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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 46

「……ただいま……」
 玄関から、名雪の声が聞こえた。
 リビングでテレビを見ていた俺は、立ち上がって廊下に出た。
 靴を脱いでいた名雪が、顔を上げる。
「あ、祐一……」
「よう、遅かったな」
「うん。陸上部でちょっと……」
 そう言いながら、すっと視線を逸らす名雪。
「そっか。疲れたか?」
「うん。……あ、ううん」
「……どっちだ?」
「大丈夫、だよ」
 自分に言い聞かせるように頷くと、名雪は靴を脱いで廊下に上がった。それから俺に言う。
「ごめんね、クラスの方に行けなくて……」
「いや。こっちはあゆが手伝ってくれたし」
「うん。明日はちゃんと行くから」
「おう、頼むぞ」
 そんな会話を交わしていると、秋子さんがキッチンから顔を出した。
「あら、名雪、お帰りなさい。それじゃそろそろ夕御飯にしましょうか」
「うん」
 名雪は嬉しそうに頷いた。
 秋子さんは俺に視線を向けた。
「それじゃ祐一さん、真琴達を呼んできてもらえますか?」
「あ、はい。判りました」
 俺は頷いて、階段を上がろうとして立ち止まった。そして、手を洗うのか、洗面所に入っていく名雪の後ろ姿を見た。
「……何かあったのかな?」
「ボクがそれとなく聞き出してあげようか?」
「いや、あゆに“それとなく”なんて無理だ」
「うぐぅ……」
「……って、いつからお前そこにいた?」
 いつの間にか俺のすぐ隣にいたあゆに訊ねると、口を尖らせる。
「ボクだってリビングにいたもん」
「全然気付かなかった」
「うぐぅ、意地悪……」
 と、洗面所から出てきた名雪が、俺達に気付いて声を掛ける。
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ」
「へいへい。んじゃ俺は真琴達を呼んでくるから」
「うん。それじゃボクは秋子さんのお手伝いするねっ」
 そう言って、あゆはキッチンに入っていった。
 俺は名雪と一緒に階段を上がった。
「それじゃ、わたしは着替えるから」
「おう」
 ガチャ
「……祐一、ついてこないで」
「サービス悪いな」
 一緒に名雪の部屋に入ろうとすると、名雪が振り返って通せんぼをするので、俺は肩をすくめた。
「名雪とはお互いに裸まで見せ合った仲じゃないか」
「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいもん」
 赤くなって、ちょっと早口で言う名雪。
「まぁ、そういうもんか……」
 何となく納得して背を向けようとすると、服の裾を引っ張られた。
「うん?」
 振り返ると、赤くなった名雪が、しどろもどろしながら言った。
「でも、……どうしてもって祐一が言うなら……いいけど……」
 その顎に手を掛けて、そっと唇を重ねる。
「う……んっ」
「……とりあえず、今はこれで我慢しとく」
「……もう、祐一〜」
 赤くなりながら、名雪は笑顔に戻っていた。
「やっぱり、祐一がいいな……」
「へ?」
「あ、な、なんでもないよっ」
 そう言いながら、名雪は俺を押し出してパタンとドアを閉めた。
 まぁ、とりあえずいつもの笑顔に戻ったので、俺はほっとして真琴の部屋のドアを叩いた。
「おーい、真琴、天野、夕飯だぞ〜〜っ」
「はぁ〜い」
 真琴の返事がして、すぐにドアが開いた。
「ごっはん、ごっはん、きなこにごっはん」
「……なんだ、それ?」
「そういう歌があるのようっ」
 そう言って、真琴は吹き抜けを一気に飛び降りた。
「お、おいっ!」
「じゅってぇん!」
 ぴたっと着地を決めて、慌てて見下ろした俺にぴっと親指を立ててみせる真琴。
 ほっと胸をなで下ろして、それから声を上げようとした俺に、脇から天野が言った。
「すみません。真琴には私から言って聞かせますから」
「……もしかして、何か体操関係の漫画でも読んだのか、あいつ?」
「……」
 無言でこくりと頷く天野に、俺ははぁとため息をついた。
「やっぱり、あいつの漫画は全部燃やした方がいいかもしれんなぁ」
「それは、真琴には酷というものでしょう」
 そう言いながら、天野は控えめに笑ってみせた。
「……そういえば、天野」
「はい?」
「あ、いや。なんか最初に逢った頃に比べて、よく笑うようになったな、って思ってさ」
 俺がそう言うと、天野は、はっとしたように頬に手を当てた。
「……私が、ですか?」
「ああ」
「……そう、ですか……」
 天野は、静かに頷いて、そのまま階段を降りていった。
「お、おい?」
「……そうだとしたら」
 不意に立ち止まり、振り返る天野。
「それは、多分……相沢さんのせいですよ」
「……」
「では、失礼します」
 一礼して、天野はそれっきり振り返らずに、階段を降りていった。
「……祐一?」
 後ろから名雪の声がした。振り返る。
「おう」
「どうかしたの?」
「あ、いや、なんでも」
 俺は首を振って、名雪に言った。
「それじゃ、俺達も行くか」
「うん」
 頷く名雪と一緒に、俺は階段を降りていった。

