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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 56

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 後から駆けつけてくれた応援部隊の支援もあって、昼飯時という混雑のピークをなんとかやり過ごしたところで、秋子さんや名雪達には礼を言って上がってもらうことにした。
「私はもう少しやりたかったんですけど」
「秋子さん、残念そうに言わないでください」
「うふふっ」
 そんなやりとりがあったのだが、それはさておき。
 とりあえず、感謝の意も込めて、3人には、うちのクラスでお昼ご飯を食べてもらうことにした。

 俺も一緒に昼飯を食べながら、ふと時計を見ると、時刻は午後1時を過ぎたところだった。
 そこで思い付く。
「昼飯を食った直後くらいって、時間的にもまったりしてる頃合いだよなぁ。真琴も今なら抜けて来られるかもしれないな」
「あ、そうだね」
 名雪も頷いた。
 俺は、一人だけ一足先に先に食べ終わっていた(ちなみに、昼食に提供したのはサンドイッチのセットである)あゆに視線を向けた。
「というわけだ。あゆあゆ、真琴の様子を聞きに行ってくれないか?」
「うん、いいよ。2−Eだよね?」
 あゆは立ち上がって、教室を出て行った。
 名雪が、ストロベリーサンドを頬張りながら、俺に尋ねる。
「祐一、2年E組って、確かお化け屋敷だったよね?」
「ああ、確かな」
「祐一、もしかして、わざと?」
「……ああ、そういえばあゆってそういうの苦手だったっけ」
 いや、マジに忘れていたのだが。
 俺は頭を掻いて、立ち上がった。
「追いかけてくる。名雪と秋子さんはここで待っててくれないか?」
「ええ、待ってますよ」
「うん、待ってるから」
 2人の返事を得て、俺は教室を出た。

 案の定、呼び込み(ちなみに天野の座敷わらしではなかった)に強引に引っ張り込まれ、お化け屋敷の中でべそをかいていたあゆあゆをなんとか救出してから、俺は本来の目的である真琴と、真琴と一緒にいた天野を連れて、3年A組の教室に戻ることになった。
「ったく、あゆも3年なんだから、もうちょっと威厳を持てよなぁ」
「うぐっ、だ、だってぇ……」
「そーよっ。仮にも真琴のお姉さんなんだからっ」
「えぐっ、ご、ごめん、なさい……」
「もう、真琴も相沢さんもそれくらいにしてあげてください。はい、あゆさん。これ使ってください」
 天野があゆにハンカチを渡すと、あゆはこくんと頷いて顔を拭った。
「あ、ありがと、天野さん」
「……いえ」
 軽く首を振ると、天野は立ち止まった。
「それでは、私はそろそろ戻ります」
「えっ? 美汐、帰っちゃうの?」
 慌てて聞き返す真琴。
「クラスに戻るだけですよ。2人も抜けると、向こうも大変ですから」
 そう答えて戻ろうとする天野に、俺は声を掛ける。
「天野もずっとクラスで働いてるんだろ? 少しくらいいいじゃないか」
「ですが……」
 ためらう天野に、俺は苦笑した。
「まぁ、そんなところも天野らしくて可愛いとは思うんだけどさ」
「えっ?」
「でも、たまには外してもいいんじゃないか?」
 天野はこくりと頷いた。それから、微笑む。
「はい。たまには、いいですよね」
「よし、決まったところで急ごうぜ。秋子さんも名雪も待ってるだろうしな」
「はい」
 もう一度頷いて、天野は真琴に声を掛けた。
「行きましょうか、真琴」
「うんっ」
 笑顔で頷いて、真琴は天野の腕に自分の腕を絡めて歩き出した。
「行くよっ、美汐っ」
「あ、もう、真琴ったら」
 じゃれあうようにして歩いていく2人を追いかけようとして、俺はあゆがじーっとその2人の背中を見つめているのに気付いた。
「……まさか、そんなことないよね……」
「あゆ?」
「あ、祐一くん?」
 俺の声に、あゆは我に返ったように頭をブンブンと振ると、とってつけたように笑った。
「えへへ、ごめん、祐一くん。ボクちょっとぼーっとしてたよ」
「ったく。しっかりしろよな。そんなんだから、真琴に姉の威厳が無いなんて言われるんだ」
「うぐぅ、気にしてるのに」
「ほら行くぞあゆあゆ」
「わ、祐一くん、待ってよっ」
 俺が歩き出すと、あゆは慌ててその後を追いかけてきた。そして隣に並ぶと、遠慮がちに話しかけてきた。
「祐一くん……」
「何だよ?」
「えっとね……」
 そこで何やら言いよどむと、あゆは首を振った。
「ううん。なんでもないっ」
「へ?」
 あゆはそのまま、聞き返す間もなく俺を追い越して、前の2人のところに駆け寄っていった。
「なんなんだ、一体?」
 俺は呟きながら、その後を追って3年A組の教室に向かった。

