Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 58
「おーい、ここが空いてるぞっ」
「あっ、はぁい。ほら、舞、行こっ」
「……うん」
俺の声に、舞と佐祐理さん、そして天野の3人が、人混みをかき分けるようにして駆け寄ってくる。
俺は、空いている椅子を手で示した。
「さぁ、ささっと座ってくれ」
「どうぞ、佐祐理お嬢!」
俺の後ろで、クラスメイト達が声を揃えて言う。
「はぇ? もしかして皆さん……」
「なぁに、佐祐理お嬢とそのお連れさんの席なら、すぐにでも空けまさぁ」
そう言ったのは、一昨日のリレーで見事に公約を果たせず、佐祐理さんに紹介してもらい損ねた松長である。
「でも、佐祐理は……」
「おっと、俺達がここにいたら、お嬢が座りにくいよな。野郎共、撤収だ!」
「おうさっ!」
ざざっとその場から姿を消すクラスメイト達。なんというか、ナイスガイ達である。
そして後に残されたのは、空いている椅子。
「まぁ、事情はともかく、椅子が空いてるわけだから座ってよ、佐祐理さん」
「いいんでしょうか?」
「いいんです!」
きっぱりと頷くと、俺は舞を肘でつついた。
「舞、お前からも佐祐理さんに座ってもらうように頼んでくれ」
さもないと、佐祐理さんのことだからずっと立ちっぱなしってことも考えられるからな。
舞も佐祐理さんのそういうところは心得ている。
「佐祐理、立ってると邪魔だから……」
もっとも、もう少し言い方っていうものがあるもんだが。
「うん、そうだね。それじゃ座っちゃいますね」
だが、そこはそれ、佐祐理さんと舞の意思疎通はツーカーってもんだった。
「ありがとうございます、祐一さん」
俺に頭を下げ、佐祐理さんはいつも通りに舞と並んで座る。そしてその右隣に天野が腰掛けた。
あれ?
「ところで、あゆはどこに?」
「ふぇ?」
佐祐理さんは、照明が落とされて薄暗くなった客席を見回した。
「いませんね。佐祐理が捜して来ましょうか?」
「私が行く」
立ち上がろうとした佐祐理さんを制して、代わりに舞が立ち上がる。
「頼めるか、舞?」
「任せて」
そう残し、舞はすたすたっと歩いていった。
俺は佐祐理さんに言った。
「それじゃ佐祐理さん、舞の席は確保しておいてくれ。俺はあゆの席をキープしとくから」
「はい。他の人に取られないようにすればいいんですね。任せてください」
笑顔で頷く佐祐理さん。
俺は天野の右隣に座ると、右隣の席に足を乗せてキープした。それから、ふと気付いて訊ねる。
「ところで天野、真琴はコンテストに出るんだろ? 一緒にいなくてもいいのか?」
「私は、校内では、あまり評判がいいとは言えませんから」
微かに自虐的な笑みを浮かべる天野。
「そんな私がそばにいては、人気投票では不利というものでしょう」
確かに、去年の舞ほどではないにしろ、俺が出逢った頃の天野は、一言で言えば変わった娘だったからなぁ。
まぁあれは色々と事情があったからなんだが。
それに、今も、内面的には結構変わってるようだが、見た目はそう変わらないし。
「なんですか?」
そんなことを思いながら、ついじぃっと天野を見つめていると、天野は居心地悪そうにもじもじしながら俺に非難の視線を向けてきた。
「いや、なんでも。お、戻ってきた」
タイミング良く、そこに舞があゆの手を引いて戻ってきた。
「見つけた」
「ご苦労様、舞」
笑顔で出迎える佐祐理さんに、舞はこくりと頷いて、元の席に腰を下ろした。
「ったく、何やってたんだよ、あゆあゆ」
「うぐぅ、人波に呑まれてた……」
見るからにへろへろになったあゆが、そう言いながら俺が足を乗せてキープしていた椅子に座る。
その時、客席の灯りが一斉に落とされ、ステージの幕が上がった。
ステージの真ん中に立っている男子生徒が、手にしたマイクに向かって叫んだ。
「ご来場の紳士淑女の皆さま! 大変お待たせ致しましたっ! ただいまより、美少女コンテストの本選を開始致しますっ!」
