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「お、来た来た!」
Fortsetzung folgt
校門前で待っていると、向こうのほうから白いミニバンが走ってくるのが見えた。
そのミニバンは、見る間に俺達の前まで来ると、すぅっと静かに止まる。
助手席側のドアが開き、天野が降りてきて、俺達に頭を下げた。
「おはようございます、相沢さん」
「よう、天野。あ、八汐さん、すみません」
「いや、美汐を送るついでだったからな」
助手席越しに運転席に声を掛けると、ハンドルを握っていた八汐さんは、笑って首を振った。
一方、後ろのドアを開けて出てきたあゆ達と入れ替わるように、待っていた男子生徒達が中からビニールに包まれた衣装を運び出す。
「おはようっ、祐一くんっ。話は秋子さんから聞いたよっ。名雪さん達は?」
あゆが俺に駆け寄ってきて訊ねた。
「教室で料理の下ごしらえをしてるところだ。あ、あゆは行くな」
「うぐっ!」
駆け出そうとしたあゆの制服の襟首を掴んで止める俺。
首が絞まってしまったらしく、けほけほと咳き込んでから、あゆは涙目で俺を睨んだ。
「どうしてだよっ!」
「俺に聞くのか?」
「……うぐぅ、納得できちゃうボクが悲しい……」
なにやらいじけるあゆ。
香里の携帯を借りて水瀬家に連絡を取ると、思った通り、秋子さんが用意してくれたものの、実際には使わないことになった衣装が、まだ水瀬家には残っていた。
胸をなで下ろしながら秋子さんに事情を説明して1秒で了承をもらったまでは良いが、10時の開場まで水瀬家まで走って往復するほどの時間もないし、予備とはいえ、20着はある衣装を学校に運ぶのは大変だ。
はたと困ったところに、たまたま八汐さんが、仕事に行くついでにと車で天野を水瀬家に連れてきていたとのことで、衣装を学校まで運ぶのを手伝ってもらったというわけだ。
「相沢、ブツは全部降ろしたぞ」
男子生徒の声に、俺は頷いた。
「オッケイ。八汐さん、本当にすみません」
「いや、かまわないさ。君たちには、いつも美汐が世話になってることだしな。最近は、家でもよく君のことを……」
「兄さん」
天野が珍しく赤くなって八汐さんに視線を向けた。八汐さんは笑って手を振る。
「それじゃ、またな」
そのまま、走り去るミニバンを見送っていると、天野が俺に言った。
「あの、相沢さん……」
「うん、なんだ?」
「あ、いえ……」
首を振ると、天野は真琴に声を掛けた。
「真琴、私たちも行きましょう」
「うんっ。それじゃ祐一、あとでうちのクラスにも来てねっ!」
手を振って、真琴は天野と連れだって昇降口に向かっていった。
栞も楚々と頭を下げた。
「ごめんなさい。私も自分のクラスに行かないといけないんで、もう行きますね。祐一さん、うちのクラスにもきっと来てくださいね」
「ああ。そっちも頑張れよ」
と、真琴がいきなりずだだっと駆け戻ってきた。
何事かと思っていると、そのまま俺に飛びついてきて、耳元で怒鳴る。
「祐一ーーっ、しおしおに頑張れって言うんなら、真琴にも言ってよーっ!」
「つーーっ、耳元で叫ぶなマコピー! 耳がキーンとしたぞっ」
「あうーっ」
「……相沢さん」
天野に声を掛けられて、俺は肩をすくめると、しょぼんとしている真琴の頭にぽんと手を乗せた。
「え?」
「真琴も、頑張れよ」
「あ……、うんっ! えへへっ」
真琴は嬉しそうに笑うと、ぐっとガッツポーズを取った。
「がんばるねっ! よーし、行くわようっ、しおしおみしおっ」
「一部の人にしか通じないネタを出さないでくださいっ」
そう言いながらも、栞は駆け出した真琴の後を追いかけていった。
「……あれ? 天野は行かないのか?」
何か言いたげな顔をして残っていた天野に、不思議に思って声を掛けると、天野はため息をついた。
「……いえ、行きます」
「おう。天野、真琴のこと、頼むぞ。それから、天野も頑張れよ」
「……はい」
天野は、微笑んで頭を下げた。そしてそのまま、2人を追うように小走りに昇降口の方に向かって走っていった。
……さて、と。
俺はまだいじけているあゆに声を掛けた。
「俺達も行くぞっ。陸上部に説明しておかないといけないからな」
「あ、うんっ」
こくんと頷いて、あゆは立ち上がり、俺と一緒に歩き出した。
体育祭は全員参加が原則だが、文化祭は基本的に参加自由で出席も取られない。というわけで、休んでも問題はなかったりする。
