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「というわけで、けろぴーも出せ。ぬいぐるみ喫茶に出展して競売にかけるから」
Fortsetzung folgt
「いやだよ〜」
夕食が終わってから、いつもどおりリビングでの団らんの時間。
名雪に今日の顛末を話して、ついでにぬいぐるみの拠出を迫ったが、予想通り一言で拒絶されてしまった。
「祐一が悪い」
「うぉ、いきなり名雪の味方か、舞はっ!」
「ボクも祐一くんが悪いと思うな」
「そんなこと言う祐一さん嫌いです」
いきなり孤立無援の状況に陥ったので、矛先を変えることにした。
「んじゃ、あゆ。例の天使の人形……」
「ぜったいにやだよっ!」
言うが早いか、立ち上がって自分の部屋の方に駆け出そうとするあゆ。
「冗談だ、冗談」
「うぐぅ……」
「祐一、冗談にもほどがあるよ」
涙目になったあゆを見て、名雪が珍しくちょっと怒ったように言った。
自分でもやりすぎたと思い、俺はあゆに向かって手を合わせた。
「悪い、俺も言い過ぎた」
「う……、うん」
俺の様子を伺うように、ゆっくり頷くと、あゆはソファに座り直した。
秋子さんが頬に手を当てて、言った。
「それって、手作りのぬいぐるみでも構わないのかしら?」
「ええ、全然……。って、もしかして秋子さん、今からぬいぐるみを作ろうとか思ったんですか?」
「駄目かしら?」
「駄目です。というか秋子さんがぬいぐるみを作り始めてしまったら、我がコスプレ喫茶の要であるところのコスプレ衣装はどうするんですかっ!」
思わず声を上げて訴える俺に、秋子さんは「それもそうですね」とあっさりと頷いた。
ほっと胸をなで下ろしてから、俺は皆の視線に気付いた。
「……祐一さん、そのコスプレ衣装って、もしかしてこの間、私たちに着せて写真をとってたあれですか?」
栞が笑顔で訊ねる。でも目がぜんっぜん笑っていない。
「……私も、説明無く着せられたような覚えがありますが」
お茶を飲みながら言う天野。ちなみに天野に着せたのは某和風レストランの制服だった。はまりすぎだったのは言うまでもない。
「天野だって、結構喜んで着てなかったっけ?」
「それはその……、ええと……」
珍しく顔を赤らめて言いよどむ天野。
「そんなことより、私は、祐一さんが青春のメモリーとして個人的に楽しむんだってことで、写真だってオーケーにしたんですよっ」
「それは、私は聞いてませんよ」
横合いから天野がつっこんで、栞はふっと視線を逸らした。
「まぁ、私がそうじゃないかなって思っただけですけど……」
「あのなぁ……」
「で、でも、とにかく祐一さんのためで、祐一さんのクラスのためにオッケイしたわけじゃないですっ!」
「それは私もそうです」
頷く天野。
俺は少し考えてから、まず栞に言う。
「でも、栞のコンテストに向けての絶好のプロモーションにもなると思うんだがな」
「あ、そういうことならオッケイです」
栞はあっさりと笑顔で頷いた。
「……美坂さん、日和過ぎです」
呆れたように言う天野に、俺は言った。
「それから天野。確かに事前に言わなかった俺も悪かった。天野がどうしても嫌だって言うなら、写真は返すけど」
「……今さらですから。それに……、その、……悪くなかったですし」
後半は小声でごにょごにょと言う天野。うむ、作戦通りだ。
俺は一息付いて、それから舞と佐祐理さんに向き直った。
「2人にも、ちゃんと謝ってなかったよな。ごめん。事後承諾って形になるけど……」
「佐祐理は全然構わないですよ。舞は?」
「……佐祐理と一緒なら、構わない」
テレビに視線を向けたまま、頷く舞。ちなみにそのテレビに映っていたのは……。
