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「ええい、漢の浪漫の敵めっ」
Fortsetzung folgt
「うぐぅ……」
「祐一〜、なんだかよくわかんないけど、あゆちゃんいじめたらだめだよ〜」
翌朝の朝食時のこのやりとりで、夕べの大作戦の結果はまぁわかるだろう。
俺は涙とともにコーヒーを飲み干して、腰を上げた。
「よし、もう行くぞ」
「わわ、待ってよ祐一〜。まだわたし食べ終わってないよ〜」
ジャムをたっぷり乗せたトーストを口にしながら抗議の声をあげる名雪。
「……それにしても、よくそんなに甘いものばっかり食って太らないな、名雪は」
「そうですね。うらやましいです」
うんうんと頷く栞。
「ちゃんとおっきくなって欲しいところはおっきくなってますし……」
「やっぱりちゃんと運動するのが一番なんだよ」
栞の言葉が聞こえたのか聞こえてないのか、笑顔で返す名雪。
俺も、とりあえず名雪を待つことにして、椅子に座り直しながら言った。
「栞もちゃんと運動しないと、アイスみたいにカロリー高いもんばっかり食ってるんだから……」
「そんなこと言う人嫌いですっ。私の場合は、カロリー高めにしないといけないんですよっ。お医者さんからもそう言われてるんですから」
膨れながら言う栞。
「ま、確かに栞の場合は、もう少し全体的に肉を付けた方がいいよな」
「……なんだか、嫌な言い方です……」
「それにしても、栞以外はそこそこみんな足は速いんだよなぁ」
俺は、もう朝ご飯を食べ終わってリビングでくつろいでいる他のみんなの方に視線を向けた。
「やっぱり、か弱い女の子っていいですよね? こう、守ってあげたくなるっていうか」
「こらこら、自分で言うな」
軽く栞のおでこをこつんと叩いてから、俺は名雪に視線を向けた。
「……ところで名雪」
「うにゅ?」
パンをくわえたまま顔を上げる名雪に、昨日から恐ろしくて聞けなかったことを切りだす。
「あのさ、天沢さん、何か言ってなかったか?」
「郁未ちゃん?」
小首を傾げてから、ぽんと手を打つ名雪。
「そうだ。祐一、昨日の特訓さぼったでしょ」
「反応遅いっ!」
「う〜っ、だってわたしも、帰った時にはもう忘れてたし……。あ、それでね、郁未ちゃんが祐一に伝えてくれって言ってたよ」
「な、何をだ?」
「えっとね、……確か、もう特訓は終わりにするって」
「え? マジ? やりっ!」
思わず喜んだ俺に、名雪は笑顔で続けた。
「今日からは、『猛特訓』だって」
「……俺、今日から学校休んでいい?」
「だめだよ」
笑顔でダメ出しをされてしまい、俺は深々とため息をついた。
「でも、祐一、特訓の前よりもずっと早くなってるよ」
「そうかな?」
「うん、そうだよ」
そう言われてみると、何となく嬉しかったり。
「あら、まだ食べてたの、名雪?」
キッチンから顔を出した秋子さんが、名雪に声を掛ける。
「そろそろ行かないと、学校、間に合わないわよ」
「わわわ!」
慌ててパンをもそもそと口に運ぶ名雪。
「……うみゅ、美味しかった。ごちそうさま」
「はい」
名雪と、それを待っていた俺達は、同時に腰を上げた。
俺はリビングにいる2人にも声を掛ける。
「真琴、天野、そろそろ行くぞ〜」
「あ、はぁいっ!」
「……はい」
2人の返事を聞いてから、俺は鞄を手にして、廊下に出た。
通学路の途中で、待っていたらしい香里と合流する。
「あっ、お姉ちゃん。おはようございます」
「おはよう、栞。……今朝もなかなか慌ただしそうね」
早足で歩く俺達に歩調を合わせながら言う香里に、額に汗を浮かべて頷く栞。
「はい、そうなんですよ」
「ごめんね〜」
競歩はお手の物の名雪が、のんびりと言う。
香里は肩をすくめた。
「まぁ、栞には少し身体を鍛えてもらわないといけないから、これくらいがちょうど良いわ」
「わ、酷い事言ってますっ!」
「そんなことはないわよ」
「う〜〜っ、そんなお姉ちゃん嫌いですよっ」
まぁ、この速度で息を切らさずに香里とやり合える辺り、案外と本当に、栞の身体にはいい影響を与えているのかもしれない。
「あ、そういえば香里、夕べはサンキュな」
「え? ああ、メールのこと? 別にいいわよ、それくらい」