うぉぉぉっ
会場からどよめきが上がり、拍手が広がる。
彼はそれを手で鎮め、言葉を継ぐ。
「えー、自分は今回の美少女コンテストの実行委員長、3年C組の安陪です。急遽、この司会進行役も任されることになったんですが、こんな野郎が司会では、皆のノリもいまいちというもの。というわけで、この場でいきなりだが、司会進行は別の方にお任せしようと思う」
ざわっ、と会場がざわめく中、彼はさらに言った。
「この場でいきなり、なんてこと言うんだこの野郎と思っているでしょうが、これは今朝の委員会でいきなり決定したことで、私には罪はありません!」
「お前が真っ先に賛成したくせにっ!!」
舞台袖から良いタイミングで声が掛かり、会場はなんだか判らないままに笑いに包まれた。
その笑いが収まるのを待って、彼はびしっとこちらを指さした。
「それではご紹介いたしましょう! 昨年の美少女コンテストの優勝者、倉田佐祐理嬢ですっ!」
パッ
いきなり、すぐ横の席にスポットライトが当たった。そして、その光の中心で、佐祐理さんが目をぱちくりとさせていた。
「……ふぇ?」
なんだかんだと言いつつも、頼られてしまうと断れない佐祐理さんは、5分後にはそのままステージに上がっていた。
「えーっと、こ、こんにちわ」
「こんにちわーっ!」
会場から一斉に声が返る。
「あは、み、皆さん元気ですね」
「そうですねーっ!」
「あは、あははっ」
うーん、何というか、変なノリだな。佐祐理さん、大丈夫だろうか?
俺は、天野越しに舞に小声で訊ねた。
「舞、佐祐理さんは大丈夫か?」
「祐一は、心配しなくてもいい」
腕組みしてステージを見ていた舞は、俺をちらっと見て言った。
「何があっても、絶対に佐祐理は守るから」
「それは頼もしいけどな」
そう俺が呟いたときには、もう舞はステージに視線を向け直していた。まさに、一瞬たりとも目を離したくないという風だった。
「相沢さん、重いです」
「あ、すまんすまん」
ちょうど天野にのしかかるような形になっていた俺は、身体を起こして席に座り直した。
「悪かったな、天野」
「……いえ」
天野はそう答えると、ステージに向き直った。
ステージでは、さっきの男子生徒が佐祐理さんに何やら紙を手渡していた。
「これがプログラムですんで、よろしく」
「あ、はい。わかりました。……それでは、まず最初に、厳しいクラス予選を勝ち残った皆さんに、ステージに上がっていただきますねー」
「おおーーっ!!」
「それでは、どうぞーっ」
佐祐理さんの声とともに、舞台袖から各クラスの代表の娘が次々と登場してきた。ちなみに最初の登場は全員制服姿である。
真琴や栞、七瀬も、当然ながらその中に混じっている。
「どうやら、真琴も栞も、変に緊張している様子はないな」
「そうですね」
やっぱり気にはなっていたのか、真琴の様子を見てほっとしている天野。
「栞ちゃん、緊張してはいないけど、気合い入ってるみたいだよ、祐一くん」
あゆの言葉通り、栞は舞台上で笑顔を振りまいていた。
「まぁ、栞は、意外とああいう場所でも気後れしないタイプだからなぁ」
俺は、とりあえず騒ぎは起こりそうになかったので、腰を落ち着けてステージを見ることにした。
それぞれのクラス代表の簡単な紹介と質疑応答が終わり、女の子達は舞台袖に引っ込んでいった。
佐祐理さんがマイクを片手に言う。
「それでは、しばらくお時間を頂きます。……えっと、この『アドリブで間をもたせる』って、どうすればいいんですか〜」
どっと会場が沸く中、慌てて駆け寄った実行委員長が、ぼそぼそと話をする。
「あ、はい。適当にお話しをしてればいいんですか。えっと、……はい、やってみますね」
佐祐理さんは頷いて、用意された椅子に腰掛けた。そして、話し始める。
「それでは、つまらないかも知れませんけれど、聞いてください……」
佐祐理さんの、とても癒されるお話しを挟んで、まずはコスプレ審査が始まった。