 真琴も天野も、まだ昼飯を食ってないということだったので、せっかくだから3−Aで食べていけという話になった。
「それじゃ何を食う?」
 メニューを天野に渡して尋ねると、天野よりも早く真琴がしゅたっと手を上げた。
「真琴ね、カレーライスっ!」
「あのな、ここにカレーは無いぞ。ちゃんと見ろ、喫茶軽食って書いてあるだろ」
 メニューを指して言うと、真琴に言い返される。
「きっさてんでカレーが無いってどういうことなのようっ」
「いや、どういうって聞かれてもなぁ」
「真琴、こちらのサンドイッチにしませんか?」
 天野がメニューを真琴に見せながら言うと、真琴も渋々頷く。
「しょうがないなぁ。美汐がそう言うなら、そうしよっか」
「はい」
 頷くと、天野は俺に向き直る。
「では、こちらのサンドイッチセットで。飲み物は、私は紅茶、真琴は……」
「オレンジジュース!」
「……です」
「かしこまりました。ご注文を繰り返します。サンドイッチセットをお二つ、お飲物は紅茶とオレンジジュース。以上でよろしいでしょうか?」
「秋子さん、もうウェイトレスじゃないんですから」
「あら、いいじゃないですか。それじゃ、オーダーを通してきますね」
 笑って席を立つと、カウンターの所に行く秋子さん。
 俺はその間に、名雪に尋ねた。
「なぁ、名雪。秋子さん、前に食堂かどこかに勤めてたことあるのか?」
「ううん、わたしは知らないけど」
 首を振る名雪。俺は肩をすくめた。
「やっぱり、謎なお人だなぁ」
「それはそうと、食事が終わったら、どこを見て回るか決めてる?」
 名雪に聞かれて、俺はうーんと唸った。
「栞の衣装屋も、真琴達のお化け屋敷も、こないだ行ったしなぁ」
「わたし、真琴のところには行ってないけど」
「うぐぅ、お化け、怖かった……」
 さっきのことを思い出したらしく、あゆがぎゅっと俺の腕を掴む。
「それだけ怖がってもらえれば、こちらも冥利に尽きます」
 2−Eのお化け屋敷の企画プロデュース担当だった天野は、やや嬉しそう。
「でも、あゆあゆって真琴のところまで来なかったんだもん」
 やっぱり今日もオーラスで控えていたらしい真琴が、不満げに口を尖らす。
「あゆあゆが来たのはわかったから、思いっきりおどかしてあげようって楽しみにしてたのにーっ」
「うぐぅ、ごめん」
 しょげるあゆの頭に、俺はぽんと手を乗せた。
「まぁ、あゆにも苦手なものしかないわけだし」
「うん。って、ちょっと待ってよっ。それじゃ、ボクには得意なものが何もないみたいだよっ」
「あえて聞こう。何かあるのか?」
「えっ? あ、えっと、そのぉ……」
 口ごもるあゆ。
「あ、木登りが得意、っていうのはどうかな?」
「却下だ。落ちたくせに」
 今では笑い話に出せるのは、やっぱり幸せなんだな、と思いながら笑うと、あゆはぐっと詰まった。
「うぐぅ」
「あ、一つあるな。食いに……」
 ごす
「それはもういいよっ!」
 あゆの肘打ちをみぞおちに食らって、思わず黙り込む俺に、名雪が無情に告げた。
「祐一、当然の報いだよ」
「うぐぅ」
「あゆちゃんだって、いいところはいっぱいあるんだから」
「名雪さん、ありがとう」
 感動の面持ちのあゆに、ちょっと嬉しそうな名雪。
「だって、お姉さんだからね」
 と、そこに秋子さんがお盆を持って戻ってきた。
「はい、お待たせいたしました」
「わぁい、さんどいっちさんどいっち」
 目の前に並んだサンドイッチを早速手にしてかぶりつく真琴。
 その横で、天野は紅茶のカップを手に、優雅にサンドイッチを口に運んでいた。なんというか対照的で見ていて飽きない。
「……なんでしょうか?」
 俺の視線に気付いたのか、天野が手を止めて俺に尋ねた。
「あ、いや、なんでもない。そうそう、どこに行こうかって話だったよな」
「うん、そうだよ」
 名雪が頷いて、秋子さんに尋ねる。
「お母さんはどこか行きたいところある?」
「そうね、どんなのがあったかしら?」
「あ、ボクがプログラム見せてあげるっ」
 あゆが張り切ってプログラムを鞄から取り出して、広げた。
「ありがとう、あゆちゃん」
 秋子さんは、あゆの広げたプログラムを覗き込んだ。

