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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 55

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 そんなこんなで体育祭も無事に終了し、いよいよ文化祭後半戦が始まった。
 我がクラスの喫茶店も、朝から大繁盛でなによりである。
「そんなわけで忙しいんだけどな。何の用なんだ、栞?」
 俺は栞に、教室の前の廊下に呼び出されていた。
 栞は、何故か怒っている様子だった。
「祐一さん、卑怯ですっ」
「うぉっ、いきなりなんだよ、しおりん? 香里にふられて機嫌が悪いのか?」
「しおりんじゃないですよっ。それにお姉ちゃんのことはとりあえずいいんです。仕方ないですよ、お姉ちゃんが急に北川さんに誘われたからって、そっちに行っちゃったことは別に怒ってないです。それよりもっ!」
 栞はびしっと、店内を指さした。
「あれは反則ですっ!」
「あれって、どれ?」
「あんなウェイトレスを雇うなんて卑怯ですよっ」
「いや、雇ったわけじゃないんだけどな」
 と、そのウェイトレスが、俺が出たまま店内に戻ってこないからか、出て来た。
「何かあったんですか、祐一さん? あ、お店では“マスター”って呼ばないといけないんでしたかしら?」
「いや、どっちでもいいんですけど」
 と、ウェイトレスは栞に気付いて笑顔になる。
「あら、栞ちゃんじゃない。いらっしゃい。席ならまだ空いてますよ。こちらにどうぞ」
「あ、はい……。じゃなくて、私はですねっ」
「いいのよ、遠慮しなくても。今ならドリンクを注文してくれたら、特別にバニラアイスクリームを付けちゃいますから」
「そうですか? それじゃカフェオレでお願いします」
 栞、一発轟沈。しかし、それにしても。
「栞がカフェオレ?」
「祐一さん、お客さんの注文に文句を付けちゃだめですよ。それじゃ栞ちゃん、こちらにどうぞ」
「はい、秋子さん」
 そうなのである。今、俺達の目の前で、ビストロチャーチというマニアックどころの制服をまとって働いているのは、まごうことなき秋子さんなのである。
 どうしてこうなったのかというと、そもそもの話は、昨晩に遡る。

 佐祐理さん特製のアイスクリンに舌鼓を打った後、一同はリビングに場所を移して雑談をしていた。
 と、秋子さんが不意にぽんと手を打った。
「あ、うっかりしてたわ」
「何かあったの、秋子さん?」
 あゆが聞き返す。
「ええ、明日は私、お休みを取ったんです」
「え? それじゃお母さん、学園祭に遊びに来てくれるの?」
 名雪が訊ねると、秋子さんは笑顔で頷いた。
「ええ、そうよ」
 秋子さんの返事に、名雪はぱっと笑顔を浮かべた。
「それじゃお母さん、わたしが色々案内してあげるね」
「ありがとう、名雪」
 俺は頭を掻いた。
「うーん、俺は明日はクラスの総合責任者だから、あまり教室から離れるわけにもいかないしなぁ。すみません、秋子さん」
「いいんですよ。祐一さんは、お仕事がんばってくださいね」
 にっこり笑う秋子さん。
 俺は舞に視線を向けた。
「舞と佐祐理さんは、明日は来る?」
「ごめんなさい、祐一さん。明日も、ちょっと抜けられない授業があるんです」
「さぼっちゃ駄目って、佐祐理が言うから」
「あ、舞ったらずるい。佐祐理のせいにするんだ」
 責める口調だけど、笑う佐祐理さん。
 そんな佐祐理さんに、舞はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「あ、ごめんね、舞」
「怒ってない」
 無愛想に答える舞。佐祐理さんはそんな舞の向いている方向に回り込んで、顔を覗き込んだ。
「ホントに?」
「……ホントだから」
「それなら、良かった」
 にこっと嬉しそうに笑うと、佐祐理さんは思い出したように俺に向き直る。
「そんなわけなので、ごめんなさいね。あ、でも土曜日には遊びに行きますよ。ね、舞?」
「土曜は、大丈夫だから」
 こくんと頷く舞。
 俺は手でOKサインを作って見せると、ふと気付いて名雪を手招きした。
「うん? どうしたの、祐一?」
「ああ。……」
 小さな声で囁くと、名雪はうんと頷いて、あゆと真琴に声を掛ける。
「あゆちゃん、真琴、明日はお母さんと一緒に見て回らない?」
「えっ? で、でもボク……」
「あゆちゃん。私は、あゆちゃんと一緒に見て回れればいいなって思うんだけど」
 秋子さんにそう言われて、ぱっと表情を明るくするあゆ。
「それなら、ボク秋子さんと名雪さんと一緒に回りたいよ」
「ええ。真琴は?」
 秋子さんに聞かれて、真琴は「あう〜っ」としょげた。
「真琴は、クラスから離れられないから」
「あら、そうなの?」
「すみません、秋子さん。真琴にいなくなられると、私たちのクラスも困るものですから」
 代わりに謝ると、天野は頬に手を当てるという秋子さんのようなポーズを取って、真琴に言った。
「あ、でも、少しくらいなら抜けてもいいですよ、真琴」
「え? ホントに?」
 ぴょんと耳を立てて聞き返す真琴。天野はこくりと頷いた。
「はい。当日のお客さんの様子を見て、ですけど。多分、15分くらいなら、なんとか大丈夫ではないかと思います」
「ありがとっ、美汐っ!」
 真琴は天野の首根っこに抱きつくと、秋子さんに顔を向けた。
「大丈夫っ!」
「よかった。それじゃ明日、詳しいことは決めましょうね」
「うんっ!」
 大きく頷く真琴。
 俺は香里に声をかけた。
「香里は、栞と一緒に見て回る予定はないのか?」
「ええ」
 素っ気なく答える香里だが。
「……お姉ちゃん……」
「う。そ、そんな目をしても駄目よ」
「……そうですね。私にお姉ちゃんがいるなんて、何かの間違いだったんですね。ふふっ」
 寂しそうに笑う栞。
「うう……」
「♪るる〜るるる〜」
 何やら歌い始める栞。しかし、何故そこで、「北の国から」なんだ?
「わ、わかったわよ。もう。栞と一緒に回ってあげるわよ」
 呆れたように言う香里に、栞はぽんと手を打って笑顔で言った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「まったくもう……」
「そう呟きながらも満更ではない姉であった。まったく素直じゃないというべきか」
「相沢くん、そういうことは口に出して言わないの」
「うぉ? 俺、口に出してたか?」
「しっかりと」
 じろりと香里に睨まれたので、俺は両手を上げた。
 こうして、一同の明日の予定が決まったのである。