うちのクラスの場合は、全員を4班に分け、月・金の午前班、午後班、火・土の午前班、午後班の4班体制にしている。
俺はというと、月・金の総合責任者なので、月曜と金曜はずっと学校にいないといけないのだ。火・土の総合責任者は香里に押しつけた。
ちなみにあゆは月・金の午後班、名雪は火・土の午前班である。
「だから、あゆは朝から来る必要なかったのに」
「うぐぅ……。だって、ボク、文化祭なんて始めてだもん……」
物珍しそうに、校門に掲げられたアーチを見るあゆ。
校庭には、既に各運動部がやっている出店が並び始めていた。そもそも名雪が俺と一緒に朝一で来たのも、陸上部の出店のためだったのだが、うちのクラスの騒ぎでそれどころではなかったのである。
既に食べ物系の出店は準備を始めているようで、いい匂いが流れてくる。
「あゆ、食い逃げはするなよ」
「うぐぅ、もう足は洗ったのに……」
「してたのかよっ!」
そんな会話を交わしながら歩いていると、とあるテントの下に、焼き物台を中心に顔見知りの陸上部員が集まっているのが見えた。
「あ、いたいた。おーい、天沢さんっ!」
その中に天沢副部長の姿を見かけて声を掛けると、こっちを見て駆け寄ってくるなり訊ねられた。
「相沢くん、名雪はどうしたの? まさかまだ家で寝てるなんて言わないでしょうね」
「あ、やっぱりこっちには話が来てなかったか。実は……」
俺は事情を説明した。
天沢さんは、はぁ、とため息をついた。
「相沢くんのせいね」
「……まぁ、否定はしないが」
彼女は俺と生徒会のいきさつも、詳しくは知らないが一応は知っているわけだ。
「まぁ、名雪が来なくてもこっちは大丈夫だけどね」
「さすが副部長」
「おだてても何も出ないわ。あとで余裕が出来たら、こっちにも顔を出すように伝えてくれるかしら?」
「了解」
俺が頷くと、天沢さんは、そうだと手を打つと、後ろからプラスチックのパックに入ったたい焼きを出した。
「はい、お裾分け。まだ試作品だけどね」
「わぁいっ! ありがとう、天沢さんっ!」
俺よりも早くあゆが手を出して受け取ると、早速パックから出してかぶりつく。
「うぐうぐ。やっぱりたい焼きは焼きたてが一番だねっ」
その喜びようを微笑ましく見守ってから、俺は天沢さんに言った。
「……とりあえず、名雪には伝えるよ」
「ええ。そっちも頑張ってね」
天沢さんは微笑んだ。
俺とあゆが教室に戻ると、衣装は運び終わったらしく、男子生徒達は、再び教室の修理に取り組んでいた。
とりあえず、割られたガラスは段ボールで隠し、へし折られたベニヤ板はそれらしく切り落としてオープンキッチンな造りに変更されている。
でも、流石にぬいぐるみは半減してるし……と思ってテーブルを見ると、荒らされる前と同じくらいのぬいぐるみが並んでいた。
「……あれ? ぬいぐるみ、どうしたんだ?」
「ああ、それなら衣装と一緒に入ってたんだ」
斉籐が、板に釘でメニューを打ち付けながら言った。
俺は、秋子さんに心の中で感謝の祈りを捧げながら、どうにか格好の付いた教室内を見回した。飾りがかなりなくなって寂しい造りになっているが、そこはウェイトレスでカバーするしかあるまい。
と、放送が入った。
ピンポンパンポーン
『こちらは、文化体育祭臨時放送局です。あと10分で、本年の文化体育祭を開始します』
と、そこから口調ががらっと変わる。
『みんな、祭りの用意は出来てるっ!?』
「おーっ!!」
学校中から歓声が上がる。……もっとも、うちのクラスはまだなのだが。
『うんうん、いい返事だねっ。それじゃ、みんなヨロシクねっ!!』
「おーっ」
俺は、斉籐に尋ねた。
「おい、毎年こうなのか?」
「その通りだ。これを聞かないと、文化祭って感じがしなくてな」
斉籐の言葉に、手を動かしながらも、うんうんと頷く男子生徒達。
「ペンキ塗り立ての札はもうないのか?」
「あ、それならこっちだ」
「厨房は?」
「下ごしらえは、スタンバイオッケイ!」
威勢のいい声が飛び交う。
隣で、みんなが立ち働く様子を手持ちぶさたに眺めていたあゆに、俺は声を掛けた。
「あゆっ」
「えっ? あ、な、なにっ!?」
「女子更衣室の方を見てきてくれないか? さすがに俺が行くわけにもいかないだろ?」
本来なら厨房の一角に更衣室を作っていたのだが、そこも破壊されてしまったので、仕方なく女子更衣室をウェイトレスの娘の着替えに使わせてもらっているわけだ。
そういえば、更衣室も破壊されたと聞いて、北川が血涙を流していたが、あれはなんだったのだろうか?
