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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 48

「……それにしても、さっきのれ……、いや、人たちって、関係無かったみたいだな」
 連中、と言いかけて佐祐理さんの視線に気付いて言い直す。
「うぐ? 何と関係無いの、祐一くん?」
 サービスで出されたモンブランを頬張っていたあゆに聞き返されて、俺は説明した。
「いや、居座って嫌がらせみたいなことになってたから、また生徒会の差し金かと思ったんだけどな」
「皆さん、ただ、ここが可愛い娘がいっぱいいるって、昨日のゲーセンでも噂になってたから、朝から見に来たんだって言ってましたよ」
 佐祐理さんが上品にケーキをフォークで切りながら言った。それから、ケーキをフォークで刺して、舞に差し出す。
「はい、舞。あーんしてくださいね」
 ふむ、やっぱり生徒会とは関係ないか。……まぁ、考えてみれば、昨日やんばるが生徒会には脅しをかけてたわけだし、その昨日の今日で何か仕掛けてくるほどあいつらも馬鹿でもないか。
 俺は腕組みして頷いてから、三々五々と客が戻り始めた店内を見回して、3人に言った。
「さて、それじゃあんまり長居するのも邪魔になるから、そろそろ出ようか」
「はい、佐祐理はいつでもいいですよ」
 折良く、最後のひとかけらを舞に食べさせたところで、佐祐理さんはフォークを置いて頷いた。舞もごくんと飲み込んで言う。
「……私も」
「うぐぅっ、ちょ、ちょっと待ってっ!」
 あゆは慌てて残ったモンブランを喉に詰め込み、ジュースで流し込んだ。
「うぐうぐうぐ……。ふぅ、美味しかったぁ」
「……意地汚いぞ、あゆあゆ」
「うぐぅ……。だってぇ……」
「まぁ、良いじゃないですか。それより、これからどうするんですか?」
 佐祐理さんに聞かれて、俺は肩をすくめた。
「特に何も決めてないんだ。佐祐理さん達こそ、何か見に行きたいところとかないの?」
「ちょっと待ってくださいね。ええっと……、今日の見所はですねぇ……」
 佐祐理さんは、肩から提げていたハンドバックから、プログラムを取り出して開いた。そして声を上げる。
「はぇ、体育館では午後は舞踏会をやってますね〜」
「ぐはっ」
 思わず舞に視線を向けてしまったが、彼女は平然としていた。
 佐祐理さんもあのときのことを思い出したらしく、笑顔で舞に尋ねる。
「あははっ、また参加してみようか、舞?」
「……佐祐理と祐一がそうしたいなら、構わないけど……」
 まぁ、あの惨事はともかく、舞と佐祐理さんのドレス姿はもう一度拝んでみたいものである。
 と、あゆが俺の袖を引っ張って耳打ちする。
「祐一くん、午後は名雪さんと回るんでしょっ」
「いや、まぁそうなんだけどな。ん〜……。そうだ!」
 俺は解決策を思いついて、ぽんと手を打った。
「名雪も舞踏会に出れば問題なし」
「わ、いきなり決めないでよ〜」
 どうやら聞き耳を立てていたらしく、ウェイトレス勤務中のはずの名雪がすっ飛んできた。
「そんなこと言われても、わたし困るよ〜。第一、ドレスなんて持ってないし……」
「まぁ、それもそうか……」
「あ、それなら、ここに行って聞いてみるっていうのはどうですか?」
 佐祐理さんが、別のページを開いて見せた。
「どれどれ? おお、名雪、貸衣装屋があるぞ」
「ええっ、そんなお店まであったの?」
「おう。2年A組がやって……って、栞のところかこれっ!」
「はぇ? あ、ホントですね。ちょうど良かったです」
 ぽんと手を合わせて言う佐祐理さん。
「今から家に帰ってドレスを持ってこようかって思ってましたけど、佐祐理たちもここで借りちゃいましょうか。ね、舞?」
「……佐祐理がそれでいいなら」
 でも、貸衣装屋とはいえ、佐祐理さんや舞に合うようなドレスを用意してんるだろうか?
 ま、いいか。お祭りなんだし。
 俺は頷いて、立ち上がった。
「それじゃ、まず栞のところに行って、ドレスを予約しておかないとな」