「もう、すっごいのようっ! ばぁーって真琴が出たら、みんなきゃーって逃げてくんだもんっ」
 夕食を食べながら、真琴は興奮気味にまくし立てた。
「そう、すごいわね、真琴」
「うんっ」
 秋子さんに誉められて、嬉しそうに胸を張る真琴。
 当然ながら、夕食時の話題は今日の文化祭の話となり、真琴が自分のクラスの出し物のことをみんなに向かってしゃべっているというわけだ。
 ちなみに、真琴と天野のクラスは2年E組。出し物はお化け屋敷である。
 ……まぁ、本職の天野が関わってるのなら、それはすごいものだろうなぁ。
「よし。あゆ、明日一緒に見に行こうぜ」
「うぐっ!? ……」
 俺が言うと、ご飯を食べていたあゆはそれが喉に詰まったらしく、目を白黒させた。
「うぐ、うぐぅ……」
「あ、ほらほら、あゆちゃん、お水」
 秋子さんが手渡す水をぐいっと飲み込んで、けほけほと咳き込むあゆ。
「うぐぅ……、死ぬかと思った……」
「生還したか? なら明日は決定な」
 俺の言葉に、あゆは慌ててぶんぶんと首を振る。
「ボクほら忙しいしっ!」
「明日は休みだろ?」
「だ、だって、えっと、えっと、ほら、その……。うぐぅ……」
「もう、祐一。あゆちゃんいじめたらダメだよっ〜」
 名雪が笑いながら割って入った。
「わたしなら、お仕事は午前中だけだから、午後からなら一緒に回れるよ」
「そうだな。まぁ、名雪ならお化け屋敷でも眠れそうだし」
「うう、そんなことないもん」
 不満そうに口を尖らす名雪。
 俺は天野に視線を向けた。
「そういえば、栞のクラスは何やってるか知ってるか?」
「……どうして、私に?」
「いや、天野なら知ってるかな、と。なんとなくだけどさ」
「……2年A組なら、貸衣装屋をしてます」
 天野は淡々と答えた。
「……貸衣装屋? なんだそれ?」
「多分、衣装を貸し出してるのではないかと思いますが、今日は自分のクラスで忙しかったので、この目で見たわけではありませんから」
「いや、意味は判るけど……」
 ま、行ってみれば判るか。
 俺は1人で納得して、それからふと思いついた。
「そうだ。明日は舞達も誘って行こうか。な、あゆ?」
「うん、そうだね。舞さん達もきっと喜ぶよっ」
 うんうんと頷くあゆ。
「名雪は構わないか?」
「うん。どっちにしても、わたしは午前中はお店にいなくちゃいけないしね」
 名雪は苦笑気味に頷いた。
「その代わり、午後は……ね」
「そうだな」
 頷いて、俺はお茶を口に運んでから立ち上がった。
「ごちそうさまでした。電話使います」
「はい、どうぞ」
 秋子さんは笑って頷くと、俺の食器をキッチンに運んでいってしまった。
 むぅ、また負けた。
 自分の食器くらいは自分でシンクに持っていこうとは思っているのだが、秋子さんがいつもそつなく運んでしまうので、ここのところ、俺的には連敗続きなのだった。
 敗北感にさいなまれながら、俺はリビングに移って、子機を手にした。そして、ようやく最近になって憶えた舞達の家の電話番号を押す。
 トルルルル、トルルルル、トルッ
『………………はい』
「もうすこし爽やかに返事できんのか、お前はっ!」
 思わず電話の向こうにツッコミを入れてしまうと、向こうで舞が返事をする。
『ごめんなさい』
「あ、いや、俺が悪かった」
『そうなの?』
「ああ。それよりも、ええっと、明日は大学の授業はあるか?」
『私は午後一つ。佐祐理も同じ』
「オッケー。それじゃ明日、一緒に文化祭に行かないか?」
『学校の……文化祭?』
「おう」
 俺が答えると、しばらく間が空いた。
「……もしもし?」
『……わかった。……ええと、行く』
「お、おう。ええっと、佐祐理さんは?」
『今、お風呂』
「……」
 その言葉に、すさまじい勢いで、脳内を妄想の嵐が吹き荒れたのは、やはり漢の浪漫を追い求める者としては当然であろう。
『……何を、考えてるの?』
 こういうときは妙に鋭い舞に言われて、俺は慌てて妄想をうち切って返事をした。
「あ、なんでもない。それじゃ佐祐理さんにもそう伝えてくれ。都合悪かったら連絡をくれればいいし」
『ん。それじゃ。……あの』
「ど、どうした?」
 声がうろたえたのは、多少やましいところがあったからであるが、舞はそれに気付いた風もなく、静かに言った。
『おやすみなさい』
「……おやすみ」
 電話を切ってから、俺は舞に申し訳なくなって、壁に頭を一つ打ち付けた。
 ごんっ
「おーのー」
 ……かなり、痛かった。

