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真琴の追撃を振り切って廊下に出ると、どうやら呼び込みは交代したらしく、座敷わらしの代わりに一つ目小僧が通りかかる人に声をかけていた。
Fortsetzung folgt
その隣、2年F組の教室に顔を出して、何気なく壁の時計を見ると、そろそろ約束の時間になろうとしていた。
「とりあえず、戻るか」
俺はその場からUターンして、2年A組に戻っていった。
2年A組の教室に入ると、待っていたらしい舞と佐祐理さんが俺のところにやってきた。
「よう、お待たせ。あれ? ドレスは?」
その服が前と同じなので尋ねると、佐祐理さんがイタズラっぽく唇に指を当てた。
「まだ、ヒミツですよ。ね、舞?」
「……ヒミツ」
こくり、と頷く舞。
「佐祐理が、その方が祐一も喜ぶって言うから」
「まぁ、それはそれでいいけどな」
佐祐理さんは、こういうときはもったいぶる傾向があるのだ。それを知っている俺は、苦笑して頷いてから尋ねる。
「ところで、名雪はまだ中?」
「名雪さんなら、もうクラスに戻られましたよ」
「あ、そっか。名雪は本当は午前中いっぱいウェイトレスだったんだよな」
俺が佐祐理さんの言葉に頷いていると、奧の試着室のカーテンが開いて、あゆと栞がなにやら話しながら出てきた。
「あっ、祐一さん」
俺の声で気付いたらしく、更衣室のカーテンを開けて顔を出した栞が、駆け寄ってきて嬉しそうに言う。
「お待たせしましたっ。それじゃ次は祐一さんの番ですねっ」
「……へ? 俺?」
思わず自分を指して聞き返すと、栞は当然というように頷いた。
「はい。祐一さんだって、舞踏会に出るんですから、ちゃんと正装しないとダメですよ」
「ぐわ、そう言われてみればそうだった……」
「それじゃ私が見立ててあげますねっ。こっちですよ」
そのまま栞に引っ張って行かれる俺。
「♪あるはれた〜ひるさがり〜いちばにつづくみち〜」
「ドナドナなんて歌わないでくださいっ」
5分後、俺がため息をつきながら出てくると、あゆがそれに気付いて尋ねてきた。
「あれ? もう終わったの?」
「ああ、終わり」
「でも、早いですね、祐一さん」
うぉ、佐祐理さんに笑顔でそう言われると、男としての尊厳がぁ……。
「……祐一くん、それ飛躍しすぎだよ……」
笑いながら言うあゆのこめかみに、げんこつを押しつけてぐりぐりとする。
「うぐっ、痛い痛いっ!」
「祐一、いじめるな」
舞に言われて、俺は手を離した。
こめかみを押さえて、涙目で俺を見上げるあゆ。
「うぐぅ……。祐一くんのいじめっこ」
「いじめ、かっこわるい」
そう言うと、舞は俺を睨んだ。
確かに考え直してみると、舞の言うことにも一理ある。俺からすれば軽いスキンシップでも、周りから見ればいじめになってることもあるだろうし、なによりあゆ自身にとってみれば理不尽にいじめられてると思ってるかも知れないわけだし。
ふと、そんなことを思って、俺はあゆの前に屈み込むと、頭を下げた。
「ごめん、あゆ」
「うぐ?」
一瞬きょとんとしてから、慌ててぶんぶんと手を振るあゆ。
「あ、えっと……、ボクはいいんだよっ」
「でもさ……」
「うん、もう元気だから。ね、舞さんっ」
ぴょんと立ち上がってVサインをしてみせるあゆに、舞はこくんと頷いた。
「そう。……なら、いいけど」
「それじゃ、話も付いたところで、どこかでお昼にしませんか?」
佐祐理さんがいいタイミングで話をそらす。
「あっ、いいですね。ちょうど私の当番もそろそろ終わりですから」
ぽんと手を叩く栞。
俺は、あゆの頭にぽんと手を置いて、佐祐理さんに尋ねた。
「舞踏会って何時からだっけ?」
「えっとですね、1時からですね。受付は12時半からってなってますけど、途中参加もOKみたいですから」