1年生の娘が一通り終わり、最後の1年F組の娘が袖に戻っていったところで、あゆが俺に小声で囁いた。
「次は栞ちゃんだね」
「ああ。そうだな」
ちなみにここまでの1年生の娘達はというと、少女漫画系のキャラのコスプレだったらしいのだが、その辺をよく知らない俺からみると、単に私服を着てるだけとしか思えなかったりする。
「栞のことだから、ここでドーンとインパクトあるコスプレをしてくれるに違いない」
「そうだよね」
舞台上では、佐祐理さんがマイクを手に、手元のメモに視線を落としてから、言葉を発した。
「それでは、ここからは2年生の登場になりますね〜。まず最初に2年A組、美坂栞さんです。どうぞ〜っ」
パッとスポットライトが、栞を照らす。
佐祐理さんがマイクを片手に訊ねた。
「美坂さん、それは何のコスプレですか?」
「えっとですね、魔法少女まじかる☆ひよりんですっ」
「はぇ〜、そうなんですか。すごいですね〜」
「えへへっ」
俺は腕組みして、背もたれにもたれ掛かって呟いた。
「失敗だな」
「うぐっ? どうして? ピンクで可愛いよ」
あゆがそう言う。
俺は肩をすくめた。それから、びしっと指を突きつける。
「一つだけ言っておこう。本物のまじかるひよりんは、巨乳だ!」
「うぐっ!」
そのままカチンと固まったあゆは、慌てて反論した。
「で、でもっ、栞ちゃんだって一生懸命やってると思うんだよっ」
「いや、あゆが俺に泣きながら訴えたところで、どうにもならんと思うんだが」
と、不意に天野が言った。
「ところで、どうして相沢さんが、まじかるひよりんを知ってるんですか?」
「……るんらら〜」
「祐一くん、もしかして誤魔化してる?」
一方、舞は、腕組みしてぼそっと呟いた。
「……まじかるさゆりんじゃなかった……」
「2年A組の、美坂栞さんでした。ありがとうございましたーっ」
拍手と佐祐理さんの言葉に栞が引っ込むと、3人間を置いて、2年E組の真琴の出番である。
「それでは、続きまして、2年E組、沢渡真琴さんです。どうぞ!」
さて、真琴はどんなコスプレを用意したんだろう?
そういえば、昨日秋子さんの部屋に行ってなにやらしてたよなぁ、と思いながら俺は真琴が出てくるのを待った。
スポットライトの光の中に登場した真琴の服は……。
「セーラー服?」
あゆが小首をかしげた。
俺は、ぽんと膝を打った。
「その手で来たか。マコピーめ、なかなかやりおるわい」
「祐一くん、どうして江田島校長になってるの?」
「それが判るあゆもなかなか」
「えへへっ」
珍しく誉められたのが嬉しかったらしく、あゆは笑った。
天野が俺に訊ねた。
「相沢さんは、真琴の格好が何なのか、ご存じなんですか?」
「ああ。まぁ真琴が自分で説明するだろうから、待ってようぜ」
「そうですね」
こくりと頷いて、ステージに向き直る天野。
佐祐理さんが、くるっと回ってポーズを決めた真琴にマイクを向けた。
「沢渡さん、そのコスプレは何ですか?」
相手がよく知ってる佐祐理さんということもあってか、真琴も割と素直にしゃべっている。
「えっと、せんちのほのかなのよ」
「せんちのほのか?」
小首を傾げる佐祐理さん。と、そこに黒子が駆け寄ると、佐祐理さんにメモを渡す。
佐祐理さんはそれを読んで頷いた。
「あ、なるほど。センチメンタルグラフティというゲームに登場する、沢渡ほのかさんのコスプレなんですね」
「そうようっ!」
えへん、と胸を張る真琴。
俺はため息を付いた。
「いかんな、あれでは。沢渡ほのかといえば控えめで男性恐怖症気味のファザコンの美少女だが、幼い頃に助けられた主人公にだけは心を開いているという設定だ。あんなに堂々としていてはいかん」
「祐一くん、どうしてそんなに詳しいの?」
「……うぐぅ」
「それ、ボクのセリフだよ」
「相沢さん、何か誤魔化していませんか?」
そうこうしているうちにコスプレ審査も終了した。ちなみに七瀬はプリティサミーのコスプレをしていたのだが、歳が違いすぎでいまいちというのがその筋の評価である。声が似ているだけではいかんともしがたい、というところか。