香里は首を振った。それから俺に言う。
「それよりも、今日こそはちゃんと準備を始めなさいよ」
「そりゃもちろん……」
言いかけたところで、俺は学校の方から逆送してくる奴の姿に気付いた。
「お、あれは香里のダーリンじゃないか」
「ぶっ! ごほごほごほっ」
吹き出してさらに咳き込むという絶妙な技を披露する香里。
「だ、だれがダーリンなのよっ!」
「香里ならいかにも言いそうだと思ったんだが……。いや、冗談ですからこの手を離してください」
俺の誠心誠意の説得に、襟首を掴んだ手を離す香里。
「まったく……」
「おうっ、みんなっ! 相沢、とりあえずこれを見てくれ!」
その間に俺達のところまでやって来た北川が、俺に向かって小さな本を差し出した。
「なんだ、それ?」
「あら、文化体育祭のプログラムじゃない」
横合いから覗き込んだ香里が言う。
確かに、表紙にはそう書いてある。
「さすがに1週間やるだけあって、立派なもんだな。でも、いつの間に出たんだ」
「今朝印刷屋から納品されたばかりでな。俺も、文化祭美化運営委員会の朝礼でもらったんだ」
答える北川。ちなみに文化祭美化運営委員会というのが、実際には例の美少女コンテスト実施委員会の表向きの名前なのは周知の事実である。しかし、毎朝集まってなにやらやっているのを“朝礼”と呼んでいるのは知らなかった。
「それよりも、これ、これを見ろ」
そう言いながら、ページを開く北川。
「これは、体育館のイベントスケジュールか? ……あれ?」
俺は上に付いている日付を見てから、北川に尋ねた。
「最終日だな、これ。体育館でも美少女コンテストってやるのか?」
「違う、違うぞ同志相沢スキー! 俺達の地道な努力の末に、ついに全校美少女コンテストが、公式行事として認められたのだっ!! これを快挙と言わずしてなんとするっ!!」
「……マジ?」
思わず聞き返す俺に、北川は喜々として頷いた。
「おう! ふっふっふ、これで堂々とコンテストを開催出来るというものだ。くぅっ、長く苦しい忍耐の日々に耐えて、よく頑張った! 感動した!」
「だから、時事ネタはすぐに風化するって。しかしまた、いきなりだな。向こうから事前に何も言ってきてなかったんだろ?」
「まぁ、生徒会に申請はしてみたんだけどな。美少女コンテストの実施を申請して却下されるっていうのは、言ってみれば恒例行事みたいなもんだと思ってたからなぁ……」
首を捻る北川。
俺は訊ねた。
「俺の聞いていた話だと、文化祭の出し物っていうのは、責任者が生徒会に申請出して、厳正なる審査とやらの結果、当選の発表はプログラムの公表を持って替えさせていただきます、っていうことだったんだよな」
「ああ、そうだ。な、香里?」
「ええ。ま、普通は、1週間前に出るプログラムなんて待って、それから準備を……なんてことは無理だから、内定って形で生徒会が直接OKを出すことになってるけどね」
香里が答えた。それからプログラムを覗き込む。
「それにしても……。これを見ると、最終日の午後一杯、体育館を使えるってことみたいだけど、大丈夫なの、潤?」
「そうだなぁ。最終日の午後のステージっていったら、客観的に見ても一番盛り上げないといけないとこだろ? 今から1週間で間に合うのか?」
「ふふふふ」
香里と俺の言葉に、北川は含み笑いを浮かべた。
「心配無用。我が文化祭美化運営委員会の実力をもってすれば、1週間など必要十分。むしろ長すぎると言っても過言ではあるまい」
何かツッコミを入れてやろうかと思ったとき、学校の方からチャイムの音が聞こえてきた。
キーンコーンカーンコーン
「うぉっ!? まさか予鈴かっ!?」
「……急ぐわよ」
そう言って駆け出す香里。
その後を追いかけながら、他の連中の姿がないことに今さら気付く俺。
「くっそぉ、みんな俺達を見捨てて行ったんだなっ!」
「しゃべってる暇があれば走れ相沢っ!」
「そもそもお前のせいだろっ!!」
隣を走る北川に、そう言って肘打ちを食らわせると、北川はそのままコースアウトしていった。
「うわぁーーっ」
ごしゃっ
……コースアウトついでに、道ばたの塀に突っ込んでクラッシュするとまでは思わなかったが。さすが、俺のライバルを自認するだけのことはある。俺は認めてないが。