 よく考えてみると、秋子さんは来たことが無かったわけだから、全部回っても別段問題はないのだった。
 というわけで、結局みんなで一通り回ることになったのだが、一応、今日のうちのクラスの総責任者である以上、俺はずっとそれにくっついていくわけにもいかず、3年A組に残って喫茶店のマスターを続ける羽目になった。
 店の方はというと相変わらずの混雑ぶりで、本音を言えば秋子さんに抜けられたのは結構痛かったのだが、まぁなんとかそれなりに回すことが出来た。
 こうして、午後はあっという間に過ぎてしまい、終了時間の5時を過ぎた。

「オーケー。金額も合ってるわね」
 手提げ金庫の蓋を閉め、香里は売り上げを記入してあるノートを閉じた。
「引き継ぎ完了、と。それじゃ、明日はまかせるぞ」
 俺の言葉に、土曜日の総責任者の香里は「ええ」と頷いた。そして時計を見る。
「さて、と。それじゃ相沢くん、金庫は職員室に」
「ああ、石橋に渡しておけばいいんだな」
「ええ。また明日ね」
「おう。あ、そうそう、香里」
 ふと思い出して、教室を出て行こうとした香里を呼び止める。
「何かしら?」
「栞、むくれてたぞ」
「……」
 俺の言葉に、思い当たる点が多々あるらしく、香里は肩をすくめた。
「家に帰ったら、栞には謝っておくわ。でも、どうして相沢くんがそれを知ってるの?」
「午前中に一度栞がここまで来て、散々愚痴っていったからな。その後、2−Aに連れ戻されてからはどうなったか知らないけど」
「悪かったわね、相沢くんにも迷惑掛けて」
「珍しく、しおらしく謝る香里だった」
「口に出して言わないでよね」
 明後日の方を見ながら言う香里。まぁ、うなじまで赤くなっている辺りが、北川に言わせれば可愛いというところなのだろう。
「ところで、その北川はどうした?」
「明日が本番だから、張り切ってるわよ」
 香里は、俺の質問にため息混じりに答えた。
「本番? ああ、例の美少女コンテストのことか」
「ええ。今なら、体育館でリハーサルやってるところだと思うけど。見に行ってみる?」
「いや、それについては本番を楽しみにするとしよう」
 俺がそう言うと、香里は腕組みして俺に視線を向けた。
「相沢くん、当然栞に1票入れてくれるんでしょうね?」
「さぁな」
 ひょいと肩をすくめて見せると、香里は「そう」と呟いた。
「まぁ、相沢くんの好きなようにすればいいわ」
「栞に、栄光の美少女コンテスト優勝、となって欲しいのか?」
「なってくれたら嬉しいけれど、そうなるとそうなったでいろいろと煩わしいかもしれないしね」
「姉としては辛いところだな」
「ええ、まぁね。もっとも、そんなことはどうでもいいような姉もいるみたいだけど」
「祐一〜、香里〜、もう終わった〜? 陸上部の方は終わったよ〜」
 ちょうどその時、のんびりした声を掛けながら、陸上部の出している模擬店に行っていた名雪が教室に戻ってきた。
「終わったんだったら帰ろうよ〜」
「おう、もう帰るところだぞ、そんなことはどうでもいいような姉よ」
「?」
 きょとんと首をかしげる、2年E組代表・沢渡真琴の姉。
 2年A組代表・美坂栞の姉は、鞄を手にして名雪の肩をぽんと叩いた。
「なんでもないわよ。さ、帰りましょう」
「うん、そうだね」
 名雪は頷いて、俺に視線を向ける。
「祐一も帰ろうよ」
「とりあえず、これを石橋に預けてからな」
 俺は金庫をぽんと叩いて言った。

 石橋に首尾良く金庫を預け、俺達は連れだって校門を後にした。
「そういや名雪、秋子さんはあゆ達と帰ったのか?」
「うん」
「よし、それじゃ俺達もさっさと帰ろう」
「祐一〜、朝の約束〜」
 そのままダッシュしようとした俺の制服を引っ張るようにして訴える名雪。
「くそ、忘れてなかったのか」
「当たり前だよ」
「何か約束したの?」
 俺達を見比べるようにして訪ねる香里に、名雪は笑顔で答えた。
「うん。今日午前中、お店で働いた分を払ってもらうんだよ」
「まぁ、しょうがないな。幸い、真琴や栞もいないから、無駄にたかられることもないだろうし」
 俺は左右を見回してから、心持ち声を潜めて言った。
「百花屋でいいのか?」
「うん。わたし、あそこのイチゴサンデー大好きだもん」
 まぁ、その笑顔の為なら、イチゴサンデーもいいかな、と思った。
「祐一。ちゃんと、3つ、だよ」
「……」
 ちょっとだけ、前言撤回したくなった俺であった。


Fortsetzung folgt

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あとがき

 プールに行こう6 Episode 56 02/2/26 Up
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