そして、水着審査に入る前に、ステージは一旦休憩に入った。
ステージから降りてきた佐祐理さんが、俺達のところに駆け戻ってきた。
「よう、佐祐理さん。すごいじゃないか」
「はぇ〜、恥ずかしかったです」
佐祐理さんは真っ赤になって、舞の所に逃げ込んでしまった。
「でも、すごいね佐祐理さんって。ボクなんていきなりあんなことやれって言われても出来ないよっ」
「……はい。尊敬してしまいます」
あゆと天野に誉められて、佐祐理さんは首を振った。
「もう、2人ともやめてくださいよー。佐祐理はちょっと頭の悪い、普通の女の子なんですから」
「佐祐理さん、あんまり謙遜するのもかえって嫌みだって」
苦笑しながら俺が言うと、佐祐理さんは「ごめんなさい」としょげてしまった。
舞がそんな佐祐理さんを抱くようにしながら俺を睨む。
「祐一、佐祐理をいじめるな」
「いじめてるわけじゃないって。でもごめん、言い方も悪かった」
「いえいえ、佐祐理も怒ってないですから。舞も、ありがと」
「……うん」
「それより、佐祐理さん、この後もまだ司会やるんだろ?」
俺が訊ねると、佐祐理さんはこくりと頷いた。
「そうみたいです。委員長さんが、2時5分前になったら戻ってきてくださいって言ってましたから」
時計を見ると、あと10分くらいはありそうだった。
と。
「あ、祐一、それにみんな、ここにいたんだね〜」
「捜したわよ」
その声に顔を上げると、名雪と香里がいた。
「あ、名雪さん、香里さん。お店の方はいいの?」
「うん、大丈夫だよ」
「店の方は閑古鳥よ。みんなこっちに来ちゃってるみたいね」
あゆの質問に頷いた名雪に、香里が補足した。それから腰に手を当てて辺りを見回す。
「それにしても、すごい熱気ね……」
「それで、店の方はどうしてるんだ? 無人で放り出して来たのか?」
「まさか。阪上さんと結城さんに任せてあるわ」
香里の返事に俺は頷いた。
「なるほど。それじゃ2人ともコンテストは見ていくんだろ?」
「うん、わたしはそのつもりだよ。真琴も出てるしね」
「まぁ栞が出てるわけだし、あたしも付き合うわよ」
「了解。しかし、席はどうするかなぁ」
俺は少し考えて、佐祐理さんに言った。
「そんなわけなんで、佐祐理さんの席を使ってもいいかな?」
「あ、いいですよ。どうぞ」
そう言って立ち上がろうとする佐祐理さんを、俺は慌てて制した。
「いや、後でもいいって。まだ座っててくれ」
「でも祐一くん、それだと1人分しか椅子は空かないよ」
「あとは詰めれば、なんとかもう1人くらいは座れるだろ」
「あ、そうだね」
頷くあゆ。
と、佐祐理さんが体育館の壁に掛かっている時計を見て、立ち上がった。
「どっちにしても、もう時間ですから、佐祐理は行きますね」
「お、もうそんな時間か」
「はい。それでは、また後でっ」
佐祐理さんはそう言い残して、ステージに向かって走っていった。
「あら、倉田さんがどうしてステージに?」
「いや、それがな」
俺は席を詰めながら、香里と名雪に事情を説明した。
「……というわけなんだ。しかし、流石にちょっと苦しいな」
「うぐぅ、ぎゅうぎゅうだよぉ」
まぁ、5人分の席に6人で座ってるわけだからなぁ。ちなみに左から舞、天野、俺、あゆ、名雪、香里の順番である。
「まぁ、座れなくもないってところね」
ため息混じりに香里が言ったところで、客席の照明が落とされた。そしてステージの幕が上がる。
ステージの真ん中に立っている佐祐理さんは、一礼して、マイクに向かって告げた。
「みなさん、お待たせしました。それでは引き続きまして、水着審査に入りますねーっ」
「おおーーーっ!!」
客席から歓声が沸き上がる中、コンテストは中盤にさしかかっていた。
Fortsetzung folgt
あとがき
プールに行こう6 Episode 58 02/3/6 Up