「……ぽんぽんたぬきさん、かわいい……」
……である。
「真琴は?」
話を振ってから、そういえばさっきから全然声も聞かなかったな、と思って見てみれば、真琴は漫画雑誌を広げていた。いきなり声を掛けられて、慌てて答える。
「あ、うん、なんかいいと思うわよう」
「真琴さん、話を全然聞いて無いじゃないですか」
呆れたように言う栞に、言い返す真琴。
「だって、これ今日買ってきたばっかりなのようっ!」
「別に今すぐ読まないと無くなるわけでもないじゃないですか。第一、単行本になってから買った方が経済的です」
「だって、たんこー本なんてずっと先の先じゃないのようっ!」
「うん、ボク、その気持ち判るな」
珍しくあゆが真琴の味方をする。
「わたしは、単行本でまとめて読むほうが好きだよ」
「名雪さんもそうですよねっ」
ふむ。名雪は単行本派、と。
「天野さんもそうですよねっ!?」
「……私は、漫画はあまり読まないので……。でも、小説なら、掲載されている雑誌を買うよりは、文庫本を買いますね」
いかにも天野らしい返事である。
「あう〜っ、美汐のうらきりもの〜〜っ」
ぶんぶんと拳を振り回す真琴に、天野は苦笑し、あゆがこれまた珍しく真琴にツッコミを入れる。
「真琴ちゃん、それを言うなら裏切り者だよっ」
「あ、あう……」
口ごもる真琴。
「うぐぅ、でもボク達少数派だよ。……あ、そうだ。佐祐理さんはどうですかっ!?」
話を向けられた佐祐理さんは、小首を傾げた。
「ええと、佐祐理も漫画はあまり読みませんから……。でも、舞はよく絵本を読んでるよね」
「……面白いから」
テレビから目を離さないで頷く舞。どちらにしても、参考意見にもならないわけで、あゆと真琴の劣勢はそのままであった。
「うぐぅ……。あっ、そうだ! でもほら、雑誌だとおまけが色々付いてたりしてお得だよっ。それにいろんなひとの漫画が読めるしっ」
「そうそう、それよっ! あゆあゆも良いこと言うじゃないのっ」
「えっへん」
偉そうに胸を張るあゆに、栞がぼそっと言う。
「いらないものが一杯付いてても、邪魔なだけですけどね」
「うぐっ!」
「それに、雑誌はなまじ分厚くて大きい分、置き場所にも困りますし。ね、真琴さん」
「あ、あう……」
自分の部屋に漫画雑誌を山のように積み上げている真琴は、言い返せずに思わず口ごもる。
水瀬家に泊まるときには真琴の部屋で寝ることの多い舞が、相変わらずテレビを見たまま言った。
「まこさんの部屋、本が崩れそうでちょっと怖い」
「あはは〜っ」
佐祐理さんが苦笑して、ますます縮こまる真琴。
「あうあう〜っ」
そこに、秋子さんがとどめを刺した。
「真琴、もう少しお部屋はちゃんと片づけてね」
「……あう。……部屋、かたづけてくる……」
しおしおとリビングを出ていく真琴。
天野が、眺めていた婦人雑誌を閉じて、その後を追うように出ていった。
それを微笑んで見送っていた秋子さんは、俺に向き直った。
「それで、衣装の直しの件なんですが、早めに決めてもらえれば助かるんですけど」
「ええっと、……名雪、そのことなんだが、どうしたもんだろ? 俺に女の子の服のサイズなんてわからんぞ」
「あ、うん、そうだね……。くー……」
「寝るなっ!」
俺が声を上げると、名雪はとろんとした目を少し開いた。
「ごめん、わたし、もう眠くて……」
「しょうがねぇな。えっと、それじゃ明日学校で決めてきます」
肩をすくめてから、秋子さんに向き直って言うと、秋子さんは頷いた。
「お願いしますね、祐一さん」
「すみません、迷惑掛けて」
「いえ。迷惑なんて思ってませんから」
にっこり笑うと、秋子さんは立ち上がった。