 ところが、翌朝。
「何っ? 河居さんも休みだとうっ!?」
「ええ、そうだって」
 俺の声に、携帯を片手にした七瀬が肩をすくめた。そしてその携帯をポケットに仕舞い込み、俺に尋ねる。
「それで、どうする? あと10分で店を開ける時間なんだけど」
「ううむ……」
 思わず腕組みして呻ってしまう俺。
 今朝になってから、本来は朝に来るはずのメンバーが、次々と「来られない」という連絡をしてよこしたのである。
 最初は、すわ、生徒会の差し金か、と思ったのだが、よくよく聞いてみると昨日の体育祭でハッスルしすぎたせいらしい。と、皆言ってるのだが、俺はその後の打ち上げが怪しいと思う。
 俺は、2−Aに総合得点で負けた戦犯として吊し上げられるかもしれんと思ったので、あえて昨日はその打ち上げには参加せずに名雪達と一緒に真っ直ぐ家に帰ったのだが、どうやらそれは正解だったとみえる。
 閑話休題。
 気を取り直して、俺は、今ここに来ている人数を数えてみた。
「ひぃ、ふぅ。ひぃ、ふぅ」
「何度数えても、あたしとあんたしかいないわよ」
 呆れたような七瀬に言われてしまった。
 つまり、ここにいるのは、総合責任者の俺と、七瀬のたった2人なのである。
「どうする? お店、臨時休業にする?」
 七瀬に聞かれて、俺は首を振った。
「それはいかんだろ。俺にもマスターとしての誇りがある」
「誰がマスターなのよ、誰が。でも、それじゃどうしよっか。今から、代わりに来てって連絡を回しても、午後からならともかく、開店時間には間に合いそうにないし」
「うーん」
 と、そこにドアをノックする音が聞こえた。
 トントン
「はい? まだ準備中なんですけど」
 そう言いながらドアを開けると、そこにいたのはあゆと名雪、そして秋子さんだった。
「祐一、お母さんがわたし達のやってるところを見たいって言うから、連れて来ちゃったんだけど……」
 言いかけて、名雪は「あれ?」と教室を見回した。それから俺に尋ねる。
「みんな、どうしたの?」
「昨日の疲れでダウン。まぁ、正確には昨日の打ち上げのせいだろうけど。待てよ」
 と、俺は不意にひらめいた。
「あゆ、名雪。お前達、今日は暇だろ? そうだよな?」
「ボクは午後から当番」
「あゆ、ボクのお願い聞いてください」
「うぐぅ。それ、ボクの必殺技なのにぃ」
 必殺技だったのか。
 ま、それはそれとして。
「七瀬、これで2人確保だ」
「うぐぅ、ボクまだうんって言ってないよ」
「わたしも〜」
 文句を言う2人を無視して、俺は七瀬に訊ねた。
「あと何人確保すればいい?」
「店員4人じゃ無理よ。あとプラス5人は欲しいわね」
「無理だ。あと残り時間は5分だぞ」
 俺は時計を指して言った。
 外からは、もう客が廊下を歩き出しているらしく、ざわめきが伝わって来始める。
 俺は名雪に手を合わせた。
「すまん、クラスのためだ。秋子さんには悪いけど、ここは我慢してくれ」
「うーっ、でもぉ」
「イチゴサンデー3つ」
「ごめんね、お母さん。そんなわけなんだよ」
 早っ!
 でも、まぁこういうときは決断が早いのは良いことだ。
 と、今まで黙って俺達の様子を見ていた秋子さんが、頬に手を当てて言った。
「祐一さん」
「はい。すみません、邪魔してしまって」
「いえ」
 秋子さんは首を振って、それから言った。
「よろしければ、私もお手伝いしましょうか?」