「うんっ、任せてよっ!」
胸を叩いて、あゆは教室を飛び出して……。
びたん
「うぐっ……。痛い……」
……行った。ううむ、不安が残るがやむを得ない。
俺は、金槌を手に、最後の修復に掛かった。
「というわけで、どうよ、相沢くん?」
あゆに先導されて入ってきた女の子達……月・金午前担当の5人の姿を、男子生徒達はオールスタンディングに拍手で出迎えた。
「おおっ、すばらしいっ!」
「ナイス!」
「ビバ制服っ!」
先頭の七瀬は、歓声に答えてくるっと回って見せたりとサービスしている。ちなみに七瀬の着ているのは、ヴィ=ド=フランスと通好みの制服だったりする。
「あ〜、諸君」
俺が言葉を掛けると、皆が静かになって俺に視線を向ける。
「とりあえず、今日はありがとう。相沢祐一、心から礼を言う。だが、しかしっ、戦いの本番はこれからだ! 皇国の存亡この一戦にあり、各員一層奮励努力せよっ!」
「ラジャー!」
びしっと敬礼する男子生徒達と、苦笑する女子生徒達。
そして、
キーンコーンカーンコーン
『ただいまの鐘をもちまして、本年の文化体育祭、初日の開始を宣言しま〜〜すっ!』
戦いは、始まった。
「滑り出しはなかなか好調だな」
「そんなこと言ってる暇があるなら手伝いなさいよね。あ、いらっしゃいませっ、何名様ですかっ!?」
厨房の椅子に座っている俺に言うが早いか、喫茶室に飛び出していく七瀬。なんていうかめまぐるしい奴である。
それにしても、そろそろ昼だというのに、全然客が途切れない。
まぁ、我が3年A組の誇る七瀬が笑顔で接客してるのだからなぁ。……あまりの忙しさにそのうち切れないかどうかが心配だが。
「相沢くん、ブレンド3つ、オレンジ3つ!」
「あいよ」
頷いて、俺は紙コップに湯気の立っているコーヒーを注いだ。そして背後の斉籐に尋ねる。
「備蓄はあとどれくらいだ?」
「ブレンドはもうすぐ次のが出来る。オレンジは6、グレープフルーツは4、レスカ3、ウーロンは……7だ」
コーヒーメーカーからポットを外しながら言う斉籐。
「半減か。今日一日保たないかもしれんな。交代するときに追加購入隊を走らせるか」
「それがいいだろ」
斉籐の言葉に頷きながら、俺は割烹着の娘にプレートを渡した。
「ほい。あ、それ渡したら10分くらい休憩してくれ」
「いいの? 七瀬さんなんか朝からずっとだよ?」
「いいから。七瀬には七瀬の戦い方がある」
「うん、わかった。ありがとっ」
頷いて、プレートを運んでいく女子生徒。
そこにあゆが入ってきた。
「祐一くんっ、どう?」
「どうもこうも、大変だ。お前も手伝え」
「え? でもボクは1時からじゃ……」
「1時間早くても同じだろっ。ほらそっちのコーヒーメーカー……。あ、いや、しなくていいや」
あゆが失敗した時のことを考えて、俺は方針を変えた。
「というわけで着替えてこい」
「うぐぅ、どういうわけかわかんないけど、わかった」
こくんと頷いて、あゆは走っていった。
それと入れ替わるように注文が入る。
「ブレンド4、ウーロン2っ」
「了解っ」
午後4時。
「ありがとうございました〜っ」
あゆの声に送られて、最後まで粘っていた5人連れが出ていくと、教室内の空気は一気に弛緩した。
俺はあゆに声を掛けた。
「あゆ、表の看板ひっくり返してくれ」
「はぁい」
さすがに疲れた声で言うと、あゆはのたのたと出ていった。
椅子に座り込みながら、俺は言った。
「とりあえず、今日はご苦労さん。金曜はまた頼むぞ〜〜〜」
「お〜〜〜」
声にも張りがないが、全員、まだ生きているようだった。
と、あゆに続いて香里が入ってきた。
「引継ぎに来たわよ」
「おう。まぁ、座ってくれ」