「それじゃ、私は洗い物がありますので」
「あ、佐祐理も手伝いますね」
佐祐理さんがいそいそと立ち上がるのを機に、俺は名雪に声をかけた。
「ほら、ここで寝るんじゃない。部屋に行くなら一緒に付き合ってやるぞ」
「うにゅ……。うん、おねがいだお……」
目をこすりながらも、腰を上げる名雪。
「それじゃ、ボクも宿題しなくちゃ。栞ちゃんは宿題ないの?」
「ちょっとだけ。あ、そうだ。あゆさん、私の勉強を見てもらえますか?」
「うん、任せてよっ。それじゃボクの部屋に行こっ」
得意そうな笑顔で、あゆはこくこくと頷くと、栞の手を取ってリビングを出ていった。
俺と名雪は、その2人の後からリビングを出ると、そのまま1階にあるあゆの部屋に入っていく2人と別れて、階段を上がっていった。
2階に上がると、少し開いた真琴の部屋のドアから、話し声が漏れてきていた。
「ほら、頑張って」
「あう〜〜。美汐も、見てないで手伝ってよう……」
「私に、真琴の漫画の片づけを手伝えと言うのですか? そんな酷なことはないでしょう」
「……あう、でもぉ……。わわっ!」
ドサドサッ
「……あう〜〜っ! もうやだぁっ!!」
「……」
「……あうう……。わ、わかったわよう。ちゃんとやる……」
「……はい」
ドアの向こうでは、なんとも微笑ましい光景が展開しているようだった。
俺は、思わず名雪と顔を見合わせて、くすっと笑った。
それから、名雪は自分の部屋のドアを開けて、振り返る。
「それじゃ、祐一。お休みなさい」
「ああ。また明日な」
軽く名雪の髪に手を当てて、梳くように撫でると、名雪は笑顔でドアを閉めた。
廊下に独り残された俺は、一度自分の部屋に戻ると、教科書とノートを手にして再び部屋を出た。
よく考えると、あゆと同じクラスである俺には、当然ながらあゆと同じ宿題が出されていたのであった。
独りでやるのもなんだし、名雪を今からたたき起こすのも可哀想なので、あゆのところにお邪魔させてもらおうということだ。
階段を降りて、あゆの部屋のドアをノックする。
トントン
「はぁい」
返事がして、ドアを開けたのは栞だった。
「あ、祐一さん。いらっしゃいです」
「おう。俺も一緒に、いいか?」
そう言いながら、手にした教科書を見せると、栞は笑顔で頷いてドアを開けた。
「はい、どうぞ」
「サンキュ。ところであゆは……?」
そう聞きかけたところで、机に向かって難しい顔をして唸っているあゆが目に入る。
「うぐぅ〜〜〜」
「……どうしたんだ、あゆ?」
後ろから声を掛けると、あゆは慌てて、今まで見ていたものを隠すように机の上に伏せた。
「うぐっ、なんでもないよっ!」
「……まぁ、想像できるけどな。おおかた、自分の宿題が全然判らんってところだろ」
俺が苦笑しながら言うと、栞が首を振る。
「違いますよ。今あゆさんが見てるのは、私の……」
「わぁわぁっ!」
慌てて栞の口を塞ぐあゆ。
俺はもう一度苦笑した。
「まぁ、あゆは七年寝太郎だったからしょうがないだろ」
「うぐぅ……、寝太郎はひどいよ。ボク女の子なのに……」
変なところにツッコミを入れられたので、言い直す。
「それじゃ七年寝あゆ」
「ぜんっぜんわけがわかんないようっ」
「まぁ、いいから、俺に見せてみろ」
「う、うん……」
あゆは、自分の身体の下になっていた栞の宿題を、俺に差し出した。
「これなんだけど……」
しばらくじぃっと睨んでから、俺はそれを栞に返した。
「まぁ、なんだ。宿題ってもんは、自分の力でやらないと身に付かないぞ」
「……判らないんですか?」
「……いや、ほら、俺って転校してきたからさ」
後頭部に汗をかきながら言うと、あゆがうんうんと頷く。