 他のみんなも夕食を食べ終わり、リビングに移ってお喋りをしていると、不意に電話が鳴った。
「あ、私が出ますよ」
 秋子さんがそう言って子機を手にする。
「はい、水瀬です。……あら、こんばんわ。……いえいえ、こちらこそ。はい。少々お待ち下さい」
 受話器を手で押さえて、秋子さんは俺に視線を向けた。
「祐一さん、倉田さんからですよ」
「佐祐理さんから? ありゃ、都合が悪かったかなぁ?」
 首を傾げながら、子機を受け取る。
「もしもし、佐祐理さん?」
『はい、佐祐理です』
 受話器の向こうから、佐祐理さんの柔らかい声が聞こえてきた。
『あの、舞から話は聞いたんですけど……』
「明日は都合悪かったかな?」
『え? あ、いいえ。佐祐理も舞も大丈夫ですよ。ただ、待ち合わせの場所も時間も決まってないって舞が言うから、どこなのか祐一さんにたしかめようと思ったんです』
 うぉ、そういえばそうだった。
 俺は自分の迂闊さに苦笑しながら、考えた。
「それじゃ……10時に校門前でいいかな?」
『10時に校門の前、ですね。わかりました』
「それじゃ、明日な」
『はい。あ、舞は? ……あ、そうなの?』
「うん、どうしたの?」
『あ、はい。舞も祐一さんとお話ししたらって言ったら、もうお休みなさいを言ったから、ですって』
「あはは、そっか。それじゃ明日ゆっくり話をしようって伝えてくれるかな」
『あはは〜っ、わかりました。それじゃ祐一さん、お休みなさい』
「ああ。佐祐理さんもお休み」
 俺は、通話を切って、子機を秋子さんに返した。それから、こっくりこっくりと舟をこぎ始めている名雪に、苦笑して言った。
「それじゃ、名雪を部屋に運んできます」
「すみません。お願いしますね」
 秋子さんも苦笑した。

Fortsetzung folgt

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あとがき

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