「いらっしゃいませ!」
 2年A組改め、貸衣装屋「まじかるくらぶ」に入ると、店員の女子生徒が一礼して出迎えてくれた。そして俺の顔を見ると、店内の方に向き直って声を上げる。
「栞ちゃん、相沢先輩ですよ〜」
「えっ、ええっ!?」
 慌てた声が聞こえたかと思うと、奧の更衣室とおぼしきカーテンをまくり上げ、ばたばたと栞が駆け寄ってきた。
「祐一さんっ、良く来てくれましたっ! もう新郎用の白いタキシードはちゃんと用意してありますからっ。あ、でもウェディングドレスは貸し出してるんで、私のが無いんですよ。ちょっと待ってもらえれば返ってくると思いますからっ……」
「こら待て」
 俺は興奮した面もちでまくし立てる栞の顔面をぺしんと手で覆った。
「ふみゃっ! も、もうっ、なにするんですかっ」
「落ち着け栞。第一、なんで俺が白いタキシード着ないといかんのだ?」
「それはもちろんっ……」
「あ、それ以上は言うな」
 栞のセリフを途中で遮ると、俺は用件を先に切りだすことにした。
「今日の午後に体育館で武闘大会があってな」
「すごいですね。あ、祐一さん出場するんですか? 私、応援に行きますねっ」
「……今のはツッコミを入れて欲しかったところなんだが」
 べしぃっ
「うごっ!? ま、舞、いきなりなんだ?」
 後頭部をしたたか叩かれて、俺は振り返った。
「……ツッコミ」
 どこから出したのか、青いビニールスリッパを片手に、ちょっと得意げに言う舞。佐祐理さんがぱちぱちと手を叩く。
「舞、すごいね〜」
「テレビで見たから。佐祐理もやる?」
「こらこらっ」
 ほっとくと佐祐理さんと舞のダブルつっこみを食らいかねないので、俺は慌てて止めた。それから、振り返る。
「午後から体育館で舞踏会があるんでな、とりあえず舞と佐祐理さんと名雪の分のドレスがないか捜しに来たんだ」
「ああ、そういうことなんですか。それなら安心してください。ちゃんと私のぶんのドレスは用意してますから」
 えへん、と胸を張る栞に、とりあえずつっこみを入れておく。
 ぺしん
「誰が栞の分だと言った?」
「……祐一、それ、私のスリッパ」
「えぅ〜、ひどいです〜」
 頭を抱えて泣き真似をする栞。と、背後から声が聞こえた。
「相沢くん、こんなところで栞を泣かせるとは、どういう了見かしら?」
「どわっ、どこから現れた美坂姉っ!?」
 慌てて振り返ると、そこにいたのは香里と名雪だった。
「あれ? 2人とも、店はいいのか?」
「わたし達は、ちょっと休憩だよ」
「まったく。ドレスを見繕うにしても、本人がいないとサイズが判らないでしょ?」
 肩をすくめる香里。
 俺はふっと笑った。
「甘いな香里。名雪のサイズなら、あんなところからこんなところまで、全て俺は熟知しているぞ」
「わわわっ、なんて事言うんだよっ、祐一のばかっ」
 かぁっと真っ赤になって慌てる名雪。
「嘘だよ、嘘だからね、香里っ」
「……そこまで慌てると、嘘もホントに思えるわよ」
 香里はため息を付くと、栞に声を掛けた。
「そんなわけだから、3人分のドレス用意できる?」
「あ、はい。お姉ちゃんに頼まれたら仕方ないですね。あ、お姉ちゃんは……」
「あたしは、クラスの総合責任者だから、舞踏会に出てる暇はないの」
 あっさりと首を振る香里に、栞は不満げに頬を膨らました。
「う〜っ、上手く逃げましたね、お姉ちゃん」
「当たり前でしょ。大体、ああいう派手な場所は好きじゃないの」
 香里はそう言うと、名雪の肩を叩いた。
「まぁ、楽しんでいらっしゃい。それじゃあたしはクラスに戻るから」
「ええと、それじゃ、皆さんこちらにどうぞ」
 営業用スマイルに戻った栞に言われて、3人は奥の更衣室に入っていった。
 俺は隣に視線を向ける。
「そうだ。あゆはどうするんだ?」
「えっ? あ、あはは。ボクは、ほら、ドレスなんて似合うわけないから」
 笑うあゆ。
 俺は、視線を戻して栞を呼び止めた。
「おい、栞」
「あ、はい、なんですか?」
 振り返る栞の前に、俺はあゆの両肩を掴んで押し出した。
「わわっ、な、なにっ!?」
「栞、もう1人追加だ。こいつのも用意してやってくれ」
「え、ええーーっ!?」
 慌てて、俺を振り返るあゆ。
 栞はにっこりと笑って、頷いた。
「はい、任せてください」
「し、栞ちゃん、違うよっ、ボクは、えっと、そのっ!」
「いいから、ちょっと行ってこい」
「や、やだよっ! ボクはそんなのっ!」
 じたばたもがくあゆを見て、栞はぱちんと指を鳴らした。
「皆さん、お願いしま〜す」
「はーい」
「えっ? わ、わわわっ! うぐぅ〜〜っ」
 わらわらと、栞のクラスの女子が現れて、もがくあゆをそのまま更衣室に引っ張り込んでいった。そして最後に栞が、俺にウィンクして見せる。
「それじゃ、祐一さん。30分くらいぶらぶらしてきてくださいね」
「お、おう」
「ではっ」
 シャッ、と栞は更衣室のカーテンを閉めた。