「祐一くんにわかんないんだったら、ボクにわかるわけないよっ」
「それで済まさないで……。あ、ちょっと待ってくださいね」
不意に言葉を切ると、栞はポケットから携帯を取り出した。そして、画面を見て唇を綻ばせる。
「わ、お姉ちゃんからメールです。……って、あれ? 祐一さん宛になってます」
そういえば、栞にメールするって言ってたっけ。
「ちょっと貸してくれ」
「わわっ、なんですかっ!?」
抗議の声をあげる栞から携帯を奪い取って、画面に目を落とす。
どうやら、ぬいぐるみは、ある程度の数は集まりそうらしかった。
「サンキュ、栞」
例を言って携帯を返すと、栞はもう一度ちらっと画面に目を走らせてから、ポケットに仕舞い込んだ。
「もう。私の携帯でお姉ちゃんとメールしないでくださいっ」
「悪いな。俺、携帯持ってないし」
「ボクも持ってないよ」
「それくらい買ってくださいっ」
「居候の身では、秋子さんに無理は言えんのだ」
「うぐぅ、そうなんだよ……」
「祐一さん、それ以前に時計も嫌いじゃないですか。要するに、何か持つっていうのが嫌なんですか?」
「まぁ、それもないわけじゃない」
「ボクは別に嫌いじゃないんだけど……」
「む〜っ、それって、プレゼントを選ぶのが難しいじゃないですか」
「お、プレゼントしてくれるのか?」
「あ、例えばの話ですよっ」
「つれないな。栞の誕生日にはちゃんとスケッチブックと画材セットを贈ったのに」
「あれは嬉しかったですっ。祐一さんの愛を感じましたっ」
「いや、そこまで気合いを入れたわけでもないが……。そもそもあゆに相談して買ったんだし。なぁ、あゆ? って、あゆ?」
返事がないのに気付いてあゆの方を見ると、床のカーペットにのの字を書いて拗ねていた。
「うぐぅ……。ボク、無視されてる……」
「そんなことないですよっ。ねっ、祐一さん」
「そうそう。えーと、そろそろ真面目に宿題やろうぜ」
俺は自分のノートを広げながら言った。
時折、あゆや栞をからかいながらだったので、結局宿題が終わったときには11時を過ぎていた。
「ふぅ、やっとこさだな」
「うぐぅ、祐一くんのせいだよ」
「そうですよ。でも、楽しかったです」
自分のノートを畳みながら、栞は笑顔で言った。あゆもこくこくと頷く。
「うん、ボクも。またみんなで勉強しようね」
「そうだな。さて、俺は寝るけど、2人もこのまま寝るのか?」
「そうですね。あゆさん、一緒にお風呂に入りましょうか?」
栞が唇に指を当てながら言った。
「あ、そうだね。それじゃ、ボク、秋子さんにお風呂が沸いてるかどうか聞いてくるよっ」
そう言ってあゆが出ていく。
俺も腰を上げた。
「それじゃ、俺は部屋に戻るさ」
「はい。お休みなさいです」
栞の挨拶に頷いて、俺は部屋を出た。ドアを閉めると、ダッシュで自分の部屋に駆け戻り、ノートと教科書を机に置いてから、戦闘態勢を整える。
そう、やはり漢たるもの、たとえ最愛の恋人がいようとも、常に心に浪漫を忘れてはいけないのだ。
いにしえの賢人曰く、「心に棚を作れ」と。つまりそういうことだ。
心の中にある良心にはそう囁いて眠っていただき、その間にクローゼットから出した手ぬぐいでほっかむりをする。この手ぬぐいは、日本手ぬぐいでなくてはならない。タオルなどもってのほか。これが浪漫だ。
ともかく、そうしてから、俺は廊下に忍び出た。
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あとがき
半村良氏の訃報に接しました。ご冥福をお祈りします。
プールに行こう6 Episode 41 02/1/30 Up 02/3/5 Update