入れ替わるようにぞろぞろと出ていく今日の当番の皆を後目に、香里は椅子に座った。
「大変だったみたいね。今日の責任者じゃなくて助かったわ」
「まぁ、明日も大変なことを祈ろう」
「祈らないで」
火・土の総合責任者である香里は、肩をすくめた。それから俺に訊ねる。
「で、今日の収支は?」
「おう。黒字だぞ」
そう言って、俺は手提げ金庫を机に置いた。香里は肩をすくめる。
「あれだけやって赤字じゃ、やってられないでしょうけど」
「まぁな。とりあえず売り上げはノートに書いてあるけど、数は合わせてない」
「……呆れた。判ったわ、そっちはあたしがやるから」
頷くと、金庫を明けて、中の金を数え始める香里。
俺は、そっちは香里に任せて、着替えもしないでぐたーっと椅子に座って伸びているあゆのところに、オレンジジュースを持っていった。
「よう、あゆ」
「うぐ? あ、祐一くん」
「ほら」
「ありがと」
受け取って、中のジュースを半分くらい一気に飲み干すあゆ@神戸屋キッチン制服。
「しかし、あゆにしては珍しく失敗も余りなかったな。注文を取りに行く途中ですっ転んで、スカートの中身をお客さんに見られたくらいか」
「うぐぅ……。ボクのこと、忘れてください……」
「まぁそういうな。あれはあれで、戦場で疲れ切った戦士達にとっては明日への活力なのだから」
「そんなのぜんぜんわかんないようっ。祐一くんの馬鹿っ」
膨れるあゆの頭にぽんと手を乗せる。
「ま、ご苦労さんだ」
「うぐ? ……も、もう、しょうがないなぁ……」
どうやら機嫌も直ったらしく、いつもの笑顔に戻るあゆの頭をもう一撫でしてから、俺は訊ねた。
「ところで、名雪はどうしたんだ? 午前中に陸上部の出店に行くって出かけてから、こっちには戻ってこなかったんだけど」
「さぁ……。でも、ボクがお昼に出店に寄ったときには、焼きたい焼き焼いてくれたよ」
「……焼きたい焼き?」
「うん。皮が香ばしくて美味しかったよ」
笑顔で言うあゆ。
焼きたい焼きはともかく、名雪はそうすると、午後もずっと陸上部の出店にいたんだろうか?
ま、いいか。
「うん、金額も合ってるみたい。ご苦労様」
折良く、香里も金を数え終わったらしく、金庫を閉めて頷いた。それから訊ねる。
「それで、この金庫はどうするの?」
「そうだな。ここに置いといて盗難にでも遭ったらシャレにならんし。香里、預かってくれるか?」
「そうね。判ったわ」
頷いて、香里は金庫を持ち上げた。
「……結構、重い、わね……」
「そりゃそうだ。硬貨が多いからな」
「……判ってるなら、運ぶのは手伝ってよね」
結局、俺は金庫を香里の家まで運ぶ手伝いをさせられたのだった。
「てて……、腰が……」
「なによ、年寄り臭いわね」
美坂家の玄関に金庫を降ろして、腰を伸ばして叩く俺に、香里は呆れた顔で言った。
「祐一くん、大丈夫?」
「まぁ、腰は鍛えてるからな」
「……相沢くん、親父ギャグが似合うようになったらおしまいよ」
呆れたようにため息混じりに言う香里。
「えっ、ええっ?」
一方、判らなかったらしく、俺と香里を交互に見るあゆ。
俺は話題をそらすことにして、玄関先に鎮座している手提げ金庫を見下ろした。
「でも、明日の朝はまたこれを学校に持ってくるわけだろ? 運ぶためにって、俺を呼び出すなよ」
「大丈夫よ。明日は潤を使うから」
あっさり答える香里に、俺は北川の幸せを祈りつつ、美坂家を後にすることにした。
「んじゃ、またな」
「わわっ、祐一くん、待ってよっ! またねっ、香里さんっ」
「また明日ね、2人とも」
軽く手を振って、香里はドアを閉めた。
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