ポーチから取り出したプログラムを見ながら、佐祐理さんは俺に言った。
「よし。今が……12時か。それじゃ昼をどこかで食ってから、ここに戻ってドレスを借りて、着替えて体育館に行けばちょうどいいくらいかな」
「えっと、それなんですけど」
栞が口を挟んだ。
「せっかく、祐一さんにはどのドレスにしたかはヒミツにしてるんですから、祐一さんだけ先に会場に行っててもらうっていうのはどうですか?」
「あ、それいいですね」
ぽんと手を叩く佐祐理さん。
「そんなわけですから、祐一さんはお先にどうぞ」
「ええ、そりゃいいですけど」
まぁ、会場で見るのもここで見るのもあまり変わらないような気もするけど、そこは女心というヤツなのだろう。
「決まりですねっ。それじゃお昼はどこで食べますか?」
栞が俺の腕にぶら下がるようにして尋ねる。
俺は、空いている方の腕を顎に当てて考え込んだ。
「うちのクラス、と言いたいところだけど、多分今頃は混んでるだろうしなぁ」
「それじゃ、校庭の出店で適当にっていうのはどうでしょう? 運動部の出店って、結構美味しいそうですし」
佐祐理さんの言葉に、あゆが大きく頷く。
「うんうん。陸上部の焼きたい焼きはお勧めだよっ!」
「そりゃお前だけだろ」
「うぐぅ……、そんなことないもん……」
口を尖らすあゆ。
俺はその頭をくしゃっと撫でてやってから、佐祐理さんに言った。
「それじゃ、そうしましょうか」
「はい、そうしましょう。ね、舞?」
「……うん」
舞も、そこはかとなく嬉しそうだった。
名雪に決定事項を伝える役をあゆに任せ、俺達は一足先に校庭に出た。
「……でも、意外に校庭の出店って少ないな」
「ホントですね」
俺と栞の言葉に、佐祐理さんが指を一本立てた。
「それはですね、ほら、明日から体育祭でグラウンドを使うじゃないですか。だから、昨日や今日出店を出しちゃったら、今日の放課後までには一度片づけないといけないからなんですよ」
「あ、なるほど。そういうわけなんですか」
栞が納得したように頷く。
「そういえば、お姉ちゃんも、校庭の出店に行くなら体育祭が終わってからよって言ってました」
「そういうことは早く言えっ!」
「う〜っ。怒鳴る人嫌いです」
耳を押さえ、口を尖らせる栞。
取りなすように、佐祐理さんが言った。
「でも、お店が全然無いってわけじゃないですから」
「それもそうだな。……アイス屋はないみたいだけど」
「ううーっ。祐一さん、そんなに私をいじめて楽しいんですかぁ?」
「いじめて楽しいってわけじゃない。からかうと面白いだけで」
「そんなこと言う人嫌いですっ!」
「……祐一、栞もいじめるな」
じろっとまた舞に睨まれてしまった。
「くすんくすん、ふぇぇ、川澄せんぱぁい〜」
「こらこら、そこでわざとらしく泣きながら舞に駆け寄るんじゃない」
思わずつっこみを入れてしまう。
「祐一、栞を泣かせるな」
「嘘泣きだってば。な、栞?」
「ぐすぐす、ひどいです〜」
「うぉ、あそこにバニラアイスを売ってるぞっ!」
「えっ、どこですかっ!? ……あ」
きょろきょろ辺りを見回してから、栞ははっと舞の視線に気付いて、てへっと笑った。
「えっと、あゆちゃん遅いですね〜」
誤魔化すように、校舎の昇降口の方に視線を向ける栞。
俺は、ふっとため息をついた。
「まぁ、こうなるんじゃないかなとは思ってたけどな」
「どういうことですか、祐一さん?」
佐祐理さんに聞かれて、俺は軽く手を振った。
「いや、何でもないんだ忘れてくれ。ともかく、このまま待っててもらちがあかないから、ここであゆを待つ班と、食べ物を買いに行く班の二手に分かれて行動しないか?」
「あ、それもそうですね。それじゃ班分けはどうしますか?」
「そうだな。それじゃ……」