 こうして、いきなり30分ほど時間を潰さなければならなくなったので、とりあえず2年の教室を順に回ることにした。
 そうすると、B組から順番に回っていくことになり、当然ながら2年E組に当たるわけで。
「あっ、相沢さん」
「おう、天野。客引きか?」
 E組の前の廊下で、俺は天野に出くわしたのだった。
「ええと、まぁ、そうです」
 こくりと頷く天野はというと、日本昔話に出てくるような女の子の格好をしている。
「……ええと、E組ってお化け屋敷をしてるんだよな」
「はい、そうです」
「それで、天野のその格好は……?」
「ええと……、座敷わらし、です」
 俯いて小さな声で言うと、天野は視線を逸らした。
「私は、その、自分もやるとは言ってなかったんですけど……、気が付いたらこういうことに……」
「まぁ、そう言うな。結構似合ってるしな」
「……ええと、それは、誉めてもらっているんですか?」
 聞き返されて、俺は首を傾げた。
「どうかな。まぁ、微妙なところだ」
「……相沢さんらしいですね」
 と、天野も微妙な返答をする。
 そのまま、何故か黙ってしまったので、俺は先を促した。
「ええと、俺、一応客なんだけど?」
「えっ? あ、はい、そうです。すみません」
 珍しく慌てたように言うと、天野はE組のドアを開けて言う。
「1名様ご案内です」
「どうぞ〜」
 中からは、なんとなくおどろおどろしい声がした。
 天野は振り返って、言った。
「それでは、どうぞ……」

「……はぁ、はぁ……」
 俺は、額の汗を拭って、深呼吸した。
 1クラス分の教室を使ったとは思えない奥行きのあるお化け屋敷だった。しかも、オバケや幽霊の配置といい出現のタイミングといい、さすが本職の天野が仕切っただけのことはある。あゆなら最初の一つ目で失神してるだろう。
 ……まさかとは思うが、本物が混じっているんじゃないだろうな?
 まぁ、それも、距離的に次ので最後だろう。
 だが、最後に一番とんでもない仕掛けをするのがこの手のお化け屋敷の常套手段だ。
 俺はもう一度深呼吸して、目の前に掛かっているビニールの仕切りを手で開いた。
「……?」
 何の変哲もない空間だった。目の前には、教室のドアがあり、向こうからは光が漏れてきている。
 だが、ここで喜んで駆け出して、最後の罠にはまるのが素人。
 こう見えても相沢祐一。伊達に修羅場はくぐっていない。
 お化け屋敷相手に何をマジになってるんだ、と言われそうだが、その時の俺はかなりマジだった。
 と、いきなり背後から何かが飛びついてきた。
「どわぁっ!」
 とっさに身体を捻りながら突き上げるようなアッパーカットを放ち……。
「きゃぁっ! な、なにするのようっ!」
「うわ、まこぴこっくすか」
 思わず声を上げた俺に、真琴はうーっと唸った。
「祐一の馬鹿ぁ。危ないじゃないのようっ」
「でも、普通後ろから襲いかかられたら、そうするだろ?」
「襲ってないっ! 祐一が来たから、ちょっと脅かそうと思っただけよっ」
「十分だ。……って、俺が来たって判ったのか?」
「うん。祐一の匂いがしたもん」
 頷く真琴の格好はというと、コレがまた……。
「……真琴、お前、何のオバケなんだ?」
「へ? これ? えへへ、格好いいでしょ〜」
 くるっと回って見せる真琴。
「美汐がねっ、選んでくれたのようっ」
 ちなみに、真琴の格好はというと、黒いセーラー服(タイは赤)姿で、耳と尻尾は全開状態である。まぁ、お化け屋敷なら別に問題ないだろうけど……。なぜにセーラー服なんだ?
「で、なんなんだ、それは?」
 もう一度尋ねると、真琴は首を傾げた。
「うーんとね、花ちゃんだって」
「……」
「……」
「……それじゃ、俺帰るわ」
 俺は、そそくさとE組を後にした。
「ちょ、ちょっと祐一っ! ちゃんと何か言っていきなさいようっ!! あ、こらぁっ、待ちなさいようっ!!」
 後ろで真琴がなにやら叫んでいるが、とりあえず無視である。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 真琴のやっていた「花ちゃん」というのは、デスクトップアクセサリ「何か。」のゴーストのひとつです。
 詳しくは、下で。
 うめのみがほう
 (リンクフリーとのことでしたので、上げさせていただきます)

 プールに行こう6 Episode 48 02/2/5 Up

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