。それでは、いよいよ最後の審査、隠し芸部門に入りますーっ」
「おおーーっ」
ステージ上では、佐祐理さんがマイクを手にして会場に向かって声を掛けていた。
俺は、鉄製の手すりにもたれかかって、それを見下ろしながら苦笑した。
「なるほど、佐祐理さんが休憩時間に戻ってこられないわけだ」
「そうですね」
隣で、手すりを掴んだ天野も頷いた。
佐祐理さんは、さっきまでの私服ではなく、制服にちょっと手を加えたと思われる衣装を身にまとっていた。ご丁寧に、制服のリボンの色は、当時の佐祐理さんが付けていた青である。
俺は、天野に視線を向けた。
「で、どうだ? ここは特等席だろ?」
「そうですね」
天野はこくりと頷いた。それから、俺に視線を向ける。
「でも、どうして私をここに? 相沢さんがここを特等席だって思うなら、水瀬先輩を連れてくるべきじゃないですか」
俺達がいるのは、体育館の中二階を一周するように設けられたキャットウォークの上であった。そのステージ脇に陣取った俺達からは、ステージの様子から会場内までが全て一望できる。
もちろん、普段はもちろん、今も本来は立ち入り禁止な場所である。当然ながら、俺と天野の他には誰もいない。
天野の質問に、俺は肩をすくめた。
「まぁいいじゃないか」
「でも……」
俺はステージに視線を落とした。
「お、そろそろ始まるみたいだぞ」
天野はしばらく俺を見ていたが、やがてステージの方に向き直った。
不意に、その唇が動いた。
「相沢さんは、ずるいです」
ちょうどその時、最初の1年A組の娘がステージに上がり、客席から歓声が上がっていた。それで、俺は天野の呟きを聞き逃していた。
「え? なんだって?」
「なんでもないです」
手すりに顔を埋めるようにしてそう答えると、天野はその後は、じっとステージを見つめたまま目を逸らさなかった。
Fortsetzung folgt
あとがき
いくつか質問がありましたので、前回の3人のコスプレについて。
栞の「まじかる☆ひよりん」
時期的には一番新しいけど一番マイナーらしいです。
ねこねこソフトの「ねこねこファンディスク」に登場した魔女っ娘です。とりあえず、その前作というか本作の「みずいろ」を先にプレイしてくださいまし。
美坂栞-2/1,AB,157cm,43kg,79-53-80
早坂日和-4/23,O,160cm,87-58-85
真琴の「せんちのほのか」
NECインターチャネルの「センチメンタルグラフティ」というゲームに登場した、沢渡ほのか嬢。なんちゃってツインテールだったりする辺り、真琴と容姿も似てます。キャラクターについては、本編の祐一のセリフを参考にしてください。
沢渡真琴-1/6,U,159cm,46kg,81-55-79
沢渡ほのか-5/14,O,160cm,79-56-80
七瀬の「プリティサミー」
OVAの「天地無用」シリーズの番外編というべきシリーズに登場する魔女っ娘(に分類されるんでしょうなぁ) 声優はPS版「輝く季節へ」で七瀬のCVをつとめた横山智佐さんです。いわゆる声優つながりですね。
あと、「江田島校長」は、あの「魁!男塾」からです(笑)
プールに行こう6 Episode 59 02/3/18 Up 02/3/26 Update