「私と祐一さんが買ってきますから、お二人はここであゆさんを待っててください」
俺の腕にしがみつくようにして、栞が言う。
「おいおい……」
「あ、佐祐理はそれでも構いませんよ。舞は?」
「……」
「あ、やっぱり舞は祐一さんと一緒がいい?」
ずびしっ
「……佐祐理と一緒でいい」
佐祐理さんにチョップして、怒ったように言うと、舞はそのままずんずんと出店の方に歩いていってしまった。
「あはは〜っ、舞に怒られちゃいました。それじゃ、佐祐理たちで買って来ますねー」
俺達に笑って言うと、佐祐理さんはパタパタと舞の後を追いかける。
「ちょっと、舞〜っ。待ってよ〜っ」
栞が小さな声で言う。
「……私、川澄先輩に悪いことしちゃいましたね……」
「そう思うんなら腕を離せ」
俺に言われて、栞は俺の腕から離れた。
「でも、私だって負けられませんから……」
「うん? なんか言ったか?」
「あっ、いえ、別にっ」
栞は腰の後ろで手を組んで、にこっと笑った。
「それよりも、祐一さん。あゆさんを生け贄にしましたね?」
「なんだ、栞にはばれてたか」
「はい。これでも、美少女探偵助手1号ですから」
どうやらその肩書きが気に入ったらしい栞である。
「今の時間、祐一さんのクラスは一番忙しい時間帯だって言ってましたよね。そんな状況でクラスの誰かが来たら、そのままお手伝いに駆り出されるに決まってます。祐一さんはそれを知ってるから、あゆさんに行かせた……。合ってますよね?」
「ああ。降参」
俺は両手を上げた。
「ふふふっ、栞は賢いな」
「えへへっ」
照れ笑いを浮かべる栞。
「祐一さんには負けますけどねっ」
結局、あゆが俺達のところにへろへろになってやってきたのは、俺達が佐祐理さん達の調達してきた焼きそばとお好み焼きを平らげ終わった頃だった。
「うぐぅ……、疲れた……」
「おう、お疲れ」
俺が声をかけると、あゆはうぐぅと俺を睨んだ。
「ひどいよ祐一くんっ。ボクを戦場送りにするなんてっ」
「祐一さん達のクラスのお昼の時間帯は、今やうちの学校のアフガンと呼ばれてますからね。あゆさん、たい焼きありますよ」
「えっ? ありがとう栞ちゃん。やっぱりボクの友達は栞ちゃんだよっ」
あっさり懐柔されると、あゆは栞の差し出したたい焼きにかぶりついた。それにしても日本語変だぞ、お前。
「うぐうぐ、美味しいよぉ。疲れたときには甘いものが一番だよねっ」
「そうですよねっ。私も疲れたときにはアイスが一番だって思います」
笑顔で頷く栞。
俺はなにげなしに、たい焼きの頭をくわえたあゆに尋ねた。
「それで、名雪にはちゃんと伝えてくれたんだな?」
「うぐっ!?」
ぴしっと固まるあゆ。
「……ま〜さ〜か〜」
「あ、ボク教室に忘れ物しちゃったよ。すぐに戻るから心配しないで祐一くんっ。じゃっ!」
立ち上がるや早口にそう言い残し、ばたばたっと走っていくあゆ。
「……やれやれ、だな」
「でも、再びアフガンに舞い戻る傭兵戦士って、ちょっとドラマみたいで格好良いですよね」
栞が笑いながら言った。
「そうだな。それじゃもうしばらく待つことにするか。舞と佐祐理さんも、悪いけど……」
「ええ、佐祐理は平気ですよ」
「私も構わないから……」
「それじゃ、待ってる間しりとりでもしてようか」
結局、あゆが戻ってきたのは、舞がしりとりで5連敗した後だった。
「だって、舞さんってすぐに動物の名前に“さん”を付けるから……」
「あ〜、ほら、泣くなって、舞。なっ!?」
「舞、大丈夫だよ。佐祐理はずっと舞の親友だからねっ」
「……ぐしゅっ、はちみつくまさん」
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あとがき
プールに行こう6 Episode 49 02/2/10 Up