「香里、いいのか? 北川の奴、人生をコースアウトしてるぞ」
「あれくらいでくじけるような人じゃないわよ」
隣を走る香里に言ってみたが、あっさりと返された。
というわけで、俺と香里はなんとか石橋との競争に勝ったが、北川は無惨にも人生の落伍者となったのだった。
昼休み。ちなみに今日は屋上の日(舞と佐祐理さんがお昼を食べに来る日のことだ)ではないので、俺達は食堂の一角を占拠して、弁当や定食を広げていた。
「……でも、いままでずっと認めていなかった催しを、一転して認めたっていうのは変ですね。しかも、主催者側には全く事前の根回しもなかったんですよね?」
天野がつるんとうどんを飲み込んでから、北川に尋ねた。頷く北川。
「ああ、まったく」
「……あ、もしかしてあれじゃないですか」
栞が、スプーンを立てて言った。
「ほら、七瀬さんがいじめられたっていう例の一件があったじゃないですか。それを公にしない代わりに、ってことじゃないんですか?」
「なるほど。それならまぁ、納得できるな。いくらトカゲの尻尾切りで済ませても、それで生徒会に悪評が立つってことは十分考えられるし、生徒会側がそれを嫌がったとしたら……」
「……いえ、それは違うと思いますよ」
天野はそう言うと、箸を置いた。そして、丁寧に手を合わせて「ごちそうさまでした」と頭を下げる。あいかわらずおば……。
「相沢さん、今なにかふらちなことを考えませんでしたか?」
「いえいえ、滅相もない。それよりも、どうして違うって?」
「……はい」
追求してもしょうがないと思ったのか、天野は軽く肩をすくめた。
「私の聞いたところでは、クラス展示の準備が一番遅れているのは、相沢さんのクラスだそうですね」
「なに、そうなのか香里?」
驚いて尋ねると、香里は肩をすくめた。
「ええ、もうぶっちぎりに遅れてるわよ」
「確かに、あと1週間しかないのに、資材の準備にも手をつけてない有様だしな」
うんうんと頷きあう香里と北川。
「逆に言えば、他のクラスの準備はほとんど終わってるんですよ。そこで、急にその全校規模で行われるコンテストの準備をしなければならなくなった、と。そうすると、しわ寄せはどこにいくと思いますか?」
「……あ、そういうことですか」
栞がぽんと手を打った。
「当然、北川さんはそっちの準備に引き抜かれるでしょうし、他の男子生徒達も……、ということになって、もし万一、文化祭に間に合わない、あんてことになったら、責任者の祐一さんは責任を取って更迭ってことですね」
「……俺を更迭したところでどうなるってモンでもないだろうけどな。要するに、そんな遠回しなことまでして、俺に嫌がらせしたかったのか、生徒会連中は」
「……いえ」
天野は首を振った。
「いくらなんでも、あの生徒会長が、相沢さん一人のためにそこまで大がかりなことをするとは思えませんよ。むしろ……」
そこで一旦口を閉ざして、少し言葉を選んでから、話を続ける天野。
「むしろ、相沢さんをターゲットにしているんだということを口実にして、このコンテストを公認化させるのが狙いなんじゃないですか? ある意味、相沢さんになにか仕掛けるため、ということなら、今の生徒会じゃたいていのことは通りそうですし」
「コンテストを公認化させて、何かメリットがあるんですか?」
「……一般の生徒、特に男子生徒達への点数稼ぎ、ってことね」
香里が、栞の質問に答えた。
「今の、……まぁ、今のに限ったことじゃないけど、生徒会の不人気振りはひどいものだもの。文化体育祭が終わったら、役員の改選期に入るから、今のうちに人気を取っておこうって思ったんじゃないの? あの生徒会長らしいやり方ね」
「……なんかよくわからんが、要するに俺はダシに使われただけってことか?」
「どうやらそういうことらしいぞ。頑張れよ、相沢。俺はコンテストの方が忙しくて戦力になりそうにもないがな」
北川に肩を叩かれて、俺はため息をついた。
「まぁ、やるだけやるけどなぁ……」
そして、この日から、俺の苦闘が始まるのだった。
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