「というわけなのだよ栞くん」
「なにが、というわけなんですかっ。第一、秋子さんのあの制服はどうしたんですかっ?」
「いや、それについては怖くて聞けなかった。第一、ビストロ教会の制服なんて、今まで見た覚えが無かったしなぁ」
「お待たせしました。カフェオレとアイスクリームです」
 席に着いて、今までの事情を話し終わったところに、秋子さんがやって来て、栞の前に注文の品を置いた。それから、胸に空いたお盆を抱いて、笑顔で頭を下げる。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「あ、はい」
 そのまま厨房に戻っていく秋子さんを見送ってから、栞は時計を指さした。
「ほら、もうお昼じゃないですか。それに、代わりの人も来たんでしょう? 名雪さんやあゆさんはともかく、どうして秋子さんがずっとここで働いてるんですか?」
 ちなみに名雪は秋子さんと同じくウェイトレス、あゆは厨房で働いている。
「いや、俺も、秋子さんにはもう上がってもらってもいいですよって言ったんだけどな、本人がまだやらせて欲しいって言うから……」
「やっぱり、ずるいですよ」
 栞は膨れながらカフェオレに角砂糖を入れた。
「栞、6個は入れすぎだろう?」
「いいんです。これがトレンドなんですから」
 きっぱり言うと、そのままカフェオレを口に運ぶ栞。
「……甘」
「今、甘いって言わなかったか?」
「言ってませんよっ」
「しかし、ここまで繁盛するとはなぁ」
 俺は店内を見回した。
 今日は前半2日間にもまして客が多い。多いのだが、その大量の客がまったくトラブル無く回転しているのは、ひとえに秋子さんのおかげだろう。
「やっぱり、今、時代はハピレスなのか?」
「う〜っ、そんなの嫌です〜。妹系キャラとしてはシスプリの方がまだマシです〜、じゃなくて!」
 栞は声を上げた。
「とにかくですねっ、秋子さんを連れてきて、年上キャラの魅力で別の客層を釣り上げに掛かるなんて、酷いですってことを私は言いに来たんですよっ」
「そりゃそうかも知れないけど、栞の所は衣装屋だろ? うちと出し物が被ってるわけでもないんだから、そんなに文句言われる筋合いじゃないと思うけどなぁ」
「う。それもそうなんですけど」
「あ〜っ、やっぱりここにいたぁっ!」
 いきなり背後から大きな声を上げられて、俺は思わず椅子から転がり落ち掛けた。
「なっ、なんだぁっ!?」
「し、進藤さ……」
「もうっ、いつまでたっても美坂さんが帰ってこないから、みんな困ってたんですよっ。ホントにもう病気じゃないんだから、さぼっても大目には見てあげませんからねっ。あ、こんなところに先輩が」
「こんなところに、じゃないだろっ」
 俺は起き上がって言った。
「これはこれは先輩、お楽しみのところすみませんねぇ。あ、昨日はどうもうちのクラスが美味しいところを頂いちゃいましてぇ。でもこれも勝負のあやってやつですよね。だから恨んだりしちゃやですよ。それはそうと美坂さんがいないと衣装屋もなかなかいろいろとたいへんなんで、お借りしていきますね。あ、先輩もよろしければどうぞまた来てくださいねっ、それじゃ急ぎますんでっ!」
 一気にそう言い切ると、あっという間にその女生徒は、栞の腕を掴んで教室を飛び出していった。
 あっけにとられた様子の客達に、秋子さんが頭を下げる。
「どうも、おさわがせしてしまいましてすみませんでした。皆さんはごゆっくりどうぞ」
 その言葉に、店内に元のざわめきが戻る。
 俺は、そのまま栞の飲みかけのカフェオレを片づけ始めた秋子さんに声を掛けた。
「すみません、秋子さん」
「いいんですよ。ふふっ、久し振りにこういうのもいいわね」
「久し振り?」
「ええ。ずっと昔ですけどね」
 そう言って、そのまま厨房に戻っていく秋子さん。
 入れ替わるように七瀬が近寄ってくると、俺に尋ねた。
「あの人、水瀬さんのお母さんって話だけど、こういう接客系のお仕事してるの?」
「さぁ、俺もよく知らないんだが。何でだ?」
「何でって、なんかすごく慣れてるみたいじゃない。だからよ」
 そう言われてみれば、お客さんへの応対一つ取っても、付け焼き刃の俺達とはなんというかレベルが違うような気がする。
 秋子さんの謎が、また一つ……、という感じだった。
Fortsetzung folgt

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あとがき
 ビストロ教会については、とりあえず検索エンジンでも使って探してみてください(笑)

 プールに行こう6 Episode 55 02/2/25 Up 02/3/17 Update
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